その日世界は変わった
あの日世界は変わった。
その日俺は、仕事で感じたストレスにイライラしながら、恩師とも呼べる人と久しぶりに会う約束をしていた。
俺の名前、佐藤 正20歳だ。
高卒で就職して2年たった。
仕事は多少なれたが、だるくてたまらない。
昔から出来のいい方ではなかった、今の会社もよく入れたなと周りに言われるほどに。
辞めたいと思う事は多いが他にあてもないし、やる気もおきないのが現状だ。
仕事帰りに恩師との約束の店に向かう。
スマホに連絡が入る、早めについたから中で待っていると。
俺も店についた、予定時刻丁度だ。
店に入り見渡すと、すぐに恩師を見つけた。
近づくと向こうも気づいたようだ。
「正、こっちだ、久しぶりだな」
にこやかに、手を振っている。
「久しぶり、和くん」
俺も答えて席につく。
恩師の名前は、田中 和俊 38歳だ。
親の知り合いで、昔から良く世話をしてくれた。
子供の頃は遊んでくれたし、中学、高校になりと進路の相談なども聞いてくれた。
相談と言っても、和くんは話しを聞くだけで、別に何かしてくれたわけじゃないけど、いつも、朗らかに笑う和くんと話すのが好きだった。
「何だか疲れた顔してるな、正」
「まあね、毎日疲れるんだよ、本当に大変」
実際に疲れていた、うんざりしたように俺は話す。
「まあ、そんなもんだな、俺にもあったよ、そんな時期が」
わざとらしく昔を懐かしむ様な表情を和くんが浮かべる。
「ほんとかよ、いつも、余裕そうな顔してるくせに」
俺は憎まれ口を叩く。
昔から、そうだ和くんには遠慮なく何でも喋れた。
恩師だなんて、思ってはいるけど、一度も口にだした事はない。
なかなか、面と向かうと生意気な言葉しかでなくなってしまう。
「そんな事ないさ、俺は俺で大変な事もあるんだよ
」
苦労なんて微塵も感じない笑顔で和くんが笑う。
「でも多少は仕事にもなれただろ」
「多少はね、でもやる事は増えていくし、つまらないわで、夢も希望もないよ、こんな生活、人生終了って感じ」
「くっくっく、笑かすなよ、20歳の若者が何を寝ぼけた事を言ってるんだ、まだまだ何だってできるぜ、何回も言ってるが、やれば出来るんだからお前」
大笑いをして和くんが言う。
やれば出来るよ、何度も和くんに言われた言葉だ、確かにやれば出来た事は多かった。高校受験の時も就職の時も自分が思っていた以上のところに入れた。
けれど、一時はそれで喜んだりしたが、すぐに現実を思いしらされる。底辺が、頑張ってちょっとあがったところで底辺であることに変わりはないのだ、上をみれば、果てしなく、自分の存在が小さく感じてしまう。
「笑い事じゃないんだよ、本当に和くんみたいな能天気な人間じゃないんだよ、繊細なの俺は」
「何て事を言うんだ、正、失礼だろ」
そう言って和くんはまた笑った。
和くんはいつも、こんな感じだ、本当に変わらない。
ただ、いつも元気づけられてしまう。
「まったく、和くんは今は何してるの?」
和くんは、良く転職する、会社を経営していた事もあったらしい。
前聞いた時は、宅配業務をしていた。
「今は何もしてないよ、完全フリーだ」
「まじか、毎日何してるの?職探し?」
さすがに驚いたが和くんらしいといえば和くんらしかった。
「まあ、何もしてないことはないよ、ちょっとやりたい事があってだな」
和くんが言葉を濁す、珍しいなと思った。
ガシャーンと後ろから、音がした。
突然だった、後ろを振り向くと、入口の扉が破壊されていた。
何だあれは、意味が分からなかった、2メートル以上はあるだろう人型の黒い化け物が立っている。
悲鳴が聞こえる。
思考が停止する。
化け物が近づいてくる、何もできない、何も、どうしたら。
「正、逃げるぞ」
和くんに体をゆすられ、はっと我にかえる。
「全員逃げろ、とにかく、外にでるんだ」
和くんが叫ぶ。
一斉に人々が逃げ出す。
化け物はも入口にはいない、逃げれる。
化け物が腕を振るった、凄まじい速度だ。
バゴン
音がした、化け物の近くにいた人が消えている。
悲鳴が聞こえた。
少し遅れて、自分の悲鳴だと気づいた。
「見るな行くぞ」
和くんに手をひかれる。
店をでる。
絶望が広がっていた。
化け物は一体じゃない、悲鳴が街を駆け巡っている。
どうしたらいいんだ。
警察は自衛隊は、頭が混乱する。
誰か助けてくれ。
