味方
高浜はサラリと、どうでも良さ気に聞いた。
「サボりか?」
歩には、その一言が何故か妙に切なかった。
何か口にしたら泣き出しそうで、答えられずに居ると、高浜は返事など、どうでも良さそうに歩の横に座ってタバコを吸い始めた。
そして至福の表情で煙を吐き出した。
「お仕事は良いんですか?」
「・・・・・お前、度胸あるな」
抑揚なく返ってきた言葉に、余計な発言で高浜が気分を害したのでは?と思わず身を竦めた。
つい意見してしまったが、自分よりも、まだ大きく、且つ強面の高浜の事が流石に怖くなり、歩は立ち上がったが、刹那、強い力で腕をつかまれた。
「中途半端な事するな、最後までサボれ」
腕をつかんだまま、下方向へ力強く引っ張り、ベンチに座るように促した。
促されるまま歩が再び腰を下ろすと手を離した。
「・・・・お前、イジメに遭っているだろう?」
唐突に言い当てられ激しく動揺した。
「何故、そう思うんですか?」
「前から気になっていた、靴や上履きを下駄箱以外の場所で何度も見かけたし、生徒手帳を花壇の中で見つけた時もあったからな」
私物を隠される嫌がらせは音楽室・実験室、体育館など、主に移動教室がある日に、された。
また、物を隠される以外にも教科書を塗りつぶされたりもした。
「勝とう!なんて思わなくて良い、でも最低な負け方は絶対するな」
「最低な・・・・負け方・・・・って?」
堪えきれず伝い落ちた涙。
大きな手が雑に頭を撫でた。
「命を粗末にする負け方だ!間違っても凶器を使ったり自殺なんて負け方はするな」
泣きながら何度も頷いて何があっても負けないと心に誓った。
その時、授業終了のチャイムが鳴った。
「給食の時間だな・・・・・しっかり腹ごしらえしてこい!」
憂鬱な一日を終え、歩が帰宅する頃、幸芽は塾に行きたくない気持ちを必死にねじ伏せテキストを用意していた。
「大丈夫・・・・先生と一緒に居れば良いんだから」
一瞬、スマホを見下ろし歩に相談する事を考えたが、必死に思い留まった。
小学校時代、散々、情けないような相談をしてきて、また愚痴を零すのも気が引けた。
今日は意外に平和だったと、塾を終え清々しい気持ちで外に出た幸芽は駐輪場で自分が乗ってきた自転車のカゴに大量の謎のゴミが入れられている事に気付いた。
来る時は全く問題なかった自転車。
不意に視線を感じて振り返ると彩夏達がニヤニヤしていた。
一瞬、執拗に絡まれるかと構えたが3人は満足げに立ち去った。
清々しい気持ちが一転、不快になりながら自転車のカゴの中のゴミをかき集め、塾の入口に設置されたゴミ箱に捨て、べた付く手を念入りに洗った。
イジメは次の段階に入っているのだと幸芽は感じていた。
実は、ここ数週間、彩夏達からの万引きの強要の頻度が激減していた。
けれど、その頃から無言電話が頻発した。
そして度々、自転車のカゴやサドルにゴミを置かれたり、サドルを抜かれたり、唐辛子を塗られたりする嫌がらせを受けた。
現場は押さえていないが、犯人は疑う余地も無く彩夏達だと判っていた。
幸芽が、彩夏達の嫌がらせに耐えている一方で歩も健気に地獄で戦い続けた。
メールの着信音に何度も期待を抱き携帯を確認しながらも肩を落とす事を繰り返した歩。
ガッカリしながらも、歩は習慣に乗っ取り予習復習に励んだ。
幸芽はいつも通り重い気持ちで教室の扉をスライドさせ、席に着こうとした時、違和感を覚えた。
普段は特に自分が教室に入っても反応する人も殆どいないのに、この時は一斉に注目された。
「?」
とりあえずテキストを机に置いて椅子に何も細工されてないのを確認して腰かけた。
そして黒板に貼り出されたクシャクシャになった一枚の便箋に気づいた。
「え・・・・・これ!」
