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第一章 スーパー キノコ ワールド バット マイ キノコ イズ ロスト

第一章 スーパー キノコ ワールド バット マイ キノコ イズ ロスト


 長い夢を見ていた気がする。泥まみれになって這いまわっていた。あれはレンジャーになるための訓練の記憶だろうか。


 「よっと」


 建物の中、床の上で寝ていたようだが、その床も色とりどりのきのこで覆われていた。


 「これは!!」


 触れただけで危険なキノコもある。さらっとキノコの形状を見て判断した限りは大丈夫だが、少しぐらい知識があるからと言って生兵法は怪我の元だ。奴らは菌類。割と簡単に新種になったりするから手に負えない。俺は自分の体をチェックした。


 「なんだ。体が縮んでいる!?」


 俺の身長は立ち上がった時でやっと部屋の出口にあるドアノブぐらいの高さになっていた。そして声も子供らしい高い声がでた。服はTシャツだけだったが、小さくなったおかげで膝頭ぐらいまでのワンピースを着ているような感じで裸にはならずに済んだ。


 「いや、しかし」


 頭脳は大人なあの人じゃないのだ。体が委縮してしまって他に異常が全くないわけないだろう。服の下もチェックする必要があるな。


 「ファサ」


 俺はTシャツを脱ぎ捨てた。実用筋肉細マッチョが売りの俺の体は実に生白く頼りない体になり果てていた。


 「おおう」


 野原を駆け回っていた餓鬼の頃の俺よりもなお細い……。俺は天を仰いだ。まて、涙を流すのはまだ早い。死ぬよりましだ。本当に死ぬキノコもあるのだから。もしくは単なる中毒による幻覚であってくれ。

 俺は、手を合わせ仏様に願をかけてから体の詳細を調べだす。


 「おお、ジーザス!」


 今度は神頼みだ。しかしガッデム! 一番縮んでほしくない所が萎縮してやがった。


 「マイサン……」


 十字を切ってから手を合わせる俺。俺の金精様がすっきりとなくなっているように見えた。女の子みたいななだらかな無毛の丘の下に谷のような亀裂がぴったりと閉じていた。


 「と、ということは。あれだ! ここが一番萎縮したということはここが患部だな! そうに違いない」


 基本的に取りうる行動は洗浄ぐらいしかないだろう。あまりに酷くなるなら切除もありうるのかもしれないがそんな技術も施設もないしどのぐらい眠っていたか知らないが手遅れになっている可能性も高い。痛みも不調も感じない今そんなリスクを冒す必要はないだろう。


 「水を探そう」


 俺はぽつりと言いその後Tシャツを着てから歩き出す。


 部屋を出ると廊下があり、キノコだらけで判別も付きにくいがここは病院のようだ。


 「なら水源の確保は楽だな」


 満面の笑みで歩き出して数歩のところ


 「ぶるぶるっ!!」


 股の間から背中に寒気が走る。


 「まさか!」


 キノコの毒か!?


