3-2 ふたりで秘密の昔話
三ー二 ふたりで秘密の昔話
「カオル……」
あの時俺は、彼女のデニムのスカートに周囲を包まれ、その太ももの間に座っていた。勿論その蜜を貪るために。
「なんや、他の女の名前か」
不機嫌そうなミコトの声が遠くで聞こえる気がする。しかし俺は俺の事で一杯だった。
甘い情事に身を委ねる俺とカオル。しかしホテルの一室を胞子の波が襲ったのだろう。
「ぴしゃああああ」
いってしまったあれを婉曲表現した、いわゆる潮ではない。ある意味本イキの小水が俺の頭にぶちまけられた。
「どうしたカオル? 何が起こっている」
スカートの下では状況が確認できない。妙な脱力感。今考えてみればすでに少女になりかけていたのだろう。俺は動かない体に活を入れながらもにスカートから抜け出す。
ホテルの内装は変わり果てていた。色とりどりのキノコが全ての物の表面を覆っていた。しかし俺の目を惹いた物はそれじゃない。キノコに覆われていないデニムのスカート。そして彼女の魅力でもある健康的な足。
「ぷっぷくぷう」
そして物の大きさの基準を無視した上半身は、つるんとした卵のような形状を持つこれは
「フクロダケ!」
俺は叫んでしまった。確かに今日の昼間二人で食べた中華の炒め煮に入ってたが。これはどういうことだ? 私を食べてという事なのか。食べるところだったが。
「変なコスプレしないでくれ。そんな趣味ないからな」
俺はカオルに呼び掛ける。その間にも体の筋肉量は失われ、目の高さも下がっていく。反比例して高くなったのは俺の声。
「いい加減にしろよ。もう萎えた」
股間の突起が体内にもぐりこみ、柔らかい器官が形成されていくのを「萎えた」せいにする。俺は怒っていたのだろう。変化に何も気づいていなかった。キノコだらけのベッドに潜り込む俺。
「ぷっぷく」
少なくとも俺が眠りに落ちるまで、その声は聞こえていた。
「次で答えへんかったら、耳舐めるでえ。ヒビキはん!!」
大きな声が聞こえ俺は目が覚めた。しかしクラクラして返事することはできない。
「ほならな、ぺろっ」
俺の耳朶をミコトの舌が這った。
「ううう」
ちょっと待て! 今ちょっと漏れかけたぞ、何がとは言わないが絶対に! 俺は自分の股間を抑えながらミコトを睨みつける。
「おしっこはキノコを育てる養分やさかいな。浴びすぎたらぼうってなるで」
調子に乗って俺の顔じゅうを嘗め回すミコト。
「やめろ!」
本当の事を言うと勿論悪い気はしないのだが。
「しっかりしいや。相棒」
ミコトは俺の肩をぽんと叩く。
「聞きたいことがある」
俺もミコトの肩の上に手を置く。
「な、なんや?」
見つめあう形になり、ミコトは目をそらした。
「ぷっぷくと鳴くフクロダケでデニムのスカートを穿いた茸女を知らないか?」
我ながら意味不明な質問だ。
「なあ、相棒」
ミコトは地面の方を見ながら俺に問いかけようとする。
「なんだ?」
俺は気付いていなかった。この時に気付いていれば。いやしかし、もう過ぎた事だ。
「ヒビキはんの元女か? やめとき、アヤかて茸女に関わるのは割に合わんと結論を出しとる」
ぱっちりお目々の周りのまつ毛にキラキラしたものが確認できる。
「彼女を取り戻したい」
と言いながら、俺はミコトのキラキラに目を奪われていた。
「そうか気持ちはわかるわあ」
ミコトは、元気よく首を縦に振る。だが、そのイントネーションに肯定の色合いは含まれていなかった。
「何か止めておいた方がいい理由があるのか?」
俺はそんな結論を導き出した。
「わしのコレは水商売やったけどな」
ミコトは小指を立てながら話し始めた。
「運命の日に守ってくれたからこの体がある。それは確かに事実や。わいもそう思ったからこそ、探そうと思ったんや。当時はアヤの研究もそないに進んでへんかった。おしっこをかければ止まるんやないかって、大きなタンク担いでほら、映画の幽霊退治する奴、あれみたいになっとったわ」
〇ーストバスターズか? ミコトが小銃を構えるようなポーズをとる。
「それで、会いに行ったのか?」
これは続きが気になる。
「特定するのは簡単やった。黒地にピンクのドットの派手なスカートのままやったし、右すねの所に蝶の入れ墨もあったしな。病院でプレイ中やったからそこらへん居るかなとも思ってたし。でもな、会ってもしゃあないねん。理由は分かるやろ?」
ふむ、理由?
