棘(イバラ)~最良の選択~
それぞれ、しっかり自宅に帰る生活が定着した頃、歩は退院を果たした。
夏休みも折り返し地点を迎える頃だった。
千春も運よく休みのシフトで、空手部の合宿を終えた幹汰も再び自宅に戻ってきていて退院を果たした歩を一家で歩を迎えに行けた。
病院の正面玄関を出て、車に乗り込み、千春は墓地を目指した。
「まずは、お父さんに報告ね」
病院から車で20分程の距離にある、海が一望できる墓地に到着した4人は鏑木家の墓石の前に立ち、静かに手を合わせた。
生前、海が大好きだった故人の為に千春は海が見えるこの墓地に両親の助けを借りながらも墓石を買ったのだ。
「お父さん、馬鹿な事して、本当にごめんなさい、二度と命を粗末にしません・・・・」
「本当に、お母さんとも約束して!二度と命を粗末にしないって・・・・・」
「約束します、本当に、ごめんなさい、そして学校も行くよ!あんな事言っちゃったけど2学期からは、ちゃんと学校に行く」
千春は核心に迫る事は避け、娘の覚悟に相槌を打った。
「じゃ、帰りましょう」
「・・・・・悪いんだけど、帰りに寄りたい所が有るんだ!先に帰っていてくれ」
直ぐに思い当たった幹汰が遠慮気味に大地に確認した。
「確か、今日だったな・・・・命日、失礼が無いように、気をつけて行って来い」
墓地で解散して、大地は杏子の家に、幹汰達は自宅に戻った。
「まぁ、大地君・・・・告別式以来かしら?久しぶりね」
「ご無沙汰しております、なかなか伺えずに申しわけありません、焼香させて頂いて良いですか」
「ありがとう・・・・どうぞ、上がって?」
「お邪魔します」
仏壇に長い時間手を合わせていると、母親が杏子が使っていた携帯と麦茶を持ってきた。
「何もないけど、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「・・・・ねえ、大地君、ちょっと聞きたい事が有るの」
「聞きたい事?」
大地は背後のテーブルに向き直った。
「私、てっきり、あの子が最期に話した相手は大地君だと思っていたんだけどね」
言いながら母親は杏子の携帯を差し出した。
「ちょっとゴメンなさい、着信履歴のページを見てほしいの」
言われて大地は着信履歴の画面を見た。
大地の着信の7分後に名前の登録のされてない番号からの着信が有った事を示していた。
「大地君や、他の友達みたいに名前で登録されてないから、よく判らないんだけど、この番号、心当たり有るかしら?携帯からなのは判るんだけど」
「見覚えないですね・・・・ちょっと待って下さい」
言いながら大地はアドレス帳を開いて該当する番号が無いか確認したが無かった。
「誰かからの間違い電話とかかもしれないですね、思い切ってこっちから掛けちゃった方が早いですよ!発信して良いですか?」
「・・・・ええ、でも念の為非通知で」
「判りました」
大地は着信履歴からそのまま選択して非通知でコールした。
長く呼び出して、諦めようとした時、電話がつながった。
『・・・・はい』
訝し気に、警戒気味に応対した声は、どこかで聞き憶えがあるような無いような10代と思われる若い女性の声だった。
無言の大地に相手が少し苛立った声音で問いかけてきた。
『もしもし、誰?黙ってないでよ、切るよ』
その時、電話の向こうから別の声が届いた。
『どうしたの、お姉ちゃん大声出して』
『なんか非通知で電話かかってきて、出たんだけど無言なの、これからデートなのに』
『切っちゃえば?』
ブツ!