 「いや、違う! 違うぞ、これは」


 俺は内股になりながら悟った。


 「……尿意だ」


 廊下の少し向こうにトイレがあるじゃないか。かなり強い尿意だ。解毒の意味合いでも尿は出しておいたほうがいいだろう。だがしかし水の確保も確実ではない現状。


 「いい物があるじゃないか。しかし妙に臭いな」


 おそるおそる駆け込んだ男子トイレは、尿検査室の隣で行き来できるタイプのトイレだったようで尿瓶が置いてあった。勿論その周りにもキノコが生えていたが。


 「ぶるぶるぶるっ」


 尿瓶を掴んだ時、ひときわ強い尿意が俺の下半身を襲った。


 「ま、待てよ!」


 急いで尿瓶を体にあてがった。


 「ちょろちょろちょろちょろ」


 勢いよくは流れ出さなかった。


 「尿瓶の中に溜まらない?」


 疑問。それと同時に太ももから下にまとわりつく液体の蛇の熱い感覚。


 「いや、まさか!」


 シャツをまくって俺は股間を見る。


 「のおおお」


 天橋立を見るときのお決まりのポーズのように股間を見上げる俺は絶叫した。小水は俺の股の中央辺りから出ていた。


 「マイサン、イズロスト?」


 女の体になった! そう意識したのが更なる不幸の呼び水だった。


 「じゃああああああ」


 男とは、股間を締める筋肉を動かす勝手が違ったのだろう。小水の流れは過激に増加そして増速した。


 「恥ずかしい……」


 それは俺の中からとっくに失われたとまでは言えないものの克服したはずの感情だった。例え小便しようとも大便しようとも止まらない行軍訓練の事を思い出した。あの時も臭かったが今の臭い。男の臭いを鼻が感じ取り盛んに脳が警告をしている。


 「こんな体になったからなのか」


 なんとなくTシャツの股のある部分を抑えてしまう。あと、顔がなんとなく暑い。既にキノコだらけの床に同心円状に広がり、黄色い液体は沼を形成していた。


 「いや、感傷に浸っている暇はない」


 水を確保しなければ。トイレの手洗い場にある蛇口を捻ってみる。


 「ドロオ」


 怪しい粘液状の水が流れ出す。どこかにタンクがあってそれがやられているのか。


 「これは、最終手段にしたいな。あとは……」


 俺は尿検査室に移動し、そこにあった職員用の冷蔵庫の中を見てみた。


 「よし、あったぞ!」


 なぜかペットボトルだけはキノコも生えず奇麗だった。ミネラルウォーターを二本確保だ。


 「カサ、カサコソ」


 喜びもつかの間。俺の耳は何かが動く音を捉えた。人がいるなら喜べばいいものなのだが、俺の直感は緊張を維持しろと警告を発し続けている。


 「トイレの方のようだな」


 トクントクンと心音が高鳴る。


 「止まってくれとは言わないが、作戦遂行の邪魔だな」


 俺は何とか息を整えながら、検査室の椅子に乗ってトイレと尿検査室の間の扉にある小窓から中を覗き込んだ。


 「何だあれは!!!???」


 二足歩行の人間のようなものの群れ、と言ってしまっていいんだろうか。腰から下は明らかに人間のものでそのほとんどが服や靴も着用している。上半身は本当に何と表現できるのか。


 「でっかいきのこ」


 つい俺の口から洩れる言葉。なんか可愛い。ちょっと棘のある声優みたいな声。いや、そんな事より異常事態だ。奴らの上半身は手も顔もなく人間大のキノコにとって代わってしまったのか。キクラゲ、ヒラタケ、フクロダケ……そこまで詳しいわけではないが自然界ではありえないサイズのキノコが人間の腰から上の半身と入れ替わったような妙なクリーチャーだった。仮称キノコ人ということにしておこう。


 「もさ! もさ!」


 実際にそんな音はしなかったが、キノコ人たちが首をもたげて体を回転させる。俺が声を漏らしてしまったからだろうか。奴らがこちらを警戒しはじめたようだ。五人ぐらいなら閉所を利用して立ち回れば素手でもなんとかなると思ったが、今はか弱い女の子。このままやり過ごすほうが安全だろう。


 まずは目の前にある扉を閉めて、トイレとの行き来ができないようにしてから検査室の出口かその他いい感じの方法で脱出するのがいいか。


 「……カチャリ」


 俺は、できるだけ音を立てないようにトイレと尿検査室の間にある扉を閉めた。検査室の中を見回す俺。キノコの生えまくった壁。ところどころ光が漏れてくる。


 「窓か。ここは何階なんだろうな」


 たとえ何階でも悪夢のような病院の閉鎖空間よりはいいのではないか。この体は軽そうだし登攀はお手の物だろう。俺は、窓の位置を手探りで特定し開け放つ。


 「むわっ」


 何とか部屋の中に取り込んだ外気は全くさわやかではなかった。湿っていて重く森の香りがした。

 そして眼前に広がった光景。


 「ああ、キノコだ」


 その可能性もあると頭の隅では分かっていたはず。ビルも車も電柱も地面も人もキノコだった。胞子が漂っているせいなのか、空気に妙に暗い色彩がまとわりついているような気がする