「彼女達を戻す手段も、襲われるのを回避する手段さえなかったからか」
確かにそう言われてみれば。彼女達を戻す事の出来る技術のない現在、会うことは危険すぎる上に意味さえないのか。
「せや。まあでも、気持ちはよくわかるねん」
アジトへの帰途。あと二キロと言った所だろうか。ミコトは突然足を止めた。キノコだらけのアスファルトの道路の上に背負っていたおかっぱの少女を横たえ、そのそばにいわゆる体育座りでお尻を落ち着けた。
「休憩か」
俺は救出された時から眠ったままの少女を見ながら座る。確かにこの体は強いとは言えない。
「まあ、積もる話もあるし。そこの所をつついてきたんはヒビキはんやでえ。ヒビキはんの彼女さんはどんな人やったんや?」
なるほど。話の続きは休憩を取りながらという事か理解した。
「幼馴染で、一歳年上。家庭的で明るい人だった。俺の事をいつまでも子ども扱いするのが珠に瑕だった。フクロダケになった時は何かの冗談かと思った」
俺の言葉に噴き出すミコト。
「わしの場合は、カエンダケやったわ。本物みたいに毒性がなくて本当によかったわ。アヤの言うことには、菌類が蔓延るこの状況じゃ毒を持つ必要はなくなったのではとか言うとったわ」
ブラックコーヒーでも口に含んだのかというほど幼い顔が渋みを帯びる。
「それで、彼女はどうなったんだ」
助かっているなら良かったのだ。ミコトの表情から見てそれはなさそうだが。
「と、ともかくわしは、カエンダケになった彼女と再会を果たしたんやけど、おしっこ搾り取られるだけで終わってしもうたってわけや。彼女の前で女の喜び感じさせられるのは地獄。これがおすすめせえへん理由そのいちや!」
それは。確かに恥ずかしい気がする。
「その2は、あるのか」
俺の顔はなぜか火照っていた。
「もちろんや! そのいちはR18やったけど、そのにはホラー的な意味でR18やで! 茸女達に放置されたわしの体にはキノコが生え始めた。わしは躍起になって体中に生えキノコを毟って捨てた。キノコに肉持っていかれて、体中は傷でボコボコになったけどすぐにきれいな女の子の肌に戻った。だけどすぐキノコが生えてくるねん。毟って投げ捨てたキノコは捨てた先で殖えて明らかにわしのいる方向目指して増えてくるのがわかるんや。なんか女の勘とかいう奴がびびっと来るんや。それからは子供を投げてるような気分になってな。知りたくはなかったわあ。アヤがくるまでどのぐらいの期間かわからへんけど、そうやって生き永らえたんや」
なるほど。地獄だったのだろう。
「だが、今なら武器はある」
そんな状況に陥らずに済むのではないか?
「でも、会ってどうする気やねん?」
ミコトのそれはきっと正論なのだろう。
「感謝したい。彼女にその気は無かったのだろうが。俺の気持ちはわかると、言っていただろう?」
実際会ってどんな気持ちになるのかすらも、今は闇の中だ。特にこの体になってから感情が不安定ではあるし。
「ああ、でも反対や。どうしても悲しい気持ちになってしまうのは間違いないで」
そうか。
「では、俺一人でも行く!」
俺は立ち上がった。
「安心せえ、相棒。わしも行くのは反対の賛成や。相棒を置いていくのは義に反するからなあ。それにそこの眠り姫ちゃんをちゃんと届けてからにせえへんとなあ。それとも放っていくか? もう一つの道もあるな。今の気持ちのわしに任せる事や」
裸のおかっぱ少女の肌に顔を寄せ、実にじっとりとした目で視姦するミコト。
「納期は、もう少し……」
おかっぱ少女が寝言を呟く。元の世界の夢でも見ているのだろう。
「それは駄目だな。一回アジトに寄ろう」
俺は即断した。
「そうしよっか」
ミコトは立ちあがりおかっぱ少女を背負おうとして手を伸ばす。
「え、何?」
俺はミコトと少女の間に体を滑り込ませた。
「ここからは俺が運ぼう」
俺は手早くおかっぱ少女を背負った。
「そうか。まだいけるんやけどなあ」
露骨におかっぱ少女のお尻に熱視線を送るミコト。
「お前は男茸になってしまうぞ」
俺だっていきなり相棒を失うのは嫌だ。
「せやったら安心せえ。わしは水商売のしかもニッチな方の管轄やったんや。そのせいか色々な愛には上から見てる言うか寛容でなあ。そのせいかこの十年間一回も男茸が生えてきた事はないわ」
とはいっても。
「寝ている最中にこの子の体に危険が迫るのは見過ごせない」
俺は有無を言わせずに歩き出した。
「せやな。その子昔懐かしの日本女子体形でなあ。凹凸は少ないけど揉み心地なんともええ癒しの体なんや。まあ、返してくれとは言えへんけどな」
後ろから何か声が聞こえたが無視する。
「ちょっと待ってえな! わしが警戒するから、先歩くから!」
ミコトは駆け足で俺を追い越した。
「では頼む」
背中に程よく柔らかい体を感じながらも努めて冷静に。確かにこれは危険だ。
「納期が終わったら、また納期」
おかっぱ少女の腕の力が強まる。安心しろここもまた地獄だ。