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針~君と刻む時~  作者: 渋谷幸芽
7/17

それぞれのケジメ

翌日、面会時間、早々に千春達が個室を訪れた。

大地が、そっと歩の手を取った。

「あれ?昨日よりも温かくなった」

「本当だわ・・・・・明日には目を覚ますかしら、歩」

個々に歩の回復を祈り、見守っていると、トイレに立ち寄っていた幹汰が、何故か花束を手に病室に入ってきた。

「何?その花」

3人で訝し気に花束を見た。

「ナースステーションで渡された、歩と同じ位の年の男の子が置いていったって」

大地は病室を飛び出した。

「・・・・・・あの、追わなくて大丈夫ですか?何か、顔、怖かった気がする」

「え、嫌な予感がするわ、どうしましょう」

「俺、念のため追った方が良い?」

迷ってみせたけれど幹汰と千春は歩を優先にした。

 ガラ!

突然、乱暴に開いたドアに、一同、思わず驚いて身を竦ませた。

ジャージ姿の翔と一緒に戻ってきた大地。

「あんた!どうして、そう乱暴なの?!何なの?その子は」

乱暴に手を離された翔は怯えながらも一歩前に出て打ち明けた。

「坂口翔です!歩さんと、ずっと内緒で付き合っていました!凄く幸せだったのに僕は取り返しの付かない事をしました!申し訳ありませんでした」

泣きながら、土下座しながら別れの手紙を投函した事を話した。

「一生憎まれても仕方ないと思っています!あんな手紙、出さなければ歩は、こんな真似しなかった筈!」

泣きながら悔いて見せる翔に千春は激しい憤りを覚えた。

「・・・・・顔上げなさい」

静かな、だけど、逆らう事を許さない、凄味を含んだ声音だった。

翔だけではなく、幸芽まで思わず体を強張らせていた。

怖々と顔を上げた翔を軽蔑の眼差しで見下ろして、その頬に千春が平手を叩き込んだ。

叩かれた翔と幸芽も思わず茫然とした。

「先に断っておくけど、別れた事は怒ってないわ、気持ちが離れたりする事は仕方ない事だから、でも貴方の涙からは謝罪の気持ちが伝わってこないの!苦しいという気持ちと後悔しか伝わってこないの!」

翔は苦しみから逃れる事しか考えてない自分に気付いた。

自分の行動は全て自己満足なんだと気付かされ、どんな言葉も紡げなくなっていた。

「覚えておいて頂戴!貴方の誤ったかもしれない選択なんて・・・・貴方の後悔なんて私達には、そんな事は、どうでも良いの!歩は懸命に今生きようとしているの!そんな歩の前で今の貴方に出来る事は一つの筈よ!」

どう償うのが正解なのか、自分に出来る事は何なのか、必死に考えを巡らせていると冷たい眼差しで射抜かれ叱責された。

「判らないかしら?自分の苦しみから逃げる事ばかり考えてないで歩の闘う姿をちゃんと見る事よ!」

「・・・・本当に申し訳ありませんでした」

「とにかく今日は帰って頂戴!歩と向き合う覚悟が出来た時にまた会いに来たら良いわ」

翔は千春に促されるまま病室を出て行った。

静寂が戻った病室。

「ごめんね、また見苦しい所を」

まだビリビリする自分の掌を見下ろしながら千春は幸芽に詫びながらも打ち明けた。

「でも翔君に言った事、アレ、本当は自分に言い聞かせている方が大きかったのよね」

千春は、歩の髪を撫でながら胸中を告白した。

「こうなって、ずっと思っていた、自分が至らない所為だって・・・・後悔するしか出来なくて、でも歩は今も闘っているのに、私は自責の念と後悔だけで、頑張ってくれって気持ち、何処にも無かった事に気付いた、もしもあの時ああ言っていたら、こうしてやっていたらって!そればかり」

