第5章・ここはそういう場所
歳は10くらいだろうか。突然声をかけられて一瞬驚いたようだがすぐにこちらを睨んできた。
再び辰哉が少年に言う。
「オマエなにやってんだ?」
「なにもしてねーよ。てか誰、あんた?」
「人を天井から吊るしてなにやってんだと訊いてんだよ」
「人じゃねーよ、あれは馬」
「馬?」
「馬だよ、みんなが賭けてる馬」
「賭けてる?」
「いつまで生きてるか賭けてるんだよ。オレはその見張り」
「はあ?」
「だから邪魔すんな」
「…オマエ、自分のやっていることわかってんのか?」
少年がポケットからナイフを取り出すと切っ先を辰哉に向ける。
辰哉、笑みを見せて、
「使ったことあんのか?それ」
「あるよ」
「ならほら、来いよ」
少年の背後から聴こえる落下音。
振り返る少年。
床に崩れ落ちている老人。
両手首を残したまま揺れているロープ。
再び辰哉に向き合おうとした瞬間に胸元を蹴られて尻もちをつく少年。
「ナイフ出したらよそ見すんじゃねーよ」
辰哉、ナイフを握る少年の右手首を踏みつける。
為す術もなく辰哉の足元でもがく少年。
辰哉、携帯を取り出し、
「わりーが賭けはなしだ。お爺さんには病院ヘ行って…」
辰哉の手から携帯が落ちる。
首に絡みついているギターの弦。
隙間に指を入れて振りほどこうとする辰哉に向かって囁かれる女子高生の声。
「ごめんね、あなたいい人みたいだけどここからはなにも持ち出せないの。お爺さんも、雑草もね。奪うだけ。ここはそういう場所」
ギターの弦が辰哉の指を弾き飛ばして首に喰い込む。
(第5章・ここはそういう場所・終わり)