1.使えない派遣社員
新年度が始まって半月後、俺は再びひどい寝汗と激しい動悸で目を覚ました。ストレスだろう。心当たりがある。
(あいつだ。あいつのせいだ)
軽く頭を振りベッドから下りる。あいつというのは山本真由美。今月配属された派遣社員だ。ありふれた名前同様見た目もごく普通のOLなのだがとにかくこの女、驚くほど使えない。何度言っても同じミスをする。わざとやっているのではないかと思うほどだ。俺は昨日のことを思い出しうんざりする。
「山本さん、いい加減簡単な処理ぐらい覚えてもらわないと。これじゃあ何も頼めやしない」
俺は彼女がミスした書類に目を落としたまま少し強い口調で叱責した。新人だからと半月我慢したがそろそろ限界だ。すぐに謝罪の言葉が聞こえると思ったが案に相違して目の前の山本は無言で俺の前に立ち尽くしている。怪訝に思い視線を上げ、俺は絶句した。
(こいつ、どういうつもりだ)
落ち込んで俯いていると思っていた山本は目を細め唇の両端をキュッと持ち上げじっと俺を見ている。その異様な表情に背筋がゾッとした。
(笑ってる……)
山本は嘲るような笑みを浮かべたまま口を閉ざしている。恐怖と苛立ちから気付けば俺は彼女を怒鳴りつけていた。
「おい、何がおかしいんだ!」
突然の怒声にフロアの皆が振り向く。咄嗟に「何でもない」と手を振ると皆視線を逸らし自分の業務に戻った。ため息をつき再び視線を山本に移すと驚くことに山本はぽろぽろ涙を流している。
「申し訳ありませんでした。以後気を付けます」
震える声で謝罪する彼女はさっきまでとまるで別人だ。
(何なんだ、こいつ)
腹が立つというよりも気味が悪い。呆然とする俺に部長が声をかけてきた。急いで向かうと部長は渋い顔をしている。山本の元に数人の女性社員が集まり慰めているのがちらりと視界に入った。