泣きながら千春は、歩の冷たい手を握った。

「・・・・歩?」

突然、千春が顔を上げた。

「どうしたんですか?」

「今、握り返してくれた気がした」

大地が直ぐに、もう一方の手を握ってみた。

千春が言うように握り返すような反応を微かに感じた。

千春が手探りでナースコールを押した。

「どうされましたか?」

スピーカーから、落ち着いた看護師の声。

「歩が、歩の意識が戻りそうなんです!」

「直ぐ行きます」

ノックと同時にドアが開いて、医師と看護師が入ってきた。

「診察します!外でお待ち下さい!」

幸芽たちは直ぐに廊下に追い出された。

祈る思いで医師と看護師が出てくるのをドアの前で待った。

やがてドアが開いて看護師と医師が笑顔で出てきた。

「もう大丈夫でしょう!念の為明日、精密検査をしますが脳障害の心配も無いと思われますので」

「有り難うございました!本当に有難うございました!!」

千春が深々と頭を下げる脇で、幸芽たちは思わず抱きしめ合った。

 

 夕食時。

不意に幸芽が箸を置いた。

「どうしたの?鯖の骨でも刺さった?」

千春が心配そうに幸芽を見た。

「私、歩に会って良いんでしょうか?」

「え?」

「きっと歩、私と会うの気まずいだろうし下手な刺激は体に負担になるだろうし」

暫し考え、話し合い、大地と幹汰が間に入る事にした。


 歩の容態は幸いにも、どんどん快方に向かい、面会が可能な時間帯であれば誰でも会える状態だったが、その日も幸芽は病院の談話室で待っていた。

「歩、今日の調子は?」

「うん、日に日に良くなっている、今日が一番調子良いかも」

「何よりだ!」

3人で一瞬沈黙した後、大地が歩の携帯を差し出しながら切り出した。

「・・・・お前が入院した当日、幸芽からメールが入ってたぞ、心配していると思うから、ちゃんと返事送ってやれよ、そして変な誤解させないためにも入院している事も話した方が良いと思うぞ」

「・・・・そうだよね」

携帯を受け取りながらメールの受信トレイを確認して幸芽のメッセージを見つめた。

送信された時間は遅かったが、誕生日当日に送られてきていた。

幸芽のメールを信じて待てずに危うく大事な物を失う所だったのだと痛感した。

歩は幸芽からの純粋な、お祝いのメッセージを見つめ涙を浮かべた。

「あと・・・・」

「え?」

「約束は破ってないから安心しろ!俺の口からは母さんに何も話してない、幹汰にも口止めしてある、まあ流石に勘づいてる可能性は充分あるけどな」

「そうだよね・・・・こんなバカな事しちゃったし、私まだ、お兄ちゃん達に、ちゃんと言ってなかったよね、今更だけど、本当に馬鹿な事して、迷惑かけてゴメンなさい!」

申し訳なさそうに2人に頭を下げ、携帯を握りしめ、やがて歩は返信の文章を作成した。

『幸芽、メールありがとう、ずっと返信できなくてごめんね、実は幸芽がメールくれた日に入院しちゃって・・・・・今も入院中なんだ、さっき、お兄ちゃんたちが携帯を届けてくれて初めて幸芽のメールを読んだんだ』

