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ノイチは真っ暗な場所にいた。
誰かの手が自分の瞼に触れている。
とても冷たく、固く、無遠慮な手だ。
「ノイチス」
男の声が言った。少し笑いを含んでいるようだった。
「イヴァン……?」
ノイチは別れた夫の名前を口にした。目を開けようとしたが、開かなかった。
「目を開けてごらん」
「開かないわ。……何をしたの?」
頭を動かそうとするが、全身が石膏で固められたように動かなかった。
ノイチは夫のいる方向を必死で探そうとする。
「早く目を開けるんだ」
夫の声に苛立ちが混ざりはじめる。
「君の目を新作のカメラに入れ換えた。一度見たものを一瞬で記録できるようになっている筈だ。やってみろ」
「イヴァン……! あなた……。妻の体は自分の所有物だとでも思ってる?」
「早く! 開けるんだ!」
「アイシャのこともそうやって自分の実験に使うつもりじゃないでしょうね?」
「アイシャはまだ小さい。無理だ」
「大きくなったら娘も改造するつもり!?」
ノイチは声を張り上げた。
「いいから早く! 目を開けるんだ! 早くしろ、このノロマめが!」
ノイチは怒りを込めて目を勢いよく開いた。
「ママ……」
目の前にアイシャの顔があった。
次の瞬間、爆風に呑み込まれ、彼女の体はバラバラになり、部屋中に飛び散った。
「チッ」
イヴァンは舌打ちすると、ノイチの肉片を足で蹴った。
「弱いな。出来損ないが」
「あなたのせいでしょ……」
床に落ちたノイチの唇が動き、壁に貼り付いた青い目が涙を流した。
「あなたが私の皮膚を固い装甲にでもしてくれていたら、こんなことには……」
「お前は私の研究の成果を他人に見せびらかしてくれればいいんだ。私を有名にするために、な!」
イヴァンは吐き捨てるように、言った。
「お前を守るための装甲など、要るか」
そして、闇の中に消えた。