熱狂の渦
「余計な事しやがって!」
全ての総当たり試合が終わり、休憩時間となる。この休憩は、観客の貴族たちが、ゆっくりランチを楽しむ時間でもある。
午後のトーナメントに備えて、飲み物と軽い軽食を取るべく部屋へ移動したイルゼは、突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと、先ほど力任せにおかざりの剣を振るっていた騎士が肩をいからせて立っていた。
「あれじゃあ、お前がヒーローで、俺が悪者みたいじゃないか。お貴族の令嬢たちなんざ、どうせ護衛をゾロゾロ引き連れて、分かってて前の方に来てたんだろ。刃が当たったとしても自業自得だってんだ。」
剣筋と同じく、随分気の強い性格らしい。
「・・・そうか。」
午後の試合へ向けて集中したいイルゼは、適当に答えた。
被害を防げた時点で、イルゼの関心は既に午後の試合へと向かっていた。
「そうか、じゃねーんだよ!!!えらそーに。ちょっとキャーキャー騒がれているからって!!」
ちなみにこの言葉、イルゼにほとんど聞こえていない。
―――――食べないと最後まで持たない。水分は最重要だ。何を食べよう。パンは意外と腹に重い。リゾットと、肉がある。トマトに少し塩をかけたい。―――よし。
「おい!!聞いてんのか!!」
聞いていない。
「お前・・・・。」
「そこまでにしておけ。」
一方的に騒いでいる男を制止した声の人物は、ユージーンだった。
「ああ?・・・あ。」
平民出の男でも、ユージーンが侯爵令息なことは知っているようだ。その顔を見て、急に黙った。
「お前は決勝トーナメントに出るのか?」
「・・・・・・・。」
「出ないなら、帰れ。こっちは午後に試合があるので、邪魔だ。」
午前中で敗退した者でも、昼食を食べて帰って良い事になっているが、午後の出場者に絡んでいるなら、帰れと言われても仕方がない。
試合の運営を手伝っている先輩騎士たちが、うんうんと頷いている。これ以上ごねたら強制退場だろう。
「・・・・こいつが、余計な手出ししなくたって・・・・。どうせ護衛があれだけいたし。」
「お前は分かっていない。」
「はあ?」
「イルゼが助けたのは、貴族だけじゃない。というか、貴族じゃない。助けた相手は、むしろお前だ。」
「はあーーーーー???」
「貴族へ向かって、剣の刃を飛ばしたんだぞ。それの意味が分からないのか?普通なら何の目的があるんだと、吐くまで拘束されるところだ。」
貴族へ向かって刃を飛ばす。悪気があるかないかなんて、誰に分かるだろう。何の目的があるのか、拘束して吐かせるのは当然だ。
ただ今回は、剣が観客席に届く前に刃を落とされた事。そして『赤薔薇の君』の活躍に話題が集中して、正直誰が剣を飛ばしたかまでは、誰も気にしていない。
「は!!なんのことだか。ありがたがって感謝しろってか?俺があいつに礼を言うことなんて、一生ないだろうな!!」
そう言って、男は強制退場させられる前に、自ら部屋を出て行った。
1分後。
「ありがとうございましたーーーー!!!」
「声が小さい!!」
「イルゼさん!!どうもありがとうございました!!!」
先ほどの男が、腰を90度に曲げて、イルゼに対してお礼を叫んでいた。
――――どうでも良いから、ちょっと静かに食事をさせてほしい。
「ありがとうな、イルゼ嬢ちゃん。こいつ従騎士からのたたき上げで、ずっとうちの隊で育ててたんだが、世間知らずで。あやうく騎士団・・・どころか人生一発退場になるとこだったわ。助かった、ありがとう。」
新人騎士と一緒に頭を下げるのは、第7騎士団の部隊長だ。
「当然のことをしたまでです。」
「いやいやいや。しかも、助けてもらっておいて、嬢ちゃんに文句言いに行ったって聞いて、慌てたわ。ホントこいつアホで。おい!何頭上げてんだ下げろコラ!!!」
厳しい事を言っているようで、他団の新人の騎士に一緒に謝りにくるぐらいだ。情に厚い部隊長なのだろう。
ゴツゴツとして厳つい強面を、新人と一緒に下げている。
「お前なあ、なんだってあんなオモチャの剣使ってんだよ。いつもの支給された剣使え!」
「親戚にもらって、応援しにいくから絶対使えよって言われました!!」
「じゃなんで訓練で使わねんだよ。使ってたら全員で注意するわっ。」
「本番まで大事にしまってました!!」
「どアホ!!!」
――――あっちでやってくれないかなー。
と、イルゼは思った。
「休憩中に悪かったな嬢ちゃん。このアホには良く言い聞かせておくわ。こんなアホでも、子どもの頃から面倒みてると可愛くてな。今度正式に礼をさせてもらう。じゃあな。」
さすがに部隊長は、この休憩時間の重要さが分かるのか、適当なところで話を切り上げて、去って行った。
入団前に行われる身辺調査の、再調査がされるだろうが、どうやら拘束される様子はない。
しばらく部隊長にしごかれる程度で済むのだろう。
本人が、そのありがたさに気が付いているかは分からないが。
ちなみに王国騎士団に入るには、厳しい身辺調査が行われる。要人の警護が重要な任務のうちの一つなので、当然だ。
犯罪歴のある親戚はいないか、これまでの交友関係に怪しい点はないか、徹底的に洗われる。
もしも父親が横領で捕まりでもしようものなら、本人は悪くなくても、万が一にも入団することはできなくなってしまうだろう。
*****
午後の決勝トーナメントは、ここ数年で一番の盛り上がりを見せたことを、ここに記しておく。
トーナメント表の端と端に位置する『白薔薇の騎士』と『赤薔薇の君』が、次々と勝ち上がっていく快進劇に、人々は興奮した。
そして当然のようにその2人の対戦となった決勝戦。
どこから聞きつけたのか、観客の数は次々と膨らみ、会場は満員状態。
それまで、それぞれ一瞬で勝負をつけてきた2人が、どこか楽しそうに、楽しみを長引かせるように剣を交えるその姿に、会場は正に熱狂の渦に包まれた。
その歓声は、嘘か本当か、風に乗って、王都の端まで届いたと言う。