談話室で、そのメールを受けた幸芽は即行で何も知らない体で返信した。

『入院?!全然返信が無いから心配してたんだけど、迷惑でなかったら明日にでもお見舞いに行くよ!』

歩は首の傷に手を当て暫し悩んだ。

「・・・・幸芽、なんて?」

「お見舞いに行くって・・・・」

歩は暫し悩んで、やがて返信した。

『ごめんね幸芽、今回は、その気持ちだけ受け取っておくよ、別に面会謝絶ではないけど人に見せられない怪我をしちゃって』

『そっか、どんな怪我なのかよく判らないけど、入院が必要なレベルの怪我なんだよね、お大事にね、後遺症が残らない事を祈っているよ』

『ありがとう、無事に退院したらまた連絡するね』

『了解』

滞りなくメールのやり取りが完了した直後。

トントン。

「歩ちゃん、血圧測らせて?」

看護師が入ってきた。

「あ・・・・はい」

「・・・・じゃあ、俺たちは帰るけど、また明日来るから」

「うん」


 幸芽たちが帰ってきて程なく、千春が居酒屋の仕事に行く為に自宅を出た。

「じゃあ幸芽ちゃん、夕飯は作って冷蔵庫に入れておいたから、好きな時間に大地達と食べてね」

「ありがとうございます」

千春が出ていき、程なく鏑木家に真希が訪ねてきた。

「あの、歩と同じ部の小沢真希と言います!この手紙とノートを歩に渡して下さい」

言いながら、薄ピンクの封筒と交換日記用の一冊の大学ノートを大地に差し出した。

幹汰はお風呂の掃除中で対応したのは手が空いていた大地だった。

「悪いんだけど、直接、あいつに渡してくれない?歩も喜ぶと思うから」

「いえ、お兄さんから渡してください、お願いします!」

半ば強引に大地に押し付けて、逃げるように立ち去った。

そして、立てた予定を1つずつ消化するよう携帯を取り出し、意を決したように電話帳を開いて、翔の番号を呼び出した。

『もしもし?』

「翔君、急にゴメンネ、小沢だけど」

緊張しながら、二の句を告げる。

「急で悪いんだけど、今から会えない?」

受話器の向こうから少し驚いた声。

『今から?』

「都合悪い?」

『ちょっと行きたい所があって、何?電話で話せないのか?』

「出来たら会いたい」

『じゃあ、駅前の公園で会おう?』

2人、会う約束をした。


先に公園に来たのは、真希だった。

直ぐに翔も来た。

「ごめん、待たせた?」

「ううん、ゴメンネ、無理言って」

勢いで呼び出したものの、やはり勇気の要る事だった。

翔を見つめる勇気もなく、ジッと自分のスニーカーの、つま先を見下ろしたまま話した。

「私さ、今度の陸上大会でやっとハードル走で選ばれたの」

「そう、おめでとう」

翔は前を見据えたまま、興味無さそうにしながらも一応祝福した。

素っ気ない反応に気持ちが折れそうになったが勇気を出して翔の目を見て打ち明けた。

「私、ずっと翔君の事好きだった」

「悪いけど俺・・・・」

気まずそうに反らされる目線に律儀に泣きそうになりなが、もう一度、思いを打ち明けた。

「知ってる!そこから先は言わなくて大丈夫!でも一年の時からずっと翔君の事が好きだった」

露骨に困惑する翔に真希は申し訳なさそうに謝った。

「困らせてゴメンネ、でも、どうしても伝えたかったの、スッキリした、ちゃんと玉砕出来たから大会頑張れる!優勝したら付き合えなんて言わないから安心して、でも応援来てくれると嬉しい」

