勇者パーティと、お風呂に入る魔王
「あっ……たけえ〜〜〜」
「あったかいですね〜〜〜……」
「あたたかいな」
「そうですね」
上から暖かい風呂に浸かった勇者、僧侶、戦士、レンジャーである。
勇者パーティーがお礼に求めたのは、一晩 分の宿であった。あとは少しの路銀。
村長は街の中で最も良い宿屋を用意してくれた。そしてその宿屋にはなんと露天風呂がついていた。ここに来て男四人裸の付き合いであった。
「私、このために旅をしていたのかもしれません……」
テルンが曇ったメガネ顔を空に向ける。
日が沈んでから一時間と少しである。空には満点の星空が煌々と輝いていた。
「他人を助けた後にこんなご褒美があるなんて、最高だな」
セヴァンも同じように空を見上げる。
「そうだな……」
ディエンはさすがに風呂ではその重そうな兜を外していた。代わりにその茶色の髪の毛があらわになっている。意外とボリュームが多く長く、水面に浸かった髪の毛が揺らいでいる。普段は兜の中にまとめて隠しているらしい。随分と頭が重そうである。
なぜか風呂の縁へ移動していく。
「もう出るのかい、ディエン」
「人間用だから深いんだよ。肩まで浸かってるが、これ立ってるからな」
「ははっ、そうか」
縁の近くには一段高い段差がある。そこに座ればちょうどいいだろう。
「どうだい、ルチフ」
おもむろにセヴァンが話しかける。
「どうだい、とは?」
「気持ちいいかい」
「気持ちいいです」
「そうか、なら良かった」
セヴァンは微笑む。
お風呂も長らく入っていなかった。体を洗浄するには川か洗剤があれば十分であった。旅の途中で機会があれば、即席の風呂を作ってみるのもいいかもしれない。
風呂に入れば体中の血管が開き、血流の流れが良くなる。頭も冴えわたるし、手の届かない体の垢も取れる。自分の体をほとんど完璧に管理できる魔王ならば風呂などは必要ないが、人間にとっては風呂が延命の手段になる場合もある。次からは娯楽として、風呂があれば入ってみてもいいかもしれない。
「レーゼンは入ったのかな」
ふとセヴァンがそんなことを呟く。ルチフ以外の視線がそこに集中する。
はじめにちょっかいを出したのはテルンだった。
「まさか勇者ともあろうものが、そんなことを言い出すとは思いませんでしたよ。いやはや、勇者であっても年頃の男の子と言いますか」
「え? いやそんなつもりじゃ」
「大丈夫です。ご安心ください。私は聖職者です。どんな悩みでも打ち明けてください」
「懺悔することなんて何もねえよ! ただ レーゼンがこの風呂を楽しんでるのかなって……」
一応垣根を隔てた向こう側にはレーゼンの気配がするが、勇者たちには分かっていないようである。
見たところかなりくつろいでいるようだ。他に客もいないため、お湯に使ってゆっくりしているようである。自分たちが入るよりも前からずっとそこにいる。
「そりゃあ楽しんでいるでしょう。こんないいお風呂、入らないはずがありません」
「そうか……ならいいけど」
ん……?
