おにぎりから始まった話
ちょっとした事から始まったお話。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「まずい。」
ものすごく私のカンに触る言い方をしたのは、私の目の前に座っている一年の後輩男子だった。
[遡ること20分前の話]
夏の暑さが身に染みるとある日、私はハンカチで汗を拭きながら何処か木陰でお昼ごはんを食べようと、連絡通路を一人歩いていた。
しばらく歩いていると。
「う〜ん。ううっ。う〜。」
まるで、手負いの犬が弱々しく唸るような声が何処からか、聞こえてくる。
その声が気になった私は、声のする方へ歩みを進めてみた。
辿り着いた先は、陽光がさんさんと降り注ぐ人気が無い裏庭だった。
辺りを見回し声の主を探してみると、ベンチの上には、顔見知りの癖っ毛が目立つ、一つ年下の後輩がうなっていた。
「ちょっと!!大丈夫!?」
驚いた声をあけて、私は彼の側へ足早に近づいた。すると、ベンチに仰向けに転がっていた彼はうっすらと目蓋を上げて、億劫そうにボソリと呟いた。
「腹、減った。」
その言葉は、最初に聞いた唸り声よりも、数段弱々しくなっていて、空腹で今にも気絶しそうな表情だった。
思わず焦った私は、自分の弁当袋の中へ手を突っ込むと、ラップに包まれた塩おにぎりを取り出すと、彼にズイッと差し出した。
「これっ!塩おにぎりだけど、よかったら、食べる?」
おにぎりを差し出した私の手を無言でしばらく見つめると、彼は一言。
「ありがとう。」
と、言うとおにぎりを受け取り、ラップを外して口元に運び、一口かじる。
おにぎりを食べた彼は、しばらく目を輝かせていたが、徐々に眉間にシワを寄せて、しかめっ面になり一言ボソリと呟いた。
「まずい。」
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これが先程までの一連の出来事である。
そして、私の気分を最悪にした件の彼はと言うと。
「・・・・。」
じっとラップを眺め、しかめっ面の表情のまま、何やら考え事をしていた。
私は苛つきを抑えつつ思い切って、質問してみる。
「何か、、変な物でも入ってた?」
そう問い掛けてみると、彼はぶっきらぼうにそっぽを向き、何処かすまなさそうな顔をして、ボソリと答える。
「別に。なんとなく。」
それの如何にも適当そうな答えを聞いた時に、私の怒りは沸点に達したが、ここで怒ってもどうにもならないと思い、それをさらに必死に抑え込むと、私はあることを思い付き、彼に言った。
「それじゃあさ、今度からあなたの分もおにぎりを用意するから、感想、教えてくれない?」
かがみ込んで、ベンチに座っている彼と目を合わせて提案する。
すると、俯いでいた彼は視線をこちらへ向けて。
「良いのか?」
興味なさげな返事をしながらも、それを期待するかのような輝かやいだ表情をこちらへ向けてくる。
それを了承と取った私は笑顔でコクリと頷くと、彼と別れてその場から立ち去った。
おにぎりを作る約束をしても、あの場で一緒に食べる気にはどうしても出来なかったからだ。
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一日目 鮭おにぎり
「まずい。」
三日目 ツナマヨ
「まずい。」
五日目 シーチキン
「まずい。」
これまで、色々なおにぎりを作ってみたが、どれも味がはっきりと分かるおにぎりになるように、味が濃い洋風の具をたくさん使って作ってみたが、どれも彼にとってはハズレだったらしく、食べている途中にいつも渋面になる事が多く、それに苛ついた私が彼の手からひったくろうとすると、おにぎりを庇う様に抱え込み、喉づまりを心配するくらいの勢いでいつも完食していた。
六日目 たくあん漬け
おにぎりの具を知った時彼は酷く動揺していた。驚きもあったが、何よりも、酷く泣きそうな顔を彼はしていた。
そして、彼はそれを一口かじったが何かが違うと言うような顔をして、苦しそうに呟いた。
「不味い。」
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家へもどり、私は考え込む。
何かいけなかったのだろう。
味はどれも悪くはなかったはずだ。
けれど、彼にとっては少なくとも、好みの味でなかったということだ。
ならば、今の具と全く違う別の具が必要ということだ。
和風でもなく、洋風でもない何かを。
しばらく考え込むと、あることに気がついた私は台所へ走りボウルと、冷蔵庫からとある食材を取り出して、調理を始めた。
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「どうした?随分眠そうな顔をしているが?」
珍しく彼から問い掛けの言葉を貰った。
そこまで夜ふかしをしたつもりはなかったが、顔に昨日の疲れが出ていたらしい。