思いを全て伝えスッキリした顔で真希はベンチから腰を上げ、手を振って公園を出た。

翔は真希の後ろ姿が見えなくなるまで公園の入口で見つめ、確かに勇気を貰った。

その勇気を胸に、翔は病院に向かった。

歩の意識が戻ってから、実は一度も面会を果たしていなかった。

下手な刺激を避けたいと尤もらしい言い訳をしてきたが、真希の行動に触発されて、いつまでも逃げていられないという思いが頂点に達した。


 歩が居る病室の前、翔は長い時間立ち尽くしたが覚悟を決めて、ドアをノックした。

微睡んでいた歩は体を起こしノックに応えた。

「・・・・どうぞ」

カラ・・・・。

翔の姿を確認した歩は、露骨に表情を強張らせ目を逸らせた。

沈黙する歩に、だけど翔は、めげずに。

「本当は面会なんて、来られる立場じゃない事は承知しているけど、あんな手紙出した事とか謝りたくて」

「ごめん・・・・折角、暑い中を来てくれて悪いけど、帰って!」

覚悟していたのに、まともに食らう拒絶の言葉に立ち尽くした。

「でも・・・・・」

「帰って!お願い」

目も合わせないまま懇願され、翔は諦めて扉に手を掛けた。

「そうだよな・・・・・ゴメン、療養の邪魔をして、もう彼氏でも何でもないのに」

翔の、あたかも「自分の方こそ被害者です」と言わんばかりの態度に歩は思わず怒りをぶつけた。

「ちょっと待ってよ!何なの、最後のその捨て台詞は!翔は手紙の内容を撤回する為に来たんじゃないの?!」

歩の涙に、翔は痛恨のミスに気付いた。

これまでだってケンカは何度も有った。

けれど「終焉(しゅうえん)」を身近に予感するような事は一度も無かった。

だけど今は・・・・。

「私は翔と冷静に話したいから心と体が回復するまで待ってほしいだけだったのに、何でそんな事を簡単に言うの!何で翔の方が傷ついた顔するの?!」

「ごめん・・・・・悪かった!体に障るから一回落ち着こう!」

「私は、ただ冷静に話し合う為の心と体を取り戻してから改めて翔と話し合いたかっただけだよ!でも今はまだ両方、取り戻してないから、今無理して話し合ったら無駄に傷つけ合って終わっちゃうから、今はその時じゃないって思ったから帰ってほしいってお願いしただけなのに!」

「本当にゴメン、来て良いタイミングじゃなかった!今日は、もう帰るから、とにかく落ち着こう!」

宥められたが歩は激しい怒りと涙と口を突いて出る言葉を抑える事が出来なかった。

「もう彼氏じゃない!なんて言われたら私は翔と何を話し合えば良いの?!翔は結局何を謝りに来たの?!それが翔の答えなんでしょう!だったら、もう帰って!翔の気持ちは判ったから出てって!」

