3-3 カオルを求めて
3-3 カオルを求めて
「仲間が増えたか。歓迎しよう」
アジトの奥に連れてこられた俺達はアヤから歓迎を受けていた。
「それで思い出したのか。では状況をできるだけ細かく教えてくれ」
アヤはメモを取り出し、俺の言葉に対してメモを取っていった。
「フム、なるほど。それで君はそのカオルさんにもう一度会いたいと」
アヤの言葉に、俺は深く頷いた。
「リスクに関しては理解しているかね。普通に茸になる分は害はない。男茸になると周囲の文明成分を吸収してしまう。簡単に言うとその周囲が原始時代だ」
ファンタジーのような事だが、現実だ。
「車やらに大きなのが生えていたな」
俺は呟く。
「そうだろう。男の子は車が好きだ。だからこそ立派なものが生えるのだ。だが、そうなるともう動作しない」
医者に何故何を聞いても仕方ないだろうし、そこは質問しない。そうだという経験則こそが重要なのだ。
「君自身がなんともなくともリスクはある。保菌者これはまだいい。我々はみな侵されている。茸の種類というのはそれこそ無数にある。男茸はまだ一種類しか発見されていないが分からない」
確かに外敵は。
「つまり防疫的観点で持ち込むは厳禁。場合によっては、立ち入りを禁止する。これでいいか?」
学者の話はまだるっこしい。
「そうだ特に男茸は一度アジトが壊滅したこともあり、危険なことが判明している。同胞の復活の可能性を加味して君が目覚めた病院に安置してあるがこれも危険となれば処理する可能性もある。理解しているのならばいい。食料は必要ないとしても無敵なわけでもない。ここでも冷たい方程式は現実問題だ。つまり外回りも計画的に行わなければいけないという事だ。だが、外回りの人員は貴重、ある程度の要望は聞いてやりたいというのが私の気持ちだ」
アヤはそれだけ言ってから去っていった。他にも仕事が山積みなのだろう。
「死して屍拾うものなしって奴やな」
ミコトが白い歯を見せて笑った。
「あの時何が起こったか知らないが、死んだようなものだろう」
ミコトを鼻で笑う俺。
「じゃあ、死んで屍を拾いに行くって事やね!」
ケタケタと笑い始めるミコト。
「カオルは死んでいない!」
少しイラついただけなのだが、大声で叫んでしまった。
「いや、ごめんな。つい状況にはまってもうて。でも、自然に還ってただのキノコになってしまってる可能性は捨てきれへんで。わしが探した時は、皆茸になってからすぐやったからなあ」
考え無しなだけで、ミコトは俺の事を支えようとはしてくれているのだ。これでも。
「では行くか」
俺はアジトの外に出ようと歩き出した。
「行くのか。無事を祈る!」
ここがアジトの外と内を分けるガラクタの積まれた境界線。守護者のアキラに声をかけられた。
「いつもの奴やなあ。もう少し変化球とか投げられへんの?」
後ろを歩くミコトがアキラを冷やかす。
「なら、おまえの分は祈らない!」
人払いをするように手を動かすアキラ。
「うわあ、アキラちゃんに嫌われたあ!」
ミコトの泣きまね。これは迫真の物だった。
「ほ、本当は、祈っているぞ」
アキラはいい人だな。
「嘘やで。そちらこそ安全を祈ってるで」
ミコトは、アキラにウィンクをよこす。ハートが飛んでいくのが見えた気がする。
「ぐぬぬ!」
整ったアキラの頬は真っ赤っかだ。その顔は俺達が随分遠くに行くまで確認できた。
「ふう」
外に出た所でミコトはため息をついた。
「どうしたんだ、やけにシリアスになって」
彼女の表情はだいぶ違っていた。
「まあ、気が重いねん」
ミコトはため息をついた。
「何か他に嫌なことでもあるのか」
言ってないことがあるのなら是非とも聞いておきたい。
「ヒビキはんは、アジトの中に入る前に、お風呂に通されたんとちゃうか?」
お風呂か。あれはいいものだった。
「ビニールプールにはったあったかいお湯がありがたいと感じたのは、いやそれはあるが。この体では元よりも嬉しい体験だったな」
こちらは全裸で検疫部隊の監視付きというのは恥ずかしさを感じたが、あれはいいものだ。この世界にもまだ温泉があるのなら探し求めたい気分にもなる。
「初回はそうなんや。初回はな。割と高濃度の殺菌成分を入れた風呂で優しく洗ってくれるもんなあ」
顔では壮絶に笑みを浮かべながら、体は所在無さげにモジモジしている。
「ミコトは違う処置をされたのか」
ふむ、それが問題なのか?