和くんそうだ、和くんがいる、こんな状況でも一人だけ、冷静に動いていた。
「正」
和くんの声がする。
振り向く
バゴン
また音がした、和くんの声がした場所に化け物が立っていた。
あれ
和くんは
頭が現実を理解するのを否定した。
もう限界だった。
どうしたのか自分でも分からない気付けば路地裏で一人、蹲っていた。
体が震える。
震える膝を自分の腕で抱きしめた。
抱きしめた、その腕も震えていた。
死んだのか和くん。
他の人は
みんな死んだのか。
俺は何故生きている。
夢、そうだ夢に違いない。
でもこんなにはっきりしてる。
気が狂いそうだ、いやもう狂っているのかもしれない。
和くんが、死んだのか。
無敵だと思っていた、何となく、意味もなく、そう思っていた。
それが、あんなにあっさりと。
ふざけんな
ふざけんなよ、何なんだこれは。
体が震える。
恐怖なのか怒りなのか、自分でも分からなかった。
ザリと音がする。
化け物が立っていた。
もう恐怖はなかった。
ただあるのは怒りだった。
全てを焼き尽くす様な怒りだった。
胸が熱くなる、光が溢れた。
その光はやがて1つの刀になった。
力が漲る。
刀など握ったこともないのに、使い方が分かる。
意味が分からなかった。
ただ自分がすべき事は理解した。
刀を振るう。
化け物を切り裂く。
あっさりと、あまりにあっさりと化け物はかき消えた。
切って切って
切りまくった
怒りのままに。
あれほど恐ろしく見えた化け物が簡単に倒せてゆく。
見える範囲の化け物を倒し切ると、少し落ち着いた。
あたりを見渡す。
するといつのまにか一人の男が立っていた。
顔が見えない。
他に生存者じゃいたのか
「やればできるじゃないか、正」
男の顔が見えた、和くんだ。
生きていたのか、嬉しかった。
けれど同時に恐怖も感じた、和くんの表情が怖かった、あんな顔は見たことがなかった。
「どうしたんだよ和くん、そんな怖い顔して」
恐る恐る俺は尋ねる。
「どうもこうもないよ、お前を殺しに来たんだ、お前で最後の一人だ」
いつの間にか和くんの手には黒い刀が握られていた。
「何でだよ和くん、何で和くんが俺を殺すんだよ」
俺は混乱して叫んだ。
「やりたい事があるっていっただろ、それがこれさ、世界を滅ぼそうと思ってな」
わけがわからなかった、あんなに優しい和くんが。
「何でだよ、いつも優しかったじゃないか、誰に対してだって」
「そうだな優しかった、俺は、優しくないと駄目だと思っていたよ、でもなうんざりしたんだ、いくら優しくしたって変わらないお前にも」
俺は言葉を失う。そんな事を和くんが言うなんて。
「うるさい、お前なんて和くんじゃない、化け物が化けてるんだろう」
「いいや、本物さ、俺は、俺だよ。分かってるだろ正」
そういうやいなや、和くんは飛び込んでくる、刀が振るわれる。
「くそ」
俺も応じて刀を振るう。
何度も、何度も刀が触れ合う。
「やるじゃないか正、あんだけ言っても変わらなかったのに、たった数時間とこれだ、人ってのは追い込まれないと変われないみたいだな」
「そうだよ、変われたよ、本当にでも変われなくたってよかったよ、こんなことなら」
「また泣き言か、そこは変わらないな、人生終了って言ってだじゃないか、馬鹿みたいにいつも泣き言を言うお前が嫌いだった、やればできるのに、できもしないと決めつけて、不幸ぶってるお前が」
和くんが吠える。
泣きそうだった、そんな風に思われてたなんて。
でもそうだった、確かに俺はそうだった。
けれど
「そうだね、でもさ、楽しかったんだ、楽しかったんだよ俺は、俺がどれだけ泣き言いっても笑って聞いてくれる、和くんが好きだったんだ」
和くん何も答えてくれなかった。
刀か交錯する。
俺の刀が和くん切り裂いた。
光に包まれた。
気づくとそこには、いつもの街並みがあった。
平和な街が、あたりをキョロキョロと見回してしまう。
不思議と周りの人達も一様にキョロキョロと見回していた。
あれは夢だった、一瞬の夢。
あの日世界中の人間が夢を見た、とてもリアルな夢を、その夢では一人ひとりが物語の主人公だった。
その日、世界は変わった、確かに
何も見た目には変化はなかったが、一人ひとりの人間が自分の生きる意味を再確認した。
一瞬の夢だ、いずれ忘れされる夢でしかないが。
それでも、確かに、世界は変わった。