様子がおかしい。何がおかしいかというと、レーゼンが風呂にしっかりと浸っていないということである。
なぜか風呂に浮かんでいる。川や海でもなければこのようにはならないはずだ。本人の好みであろうか。貸切状態だから自分の好みの風呂の入り方をしているのかもしれない。
「もう出るのか」
ディエンが風呂の段差に足をかけたルチフに言う。
「はい。気になることがありまして」
「そうか」
風呂から上がるとひんやりした心地よい空気が肌を撫でる。
出入口に向かい、かけ湯で体を軽く流して、脱衣所に入った。
タオルで水を全て拭き取り、気持ち急いでいつも鎧の下に来ている黒い襟付きシャツとジーンズを着る。
脱衣所から廊下に出て周りを見回す。誰もいないことを確認してから、すぐ速やかに女湯の脱衣室に飛び込んだ。
もちろん中には誰もいなかった。ルチフに感じる気配は外にいるレーゼンのものだけである。
駆け足で露天風呂への扉へ向かい、ガラリと開ける。
広がる満天の星空の元、薄暗い露天風呂の水面に、一糸まとわぬ白いエルフが浮かんでいる。長く白い髪の毛が水面に浮かび、何とも美しい景色だった。ただ し、本人が赤い顔で気絶していることを除けば。
服を着たまま風呂に入って、レーゼンの様子を伺う。顔だけでなく体全体が少し赤みを帯びていて、汗もかいている。典型的な のぼせの症状だった。寝た後にのぼせたのか、のぼせて気を失ったのか。しかし何とも穏やかな寝顔である。
首の後ろと足の下に手を回して、そっと抱き上げる。見た目相応に華奢で軽かった。
さて、どうしたものか。とりあえずそこら辺にあったバスタオルを地面に敷いて、そこに寝かせた。
まさかエルフがのぼせるとは思わなかった。合計して三〇分以上は風呂に入っていた。その半分ほどは寝ていた。
少しずつ顔の紅潮が引いてくる。適当なタオルを持ってきて、体の汗や水を拭いてやる。
十分もすれば完全に元の白い肌に戻っていた。あとは起きるのを待つばかりである。いやしかしこんな時間ならば明日まで起きてこないかもしれない。
「ん……」
レーゼンがみじろぎをする。個人的には自分で起きて欲しいものだが、起きないとなれば運び出してやらねばなるまい。
垣根の向こうの男湯では男三人がまだ風呂に入っている。筒抜けのため普通に向こうの声は聞こえる。
「恥ずかしがらなくてもいいんですよセヴァンさん」
「だから大丈夫だって!」
「ほどほどにしておけテルン」
などという調子であった。
「む」
脱衣室に入った人間の気配を感じた。
年のほどは二十歳ほどの高身長の女性であろうか。
気配でその女が手慣れた手つきで服を脱いでいるのがわかる。その気配には覚えがあった。この宿の経営者の娘である。
ちょうどいい。
ガラリと扉が開け放たれて、黒い長い髪の毛の女が入ってくる。
「あれ」
こちらに気づく。そしてタオルの上に寝ているレーゼンに目をやった。
「美人さん二人……大丈夫ですか」
こちらに駆け寄ってくる。
ルチフが説明をする。
「脱衣所から外を見たらこの人がのぼせていまして」
「あらそうですか。それは大変です。人を呼んできますね」
そう言って脱衣所に戻っていく。
どうやらうまくいったようだ。今ルチフは、女性に見えているはずである。
「ん……」
レーゼンが静かに目を覚ました。
「……誰?」
ルチフと目が合う。どうやら分かっていないようだった。さて、レーゼンは男が女湯に入ってきたことを気にするだろうか。
「……なんで私は地面の上で寝転んでるの? お湯の上で寝ていたはずなんだけど」
どうやら寝てからのぼせたようだ。
「のぼせていましたので、お風呂から上げてタオルの上に寝かせました」
「……ルチフ?」
声も女性相応に高い声になっているはずなのだが、喋り方でばれたのだろうか。
「はい」
「なんで女湯にいるの?」
レーゼンが顔色を変えずに聞く。
「のぼせているのを確認しましたので」
「どうやって?」
「隣の男湯に入っていたときに、気配を感じたので」
「のぞこうとしたの?」
質問はなおも淡々と続く。
「レーゼンさんがお風呂に入っているのかと、セヴァンさんが言っていたので、気になって気配を感じました」
「裸、見られたんだけど」
ルチフは黙り込んだ。
一〇〇〇年生きているレーゼンならば気にしないとおもっていたのだが。
「すみませんでした」
一応しっかりと頭を下げる。
「触った?」
「汗を拭きました」
「……」
じっと目が合う。
「どうだった?」
「どう、とは?」
レーゼンは淡々とした態度で言う。
「私の体、触ってみてどうだった」
結局ルチフに何を聞いているかがわからない。体を触った感想だろうか。それとも単純な感触の評価だろうか。それとも体の状態がどうなのか聞いているのだろうか。
「質問の意図が分かりません」
「……ふーん」
そう言ってレーゼンは起き上がった。
特に立ちくらみなどはないようだった。ちょうど中の方から人がやってくる気配があるが、これなら歩いて自分で戻れるだろう。
「あれ、大丈夫なんですか」
「大丈夫。気にしなくていいよ。お騒がせしてごめんね」
脱衣室の方からそんな声が聞こえる。
特に自分の裸を見られたことに対して嫌悪感はないようだった。
ルチフは自分の姿を男に戻し、大きくジャンプをして垣根を飛び越え、露天風呂の外の道に静かに着地した。
It's suddenly become cold today......
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