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「ママ!」


 アイシャは鉄格子の中に保護された。


「なんで!? あたしママに会いたい!」


 それが本物のアイシャであるかどうかは、誰にもわからなかった。



 ノイチは1日で病院を出ると、職場の別棟にあるファクトリーに匿われた。

 マイキーは彼女の体の機械部分と、精神の修復に務めるため、連日泊まり込みとなった。


「マイキー」

 ドックに寝かされたノイチが久しぶりに口を開いた。

教授(プロフェッサー)はなぜ……」

 その後は涙で言葉にならなかった。


 マイキーは彼女のもげた腕を新たに作り、調整を重ねながら、黙っていた。

 何も掛けてあげられる言葉などないというように神妙な顔をしていた。

 彼のパソコンの画面には数値が表示され、それはノイチの新しい腕がほぼ正確に彼女の意思通りに動く程度までは完成していることを緑色の多さで表していた。

 しかしその画面は突然切り替わり、白髪に丸い眼鏡をかけた50歳代くらいの男の顔が、そこに現れた。

 男は見下すような笑いを浮かべると、言った。


「やあ、ノイチス。久しぶりだね」


 ノイチはその声に身を起こそうとした。しかし体はドックに固定されている。


教授(プロフェッサー)!」


「どうかね? 私の作ったアイシャ達の出来は? 完璧だろう?」

 教授(プロフェッサー)は満足げにワイングラスを持った手をゆっくりと上げると、それを口につけずに空中から落とし、体へ注いだ。


 ノイチは自分を拘束しているベルトを破壊しようと身をよじる。マイキーはパソコン画面から目を離すと、慌てたように彼女を宥めた。


 おもむろに教授(プロフェッサー)を撮しているカメラが引いて行く。男の全身が映される。アンティーク調のソファーに悠々と座り、遅い昼食をとっているところらしかった。

 大理石のテーブルの上には何かの脳味噌らしき料理が白磁の皿に盛られており、教授(プロフェッサー)はそれをマナーの良い手つきでスプーンで掬う。


「見分けがつかないんじゃないのかね?」

 カメラの向こうの教授(プロフェッサー)は同情するような顔をすると、言った。

「君の愛娘と、私のロボットと。ん?」


「この糞野郎!」

 ノイチは身をよじりながら暴言を浴びせる。

「この……糞オヤジ! ふざけんな! 消えろ! アンタは豚以下の糞野郎よ!」


「ノイチス」

 教授(プロフェッサー)は忠告するような笑顔を浮かべる。

「あんまり私を怒らせないほうがよいのではないかね?」


 赤髪の研究員が急ぎ足で入って来て、発信元の特定を試みる。しかし情報には念入りにブロックがかけられていた。


「君がこんな目に遭うのは、なぜだかわかるかね?」

 教授は憐れむような目でこちらを一瞥すると、スプーンで脳味噌を口に入れた。

「うん、デリシャスだ。美しさを鼻にかけていた女性の脳味噌はひどい味がするものだが、この女性は醜いけれど心優しかった。素材の味はやはり外見ではなく、内面から滲み出るもののようだ」


教授(プロフェッサー)

 ノイチは泣き出していた。

「なぜ……こんな非道いことをするの」


「決まっているじゃないか?」

 教授(プロフェッサー)は驚いたように首を傾げた。

「君が私の邪魔をするからだ。私の夢を阻害し、私の趣味の邪魔をし、私を捕まえようなどとする。しかも私は君の、かつての恩人だぞ?」


「教えを仰いだわけじゃないわ!」

 ノイチは牙を剥いて声を上げた。

「異常犯罪者の行動パターンを読むために、同じ異常犯罪者のあなたの話を参考にしただけよ!」


「そしてそれは成功した」

 教授(プロフェッサー)は捜査官だった頃の彼女の成功を喜ぶように、乾杯の仕草をする。

「私のお陰だ。感謝される筋合いはあれど、君に逮捕されなければならない覚えはない」


「あなたは科学を私利私欲のために使う最低野郎よ!」

 ノイチは最大限に牙を剥いた。

「絶対に捕まえてやる!」


「私利私欲? 君はわかっていないな。私は人類の発展のためにやっているのだ」


「黙れ! 豚以下の腐れ外道!」


「発展のためにはタブーなど邪魔なものなのだよ」

 教授(プロフェッサー)はそう言うと、また皿の脳味噌をスプーンで掬った。

「善悪などといった不確かなものを持ち込んでいては、科学は停滞してしまう」


教授(プロフェッサー)

 マイキーが口を挟んだ。

「あなたは素晴らしい科学者です」


「マイキー!?」

 ノイチが呆れて叫ぶ。


「しかし、あなたほどの科学者の情報が、どこにもデータベースとして見当たらない。あなたは何者なのですか? あなたは改心して表舞台に立つべき人だ」


「ありがとう、マイキー」

 教授(プロフェッサー)は一礼すると、言った。

「しかし私のことを悪人呼ばわりすることしか出来ない低能どもの中へ、私に身を浸せと言うのかね?」


「身を浸せるわけなんかないわ!」

 ノイチが吠えた。

「あなたみたいな悪人が表舞台に出て来たら即刻逮捕されて、死刑だもの」


「悪……?」

 教授(プロフェッサー)はスプーンをナプキンの上に置くと、鼻で笑った。

「そんなものはこの世に存在しないよ、ノイチス」


「存在するわ!」

 ノイチは目を剥き、顎でモニターの教授(プロフェッサー)を指した。

「アンタが悪よ!」


「私がなぜ自分のことを『教授(プロフェッサー)』と呼ぶか、わかるかね? 他人にものを教えるのが大好きだからだ」

 丸い眼鏡の奥の鋭い目が、ノイチを捕らえた。

「君に教えてあげよう。この世に『悪』など、ないことを」


「そんなのわかりきっているわ! アンタが『悪』よ!」


「君を生徒にするのはこれが二度目だな。前回は私の言うことを真剣に聞く、良い生徒だった……。今回はどうなるかな? 楽しみだ」


「絶対に捕まえてやるわ!」


「楽しみに私の講義が始まるのを待っていたまえ」


教授(プロフェッサー)

 マイキーが言った。

「僕は彼女の協力者です。あなたに挑戦しますよ、彼女と二人なら、あなたと互角に戦える」


「楽しみにしているよ、マイキー」

 教授(プロフェッサー)は不敵に笑った。


「きっと、あなたに勝ってみせます」


 パソコンモニターは数値を表示する画面に戻った。

 ファクトリーの中に虚しい静寂が戻った。


「何をすればいい?」

 ノイチは悔しそうに歯軋りをすると、マイキーに聞いた。

「私、何をすればいい?」


「とりあえず……君はアイシャと安心して会えるようにならなければならない」

 マイキーは答えた。

「僕に任せて」




 

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