「まずキノコと深い接触をして帰ってきたアジトメンバーは、全身の穴という穴を消毒されるのが決まりや。遠出したメンバーも同じやね。初回のメンバーに資源まで消費して優しいのはいきなり厳しくしたら逃げ出される可能性があるからやな」
やり方はともかく、バイオハザード後の世界ならそれが当たり前のようにも思えた。
「ホース突っ込まれてゴシゴシされるねん。わしらの体が正確な所どうなってるか知らんけど、普通の女の子みたいにま……やのうて関所があったらもう完璧に無くなってもうてるわ」
股間を抑えながらモジモジし続けるミコト。俺はロリコンでも何でもない。ミコトの年齢だとさらに下の区分になるのだろうがそれでもない。どちらかというと年上の方が好きだ。
「どうしはったん、ヒビキはん股間押さえて。想像してもうた?」
幻肢痛とでもいうべきなのか、失われたはずの俺の第三の足が天を穿つ感覚があった。細かい事を言えば違うのだろうが、方言の響きが多分ジェンダーレスに甘く俺の心に突き刺さったに違いない。何というか自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきたので結論をもう一度言うが俺はロリコンじゃない。
「アジトを守るためだろう。仕方ない」
強がりながらも俺はミコトの顔を見ることができなかった。
「まあ、わしは好んで外に出るからなあ。懲罰的な意味合いもあるんやろうけど。ある意味罰になってへんで」
これは私見だが、外を冒険することで男性的欲求を満たし、帰って懲罰を受ける事で女性的欲求を満たす。ミコトはそうやってバランスを取り十年もの間生き永らえてきたのだろう。それよりも今は冒険の時間だ。
「そんな事はない! それで繁華街の外れの、ファムファタールというホテルだったと思うのだが」
俺は記憶に残っているカオルとの最後の逢瀬になってしまったホテルの名前を言った。
「ああ、場所はわかるわ。死映館の連中のシマやな。攻撃的やないから、静かにしていれば多分大丈夫やろ」
しえいかん? ああ、話に聞いていた他の組織か。
「死映館とは、どういった組織なんだ?」
一応聞いておこう。元やくざの「攻撃的やない」はあてにならないかもしれない。
「何かなあ、世の中を儚んで映画館に引きこもって、過去の画像を観続ける連中や」
首を捻りながらも説明してくれるミコト。
「映画があるのか?」
文明破壊されても映画?
「電気も来てへんはずやのにな。理由はようわからへん。いっぺん連中の内の一人と話したこともあるけど、難しいことばっかり。向こうも通じてへんのがわかったみたいで、映画の邪魔になるから静かにしないといけないと伝えてくれたんや」
話し合いをしただけのように聞こえる。穏当な連中なのか。
「映画館を根城にしているという事なのか。あそこら辺の映画館となるとどちらかというと駅の近くだから、ホテルからは二キロぐらいは離れているな」
それなら少々暴れた所で大丈夫だろう。
「そんなもんやな。ほなら、いこうか!」
ミコトは、おもちゃの小銃型の水鉄砲片手に歩き出す。俺はピストル型の水鉄砲を手にしていた。近距離での取り回しに有利だと思ったからだ。
「はら、早く! いくで!」
ミコトはピョンピョン飛びながら手をヒラヒラさせて俺を誘う。
「全く」
妹でもできた気分だ。と自分を誤魔化す。ぴったりと体にフィットした体操服のブルマ。そのなだらかな丘の下では、実の所燃え滾る雄の欲望が隆起しようともがきプロトコル不整合によりその行き場をなくしていた。ミコトの相棒が男茸になってしまったのはこのわけのわからない魅力のせいではないのかと思ってしまった。
「早くう!」
静まれ、激しすぎる俺の拍動。初めからそう思うのなら理解もできる。しかしここにきて急に魅力的になったのだ。訳が分からない。
「行くぞ!」
俺は欲望を走ることで発散しようとした。すぐにミコトを追い抜かす俺。目的地はわかっているので問題はあまりない。
「走っていかんでも!」
背中からかけられる声。そして駆けよってくる足音。
「そんな気分なんだ!」
俺は嘘をついた。
「ならしゃあないな! でもほどほどにしときや!」
こうして俺達は目的地までかけっこすることになった。