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マイキーが車で駆けつけると、ピンク色の風船に閉じ込められた少女が地面に座り込んでいて、こちらを振り向いた。
その向こうでは母親のノイチが膝に顔を埋め、門を出てすぐのところの段差に座り込んでいる。
そこから少し離れた道脇には自分の作った黒人女性型ロボットがじっと立ち、命令を待っていた。
「ノイチ!」
名前を叫びながら駆け寄ったが、彼女は顔を上げなかった。最悪の現実から目をそらしたがっているように。
肩に手を置き、もう一度名前を呼ぶと、ノイチは掠れるような声で答えた。
「マイキー……」
「どうしたんだ!? アイシャは……」
「偽物の筈がないわ……」
ノイチは顔を上げず、涙声で言った。
「私の目から見てもアイシャなのよ。バスの中でもお友達と笑って会話していた筈よ。でも……」
「反応したのか」
ノイチはようやくサングラスをかけた顔を上げると、絶望したような目を向けて来た。
「あなたのくれたサングラスが……娘を殺せって言うのよ」
マイキーは驚いたような顔でシェルターに閉じ込められたアイシャを振り返る。そしてノイチの顔からそっとサングラスを取ると、自分でかけて見た。
警報のブザーはもはや連続音で鳴り響いていた。
アイシャの胸にオレンジ色の点が見える。
その顔をマイキーはノイチに向ける。ノイチの体は半分機械だが、爆発物は埋め込まれていない。オレンジ色の点は表示されなかった。
黒人女性型ロボットのほうを見る。やはりオレンジ色の点はない。
アイシャのほうを再び見ると、やはりその胸の部分に、爆弾を内蔵したロボットであることを示すオレンジ色ははっきりと表示された。
「断言できる。僕の作ったサングラスは故障などしていない」
マイキーは力強い声で、言った。
「でも……君の気持ちもわかる」
「本物のアイシャはどこなの!?」
ノイチは彼の知る筈もないことを言えと強要するように、マイキーの胸を激しく揺すった。
「どこなのよ!?」
マイキーはすぐさま振り返った。
「アビー! 気づかなかったのか!?」
「私はずっとアイシャ様の側におりました」
黒人女性型ロボットのアビーは答えた。
「訂正します。子供達の中にまぎれて見失ったことが本日3回、ありました」
「頼むぞ! お前は僕の最高傑作なんだ!」
マイキーは怒鳴った。
「記録を確認しろ! どこですり替わったか……」
「車……」
唐突にノイチが言った。
「車が……来るわ」
ノイチの言う通り、角の林を曲がって一台のミニカーが現れた。
「アイシャ!」
ノイチが勢いよく立ち上がる。
やって来たミニカーは2人の目の前で止まった。自分を守ろうとするマイキーの手を振りほどいて、ノイチは駆け寄ると、中を確認する。
自動で開いたドアの中からアイシャが飛び出して来た。
「ママー」
「アイシャ! アイシャ!」
ノイチはサングラスをかけていないことも構わずに娘を抱き止める。
「本物のアイシャだ」
サングラスを通して見ながら、マイキーが言った。
「反応はない」
「合格だ」
ミニカーの運転席に座っている白髪に丸メガネをかけたロボットが言った。
「大したものだよ、ノイチス。よく偽物の娘を見破ったね? ご褒美だ。本物の娘を返してあげよう」
「教授!」
ノイチはロボットを睨みつけた。
「殺してやる!」
「まあ、私を捕まえられるものなら、やってみるんだな」
ロボットが悠々とした口調でそう言うとドアが閉まり、ミニカーは再び走り出した。
「では、次を楽しみにしていてくれ」
走り去ろうとするそれを破壊しに動こうとしたノイチを、マイキーが止めた。
懐から銃のようなものを取り出すと、それをミニカーの後部めがけて発射する。
マイキーが付着させたものを乗せて、ミニカーは走り去った。
「GPS信号を届けてくれるペイント弾を付着させた」
マイキーは言った。
「これで教授の居所がわかるかどうかは疑わしいが……」
ノイチは娘を再び抱き締めると、泣きながら愛しい顔にキスの雨を降らせた。
アイシャはキスの雨を受けながら、不思議そうにママに聞く。
「ねぇ……あの子……だぁれ?」
アイシャの見つめる先にはピンク色の風船に入ったもう1人のアイシャがいた。
「ノイチ」
マイキーは本物のアイシャを受け取ると、家のほうへ体を向けた。
「これでもう……出来るね? その子は偽物だとはっきりした。処分するんだ」
不思議そうに何度も振り向くアイシャの手を引いて、マイキーは家の中へ入って行った。娘の姿をしたロボットに母が手をかけるのをアイシャに見せないようにという配慮なのだろう。
「ママ……?」
地べたに座り込んでいた偽物のアイシャが顔を起こし、立ち上がる。
「ここから出してよ」
アビーがじっと見つめている。
「あなたは偽物よ」
ノイチは掌にエネルギーを集め、衝撃波を作り出す。
「あの忌々しい教授の作った、偽物め」
家に入ると本物のアイシャはすぐにマイキーの手を振りほどき、滑り台の陰に隠れてしまった。
「どうした?」
マイキーが聞いても怯えるようにこちらをじっと見つめたまま、答えない。
「僕と2人きりだから緊張してるのかな? ママもすぐに入って来るよ。こっちへおいで」
しかしアイシャはそこで固まってしまっていた。
そばかすだらけの白い頬が緊張して震えている。青い瞳が明らかに怯えている。
「もしかして」
マイキーは囁き声で聞いた。
「大人の男の人が怖いのか?」
その時、スマートフォンが鳴った。すぐ外にいるノイチからだった。
『出来ないの……』
ノイチの声は弱々しかった。
『偽物だとわかっていても、出来ないわ……!』