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同期との別れ

何曲か踊って満足した後、二人は軽食などが取れるスペースに移動した。

少し喉が渇いたし、卒業パーティーで出される軽食の豪華さは語り継がれており、それを楽しみにして卒業までの過程を乗り切る者がいるほどだ。



そこは既に、休憩に来た卒業生たちで賑わっていた。



「ユージーン!こっちに来いよ。・・・・イルゼ・・・さんも。」


よくユージーンと一緒にいるのを見かける生徒が、声を掛けてくる。


「良いか?」

「もちろん。」

ユージーンは礼儀正しく、イルゼに確認をしてくれる。



「ユージーン!次席おめでとう。」

「ギル。君こそ、卒業おめでとう。」


ガッチリと握手して、お互いをたたえ合う友人同士。

ギルと呼ばれた友人は、今度はイルゼの方を見た。


「イルゼさんも、首席おめでとう。我らが栄えある首席卒業生と、握手させていただけますか。」


そう言って、手を差し出される。

その表情は、心からイルゼを称えてくれていた。


「イルゼで良いよ。喜んで。」


イルゼも笑顔で手を差し出して、握手をする。


「ありがとう、イルゼ。・・・・ああ、こんなに簡単なことだったんだな。本当は、ずっと話しかけてみたいと思っていたんだけど、君の実力に恐れをなしてしまって。・・・気後れしてたんた。僕なんか相手にされないかもしれないって。」

