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怠惰なヒロイン

怠惰なヒロインは転生を望まない

作者: 雪兎

目を開けると遠子(とおこ)の周りは白で埋め尽くされていた。

壁の継ぎ目もなく、音もなく、そこはただただ白い世界だった。


「わたし……」


遠子がぽつりと呟くと、何もなった空間に一筋の光が差した。次の瞬間、そこには白い長い髭を蓄えた、好々爺と、豊満な体を少ない布で包んだ女性が立っていた。


「気が付いたかね?」

「ようこそ、死後の世界へ」


老人が柔和な笑みを浮かべると、女性は両手を広げて高らかに告げた。



***




「――って! あなた何時までここにいる気なのよっ!?」


叫ぶように問いかけると、女性――アスティは()()()()()()()遠子を指さした。

遠子はちらっとアスティに目を向けると、何も言わずに目を閉じた。


「ちょっと、聞いているの!? 私は女神よ! 無視するんじゃないわよっ!!」


アスティは負けずに言い募るが、遠子は聞こえないふりをした。


「アイン様――っ!!!」


アスティは女神だ。人間から信仰され敬われる存在。無視されることには慣れていなかった。

泣きつかれた好々爺――アインは、長い白い髭を撫でつけながら、首を傾げた。


「ここには時間の概念はないからのぉ」

「そこじゃないです、アイン様! さっさとあの小娘を転生させましょうよぉ!!」

「しかしのぉ、本人の同意がないからの」

「くぅぅぅっ!! ――そこの小娘! あなたの望みを言いなさい! そしてさっさと転生しなさい!」


アスティが再び遠子に向き合うと、遠子の桜色の唇から小さなため息が漏れ出た。


「アスティ、五月蠅いですよ。わたしは転生なんて興味ないって言っているでしょう」

「あなた、女神に五月蠅いなんてよく言えたわねっ!」

「はいはい、女神様。失礼いたしました、静かにしてください。おやすみなさい」

「おいこらっ寝るな!」

「はぁ、まったく、女神様っていうのはヒステリーですね」

「いつもは違うわよっ! 誰のせいでこうなっていると思っているのよ!! いいから転生なさいっ」


遠子はゴロンと手足を投げ出した。

白い世界は、床もなく天井もなく壁もなかった。しかしなぜか遠子は横なれたし、アスティとアインはそこに立っていた。

お腹もすかない、のども乾かない、老衰で亡くなったはずの遠子が何故か若い頃の姿になっている、不思議な空間。

アインは、遠子に現状について事細かに説明をしていた。

今の遠子は魂だけの存在だということ。この白い空間はアインとアスティが存在する時の狭間であり、二人は地球が存在する世界とは異なる世界の管理をしていること。地球で亡くなった魂を時折その世界に転生させ、世界の均衡を図っていること。そして、遠子は転生する魂として選ばれたのだということを。時間をかけ、丁寧に説明をした。

遠子は全ての説明を聞いた後、ただ一言告げるとそっぽを向いたのだった。


「嫌です」

「――あなた、なにが不満なのよ、魔法あり冒険あり()()()()ありの素敵な世界よ」

「そうじゃぞ、お主に加護を与えることもできるのだぞ。きっと楽しいじゃろうて」


アスティだけでなく、アインも説得に加わったのをみて、遠子は身を起こした。


「嫌なんですよ。再び生きるのが」

「あ、あなた……そんなに辛い一生だったの?」


アスティが涙ぐんで尋ねると、遠子はにっこりと笑みを浮かべた。


「いいえ?」


遠子は遠くを見るように目を細めると、ゆっくりと口を開いた。


「いいえ、わたしは幸せでした。嬉しいことも楽しいことも辛いことも悲しいことも、同じくらいありましたよ。愛する人と結婚をして、子供にも恵まれました。私の一生は、派手ではないけれど、とても幸せで――あたたかなものでしたよ」


遠子の瞳に映る優しい温かさを感じ取って、アスティはほっと胸をなでおろした。

アインもつられて優しい笑みを浮かべる。


「では、お主は何故拒否するのじゃ?」

「そ、そうよ。未練はないようだし、なんで転生を拒否するのよ?」

「面倒くさいのですよ」

「はっ!?」


アスティは女神らしからぬ変な顔をした。

アインはアスティの珍しい顔を見て、この女神はここ最近――遠子がきてから――どんどん崩れていくなとしみじみ思っていた。


「今までの(せい)にはそれなりに満足しておりますが、それを再びとなると面倒くさいんです。もう勘弁してください。何もしたくありません。働くのも好きじゃありません。わたしはぐうたらしたいのです」


「ほぉ」

「なっななっ、なっ――………」

「だから、転生はしません」


「ふっざけんな、小娘――っ!!!!」


アスティは力の限り叫んだ。

白い空間でその声は木霊した。

アインと遠子は耳を即座に塞いで難を逃れた。




「わたしはここでアイン様の茶のみ仲間にでもなりますよ」

「ほっほっそれも良いかのぉ」

「よくありませんアイン様! 小娘、魂だけの存在がここにずっといられる訳ないでしょ!」

「でしたら、さっさとわたしの魂を消滅させるなりすればいいでしょう。私は転生する気などありまんせんし」

「それができたら苦労しないのよ! 言ったでしょ、あなたの魂は巨大な生命力を宿しているのよ、私たちの世界には必要な力なの。そう易々と消滅できないのよ!」

「じゃあ、仕方ありませんね、わたしは面倒くさいことはしたくないので、ここで怠惰に過ごすことにします。時にはアイン様の茶に付き合いましょう――よろしくね、アイン様。アスティ様」


遠子はにんまり口角を上げた。

面倒くさいことは嫌いだが、今しばらくはアスティ()()()の楽しそうだな、と思った。

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