少々乱暴に電話が切られた。
「どうだった?やっぱ間違い電話?」
「どっかで聞いた事のあるような声でした」
「え?」
「でも、杏子の知り合いなら、杏子も名前で登録するだろうし、やっぱ間違いですかね」
「そうよね・・・・あの子が最期に誰と何を話したのか知りたかったんだけど」
「それにしても、まだ解約してなかったんですね、そういう僕も、まだ、この待ち受け画像を変えられていないんですけど」
「無意味なのは判っているのにね」
「そういえば、何で着信履歴なんて見たんですか?」
「この間の月命日に、もう前を向かないとダメだって、その第一歩として携帯を解約しようって主人と話していて、でもその前に、2人で杏子の携帯の中の写真とかのデータは私達の携帯に移しましょうって事になったんだけど、操作方法がイマイチよく解らなくて弄り回してるうちに着信履歴のページを開いちゃって」
「そうなんですね・・・・・」
「私達本当に機械音痴で、杏子によく呆れられていたわ」
泣き笑いで大切そうに杏子の携帯を握りしめた時、指先が通話ボタンを押して、先ほどの謎の番号に今度は非通知設定をしない状態で発信していた。
「あら、私ったら、掛かっちゃった!どうしましょう」
母親は咄嗟に大地に携帯を押しつけた。
大地は苦笑いしながらも受け取り、耳に押しあてると、まだ呼び出している最中だった。
母親も聞けるようにハンズフリーボタンを押して大地は相手の応答を待った。
『もしもし・・・・・?』
相手の応答に母親が答えた。
「もしもし」
相手に、どう切り出したらいいか判らず、母親は沈黙してしまった。
『・・・・・あの、間違いですか?用が無いなら切るけど』
相手のイラ立った声音に母親は切り出した。
「えっと・・・・・娘の携帯に着信履歴があって」
『はい?』
「数年前に亡くなった娘の携帯の最期の着信履歴で貴女の番号が残っていたので」
『・・・・は?』
大地は、ようやく声の主を思い出した。
「・・・・思い出した!小沢だ、小沢咲希!」
「え?」
「陸上部で杏子に相談持ちかけた奴です、顧問がドーピングしているって、持ちかけておきながら真っ先に杏子から離れた裏切り者」
『え、その声・・・・鏑木?!』
「お前、杏子と最期に何を話したんだ、杏子の携帯、最後の着信履歴お前になってるんだよ」
『何それ、そんな筈無いと思うけど、そもそも親しくなかったから学校でも、ほとんど会話した記憶も無いし!って言うか裏切り者って何!』
「本当の事だろう!文句言ってないで良いから思い出せよ!証拠としてお前の着信履歴が残っているんだから!って言うか、そんな親しくなかった奴に、そんな重い相談持ちかけるっておかしいだろう!」
『煩いな、私が誰に相談したって、あんたに関係ないでしょう』
口論しながらも、咲希は何故親しくも無い杏子の携帯に自分の着信が残っていたのか懸命に記憶を手繰り寄せ原因を探った。
そして、やっと、思い出す事に成功した。
その頃、丁度携帯を新調してアドレス帳を操作していて誤発信してしまった事があった。
『思い出した!その着信履歴、誤発信だよ!新しい携帯のアドレス帳を整理している時にうっかり発信ボタン押しちゃって』
母親は横で納得したように頷いた。
『交した言葉としては、ごめん、間違って掛けちゃった、そう、判った、じゃあって感じで呆気ない物だった、もう良い?私これから用事があるから切るよ!』
乱暴に切られた電話を2人で見下ろした。
「ありがとう大地君、色々と謎が解けたわ!きっと彼女は本当の事を言っていて杏子と最期に話したのは、大地君なのね、杏子は最期に大地君に何を話したの?」
・・・・・思い出す必要は無かった。
今でも鮮明に交した言葉を覚えていた。