「そんなこと、あるはずないだろう。」

「本当に、そうだったみたいだ。もっと早く話しかければ良かった。」


その言葉に、胸に温かいものが広がっていく。

騎士団に入る事だけを考えて、日々鍛錬に打ち込んできたイルゼは、一人でいることが苦ではなかった。

本音を言うと、身軽に動けるので楽ですらあった。


でも、友人と相談しあったり、教えあったり。そんな学生時代も、もしかしたら悪くなかったのかもしれない。




「ユージーンと今日パートナーになったと聞いて驚いたよ。君にはとっくにパートナーがいるものだと思っていた。」

「まさか。ユージーン以外には誘われたこともないよ。直前まで一人で参加する予定だった。」

「本当に!?しまったな、玉砕覚悟で誘うべきだった。」


そんな軽口を交わしていると・・・・。


「そこまでだ、ギル。」

不機嫌そうに眉を寄せたユージーンが、ギルとイルゼの間に割って入る。

同期との友人のような会話に夢中になって、パートナーを放ってしまっていたようだ。



「ははははっ。冗談だよ、ユージーン。お前がギリギリまで誘えないでいるから、もう僕が誘っちゃおうかとは思ったけどね。」

「ギルッ!」


ははははーと笑いながら、ギルは退散していった。

少し離れた場所で、とても可愛らしく、ギルにお似合いのパートナーが待っていた。そのご令嬢のところへ戻ったのだ。



――――完全に面白がって、からかわれただけようだ。





「イルゼさん、私とも握手してもらえませんか。」

「その次は僕と!」

「ユージーン。握手してくれ。」

「君たちと同期であることは、俺たちの誇りだ。」



ギルが退散すると、様子を伺っていた周囲の者達が一斉に押し寄せてきた。


昨日までのイルゼだったら、ちょっとだけ面倒だと思ったかもしれないし、何か裏があるのかと疑ったかもしれない。



でも今日、ユージーンやギルと話して、少し考えが変わった。


一人一人の顔を見渡す。あまり話したことはなくても、何度も協力して訓練をこなした顔が、いくつもあった。



「もちろん、嬉しいよ。」


そう言って、心を込めて、順番にガッチリと握手をしていく。


今日が永遠の別れというわけではない。

同じ国直属の騎士団に所属している以上、これからも会うこともあるし、協力していくこともあるだろう。


これから友人となるのでも、遅くはない。


イルゼとユージーンは、3年間苦楽を共にした同期の友人達と、ゆっくりと別れを惜しむ時間を過ごした。








「楽しそうだな。」

「うん、すごく楽しい。」


同期との握手大会も一段落し、少し休憩できる場所を探す。

ダンスも十分踊ったし、同期との会話も楽しめた。


パーティーも終盤で、卒業式からの疲れもあるのか、帰る者もポツポツと出始めている。


でも楽しくて、嬉しくて、イルゼはもう少しだけ、この空間を楽しみたかった。

ユージーンはそれを分かってくれているのか、バルコニーの方を指さす。


雨の日の訓練で、何度も使用したホールは、綺麗に飾り付けられていても、様子を知り尽くしている。

あのバルコニーの外には綺麗な庭があり、今日は無数のキャンドルでライトアップされているはずだ。


何人か先客が見えるが、混んでいると言うほどでもない。空いているテーブルもありそうだ。




「やあユージーン。そんな女をパートナーに連れているのはお勧めしないな。」



さっそくバルコニーへ向かおうとした時だった。囁くような、そんな声が掛けられたのは。



「何だと?」

「大きな声では言えないけどね、その女の父親に横領の疑惑があったそうだ。残念ながら証拠は握りつぶされてしまったようだけど。平民の出で副団長になるなんて、汚い手を使ってないわけないじゃないか。」


イルゼはその男に見覚えがあった。確か同期の一人だ。

ホワホワとした楽しさが吹き飛んでしまう。少し浮かれすぎていたようだ。

気を引き締めて、感情を律する。

大丈夫。心にさざ波すら立たない。



「その女も。平民の女なんかが首席だなんておかしいと思わないか?俺達二人で抗議すれば・・・。」



「すまない、イルゼ。先に行っていてくれないか。ああ、ギルの奴がいる。」


まだ話を続けている男を無視して、ユージーンがバルコニーの方を指さす。

よく見るとそこにはギルがいて、不穏な空気を感じ取ったのか、心配気にこちらの様子を伺っている。


「でも・・・。」

「少し話があるんだ。頼む。」



イルゼを追い出して二人で悪口・・・・・ということは、ないだろう。

それはないと確信できるぐらいには、ユージーンのことを信頼していた。

きっとイルゼの為に怒ってくれている。



「分かった。」


信頼して、それだけを言うと、イルゼは一人で先にバルコニーへ向かった。











「ユージーン!この後少し時間はあるかい?実は握りつぶされたと言われている証拠の一部を、父上が保管して・・・・・・・ぐぅ!!!?」


何を勘違いしたのか、嬉しそうに言い寄ってくる男の胸ぐら・・・・のもっと上。襟ぐりを掴んで、不快な言葉をユージーンは止めた。

角度的に、他の者達には見えないように、掴む腕をその男自身の身体の影に隠す。



「黙れ。お前の父親は証拠の捏造の天才のようだな。脅された第4騎士団の団員が、寸前で寝返っていなければ、全員が騙されるところだった。」

「な・・・う・・・おれ・・・は・・・・君のため・・・・に。」



「お前も父親も、無事で済むと思うなよ。」


「そ・・・・・そん・・・な・・・・カハッアッ。」


ユージーンが手を離すと、その男は苦しそうにカヒュカヒュと空気を吸った。

顔色が悪い。息苦しさだけが原因ではないだろう。


崩れ落ちそうになった男はなんとか堪えると、よろよろと人気の少ない出口へと向かって行った。

まさか逃げるつもりだろうか。


あの男にも、父親にも、何日か前から憲兵団の尾行が付いているはずだ。逃げきれるわけもない。

イルゼをパートナーにしたと報告したユージーンに、フェルクス侯爵が教えてくれた情報。

初めて聞いた時は腸が煮えたぎるようだった。

殺さなかっただけでも感謝してほしい。



関係のない侯爵家にまで情報が洩れているのだから、逮捕されるのも時間の問題だっただろう。









「ユージーン!大丈夫だったか?」


ユージーンが訓練の成果を遺憾なく発揮して心を落ち着かせ、バルコニーへ向かうと、ギルとパートナーの女性と一緒に待っていたイルゼが、心配気に駆け寄ってきた。


その顔を見て、ユージーンの気分が浮上する。



――――守ろう。

この人を、何があっても、一生。

大人しく守られていてくれるほど、弱くはないだろうけれど。


そう決意を新たにして、ユージーンは微笑んだ。


「なんでもなかったさ。」


そう言って。



「なんでもないってことは・・・・。」

「誰だったんだろうな、あいつ。」

「あー・・・・・・名前なんだっけ。」

「はははっ。」


本気で名前が思い出せない様子のイルゼに、思わず本心から笑ってしまう。


「おいおい。あれでもあいつ、3位だったらしいぞ。本気で知らないのかイルゼ?」

「なっ、裏切ったなユージーン!」



自分だって、父親からの報告があるまでは知らなかった情報を、得意げに披露しながら。








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― 新着の感想 ―
[一言] うーん結婚までかかる時間はやっぱり3年かかりそうw
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