 「おい、どうするんだよ。国は終わっちまったのか。世界は」


 俺の大声に答える様に検査室から廊下へと出る扉が開く。


 「もさ!」


 奴らが入ってくる。


 「ちくしょう!」


 護れなかった。それだけが俺の感情を支配していた。奴らも何かの被害者かもしれないそんな理性の警告はか弱く激情の波に飲み込まれる。


 「この野郎!」


 拳を握りしめ、奴らの上半身に叩き込む。


 「ぺちん」


 へへっ……。見てくれよ今の俺の不様を。まるでノーダメージだ。奴らは俺の攻撃を意にも介さずに突撃してくる。


 「お、多くねえか?」


 その数は五人どころではなかった。すでに数えきれない位いやがる。


 「もう無理だって!」


 部屋の中は満員電車状態。俺は身動き一つとれない状態で巨大キノコに囲まれていた。


 「何をするんだ!」


 周囲のキノコ人が、地面に膝をつけて俺に祈るようなポーズをとる。キノコの頭の部分をTシャツの裾の部分から侵入させ。


 「ちょ! やめろ!」


 太ももから股の間をくすぐるようなキノコの動き。身動きもできないから抵抗することもままならない。できたとしても素手ではどうにもならないのだろう。


 「くそっ! くそうっっ!」


 涙があふれ出して前が見えない。


 「ふぁさ」


 その涙もキノコ人の内の一人がぬぐってくれた。奴らは水分を欲しているのか?

 気を許してしまった瞬間。ゾワゾワとした掻痒感が体を火照らせ汗やら何やらが噴出し、それが滑りを良くしキノコの動きは加速された。


 「くううっ! ううっ!」


 下半身にこみ上げてくるものがある。


 「も、漏らすものかぁっ!!」


 俺は自分に言い聞かせる。キノコ人と言っても人。人様に小水をかけてしまったとなったら、もうお天道様のもとを歩けない。小さな手でもって何とか漏らさないようにTシャツの上から股の間を押さえつける。


 「ぐにぐにっ」


 俺の肉にキノコのめり込む感触。実際は強く触れ合っただけなのだがそう感じた。昔尿道カテーテルを入れられた経験があったが、それに近い。それより太く柔らかくどうにかなってしまいそうだ。どちらにせよ俺の取ったのは悪手だった。


 「ぷし」


 強い刺激により俺のダムは崩壊する。


 「見るなあっ!!!」


 見えているかどうか定かではないのに言ってしまった。気持ちはわかるだろう?


 「ぷしぃぃぃぃぃ」


 この音に、匂いに、キノコ人たちの動きが慌ただしくなる。


 「もさ! ふぁさ!」


 我も我もと、競い合うように、奴らは俺の股下に群がってくる。このままでは体の中の水分全てを奪われてしまうのではないか。


 「やめ、やめて、下さい」


 命乞いをしながら、何とか太ももを閉じようと試みるがどうにもならない。


 「しと、しと」


 勿論キノコ人たちに聞く耳はない。俺の液体を浴びて吸収しながらもお代りを求めてくる。


 「しかし……」


 このまま俺は、どうなってしまうのだろう。カラカラになるまで吸われてお仕舞か。それともこの儀式めいた行動に意味があるのか。小水を漏らすように誘導している?


 「いや、まさか……」


 菌糸を植え付けようとしている? だとすれば俺もキノコ人になるのか?