「最後まで私を信じてくれてありがとうって言われました、最後という言葉に凄く嫌な予感がして明日迎えに行くって言ってしまったんです!杏子と明日の約束を取りつけたくて、安心材料が欲しくて、杏子は悪い事をしてないんだから堂々としていれば良いって、堂々と明日俺と一緒に学校に行こうと言って励ましてしまったんです・・・・」
「そう・・・・」
「長く沈黙した後、杏子は、判った、明日ね、バイバイって、それが最期に聞いた杏子の言葉でした、今でも自分は掛ける言葉を間違えたんだと思っています!杏子を救う言葉は他に有ったんじゃないかって」
「・・・・間違ってなんていないわ」
後悔を噛みしめる大地の痛々しい様子に母親は慎重に言葉を探した。
「貴方は最期まで杏子を信じてくれて告別式の席でも身の潔白を訴え続けてくれていたわね、貴方は、あの子を陽のあたる場所に連れて行きたかったんでしょう、あの子が自力では行けなくなっている陽のあたる場所に、貴方は何としても連れて行ってあげたかったのよね?杏子の為に本当にありがとう、決心ついたわ!明日、娘の携帯を解約してくる」
大地は反対も賛成も出来ず、自分の携帯の待ち受けを見つめた。
「僕が、この待ち受けを変えられないのは、悔しさと後悔に、しがみ付いてるからなのでしょうか」
携帯を両手で握りしめながら胸の内を吐露した。
「本当は頭では判っているんです、杏子を安心させる為にも、いい加減に前を向いて、待ち受けの杏子との写真を削除するべきだと、そうして杏子を安心させてやるべきだって、でも・・・・」
「・・・・・乗り越え方も前の向き方も人それぞれ違って良いのよ、削除する事に拘らなくて良いんじゃないかしら」
静かな声音で諭されて、大地は自分なりの越え方を模索し続けた。
「・・・・・僕の場合は、前を向く為には、乗り越えるには、やはり真相にたどり着くところから始めないとならないみたいです」
方向性を誤りそうな大地の覚悟を尊重して受け止めながらも、きっちり伝えた。
「真相を知りたいと私たちも、ずっと思ってきたわ、でも、正直ね、今はもう私達、犯人捜しをする気は無いの、主人とも話し合って、そうなったの、杏子との楽しい思い出を大事にする上で、あの子が、これからも変わらず私たちの中で生き続ける為に何が最善なのか、長い時間かけて私たちは私たちなりに考えて、その最善の為に犯人を突き止める事は本当に必要なのかしらって所に行きついたの!」
母親の「前に進む覚悟」を真摯に受け止め、待ち受け画面を凝視した後、携帯を閉じてズボンのポケットに押し込んだ。
そして壁に掛かった時計を見て腰を上げた。
「じゃあ、長い時間お邪魔しました」
「何のお構いも出来ずにごめんなさい、今日は杏子の為に本当にありがとう」
大地が複雑な心境で塩沢家を後にした頃。
過労で腎臓を悪くして入院していた悠子も漸く退院を果たした。
久しぶりに立つ台所は悠子が思っていたよりも清潔に保たれていた。
「思っていたよりキレイに使っていたのね?直ぐに何か作るわね」
一通り台所用品をチェックして有り合わせで手早く冷やし中華を作った。
久しぶり食べる母の手料理をかみ締める悠太の横で悠子の表情は何故か曇っていた。
「どうしたの?暗い顔して、体調良くないなら布団敷くから、ちょっと横になったら?」
冷やし中華を食べきって食器を流しに運ぶ息子に、悠子は意を決し口を開いた。
「布団は大丈夫だから、お母さんの話しを聞いて頂戴、ずっと考えていた事があったの」
「何?」
「お父さんが、あんな事件を起こして、友達も居ない、この地に来て、余裕も無くて、でも 、それは悠太も同じだったのに、私の事を心配していたんでしょう?勉強なんて前は口煩く言ったってしなかったのに、あんたが凄く頑張り始めて、母さん、その姿にどれだけ救われたか・・・・」
