プロローグ 玉座が空になった日
人間の大陸の南の南。一つの植物も生えない不毛の氷の大地に黒い魔王城があった。その玉座の間に魔王が座っている。
「百年が経った」
魔王は言った。
「魔物を統べ国を作り私が魔王となるのに」
玉座の間には誰もいなかった。
「さて私は私の作ったこの国が私の可能性を超えるものかどうか確かめようと思う」
「新しい王もたてた。まつりごとは全て他に任せた。この国は完成した。さてあとは確かめるだけだ」
その日から真の魔王は城から姿を消した。
魔王の大陸の北の北。人間が中央諸国と呼ぶある場所に人間たちの共同体 ギルドがあった。その中の一つの机に魔王が座っていた。もちろん誰も気づくものはいない。人間たちは自由気ままに自らの依頼やクエストの結果を報告し誰も黒い髪に黒い鎧をまとったその男に気がつかない。魔王は机に座りながらとある掲示板を眺めていた。そこには色々なランクの依頼業務が張り出されており人間たちは思い思いにそれを眺めている。
それを眺めている中に橙色の髪をした優しげな男が立っている。剣を腰に携えて最小限の軽量鎧を身にまとっていた。
そしてその横背の高い男が一人。見たところどこにも装備のようなものはまとっておらずどのように見ても冒険者のようには見えない。その男は赤茶色の髪の毛で何か聖職者の装束のようなものを着ていた。
最初の男の左隣。最初の男と同じくらいの背の、白い髪の女が立っている。身にまとう服も白く、特異なことに耳は長く尖り、どうやらエルフであるらしかった。
さてそのまた左隣、最後の仲間と思わしき背の低い男が立っている。戦士か何かか重そうな鎧。その体で操るには小回りが利かなそうな大剣。随分と使い古したようである装飾のついた兜。おそらくドワーフか何かか。
魔王からは彼らの背中しか見えなかったが、それらが十分な素質を備えていることを悟っている。それらは勇者パーティーだった。魔王の世界を否定し、あわよくば破壊しようとするもの。魔物たちにとって世界を壊す厄災。
魔王はにやりと口端をあげた。
鎧の黒い男は席を立ち、希望と少しの不安に満ち溢れる彼らの背中に声をかける。
「こんにちは」
全ての者たちがゆっくりと彼を振り返る。それは彼らが男に全く警戒をしていないのと同じだった。
「勇者パーティーですか」
男は勤めて普通に聞いた。はたから見てもただの普通の男にしか見えなかった。それは勇者パーティーの面々たちも同じであるはずだった。
「どなたですか?」
中心の男勇者が聞く。
魔王は答えた。
「ルチフというものです。勇者パーティーの方々におりいって頼みがありお声がけさせていただきました」
魔王の回答に勇者パーティーの四人はすこぶる気を良くした。同じ冒険者といえども血気盛んなものも、常識を知らないものもいるからだ。
「頼みとは?」
勇者がやさしげに答える。目の前に人間にとっての厄災がいるというのに、人に優しくしようとしているのだ。
「私を勇者パーティーに入れて欲しいのです」
その男の答えに勇者パーティーの全員は顔をピクつかせる。
それを代弁するように勇者が言った。
「ごめんなさい。勇者パーティーはすでにこのメンバーで決定しているんです。新しい仲間になりたいというのは嬉しいですが、魔王討伐の旅に耐えるにたるメンバーです。あなたの実力は分かりませんがここで僕が決定できるものでもありませんし」
勇者は心底申し訳なさそうだった。しかしこの事態は想定していたに違いない。回答が滑らかであったからだった。
魔王は勤めて普通に微笑んだ。
「もちろん 分かっています。それにたる実力は提示できます。それを目で見てもらうことはできますか。もちろん時間の無駄にはさせません」
勇者パーティーの面々は思い思いに反応の色を示す。めんどくさいなあ こいつ、と思っているであろうものも。少し興味深そうにしているもの。少し敵対的な目で見るもの。個性豊かなパーティーだ、と魔王は思った。
魔王はもう一言言おうと口を開いた。
「では、ここで一つお見せしましょう」
魔王はそのセリフに不意に興味を抱いた勇者パーティーを見て数秒置いてから、自分の力のほんの氷山の一角を開放して見せた。
少し空気が魔王を中心として押し出されて吹いた。
それは魔力を解放したことによる余波だった。
魔王はそのままの状態で 勇者パーティーに言った。
「足手まといにはなりません。少なくとも 露払いにはなりましょう。魔物の心得もあります。知識もそれなりにあると自負しております。皆様に不快な思いはさせません。私は皆様を尊敬しているのです。強大な魔王を目指し、自らの命をもかけようとする その勇気。勇む心。そのあなた方の旅路に私の力が行かせられればどんなにいいか。そう思っていたのです」
こうしてまで言えば 勇者たちは男の願いを真剣に考えざるを得なかった。彼らから見て男の魔力は三人前というにも十分たるほどだった。そして何より男の献身さを心に響かせないものなどいなかった。それが魔王のセリフだというのに。
「わかりました」
勇者は真剣な顔で考え込んでから顔を上げて言った。
「僕は君の提案を受け入れたいと思っている。でも、僕の仲間たちがそれを受け入れるかはわからない」
そう言って勇者は自分の他の仲間たちに視線を向けた。
「どうかよろしくお願いいたします」
魔王はその仲間たちに向けて真剣な顔で言った。魔王の体から発される魔力は、少しずつ凪いでいった。
しばらくして白いエルフが口を開いた。
「私はいいと思うよ。 仲間に強力な助っ人がいて困ることはないだろうし」
その言葉から見て、知識はあるがあまり真面目なエルフではない、とも思った。魔王は今までに多くの人類を見てきた。
「俺は構わない」
しばらくしてドワーフの男が口を開く。
寡黙だが 律儀で共感性は高い男だと魔王は思った。
「私も、少し思うところはありますが、悪い人ではなさそうです。少し旅をしてみてから判断しても遅くはないでしょう。私も構いません」
最後に聖職者の男がいい顔でそう言った。
魔王はその場で勇者パーティー全員の顔を見回し、頭を下げて謝辞の言葉を述べた。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いいたします」
こうして勇者パーティーの最後のメンバーが加わった。それは魔王だった。勇者一行で誰もその事実に気付くものはいなかった。
かくして勇者パーティーの魔王討伐の旅、魔王にとっての可能性を試す旅が始まった。
Thanks!