オレが昔書いた厨二病小説が俺を殺そうとしてくる
「ぶはははははっ!! おもしれえ!!」
夏休み真っ只中、クーラーのガンガンに効いた自室で寝そべり、マンガを読みながら自堕落な生活を過ごしていた俺、神埼 遊真。
「ちょっとお兄ちゃん、部屋汚すぎ! 空き巣の団体客が帰ったあとみたいになってるじゃん!」
妹の芽久が部屋に入ってきて、その絶望的な有り様を見るなりウンザリ顔で小言をこぼす。
「うるせえなぁメク……主の俺が過ごしやすいと感じりゃ、それでいいんだよ」
「でも、こんなんじゃ友だちとか彼女とか呼べないでしょうに」
「問題ねえよ、両方いねえから。どやっ」
「やめてよ悲しくなる……。いいから早く片付け………ん?」
メクが本棚の後ろから少しだけハミ出た黒い物体を怪訝そうな顔で拾い上げ、小首をかしげた。
「なにこれ、ノート……?」
ちょっとまって。
まてまてまてまて。
それもしかして…………
「あーーー!! なんか急にすっげえ片付けたくなってきた!! すっげえ清潔さに飢えてきた!! お兄ちゃん今から部屋ピッカピカにすっから、お前は外に出とけ!! コレもちゃんと本棚に戻しとくから!」
素早くノートを取り上げ、それを使ってメクの背中を激しくプッシュし、部屋の外まで怒涛の勢いで追いやる。
「ふぇっ? ちょ、いきなり何なの!? いたいいたいいたい押さないで押さな」
バタン、と大きな音を立ててドアを閉める。
一息ついてから、両手で力強く握られているA4ノートの裏表紙を見つめる。
間違いねえ。これは俺が三年前…………中学二年生の時に書いた、異世界ものの小説だ。
中学二年生の時のユウマくんは、今以上にアニメやマンガ、ラノベやゲームにハマっていた。
中でもクール系主人公が好きだった。
勇者として冷酷に悪を薙ぎ倒していくファンタジーものだったり、お節介な幼馴染みに辟易しながらも徐々に親密度が深まっていくラブコメだったり。
他にもスポーツにSF、ホラーにスプラッター……。
クールな主人公が活躍する作品なら、好き嫌いなく読み漁ったもので。
そんでまあ、そういうのに憧れて、自分でも何かしらの物語を作ってみたいという安直極まりない動機で完成したのがコイツだ。
たった三年前の作品なのだが、タイトルもキャラクターも、何も覚えていない。
あまりに強烈で脳が記憶することを拒んだのか、中身が無さすぎて印象に残っていないのか、それは分からない。
まっ、まあ…………なんにせよ昔の話だし? 三年も経ったら人は別人になるし?
そうだ、これは別人が書いた作品だ。
ちょうど新しい小説が読みたかったところだ。興味本位で読んでみよう。
俺は誰にともなく余裕っぷりを見せるために、ムダな作り笑いを浮かべつつ、汗が滲んだ手でノートを裏返し、表紙に注目した。
【冷血の紅剣士 ~オレの冒険の書が鮮血に染まっているのだが?~】
あ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛
「キ゛ャ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!
どっから突っ込んだらいいのかわかんねえよ!!!
バッカじゃねえの!!? バッッッカじゃねえの!!!??
そうだね!!! 冷血とかそういうのがカッコいいと思ってたんだよね!!! クール系主人公の小説、バカみたいに読んでたもんね!!!
『染まっているのだが?』じゃねえよ!!! 知らねえよ!!! 拭けや!!! ティッシュかなんかで!! 染まる前に!!!
んで『冷血』とか『ブラッディ』とか『鮮血』とか血液量が多い!!! 大食漢のヴァンパイアでも胸焼けするわ!!!!
