序章
深夜。
中規模な公営団地前の路地でライトを点して停車しているパトカー。
車内で岡崎が向井に声をかける。
「落ち着いたか?」
「そんな状況じゃないでしょう」
暫し考えて再び岡崎が言葉を繋げる。
「お前、幽霊を信じるか?」
「だからそんな状況じゃ…」
岡崎、向井の言葉を遮り、
「いいから答えろ」
「幽霊…あるかもしれませんね。虫の知らせとかそんな感じのことは」
「俺は全く信じてない。超自然現象などこの世にはないと思っている。そういうのは全て心理学か脳神経学かわからんけど、とにかく合理的に説明ができると思っているんだよ」
「だからそんな状況…」
「いいから黙って聞け」
不満気に岡崎を見る向井。岡崎が再び話しだす。
「でもな一度だけそういうものを見たことがある。学生時代、夜中に目覚めると死んだ母親が枕もとに立っていたんだ。夢だと思ったがなにかを俺に伝えようと口をパクパクしていてさ、声は聞こえなかったんだが口の動きを読むとこう言ってるようで…」
前を見つめたまま岡崎が続ける。
「出るな…と。で、翌日バイトだったんだけど風邪だと言って休んだんだよ。そしたらいつも乗っていた電車が事故を起こしたんだ。百人近くが死んだ脱線事故」
岡崎を見つめている向井。
「それでも俺は信じられなくて、結局それはなかったことにした。もちろん事故はあったんだけど警告した母のことはなかったことにした。あまりにも理解不能なことは無視するしかないんだよ」
向井が言う。
「でも、それとこれは…」
「同じだよ。グリーンハイツは理解できない。正面から関わると気が狂う。そのうち俺の言葉は理解できる。もっと時間が経てば」
パトカーのヘッドライトに照らされて小学校低学年の5人の子供たちが老人男性を愉しげに引きずりながら歩いている。たまに頭を蹴られて血だらけになった顔からは生死の判別すらつかない。やがて全員が団地の敷地内に入り込む。
向井が口を開く。
「ひとつ質問いいですか」
「あぁ」
「警察官の仕事ってなんですか」
「治安維持だな」
「あれは放置してですか」
「ここではグリーンハイツの治安を守るんだよ。それが仕事だ。行くぞ」
漆黒の闇と静寂を残してパトカーは走り去った。
(序章・終わり)