年齢の割に整った字は紛れもなく歩が幸芽に宛てて書いた、幸芽が初めて見る手紙だった。
兎にも角にも大事な手紙を鞄にしまおうとした刹那、横から朝美に手紙を取り上げられた。
「ちょっと!返してよ!!」
伸びてきた手を簡単に払い除け小柄な幸芽が届かないように頭上に高く上げ、黒板の、より高い位置に貼り直した。
「この間、誕生日だったんだよね、私達からのプレゼント、どうだった?気に入ってくれたよね?お前には、アレで充分だよ!ってか、生意気に、お前にも友達居たんだ?」
「・・・・・図書券は?」
確認した限りだと、以前メールでも話したように、歩は図書券を誕生日のプレゼントとして同封してくれたらしいのだが図書券は見当たらなかった。
「図書券、返してよ!手紙も返して!」
彩夏達は顔を見合わせ大袈裟に笑った。
「図書券なんて、この間自分で捨てていたじゃん!ほら、取り返してみろよ!届かないだろう」
「!」
思わず臍を噛みたい気持ちになりながらも、馬鹿にしたように手紙をヒラヒラさせる朝美に体当たりして手紙を奪い返そうとした。
「痛い!ちょっと何この生意気チビガリ女」
「・・・・・・・ねぇ!何でそこまでされないとならないの?!」
冷静に考えれば不自然だった。
毎年遅れる事無く、しっかり誕生日に届くようにプレゼントを送ってきてくれていた歩からの郵便物が今年は何故か誕生日を過ぎても届かなかった。
勉強や部活動等で忙しかったり、何かしらの事情が有るのだろうと考えていたが。
そうではない。
歩は今年も、ちゃんと誕生日に幸芽の手元に届くように送ってくれていたのだ。
幸芽は怒りと興奮に任せ衝動的に彩夏に掴みかかっていた。
「痛い!何、離してよ!凶暴チビガリ女!って言うか爪が食い込んでる!マジで痛い!離してよ!!」
「彩夏、大丈夫?!離せよ、凶暴女!」
朝美と風歌が、すかさず加勢した。
一方は襟首を掴み、一方は髪を掴み引きはがそうとした。
「もう我慢できない!!」
興奮状態の幸芽が肘鉄を入れて髪を掴み返し取っ組み合った。
他の塾生たちは内心で幸芽を応援しつつ傍観していた。
「返してよ!大事な物なの!返して!!あんた達が持っている意味なんてないでしょう!」
「あるんだよ!お前が笑っている所を見るとムカつくんだよ!どうしてアタシ達より悪い点数取っているお前が先生達に好かれるんだよ!褒められて居るんだよ!いつもお前ばかり贔屓されて!皆もそう思うよな?!」
「別に私は思わない!」
「うるさいな!あんたの意見なんて今聞いてないけど」
「ごめん、私は「皆」の中に入ってなかったんだ?皆も、そう思うよな?!って聞くから代表して答えてあげたんだけど」
威圧的に一歩近づいて3人に数歩引かせた。
「頑張ってる人が評価されるなんて当たり前の事だし、他人の郵便物を盗んで良い理由には絶対ならない!っていうか普通に窃盗罪だから、支倉さんが被害届出したらあんたたち捕まるよ」
彩夏達と同じ学校の違うクラスの大杉友美が日頃から学校でも塾でも幅を利かせている彩夏達にウンザリして幸芽に助け船を出した。
「は?何、アタシはさ、あんた達が思っていても言えない事を代弁してやったの、感謝こそされても意見される筋合いは無いし」
「良いから支倉さんに返しなよ!」
一層迫られて反射的に体を引いて3人が顔を見合わせた。
「煩いな!はいはい判りました!返せばいいんだろう!」
言いながら、苛立ちに任せ手紙をビリビリと破り捨てた。
一斉に彩夏たちに軽蔑の眼差しが注がれた。
「最低!取り返しのつかない事をしたね!本当に最低だね!!」
友美は非難しながら一緒に手紙の欠片を拾った。
「ありがとう・・・・・」
消え入りそうな声音で礼を告げ幸芽は全ての欠片を回収し席に着いた。