「しにたい」
足の踏み場がない部屋をゴロンゴロンと転がりきったあとで天井を見つめると、その四文字が勝手に口から出ていた。
これはすごい。
0ページでここまでダメージ与えてくるの人間業じゃないだろ。
もういやだ。
でも、続きが読みたい。
死にたさと読みたさが共存しているイカれ果てた精神状態に吐き気がする。
「1ページだけ……めくってみるか。それで命に関わるようなら捨てよう………」
【前書き
この作品には流血シーン等が多大に含まれる。ご了承ください。
また、読者に対し自殺などを推奨する意図はございませんのでご承知の上、先に進むがいい】
口調バッラバラ!!!
一応丁寧に言っとかなくちゃね!! 万が一のことがあるもんね!!!
鬱すぎる展開とかだったら自殺する人とかも出てくるかもしれないもんね!!!!
そういうのホントに心配してるからところどころ敬語になっちゃってるんだよね!!!
でも自分の厨二キャラを崩したくないという葛藤も伺える、すばらしい前書きだね!!!!
つか『自殺などを推奨する意図はございません』はウソだろ!!!
俺まだ本編も読んでないのに五百回くらい死にたくなってっけど!!! 羞恥心の致死量ギリギリなんだけど今!!!
「ま、まあ……これくらいならまだ許容範囲だな…………次からやっと物語スタートか……顔あっつ………」
目次もなく、早速本編のページが。
早くも緊張感がえげつない。
こ、ここは明るいメロディーでも口ずさみながら読もうね…………ランララランラン……ララランララン…………わっははあ、楽しいなぁ……ランランランララン
【血が欲しい。
血が欲しい。
オレの剣が喚いている。
オレの魂が叫んでいる。
血が欲しい。
血が欲しい。
オレにもっと血を吸わせてくれ。
オレのこの凍りついた心を、茹だるように熱い血液で溶かしてくれ。
血が欲しい。
血が欲しい。
心臓が暴れ、狂う。
拍動はこの世の終わりを一秒、また一秒と告げるストップウォッチのようだ。
流れを止めた時、世界は終焉を迎える。
血が欲しい。
血が欲しい。
チガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイチガホシイ
オレの名は、ナボル=ラカー。
冷血の、紅剣士。】
ランランランラランラランララランラランララランラランランランランランッッッッッッ!!!!!
しねっっっっっっっっ!!!!!!!!!
マジやめろってそのポエムみたいなの!!!!
憧れるの分かるけど!!! 雰囲気出すために導入部分にポエム載せたいの分かるけど!!!!
キツいんだわ!!! 素人ポエムはキツいんだわ!!!!
『シンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイシンデホシイ』って感じなんだわ!!!!
内容もうっすいし、色々アホだし!!!!
ストップウォッチはこの世の終わりを一秒一秒告げらんねえよバアアアアアアカ!!! あれ時間どんどん増えてくんだよバアアアアアアカ!! ブァアアアアアアアカ!!!!
ナボル=バカーに改名しろ!!!
つーかなんだよナボル=ラカーって………元ネタあるのか? そんなアニメキャラいたっけ……?
ナボル=ラカー。
ナボルラカー。
ナルボラカー。
ナルボラーカ。
ナルボカーラ。
「カルボナーラッッッッッッ!!!!!!」
なぜ!!?
どうしてそこまで血にこだわってるのにあんな真っ白な料理チョイスしたの!?
百万歩譲ってもナポリタンとかにしろよ!!!
イタリア料理屋の息子とかいう設定もないし、そもそも俺パスタ大っ嫌いだし……。
完全に何の前触れもなく突然生まれた名前じゃん……ゲリライタリアンじゃん……。
意図が読めねえ……クールでスパゲッティとかもうただの冷製パスタじゃねえかコイツ……。
バカバカしい名前に一気に拍子抜けしたが、そのおかげで少し冷静にもなれた。
主人公の名前とかって結構な黒歴史ポイントになるんだが、そこをほぼ無傷で潜り抜けられたのはデカイな。
何だっけなぁ、少しずつ思い出せてきたんだけど、なんかわりかし早い段階でヒロインが出てくる気がする。
2ページ目。
【「また一人でいるの?」
死体の上に座り、奪った食料を血だらけの手で貪り食う俺に、女が話しかけてきた。
「やれやれ、お前かリタン……食事の邪魔だ、あっちに池」】
誤字。
手書きなのに変換ミスしてるよバカじゃないの作者さん。シリアスな空気が台無しなんだけど。
【「オレは一人が好きなんだ、やれやれ。いや、正確には……コイツと二人だがな、やれやれ」
錆びついた剣を持ち上げ、ソイツの顔の前で見せつける。
「……そう。それは賑やかで楽しそうな相棒さんね」
女は相変わらず嫌味な言い方をして鼻で笑ったあと、オレの向かい側にある別の死体の上に座り、メシを食らい始めた。】
どうでもいいけど舞台どこなの?
