第1章・黒い大使館
昼下りのワンルームマンション。
悠里の部屋でおもむろに辰哉が言った。
「麻畑があるんだよ」
テレビを見ながら悠里が応える。
「そりゃあるよ。免許があれば育てるのは合法だし」
「違うって!美味そうなバッズがたわわに実ってる本物のガンジャ畑だよ!『ビーチ・バム』でスヌープの家にあったようなとびきり上物のガンジャが何本も!」
暫し沈黙のあと辰哉を見て悠里が言う。
「…どこに?」
「なんとすぐそこのグリーンハイツにある花壇」
「そりゃヤバいな」
「だろ!何度も確認したが間違いない!」
「違う違う、グリーンハイツがヤバい」
「なんでだよ、市営の団地だろ」
「…まぁ、そうだけど」
「さっきも女子高生がギター弾いてたよ」
「さっき?」
「あぁ。バス降りて中を通ってここに来るとき花壇の前にあるベンチで女子高生がギター弾いていた」
「いつもそのコースでうちに来てるのか?」
「最短コースだし」
「ヤバい、とてもヤバいなそれは…」
「なんだよ、ヤバいヤバいって」
「この辺りじゃ有名なんだけど」
「うん」
「あそこは治外法権というか…」
「はあ?」
「だから住人以外中には入らない」
「はあ?なんだよそれ?」
「まぁ…そういうことだ」
「はあ?グリーンハイツは大使館か?」
「ニュアンスとしては近いな。ただし黒い大使館」
「全然意味わかんねえよ。目の前に極上のネタがあるんだぞ。しかも無料で大量に。ハサミ持っていけば10分後にはフライングハイだよ」
「もう忘れろ」
「なんなんだよ?それ?」
無言で首を振る悠里。
苛立たしそうに辰哉が言う。
「らしくないなあ」
「だからヤバいんだって。オマエのことはたぶん記録されてる。それでオレの部屋もマークされてる」
「はあ?」
「気づかなかったか」
「なにを?」
「監視カメラ」
「カメラ?」
「グリーンハイツに死角はないんだよ。あちこちにカメラが付けられてる」
「やたらにセキュリティが万全の団地ということか?」
「カメラは外にも向いている」
「はあ?」
「ここら一帯全て監視されてるんだよ」
「なんの為に?」
「わからないから怖いんだよ」
辰哉、しばらく考えた後。
「もういい。関係ない。取ってくるわ」
「やめとけ」
「情けねえなあ。高校んときネタ誤摩化したヤクザ相手に一歩も引かなかったオマエはどこいった?丸くなったのか?むかしはヤンチャだったけどってヤツか?クソダセえなあ!」
沈黙する悠里。
「オレ、オマエに憧れてたんだぞ。いまはそんな自分が情けねえよ。マジでもういいわ」
辰哉、立ち上がり、
「そんな都市伝説みてえな話にビビってるオマエに憧れてたとはな。時間を返してもらいてえよ。責任とってほしいよ。じゃあな」
悠里、部屋から出ていく辰哉を見つめながら3年前の出来事を思い出していた…
(第1章・黒い大使館・終わり)