それと同時に、いつも眠たそうな表情をしている彼が人をしっかりと見ていることに少し驚く。
少し恥ずかしくなった私は、ハンカチを取り出すと顔をゴシゴシと拭き、弁当袋をズイッと差し出すと、まるで勝負を挑むかのように、ニッと彼に笑いかけた。
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ラップを外し、彼はそのおにぎりにかじりつく。
昨晩、思考錯誤で作り上げたおにぎりを食べる彼を期待を持って、私はじっと見つめる。
すると、次の瞬間私にとって意外な出来事が起きた。
『ボロっ。』
突如として、大粒の涙が彼の瞳から流れる。
「ど、ど、ど、どうしたの!?何か不味かった!?それともお腹いたい!?」
慌てふためいた私が矢継ぎ早に質問をすると、彼は涙を流しながらも、私の慌てぶりを見てクスクスと笑っていた。
「どうした。ククッ、そんなに、フフッ。驚くことか?」
「いや、驚くでしょう。急に泣き出すんだもん。」
冷静なツッコミを思わず返したが、彼はまだクスクスと、笑い続けている。
どうやら、さっきのやり取りで彼の涙は引っ込んだようだ。
気を取り直して、質問してみる。
「あのさ、さっき泣いてたじゃん、あれどうして泣いたの?それともおにぎり、不味かった?」
そう質問すると、彼は恥ずかしそうに下を向き答えた。
「いや、違うんだ。これが一番おいしい。だが、これを食べている時、昔を思い出して、とても懐かしく、寂しい気持ちになるんだ。」
そこから彼が語ったのは、とても悲しい話だった。
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俺の母親は、俺が幼い頃から病弱でずっと病院に入院していたらしい。
だから、祖母に育てて貰った。
小学校六年になったある冬の日、母親のお見舞いに行った時母親が呟いた。
「ねぇ、卒業式にお弁当作ってあげよっか。」
それは、もうベッドで寝たきりになっていた母親には、到底無理な話だった。
それでも、母親の弁当に少しだけ憧れていた俺は。
少しだけ期待を込めて。
「余り、期待しないで待ってる。」
そう気持ちとは、反対の言葉を口にした。
そして卒業式の朝、台所へ行くとそこには弁当袋を一つ用意した母親がしてやったりとでも言うような笑顔で俺を見ていた。
「え、退院して良いのか?」
「大丈夫!まじで全然元気!」
そう、元気そうに言ったが急にしょぼくれて如何にも残念そうな表情でこう言った。
「まぁ、またすぐに病院に逆戻りなんだけどね。」
「いや、そこはきちんと医者の言う事を聞いた方がいいって。」
そのツッコミも、母親は聞こえない振りを通し、弁当袋を俺に押し付けると、何処に力があるのか疑いたくなるほどの力で俺を玄関まで押すと、ニコりと笑って。
「卒業おめでとう。もう中学校なんだね。」
何処か眩しい物を見つめるように言うと。
「行ってらっしゃい。」
何かを答える暇もなく、玄関から放り出すと、俺の鼻先でピシャリと扉は勝手に閉められた。
卒業式が終わって袋の包を開くと、中身はすべておにぎりだった。しかも同じ種類のおにぎりが六個も入っていて、思わずげんなりとしたが、始めて食べたその味は味が染み込んだとてもおいしいおにぎりだった。
だが、夢見心地でいられたのはそこまでだった。
帰って来た俺に聞かされたのは、母親の訃報。
さすがの俺も、その時ばかりは耳を疑った。
けれど、死因を聞かされた時、俺はすべてを理解した。
元々はもう動かせるのも難しい体を必死のリハビリを行い、その反動が原因で死んだと。
つまり、俺の弁当を作るために無理をしたせいで死んだということを卒業式の晴れの日に俺は知った。
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「つまり、その時食べた味を忘れられなかったと言う事?」
「そう言う事になるな。」
そう呟くと彼は私に向き直りこう言った。
「あの味が忘れられなかったとはいえ不味いと、言ってすまなかった。」
そう謝る彼の顔は、謝罪の表情が浮かんでいた。
それを見て直感的に、これ以上この話をするのはいけないと思った私は話題を変える。
「謝罪よりも!」
半ば食い気味に近づく私に、彼は若干引き気味になる。
「謝罪よりも!?」
そんな彼に、私は精一杯の気持ちを込めて質問する。
「おにぎり。どうだった?」
精一杯の気持ちと同時に、笑顔で私は問い掛けた。
すると、驚いた表情で私を見ていた彼は、思わず、プッと吹き出しお腹を抱えながら笑顔で笑い、答える。
「ああ、とてもおいしかった。」
七日目の具については、意図的に書きませんでした。
逆に六日間で男主人公の好みを見つけた彼女が凄いと、書き手である私が驚いたぐらいです。
如何でしたか?楽しんでいただけたら嬉しいです。