なんかお二人とも、死体がたくさんあるっぽい場所をフードコートみたいに使ってるけど。
時代設定も人物関係も状況も何もわかんねえんだよなぁ……。
文章力ねえんだから最初にちゃんと説明しとけって。
物語が進むにつれて段々と分からせていく、みたいな高等技術なんざ使えねえだろ俺はさぁ……。
【「舞台は1400年代のザハル国……ゼルベラ国との戦争が依然として続いている中で、雇われ剣士のオレが天才的な実力を発揮し、今回の戦いでザハル国が一気に優勢になったんだよな、やれやれ」
「あたしはナポ=リタン。『純白の魔法使い』と呼ばれているんだけど、幼馴染みのあんたと今回初めて一緒の軍に配属されたのよね」
「だがゼルベラ国がまた近いうちに攻めてくることが分かってるんだ、やれやれ。浮き足立ってはいられないな、やれやれ」】
すっげえ説明口調で一気に教えてきた!!!
解説が欲しいとは言ったけど、こんなクールそうな二人にそんなにベラベラ喋らせちゃダメだって!!
第三者視点の地の文とかで言えってそういうの!! テンポ悪くなるから!!!
あと主人公、カッコいいと思ってんのか知らねえけど、いちいち文末に『やれやれ』って挟んでくるなよ!!!
そんなに口グセみてえに連発してたらぜんぜんカッコよくねえよ!!! ど●ぶつの森の住人にしか見えねえよ!!!
ぎゃあああああまた恥ずかしくなってきた!!! 読むのやめるもうっっ!!!
やだよぉこんなの……小説じゃないじゃん……ツッコミ練習帳じゃん……。
ヒロインの名前『ナポリタン』だし……『純白の魔法使い』なのに………。
しかも考えるのめんどくさくなったのかナルボ=カーラみたいに文字の並び替えもしてないよ……真っ向勝負でナポリタンだよ……。
戦争とか他の人に任せてさぁ、とっとと市役所行って名前交換してもらえよお前ら……。
三年前のオレはこんなのを平然と書いてたの……? マジで心が凍りついてるんじゃないの……? 茹だるように熱い血液で溶かしてあげよっか……?
そんでこんな歴史的恥部の存在を今まで忘れてた俺は何なの……?
失意の中でそっとノートを閉じて、再び本棚の後ろへ。
うん、見なかったことにしよう。早めに忘れよう。
「お兄ちゃん片付け終わった~? なんかすっごいドタバタしながら叫んでたけど……」
廊下でずっと待っていたらしいメクが、ノックを数回した後で入ってくる。
「ってうわっ!! さっきよりも汚い! ハリケーンが素泊まりしたの!? もう、何やってたのさ今の時間………」
「メク……お兄ちゃんとご飯食べに行くか?」
「はあ? そんなんで機嫌取ろうとしてもだーめ。だ、だけど……まあ……お兄ちゃんのオゴリなら、今日だけ特別に付き合ってあげてもいい、ケド……?」
顔を赤らめてモジモジしながらデレるメクに、自然と笑みがこぼれる。
うんうん、やっぱり日常ってのは最高だな。
「で? なに食べるの?」
「ああ、そうだな……」
俺は本棚の後ろをチラッと見てから、晴れやかな笑顔でメクに向き直った。
「パスタでも、食いに行くか」
「…………えっ、なんで?」




