3
ノイチは目を開けた。
白い天井が見えた。
包帯が顔に巻かれているのがわかった。
「ノイチ!」
マイキーの声がした。
「気がついたかい?」
顔を横に向けると、嬉しそうな彼の笑顔が目に入った。
自分は病院のベッドに寝かされているようだ。
「マイキー……」
ノイチは記憶を手繰る。
「私……。爆発に巻き込まれて……」
「僕が君を作り変えておいてよかった」
マイキーは彼女の金色の髪を撫でながら、説明した。
「機械の部分は爆発でダメージを負っていたけど、君の生身の部分はほぼ無事だ。こういうこともあろうかと、君の外皮を衝撃吸収素材に変えておいて、本当によかったよ。君の旦那による改造のあのままなら……外装が生身のままだったら、君は死んでいた」
「助かったのね、私……」
ノイチは彼の目を見つめる。
「あなたのお陰で……」
暫く見つめ合い、しかしノイチはすぐに思い出し、頭を持ち上げ声を上げた。
「アイシャは!?」
「まだ動かないほうがいい」
マイキーは彼女を優しく寝かせると、言った。
「アイシャは何ともないよ。爆発の規模が小さかった」
「ああ……」
ノイチは安心して枕に体重を戻す。
「そうなのね……。そうね。あなたも無事で……よかった」
「アイシャは今、看護師さんがジュースを飲ませて落ち着かせてくれている」
「……そう」
「ママの弾け飛ぶ姿を見てしまって、ショックを受けていたよ。無理もない。腕や足がもげて飛び散っていたからね」
ノイチは黙り込むと、あの時のことを思い出す。
アイシャが自分に抱きついて来た。しかしそれは愛娘ではなく、教授が差し向けた殺人兵器だった。愛娘の姿をした、歩く爆弾だったのだ。
「わかっていたのよ」
ノイチは向こうを向き、悔しそうにマイキーに語った。
「わかっていたの。これはアイシャじゃない、娘の姿を真似た教授のロボットだって。でも……何て言ったらいいのかしら……」
マイキーは同情する表情を浮かべて、黙ってそれを聞いていた。
「油断したとしか……言いようがないわ」
ノイチは言い訳をするように強く言い、理解を求めるように振り向いてマイキーの顔を見た。
「例えば異世界から転生して来た日本人の女の子やオジサンが、幼い娘の中に入っていたら、気づかないなんてあり得ないわ。これは自分の娘じゃないってすぐに気づく。母親ってそういうものよ」
「そうだろうね。わかるよ」
マイキーは優しく頷いた。
「あれは作り話だ。あるいは育児を乳母に任せていた昔の時代に転生する話だからね。君がアイシャとアイシャの姿をした別のものを見分けられないわけがない」
「そうよ!」
ノイチは理解を得て明るい笑顔を見せた。
「私、油断したの! もう次はないわ!」
マイキーのポケットの中でスマートフォンが震え出した。
「電話だ。失礼」
そう言うと病室を出、廊下を歩いて通話のできる場所へ向かって行った。
「そうよ」
ノイチは一人で呟いた。
「次はない。騙されないわよ、教授!」
聴覚機能が壊れているようだ。マイキーの足音が普通に遠くなって行く。
「あ、ママが気づいてるわよ~」
そう言いながら看護師が入って来るのも、姿を現す直前まで気づかなかった。彼女の聴覚はサイボーグのそれではなく、普通の人間並みまで鈍っていた。
看護師の陰からアイシャがヌイグルミを抱いて現れた。
その姿を認めてノイチの顔が緩む。
「ママ!」
駆け寄って来る五歳の娘を抱き締めるため、腕を広げようとした。しかし、両腕ともが、なかった。
びっくりしたようにそれを見つめて立ち止まった娘を安心させるため、ノイチは微笑み、元気な声を出す。
「大丈夫よ。こんなのマイキーが直してくれるわよ。へーき、へーき」
首を左右に動かし、お道化てみせる。
「ママ、いたい?」
アイシャは駆け寄り、ベッドに手をかける。
「いたい? いたいの? かわいそう」
そう言いながらベッドをよじ登り、ママの上に乗り、顔を近づけて来る。
「……っ!」
娘の体重がのしかかり、ノイチの腹部に激痛が走る。どうやら内蔵のどこかはまったく無事ではなく、損傷を負っているようだ。
しかし彼女は我慢した。笑顔を再び向け、アイシャの愛しい顔をよく見ようとする。
「アイシャちゃん、だめよ~」
看護師が娘を抱き上げた。
「ママ、まだお体痛い痛いだからね~。飛んでけ飛んでけしてあげて?」
そう言いながら看護師がまるで赤ちゃんをあやすような動きで背を向けた時に、爆発音は起こった。
アイシャを抱いた看護師の上半身が吹き飛び、白い病室を一瞬にして赤く染める。
爆発の規模は小さく、衝撃はすべて看護師の体が受けた。
ノイチはベッドに仰向けのまま、鮮血に染まっただけだった。
しかし彼女は銃弾を胸に喰らったように目を大きく開き、死の恐怖に怯えるように震え出すと、亡者のような悲鳴を上げた。
「ーーーーッ!!」
マイキーが走って病室に戻って来た時、ノイチは赤い芋虫のように震え、ない腕で顔をかきむしろうともがいていた。
肉の焦げた臭いと血の匂い、そしてノイチの口から漏れる低い呻き声だけが部屋に漂っていた。
「ウア、ア……ヴァァアァァ……」