翔を追い出した後、歩は首筋と胸の傷の痛みと闘いながら泣き続けた。

苦しいほど翔との何気ない、けれど幸せだった日々の温かい思い出が脳裏を駆け巡っていた。


 夜、居酒屋の仕事から戻り、遅い夕飯を食べる千春に大地達と共に付き合った幸芽。

「あら・・・・先に休んでいて良かったのに、ありがとう、付き合ってくれるの?」

疲労感を滲ませながらも笑みを浮かべ、ニンニク控えめの一口餃子を口にした。

労働の後、ほっと一息つく千春に、幸芽は切り出した。

「・・・・やっぱり歩、私に会うの気まずいみたいでしたね・・・・後遺症の心配も無くなったし私は明日にでも帰ります!そろそろ学年登校日も有るし塾も有るので」

「本当にありがとう幸芽ちゃん、明日帰るなら居酒屋の仕事に行く前に駅まで送るわ」

「俺たちも・・・・感謝してる」

幹汰と大地も続いた。


 翌日、予定通り、幸芽は大地と幹汰と千春に見送られ、静岡を後にした。

「本当に今回はありがとう、幸芽ちゃん、色々とゴメンね」

「いえ、大変お世話になりました!歩の心と体が回復したら、また遊びに来ます」

「俺達もまた山梨に遊びに行くよ・・・・元気でな!」


 同じ頃、病院では意を決した真希が歩との面会を果たしていた。

悔しさと嫉妬に任せ心無い言葉と態度で親友を傷つけ、合せる顔がなく逃げていたが告白や玉砕等をキッカケに吹っ切る事が出来た。

とにかく、まず、謝る事を最優先に考え入室したのだが、いざ病室に入ると激しく緊張してしまった。

真希は病室の入口で立ち尽くし謝罪とは異なる言葉を口にしていた。

「調子は・・・・?」

「大丈夫、日に日に良くなってきているよ」

言いながら、傍らの丸椅子に促した。

それでも、ドアの前を動こうとしない真希。

「・・・・こんな一言で済ませる気は無いけど他に言葉が見つからなかった」

意を決し、一歩踏み出して、謝罪した。

「・・・・ごめんね」

歩は一瞬沈黙を守ったが。

「私も反省したの、翔の事を話さずに真希に不快な思いさせた事・・・・・ちゃんと話し合いたいから、とりあえず、ここ座って」

言いながら、緑色の丸椅子をポンポン叩いて促した。

促されるまま覚悟を決めて座った。

「翔君の事については、本当は歩が謝る必要なんてどこにも無いんだよ、あのね、その翔君の事で一つ謝らないとならない事が有るの」

真希は、先日、翔に告白した事を話した。

一瞬、鼓動が強くなった歩。

「凄く好きで、ちゃんと玉砕しないと歩と素直に話し合えない気がしたの、陸上にも打ち込めない気がしたの」

翔の事を話す、真希の横顔が、とてもキレイに見えた。

精一杯、人を好きになった真希。

そんな真希に昨日、大喧嘩の末、翔と別れたなんて告白は出来なかった。

黙ってしまった歩に、真希が恐々と聞いた。

「怒った?」

「ううん、怒ってないよ」

 トントン。

ノックとほぼ同時にスライドされた扉の向こう側から入ってきたのは大地と幹汰だった。

「あー、友達が来ていたのか」

その声に振り返った真希。

「ゴメン、歩、ちょっと待っていて」

真希は、大地を廊下に連れ出した。

「あの、この間の手紙とノート、やっぱり・・・・」

「自分で渡す?」

「・・・・はい」

大地は、手紙とノートを真希に返した。

「俺たち、今日は遠慮するから、時間が許す限り話し合うと良いよ」

「有り難うございます」

大地が2人に時間を作ってやった事で納得行くまで話し合えた。


 歩と真希が話し合っている時、実は、もう1人、悠太が病院に来ていた。

歩に、今までの事を謝罪しようと、病院に足を運んだものの、病室に入れなかった。

「・・・・お前、見舞いに来たのか?」

悠太は思いもよらぬ場所で思いもよらぬ人物に遭遇して動揺して見せた。

「あ、高浜さんもですか?」

動揺で思わず質問に質問で返していた。

一瞬流れた沈黙にハッとして答えた。

「そうなんです、でも先客がいるみたいで中から声が・・・・・」

結局、病室に入れず、屋上に出た。

屋上から見える広い静岡の街を眼下に悠太は苦しい胸の内を泣きながら打ち明けた。

話すうちに、何だか楽になってきていた。

今まで誰にも話せなかった、父親の起こした事故の事も、全て話していた。

何故、こんなにも自然と打ち明けているのか自分でも不思議に思っていた。

「辛かったな、お前も、だが人間として自分のした事に責任を取れ!そして2度と同じ事を繰り返すな」

背中を押された悠太は屋上を後にして、清々しい顔で真希が病室から出て行くのを見届けて勢いで歩の病室に入った。

送り出したものの、やはり心配で高浜も病室の前で全神経を耳に集中させた。

が、どんなに耳をそばだてても物音ひとつ聞こえなかった。

・・・・・聞こえなくて当然だった。

悠太は勢いで入ったものの、上手く言葉が出てこなくて、沈黙を続けていたのだ。

歩も不機嫌そうにベッドの周辺のカーテンを力いっぱい引いて悠太を拒絶した。

秒針の音だけが空しく響いた。

このままでは此処に来た意味が無いので悠太は何とか、口を開いた。

「そのままで良いから聞いてくれ、謝って許される事じゃないけど今までの事を謝りたくて来た!楽しくなる筈だった中学校生活を滅茶苦茶にした、本当に悪かった」

本当に苦しそうで、重く沈んだ声と謝罪。

口先だけでは無い事を理解した歩は、長く躊躇った後、少しだけカーテンを開けて悠太に顔を見せた。

「ずっと去年から考えていたけど、どうしても理由が見当たらなかったの、だから、こうなったらハッキリ聞くけど、何で私が標的になったの?知らないうちに、あんたの事を傷つけていたなら謝るけど」

