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忘れることができない君へ

作者: 古山夏冬

いつか加筆修正するかもしれない。


 六時のアラームが鳴る前に目が覚めた。夜明けすぐの部屋はひんやりとした冷気が漂っている。なんだかとても幸せな夢をみていた気がする。だがどんなに頑張っても詳細は靄がかかったように思い出せない。でも内容はなんとなく分かった。こんな日だ。大方昔の夢なんだろう。そう自分で納得して部屋の電気をつける。

 いつもより少し丁寧に顔を洗った。いつもより少し丁寧に髪をとかした。しっかりとアイロンがかかったシャツのボタンを留め、ネクタイを締める。ブレザーに袖を通す。習慣化されたこの行動も、もうすることはないのだろう。ふと姿見に目をやると、制服を着た自分が映っている。

 見慣れた光景。だが心なしか袖の長さが足りないように思えた。どうやら身体だけは立派に成長したらしい。


「おはよう。」

「おはよう。」


 居間に降り、トーストを囓り、コーヒーを一杯すする。画面の中の天気予報士は日本地図を指し棒で示す。


『本日は全国的に雨模様となるでしょう。』


 その先では傘のマークがくるくると踊っていた。

 

「雨?」

「みたいだね。」

「あら、それは。」


 嫌だね。どうして?と訊くと母はこう言う。


「桜、散っちゃうじゃない。」


 気まずい沈黙が居間を支配した。


「……まだ結果出てないんだけど。」


 ごめぇん。母は悪びれもせずカップを傾けた。



 いつもより二本早い電車に乗った。雨の日は混むからだ。特に他意はない。母と父は後で遅れて来るそうだ。ガタタン、ガタタン。風を切るようなノイズの混じった音が眠気を誘う。窓には水滴と桜の花びらがついていた。雨水で色褪せている。電車が最寄り駅で止まった。


 学校に到着する。第何回卒業式。黒墨ではっきり書かれた看板は雨避けのビニールを掛けられていた。ちらほらと人影が見えた。やはりこんな日だからか。いつもより多い。傘を畳んだ。


 教室は誰もいなかった。黒板に書かれた『卒業おめでとう』の文字と今日のスケジュール。天井に並んだ蛍光灯はついておらず、天候も相まって薄暗いそこは、何故か寂しさと安心を覚えさせた。

 明かりもつけずに席に着いた。誰もいない教室を見回し、ここでようやく実感が沸いた。

 ああ。そうか。今日、自分はこの学生生活に終わりを迎えるわけだ。


 同時に一人の人物が思い出された。なるほど。ということはあいつともお別れか。頬杖をついたら、自然とため息が出た。

 他人。学友。知人。級友。どの言葉を並べてもしっくり来ない関係だった。すれ違っても挨拶すらしないくせに、時たまくだらないやりとりをする仲。他人というには近く、友人と例えるには少し遠すぎた。

 そんな奴がなぜか脳裏に浮かんだ。

 同時に一抹の惜別感を覚えた。少々意外だった。


 なぜ、今になって君の顔が思い出されるのだろう。


 教室はまだ薄暗く、息をしているのは自分だけだった。だから少しだけ安心して思索に耽ることにした。


 机に肘をついたまま、軽く目をつぶる。思えば君との関係はひどく一方的だった。

 例えば会話を始めるのはいつも君からだったし、切り上げるのはいつもこちら側だった。君はこちらの方を見て話したけれど、その視線が交わることはごく稀だった。

 加えて君との会話にはまるで生産性というものがなかった。かと言って君がなんの意図もなしに話しかけてくるような人間だとも思えない。加えてこの二人は何も考えずに他愛ない雑談を出来るまでの関係ではなく、その頻度も極端に少なかった。だから君にはきっと何か目的があったんだろう。自分には最後までそれが見抜けなかったが。

 いや、もしかしたらこの仮説も自分の深読みで、自惚れで、君にとっては意味も動機もない、ただの日常の延長だったのかもしれない。そこにいたからなんとなく、といった類いの半時後には忘れているようなそんな気まぐれだったのかもしれない。