 「やめろっ!」


 そう思うと一旦萎えていたファッキンガッツが再燃した。

 手を振り回し、できるだけ奴らを近づけないように抵抗する。


 「もさもさもさもさ!」


 数でも、力でも勝てない。この抵抗に意味はないのかもしれない。


 「それでも、できるだけ絶望の未来を遠くしよう。それが人間ってもんだろ!」


 俺は検査室の机の上に組み敷かれながら叫んだ。奴らには足しかないが俺の四肢は踏みつけられ固定されてしまった。


 「これがほんとのまな板の上の鯉か」


 溜息までが可愛い。本当にどうなっちまったんだこの世界は。


 「兄ちゃん!! 大丈夫か!?」


 突然聞こえる声。それはお日様の香りのする少女のものだった。関西弁だったが。


 「言葉が通じるのか? 助けてくれ!」


 姿すら見えない少女の声に、今は縋るしかない。


 「ほな、ちょっくら待っといてや!」


 何かの電気的な駆動音の後に数回の水音。


 「今の内や! 駆け出せ!」


 少女の号令の下、俺の体は過去の訓練のおかげもあったのだろう何とか反応した。


 「動ける!?」


 キノコ人達はなぜか立ち竦んでいるだけでこちらに反応はしなかった。


 「よし、これなら!」


 俺は、四つん這いになりキノコ人たちの足の間をすり抜けていった。


 廊下には少女が立っていた。手にはおもちゃっぽい銃、そして旧スクール水着にビーチサンダル着用といういでたちの日に焼けた少女だった。髪はこれもまた日に焼けたお猿っぽいベリーショートだった。スクール水着のゼッケンには「ミコト」と記名してある。


 「兄ちゃん。すごい体裁きやなあ。なにかやっとったん?」


 ミコト(仮)は、太陽のような笑みで和ませながらもこちらを探ってくる。


 「国防関係で少し。そういうミコトさんもそれの扱いには慣れていらっしゃるようで」


 構え一つとっても隙はない。それよりも俺は少女からもっと剣呑でダークな意図を感じ取った。もう少し高圧的に出ておこう。


 「まあ、抗争やらなんやらで。使った事も二度三度やない」

 

 ああ、暴力組織の関係者か。協力するのは気が引けるが、手を引くのはもう少し状況を理解してからでも遅くはないだろう。


 「そういえば、このキノコ人達は放置しておいても大丈夫なのか」


 どのような手段を取ったのか分からないが、先程から奴らは身じろぎ一つしない。


 「ああ、三十分は保証しますわ」


 ミコトは三本指を立てながらウィンクした。


 「なら大丈夫か。しかし俺を兄ちゃんと呼んだ。という事は同じような状況の者がまだいるのか」


 嫌な想像だが多分当たっているだろう。男は笑った。いやらしく。そして彼の次の言葉は俺の想像を上回るものだった。


 「生存者の野郎はみんな雌餓鬼になり果ててもうたわ。生きるためにアジトにみんな集まってそれぞれの出来る事をしとる。わいは生存者がおるかどうか見回りをしとったんや」


 なるほど。それで俺を発見したという訳だな。


 「それは女性しかいないという事か。人類は終わったんじゃないか」


 これ以上殖えないのだろう?


 「まあ、難しいことはわかれへんけど。そうでもないかもなあ」


 可愛く太陽みたいな、剣呑な笑み。


 「何か問題解決はできたのか」


 まさか殖える手段があって、そのために俺をオルグしようというのか。なぜか先程のキノコ体験を思い出して背中に冷たいものが走る。


 「解決やないねんけど。今な、二〇三〇年や」


 西暦か? それが一体?


 「なるほど俺が覚えている世界から一〇年経っているのか」


 それがどうしたんだ?


 「ワイは、すぐに目覚めた個体のうちの一つなんやけど。年取ってるように見えるか?」


 確かに。小学校低学年にしか見えない。


 「老化しない?」


 夢のようでもあり、少女の体に囚われるという呪縛でもありそうな気もする。


 「頭のいい人によるとそういう事らしいわ」


 ミコトは今度は快活に笑った。


 「あのキノコ人達は一体?」


 これがわからない。


 「あれは可哀想な子らや。細かいことはアジトについてからにしよ」


 ミコトは俺を手招きしてついてくるように促した。


 「とりあえず従うしかないようだな」


 俺はミコトの導きに従うことにする。


 病院を出た街道にはキノコ人はおらず。アジトに向かう道中は楽だった。その間の会話はこれだけだった。


 「なあ、兄ちゃん。名前なんて言うねん」


 ミコトは水着のお尻の部分を指で補正しながら言った。


 「ああ、ヒビキと呼んでくれ。よろしく」


 少し戸惑ったがいいだろう。俺は本名を名乗った。

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