「見当たらなくて当然なんだ!鏑木に、何の落ち度も無い!傷つけられてもないから謝る必要なんて無い、俺の身勝手なんだ!お前が謝る必要なんて無い!」

父親が死亡事故を起こして、離婚してから笑顔の無くなってしまった母が唯一笑顔を見せてくれる瞬間が有った。

それは悠太がテストでトップになった時。

温かい笑みを浮べ、髪を撫でて好物も作ってくれた。

ただ、その笑顔をずっと守りたかった。

二番では駄目だった・・・・。

二番では母は笑ってもくれず、もちろん髪も撫でてもらえなかった。

「ずっと、どうしても守っていきたいモノが有ったんだ、俺の母さん俺がクラスでトップになると、いつも凄く喜んでくれて、俺はその笑顔を、これからも欲しくて、だけど中学に入って初めての中間試験で鏑木にトップを奪われて・・・・・だから、その時に思った!こいつさえ学校に来なければ良い!って」

初めて触れる悠太の・・・加害者の本音と後悔の涙に、歩の心は微かに動いた。

「でも、私だって、お母さんに偽りの無い笑顔をあげたかった!」

尤もな言葉が悠太には重かった。

「それに、トップだったのなんて中一の初めての中間試験だけだった、一学期末には、あんたにトップ奪い返されていたし、気づけばトータルの点差も40点近く広がって、それでも物は隠されるし無視されるし、ボールぶつけられるし変な合成写真を作って貼り出されるし!たった一回、あんたにテストで勝っただけで、あそこまでされないとならなかったの?!」

「いつ、また鏑木に抜かれるかと思うと気が抜けなくて・・・・それに、クラスの奴らを煽り立ててイジメを始めたのは俺だから今更止められなかった、そんな事をしたら、次は絶対に自分がイジメの的になるって思ったら怖くて・・・・」

胸の内を明かしながら、自分勝手極まりないと感じていた悠太。

「学校は、きっと事なかれ主義で今回の事を無かった事にしようとすると思うけど俺は(しか)るべき場所で全部話すから、お前の家族にも謝りに行くから!」

「・・・・やめて!」

短く叫びながら歩が勢いよくカーテンを開け悠太と対峙した。

予想外の歩の反応に悠太は顔を上げた。

「?」

「お母さんには絶対に心配掛けたくなくて作り笑い、作り話を続けてきたの!女手一つで育ててくれているお母さんに心配かけたくないの!絶対に家になんて行かないで!行ったら許さないから!」

「お前、母子家庭だったのか・・・・・」

「そうだけど、何?」

悠太は押し黙って俯いた。

「・・・・とにかく今日は帰って!気持ちの整理が出来ない、そしてさっきの約束は絶対に守って」

悠太はもう一度、心から謝った。

病室を出ると、廊下で高浜が待っていた。

「偉かったぞ・・・・・」

悠太は全てを受け止めてくれる高浜の温かい存在に、たまらず泣きだした。

泣き止まない悠太の体を不器用に抱き寄せて頭を撫でた。

ガサツな大きな手を、ぼんやり父親の温もりと重ね心地よさに陶酔していた。


 そして程なく迎えた学年登校日。

悠太は、覚悟を胸に、けれど不安に押しつぶされそうになりながら登校した。

まずは教師抜きで、生徒同士だけで話し合いたかった。

幸いにもまだ、担任は来ていなくて、歩を除く全員が教室に揃っていた。

悠太は、教卓の前に立った。

「皆に話がある、今日の放課後、全員残ってください」

いつになく真剣な悠太の様子に、何人かは悠太の言おうとしている事を悟った。

日頃、退屈で、長く感じる教師の話も今日は早く感じた。

全く心の準備が出来ないまま、それでも容赦なく迫ってくる放課後。

運命の放課後、悠太は、第二の鏑木歩に成る事も覚悟で、皆の前に出た。

教卓の前、教室中を見回すと、ぽっかり空いた歩の席。

悠太は歩の席を見つめ語り始めた。

「皆に話っていうのは、鏑木の事なんだ」

歩の前後左右に座っていた生徒が、空いた歩の席を見た。

「まさか、裏切るなんて言わないよな」

その場を凍りつかせるような声音に一斉に教室の中央を振り返った。

上履きを脱いで、机の上に両足を投げ出した姿勢で武川哲也(むかわてつや)が悠太を睨みつけていた。

「・・・・裏切って誰かの所為にする気なんて無いから安心しろ、ただ、俺は今まで鏑木の席が空いていても何も思わなかった、でもその場所を空席にしたのは俺なんだと思い知らされた、皆を煽り立て鏑木を追い詰めた結果なんだと判った、だから皆にも鏑木にも謝りたいと思っただけだ」