「・・・・・何?急に」
「あの事件から私は笑わなくなった、親である事を何処かで放棄したのかもしれない」
「ちょっと待って!さっきから変だよ?!」
放棄などしてないと、キッパリ否定してやりたいのに、言えない自分に気付いた。
無表情の母の顔と、満点のテストに喜ぶ母の顔が浮んでいた。
どこかで漠然と感じていた母への不満が急速に明確な物になり混乱しそうになった。
自分を育てる為に、遅くまで働いた母。
学校で有った事を話したい時に、居ないことの方が多かった。
それは、確かに孤独を植え付けた・・・・。
混乱して自分の中で悠太が答えを出す前に悠子は宣言した。
「貴方には、やっぱり父親が必要だった」
「そんな事無いよ、何だよ!帰ってきて早々に変な事ばかり!片親だって立派に生きているじゃないか俺は!」
即答して直ぐ自分の言葉に違和感を覚えた。
公園で、普通に見かける、キャッチボールする父と子の姿を、複雑な思いで見つめていた自分を思い出した。
そして安易に歩を攻撃し、ストレスに任せイジメを続けてきた自分。
そんな自分が立派に生きていると言うのか。
少しずつ変化する自分の体や心に戸惑い。
けれど、それは、母親にはとても相談しにくい事だった。
「・・・・お父さんに、会ってみない?」
唐突に言われ、悠太は混乱した。
「会っても仕方ないだろう!今更あんな奴と何を話せって言うんだよ!」
「話せば良いの、洗い浚い全て、あの頃は私も意固地になって、絶対に貴方と2度と会わせないって決めたけど、貴方には何の罪も無いのにね、大事な時期に貴方から父親と関わる権利を奪った事を今は凄く後悔している!その上で貴方に一つ聞きたい事が有るの」
唐突に母の声音に何故か軽蔑と憤りを纏ったのが判り一瞬、反応が鈍った。
「昨日、あんたのクラスの男の子が2人来て告白されたわ、あんたが、ずっと同じクラスの女子生徒をイジメていたって」
「誰と誰!?」
「さあ、名乗った気がしたけど余りのショックで忘れたわ!正直に答えて!あなた本当に、そんな卑劣な最低な事をしてきたの?!」
否定など出来る筈が無かった・・・・・。
けれど簡単に肯定する事も出来ず目を泳がせ沈黙を守った。
「どうして黙っているの!やっぱり、あの子たちが言った事は本当だったの?!その子は追い詰められて夏休み前に自殺を図って今も入院しているって話していたわ」
沈黙を肯定と捉えた悠子が渾身の平手を悠太に叩き込んだ。
「本当は貴方を叩く権利なんて母親失格の私には無い事は判っているわ!でも・・・・」
ビリビリする自分の掌を見下ろしながら悠子は涙ながらに真剣に叱った。
「2度と、そんな卑劣な最低な事をしないと約束して!そして私も一緒に行くから、相手の子と、ご家族の方に、ちゃんと謝りに行きましょう!」
悠子の提案に悠太は泣き顔を上げて激しく首を横に振った。
「それはダメだ!病院に謝りに行った時に家に来るなって本人に言われたんだ、親に心配かけたくないから嘘をつき続けてきたって!家に来たら赦さないって言われているんだ」
「だからって・・・・・親として謝らないわけにはいかないわよ、それに、事態がそこまで大きくなっていれば親御さんだって背後にイジメが有ったこと位気付くでしょう」
「そうかもしれないけど、これは俺が鏑木と交わした約束なんだ!あんな必死に言われて、その約束を簡単に破るわけにいかないんだ!これは俺の誠意でもあり責任でもあるんだ!卑劣な事をしたのは俺なんだよ!俺が誠心誠意ちゃんと謝り続けるから、母さんは何も手を出さないでくれ!」