 ああ、そうだとしたらなんて自分は惨めなんだろう。誰かの掌上で踊っているつもりが実はただの一人相撲で、観客も黒幕も全てが己の妄想でした、なんてことだったらそれは、


 とても──。


 ぽん。と肩を叩かれた。思考が中断する。見ると友人がいた。


「おはよう小森。」


 友人はそう言った。


「おはよう矢島。」


 こちらもそう返した。


「今日は早いんだ。」

「まあ、今日は最後だから。」


 友人は隣に腰を下ろした。ふと辺りに目をやるといつの間にか照明はついていて、時間帯にしては珍しくもうかなりの人数がいた。君はいなかったけれど。


「いやあそれにしても変な気分じゃない?」


 友人はこちらを真似して机へ肘をつき、そんな話を振る。


「なにが?」


「毎日平日は登校して変わり映えしなかった日常がいきなり終わるんだよ?」


 そうだね。相槌を打つ。


「しかもその渦中にいた時はうんざりしてたのにさ、こうやって終わる時になったら寂しくなるんだ。おかしい話だと思わない?」


 確かに。きっと人はこうやって後悔を積み重ねていくんだろう。そう思ったら、また君が脳裏をよぎった。なんだってんだ。同時に現れた心中の微かな動揺を打ち消すように憎まれ口を叩いた。


「矢島でも寂しいとか思うんだ。」


 友人は苦笑した。


「いや流石に。」


 ははははは。意味のない緩く乾いた笑いが二人の間に立ち込めた。


 なあ矢島?一通り笑って、ふと生まれた小さな疑問を口にする。


「卒業にあたってのさ、後悔ってある?」

「後悔?」


 友人はきょとんとした顔をした。


「ないけど?」

「ないの?」


 言われて数秒ほど視線を虚空に投げ出したが、友人ははっきりと告げた。


「うん。ない。」 

「まじで? 寂しいのに?」


 まじで。そう目の前の人物は言葉を繋げた。


「高校時代にしか出来ないようなことはあらかた片付けておいたし。もう進路も決まってるから。」

「ぐっ。」

「ああ。君はまだだったっけ?」


 薄く笑った。腹のたつ顔だった。なんでも平均以上にできるこいつだが、謙遜と遠慮は知らないらしい。


「そういう小森はどうなんだよ。」

「え?なんで?」

「そんなこと聞くってことは、多少自分に思うところがあるんだろ?」 


 君が浮かんだ。


「ほら。やっぱりあるんじゃないか。」

「ないって。」

「恋人もできなかったのに?」


 うるさいな。そう言うと友人はひどく楽しそうな顔をする。性根がねじ曲がっている。そうこうしているうちに先生が来た。

 君はとっくに席に着いていた。

 

 実はその後、卒業式の記憶はほとんどない。

 多分、ずっと悩んでいたんだと思う。

 今日が最後。今日で、君と会う口実がなくなってしまうから。 


「卒業生、退場。」


 気がつけば司会の言葉と共に吹奏楽部の演奏が始まる。A組の面々が立ち上がりカーテンコールのように礼をすると、拍手が溢れた。彼らは泣きながら、笑いながら、後ろの方へと歩いていく。今までは見ているだけだったこの風習も、今度は自分が見せる番なんだと思うとまた少しセンチメンタルな気分になった。

 目の前のパイプ椅子達はすぐ空になり、自分のクラスが呼ばれた。立ち上がり、体を半回転させる。どうしてか証書授与の点呼より緊張した。皆の視線に囲まれ、ルーム長が口火を切った。


「ありがとうございました!」


 それに続き皆一斉に礼をした。もちろん自分も。


「ありがとうございました!」


 微妙に声が揃っていなかった。でもそれもこのクラスらしいなと思った。拍手の音が大きくなって自分たちを包んだ。


 ああ、本当に、終わってしまう。


 そしてなんの因果か、それとも必然か。今、目の前には君がいる。予行練習の時から分かっていた。体育館に横一列に並んだクラスメートを真ん中から折る様に並べた時、丁度君と隣になることぐらい。

 肩を並べて、歩調を合わせて。ゆっくりと惜しむように体育館を縦に横切る。お互い目は合わせなかった。


「小森。」

「なに。」

「泣いた?」

「ううん。」


 唐突で無意味な会話。


「感動してる?」

「まぁね。」

「寂しいな。これから。」


 ちぐはぐで、不恰好な、関係。


「……。」

「小森?」

「……あのさ、」


 君のことがずっと大事だった。君のことが好きか嫌いか分からなくなるくらい大切だった。もっと君と話がしたいんだ。けどそれはもう無理なのかな?


「なんでもない。そうだね。寂しく、なるね。」


 体育館の出口をくぐる。君は級友達の中へ笑いながら紛れていく。友人が此方へ寄ってくる。


 この三年間の日常が終わる。変われなかった思春期が終わっていく。




深夜テンションで書きました。

君は、突拍子もない夢だったり、憧れの存在だったり、片思いの相手だったりします。

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