「あ?そのいい子ぶりが、もう充分裏切りだから」

言って乾彰(いぬいあきら)も教室の窓際の一番後ろの席で腕を組みながら悠太を睨んだ。

一層張り詰める空気に悠太は何だか気分が悪くなったが懸命に耐えた。

「今回の事、俺は鏑木が許してくれるまで謝り続けるつもりでいる」

「私も鏑木さんに謝るよ、手紙書こう!」

女子生徒の一人が賛同した。

2人の勇気に、1人、また1人と動き出したのだが・・・・・。

「書きたい奴は書けば良い!でも俺達は手紙なんて書かないぞ」

纏まりかけたクラスに、いちいち暗雲をもたらす2人にクラスメイトは内心ウンザリしていた。

2人も、歩や悠太と同様に、成績は上位の方に位置していて、傍から見たら普通の生徒に見えるが通いたくも無い塾に行かされストレスを強く感じていて、ターゲットを悠太に変えてきた。

一層張り詰めて行く嫌な空気を一変させたのは見回りの教師だった。

ガラッ!

「何だ、お前等、早く帰れ!」

話し合いの途中だったが、見回りに来た教師が強引に解散させた。

仕方ないので悠太は、メールや電話で、意見を徴収した。

結果、多数決で、手紙での謝罪という形にまとまった。

狭い部屋で歩への、謝罪の手紙を書いていると武川からの、嫌がらせメールが入った。

送り付けられた文章に血が凍る思いがした。

『偽善者!』

覚悟していたけれど、やはり、第二の鏑木歩になってしまった。

煩くなり続ける携帯をサイレントに設定して謝罪の手紙を書いた。


「これで揃ったな」

登校日の翌日、賑やかな夏祭り会場の外れで可愛い封筒に入った手紙を受け取り、大きい茶封筒に入れ、手書きのリストの中から、真っ先に自分に賛同してくれた「為末好美」の名前の上に二重線を引いた。

「本当に1人で渡しに行くの?私も・・・・・」

「大丈夫だ、じゃあ行ってくる」


 同じ頃、大地と幹汰も地元の夏祭り会場に足を運んでいた。

そこで幹汰は健二達と対面した。

「紹介しておく、オレの高校の親友の大河内健ニと熊谷勝」

ガラの悪さに思わず苦手意識が先行したが、意外に話しやすい2人の事を幹汰は直ぐに受け入れた。

「話には聞いていたけど、当たり前だけどソックリだな」

健二がマジマジと2人を見比べて感心した。

「何だよ、その感想・・・・」

勝と大地が、そして幹汰も思わず失笑した。


 一通りお祭りを愉しんだ後、早めに切り上げ皆で面会に来た。

「お兄ちゃん、お祭り、どうだった?」

「相変わらず凄い人、今年も屋台を見ているのか人を見ているのか判らなくなった!」

露骨にウンザリして見せながらも、可愛い袋に入った綿菓子を差し入れた。

「綿菓子!懐かしい・・・・・・ありがとう!頂きます」

あっという間に綿菓子を食べ切り、一息ついて、歩はポツポツ語り始めた。

「食べられるって幸せ、こうやって皆で笑い合うって幸せ!バカな事したけど、退院したら次はもう逃げたりしない!学校行くよ!そして改めて、お二人にも本当に心配掛けました」

2人顔を見合わせ、勝が照れながらも歩と向き合って思いを伝えた。

「またこうして元気に笑ってくれるまで回復してくれて本当に良かった、何があったかよく解らないけど俺達はダチだし、お兄さんなんだからさ、何でも相談してよ」

「・・・・ありがとうございます」

「・・・・俺の昔話も・・・・して良い?」

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