「本当に・・・・私が親である事を放棄したりしなければこんな事には・・・・どう償えば良いのかしら、被害に遭った子にも、貴方にも、どう謝っていいのか判らないわ」
顔を両手で覆い泣き崩れる悠子に悠太は何も言えず、家を飛び出した。
「悠太?!どこに行くの!」
イジメをしていた事は誰に責められても文句を言えない所だが、悪意を持って自分の悪事を病床に居る人間に告げるような乾達を悠太は許す事が出来なかった。
家を飛び出した悠太を悠子も慌てて追いかけようとしたが、まだ直ぐに体が異様に疲れてしまい、とても追いつけなかった。
追跡を諦め帰宅してきた悠子はリビングの食卓の上で悠太の携帯がバイブを伴って鳴り続けている事に気づいた。
近付いて確認すると、液晶に「乾」と表示されていた。
一瞬、迷ったが勝手に出るわけにいかず携帯を見守った。
散々、しつこく鳴り続けて、やがて切れた。
「急な用だったのかしら・・・・・」
直ぐにまた、今度は違う曲で1サイクル流れて止まった。
メールの表示が液晶に出ていた。
立て続けに、何通もメールを受信する携帯。
流石に不審に思い、躊躇いながらもメールの受信ボックスを開いた。
そして、画面を埋め尽くす『偽善者』のメッセージに呼吸が止まりそうになった。
恐々と、次のメールも開いてみた。
『今日の3時までに50万工面して、いつもの河川敷に来い!ノルマを果たせ』
「50万って・・・・ノルマって」
思わず指先が冷たくなるのを感じて震える手で携帯を戻し、座り込んだ。
そこに戻ってきた息子。
「何なの悠太!50万持って来い!って」
携帯を不携帯にしている事に気づき戻って来たが悠子に厄介な状況を知られてしまった。
思わず頭を抱えたくなった。
「何なの!ねぇ、ちゃんと説明して!!」
「人の携帯、勝手に見るな!」
奪い取って、ポケットに突っ込んだ。
「心配するな、こんな嫌がらせ直ぐに解決できるよ」
「そんなレベルじゃないでしょ!担任に相談しなさい、犯罪よ、こんなの!」
「担任なんかに相談した所で、まともな意見は返ってこない、だから決着つけてくる!」
心配そうに自分を見つめる悠子から目を逸らせた。
「大丈夫だから本当に・・・・ちょっと出掛けて来る、夕方には戻ってくる」
「また出掛けるの?会いに行くの?その送信してきた相手に、危ないからやめて!」
必死に引き止める悠子を再び振り切り悠太は家を出た。
「遅いんだよ!!何時間待たせる気だ!」
乾が脇に有った放置自転車を蹴り飛ばした。
「で、金は?」
「持っているように見えるか?」
「ふざけるな!50万工面できないなら50万相当の万引きして来いって言っただろう!」
武川が掴み掛ったが、悠太も臆せずに掴み返した。
直ぐに乾も加勢して2対1で取っ組み合いになり砂埃が舞い上がった。
このまま立てなくなる位、殴り合っても良いと思った時、帰宅途中の大地が偶然にも通りかかって仲裁に入った。
「2対1とはまた卑怯だな、しかも中坊らしくない物騒な会話だな、聞き間違いじゃなければ50万とかって吹っかけていたみたいだけど、金は巻き上げるもんじゃない、稼ぐ物だ!怪我したくなかったら二度と恐喝なんてくだらない事するな!」
金髪にピアス、最近まで、グレていた大地の眼力と雰囲気に、2人は逆らえず退散した。
「あの・・・・・ありがとうございました」
大地は悠太の目を見ず無言で立ち去った。
思いの外、早かった息子の帰宅に内心ホッとしたが、汚れた服と内出血した口元を見て眉を寄せた悠子。
何も聞かず救急箱を開けて掠り傷に消毒を施してやった。
「ごめんね、悠太、さっきは貴方の話をろくに聞かず叩いちゃったけど、こんなメール送りつけられて、イジメに遭っていたのは貴方の方だったんじゃないの?」