程なくして理科担当の講師が教室に入ってきた。
幸芽の、そんな状況を把握してない歩はカレンダーを指で辿り肩を落としていた。
そこにノックも無しにドアを開け、大地が上機嫌で部屋に入った。
「歩、暇か?健二と勝と一緒に映画観に行かないか?」
「お兄ちゃん・・・・そうしたいけど、幸芽に誕生日プレゼント送っちゃったからお小遣いがピンチなの、ごめん今日はパス!」
「そっか・・・・・」
諦めて外に出ると、玄関前、スクーターに跨り煙草吸いながら健二と勝が待っていた。
「あれ?歩ちゃんは?」
勝は煙草をポイ捨てし、聞いた。
「お小遣いが足りないからパスだって」
「そっか、あの時元気がなかったから一緒に気晴らしに行けたらと思ったけど残念!」
「お前、顔に似合わず良い奴だな!っていうか、またポイ捨て!悪い癖だぞ!」
思わず大地が注意すると、同調するように健二も頷いた。
勝はバツが悪そうにスクーターを降りて、捨てた煙草を携帯用灰皿に回収した。
「ま、とりあえず早く映画行こうぜ!」
エンジンを掛け先頭切って走り出した大地。
未成年の喫煙。
茶髪にカラーコンタクトに、ピアス。
派手に手を加えられた3人の顔は誰が見ても素行が悪そうにしか見えない。
世間の評価からしたら3人は立派な不良に属するが、他の不良とケンカしたり恐喝したりそういう事は一切無かった。
バイクの免許も、ちゃんと取得して乗っているのだ。
ただ、とにかく大人に対して反発心を強く抱いていた。
幸芽は、結局、そのまま教室に居る気になれなくて体調不良を理由に塾を後にした。
今帰宅するのは事情を知らない親からしたら非常に不自然な時間なのでショッピングセンターのフードコートに入り手紙を修復して読んで、お礼と連絡が遅れた事を詫びるメールを沢山の絵文字を交えて送った。
そうこうしている間に、塾が終わる時間を迎えたので自転車をショッピングセンターに置いたまま物陰に隠れ友美が出てくるのを待った。
彩夏達は幸芽に気付かず家路に着いた。
程なく友美が少し疲れた表情で建物から出てきて自転車に乗り幸芽の前を通った。
「大杉さん、待って」
「支倉さん?」
ブレーキをかけ幸芽を振り返った。
「さっきは、色々ありがとう、なのに逃げ出しちゃってゴメンネ」
「ううん」
友美は自転車を降りて、とりあえず幸芽と一緒に歩いた。
「彩夏たちの言うことなんて気にしなくて良いからね、あんな性格悪い子達に負けたくないよね、一緒にがんばろう」
「うん、でも大丈夫?私の事庇ったせいで学校で何かされたりしない?」
「平気、クラス違うし、私ケンカで負けた事が無いんだよね、小学校も彩夏達と同じで昔一回やたら絡んでくるから、3人まとめて相手して泣かせてやったんだよね」
「凄い・・・・」
「それ以来、私に対して苦手意識が凄いの!だから私は全然平気だから気にしないで」
「ありがと、でも、何で私にそんなに良くしてくれるの?」
「何か支倉さんみたいに頑張り屋の子を見ていると放っておけなくなるんだよね!彩夏達に嫌がらせられても塾を休まないし、だからね、もし勇気出して、あいつらに反撃したら絶対に助けようってずっと密かに思っていたんだよね・・・・っていうか幸芽ちゃんって呼んでも良い?」
「うん!私も、友美ちゃんって呼んで良い?」
「うん!」
幸芽が塾での味方を見つけ事態好転の足がかりを見つけた頃、歩は幸芽に対して誤魔化しきれない不信感を抱き始めていた。
これまで遅れた事が無かったお礼のメールが極端に遅れたのも不安にさせる一因だった。
これまで、郵送で誕生日プレゼントが届けばお互い直ぐにお礼のメールを送っていた。
信じ抜きたい気持ちと不信感との狭間で苦しみながら、歩は光の無い場所へ光を求め流され始めていた・・・・・・。