「・・・・違うよ、確かに今は逆恨みされて嫌がらせされているけど、俺はずっと、あいつらが言うようにイジメをしていたんだ」
自分の憶測を否定され悠子は肩を落とした。
「そう・・・・私が親である事を放棄したりしなければ誰も傷つかずに済んだし、あなたがこんな辛い思いをする事も無かったのに」
「だから、その変な思い込み一回捨ててよ!事実、俺は放棄されたなんて思った事は一度も無い!親父にも会うつもり無いから!!」
「・・・・その事だけど、悠太、お願いだから真剣に考えて!もしも私に何かあれば貴方が頼れるのは血のつながった、あの人しか居ないのよ、親戚は頼れないんだから」
「血が繋がっていれば絶対に頼らないとならないのかよ、あんな人殺しを!」
「何て事言うのよ!」
「・・・・・相談できる大人なら居るから安心しろよ!血なんて繋がって無くても相談できる人が、俺にもちゃんと居るんだ!」
啖呵を切って、今度は携帯を持って再び悠子を残して出て行った。
「悠太!」
父親の事を第三者に相談したくて、悠太は用務の高浜の元を訪れた。
暑そうにタオルで汗を拭いながら、花壇の手入れをしていた高浜に声をかけた。
「おじさん・・・・」
「どうした?そんな暗い顔して」
「お仕事中に申しわけありません、相談したいことが有って・・・・そして、これ、飲んで下さい」
言ってスポーツドリンクを差し出した。
「おー、ありがとう、助かる!直ぐに終わるから、ちょっと待っていろ」
また、黙々と手を動かし、キリの良い所まで仕事を片付けた。
そして2人、駐輪場に入って、直射日光を避けた。
まだ夏休みなので、殆ど、人も通らないので冷静に相談するのに最適の場所だった。
「で、相談って何だ?」
相談したかったクセに、いざとなると、何から話して良いのか判らなくなった。
「実は今日、やっと母が退院したんですけど突然、父親に会って来いと言い出して、自分に何か有ったら、もう俺が頼れるのは父親だけだからって・・・・」
「お前は・・・・会いたくないのか?」
「会いたくありません!あの父親の所為で俺達は住み慣れた街を離れるしかなかった!」
一つずつ悠太の本音を聞き出していく高浜。
父が事件を起こした後、余りにも激変してしまった自分を取り巻く環境。
連日、昼夜問わず鳴り続ける嫌がらせの電話と消しても毎日書かれる壁の落書き。
窓ガラスも何度も割られ、とても住める環境ではなかった。
逃げるように、この地に流れ着いてから近所の主婦達に度々、興味本意で父親の不在について聞かれた。
その度に、悠子は「夫は病気で亡くなった」と話していた。
「会ったら良いんじゃないか?会って自分達がどれだけ苦しめられたか、ぶつけて来い」
「え?」
「より一層の深い反省を促す事になもるだろうし、身勝手な運転は、こんなにも他人の全てを変えてしまうんだと、今一度、認識させてやる良い機会だと思うぞ!教官に諭されるより、お前に諭された方が良いだろう」
背中を押され正直戸惑ったが、高浜の意見は正しい気がした。
「ま、あくまで、俺の意見だ、強要する気は無い」
「あの、相談に乗って下さって、ありがとうございました、答え決まったので帰ります」
「ああ、気を付けて帰れよ、そして、後悔するなよ」
高浜と別れ学校を後にして、ずっとポケットの中で震えていた携帯を取り出し受信件数を確認すると、既に数十件に達していた。
確認する気にもなれず一括削除した。
そして今度こそ悠子と冷静に話そうと心に決めて帰宅した。
ドアの開く音に、悠子は廊下に飛び出してきた。
「ただいま・・・・・」
「本当に、もう・・・・どれだけ心配させるのよ!」
「ごめん・・・・母さん、俺さっき、感情的になっちゃったけど、会ってくるよ、父さんに会ってくる」
悠子は何度も頷いて息子を抱きしめた。