83話 虫
10階層でボスを倒した時のようにアイテムの分配が始まるかと思ったが、先に休憩になった。
時間はあるという事で一旦ログアウトしてご飯を食べてきたら、エアリスさんのクールタイムが終わった…というより、動けるようになる時間は経過しているようで歩き回っていた。
エアリスさんが使っていたアビリティは、攻撃力が高い分反動が重いらしく、5分間の行動不可とスキル、アビリティの使用が15分間不可、行動不可の時に倒されるとデスペナルティの10%増加があるとのこと。アビリティ自体のクールタイムは2時間だそう。
そのアビリティで倒せなかったら動けなくなりほぼ確実に死ぬし、倒しきれても状況によっては他のモンスターが来て死んでしまうだろう。厳しすぎる。
戻ってきてから少しすると、エニグマが集合を掛けてまた集まる。
「まずドロップアイテムだな。馬の方からは盾となんかよく分からん革。鹿からはグローブと角が落ちた。欲しいやついるか?」
要らな…。
「盾は性能見てからにするか。アズマ、要らないなら保管庫に置いといてくれ」
そう言って丸い盾を取り出してアズマに放り投げて渡す。革もグローブも角も、欲しいという人が居ないので結局エニグマが持って帰る事になった。
「次、討伐報酬っぽい宝箱。中身はアビリティの本と金」
茶色を貴重に緑色の装飾が施された宝箱を取り出して開けると、10階で貰った宝箱と同じように沢山のお金が詰まっている。その1番上には本が置かれている。
「アビリティは『雷魔法』の系統っぽいな。アクア」
「うん…。良いかな?」
「お前次第だ、リン」
パーティーメンバーの中で魔法の取得はアクアさんに優先させたいんだろうか。
そして僕に同意を求められても…って、僕が臨時メンバーだからか。
「良いよ、魔法使わないし」
そもそも『雷魔法』を持ってないから使えないんじゃないかな。
さっきは魔石が欲しかったが、今回は特に欲しい物はない。強いて言うなら宝箱自体か。さっきの箱とは違うデザインだし、どうせ部屋に飾るなら種類揃えてみたい。
「宝箱? 変なもん欲しがるなお前…」
エニグマに言ってみると、また箱ごと渡してくる。
「お金要らないの?」
「今は困ってないしな。消耗品もお前から貰ってるし」
まあ、要らないなら貰っておこう。お金は欲しいし。
これにてアイテムの所有権を決める話し合いは終わり、再び休憩時間になる。今度のはクールタイムを終わらせるのだとか、HPMPを回復させるための休憩だ。
ただ、やる事がなくて暇らしくトランプで遊び始めている。アクアさんは一旦ログアウトしていてエニグマ、エアリスさん、クロスくんの3人で何かしているようだ。アズマは喋らないからか参加していないが、すぐそこで座って見ている。
僕はルールが分からないのでエニグマとアズマの間に座りながら『調薬』のアビリティで毒ポーションを作る。今回で毒煙玉をかなり使ってしまったし、今後も依頼が来るそうなので今のうちに作っておこうという算段だ。
とは言っても、毒ポーションはフラスコに毒草と水を入れて熱して放置しておけば完成するからエニグマ達を眺めながらだ。
「行くぞぉ!」
やはり気の抜ける声で「お〜」と続くのを見ながら、ダンジョン攻略が再開される。
ここからはおそらくエニグマ達も行ってない。行ったとしてもエアリスさんだけだろう。
苔の生えた石壁の階段を降りながら、次のはどんな感じだろうかと楽しみにしておく。
1階から10階までは石造りの迷路、11階から20階までは草原だった。地下であるとは思えない。これからもそうだろう。
おそらく壁も、空も、気候でさえ関係ない。実際にある場所を切り取ったかのような構造。なんなら海だってあるんじゃないか、と考えていると階段が終わり、21階層の景色が目に入る。
見える限りの木。細い木が太い木を軸に絡み合っていたり、枝が壁のように道を塞いでいたりする。
「森…いや、ジャングルの方が合ってるな。温度的には熱帯、アマゾン辺りが参考元か? モンスターは蛇とかの爬虫類、或いは蜘蛛みたいな虫かもな」
この一瞬でそこまで考えるのか。
青ざめた顔で感想と考察を述べるエニグマの横で、エアリスさんが何かを言いたそうに、でも言い出しにくそうにしている。
「えっと、エニグマ…悪いんだけど、ここのモンスターはその……虫よ」
「スゥー……」
深々と息を吸い込んだエニグマ。その顔は一段と青ざめ、諦めたような笑みを浮かべている。
「出現頻度は…?」
震えた声で、この階層の情報を唯一知っているエアリスさんに尋ねる。
「10階までとそう変わらないわ」
「大きさと虫の種類…」
「猫くらいの小さいやつからバジトラの鉱山にいる蟻みたいなサイズまで。見たのは蜘蛛とかカブトムシとか、蜂とかね」
嫌いな筈なのに全部聞くのは、より多く情報を知りたいという癖だからなのか、知ること自体が楽しいと思える性格だからなのか。どちらにせよ難儀なやつだ。
エニグマは少し悩んでから、何か覚悟を決めたかのように目つきが悪くなる。青ざめた顔のままで。
「モチベーションが保つかは分からないが当面は『狂化』を使う。行くぞ、『狂化』!」
10階でボス戦の時に使ったのと同じスキルかアビリティを使い、赤黒いオーラがエニグマを包む。
先程は戦闘中だったためあまり見れてなかったが、赤黒いオーラの中で、エニグマの目が赤く光っている。
エニグマのアバターは元から赤い目だったが、その色とは違う。前からの目の色は火に近い、オレンジ色になりかけみたいな色だった。それが今は鮮明な赤、学校の美術の授業で使う絵の具の赤色をポンと出したような色だ。
『早目に行くぞ』
唸るような声が二重になって聞こえてくる。
速く行動するという宣言通りに走り出したエニグマに着いていく為に僕達も走り出す。赤黒いオーラを纏っても移動速度には変化がないのか、十分着いていける速さだ。
『ガァッ!』
途中で飛び出してきた大きな蜘蛛を走っている勢いをそのまま乗せて蹴り飛ばし、走り続けて追いかけ、剣を突き刺して倒している。
鮮やかでスマートな戦闘だ。一方的で無駄な動きがないように見える。戦闘ではなく蹂躙と言っていいかも。
中には更に大きな蜘蛛も出てきたりしたが、全てエニグマが同じ行程で倒し進んでいく。
かなりの時間を走り続け、ようやく20階から21階に降りてきたようなのと同じ階段を見つける。密林の中にポツンと、遺跡のように建っている階段だ。
『最悪だ』
階段を駆け下りながらエニグマが呟いた。
まあ、その感情はもっともだろう。ただでさえ苦手な虫、それが大きくなっている上に戦って倒さなければならないのだから。
「背筋が爆発して死ぬ」と言うくらいには苦手なものと「ダンジョンの攻略」という目的とで挟まれて、それでも攻略を選択した。その理由がここまでの苦労を放棄したくないからなのか、それとも別の理由なのかは分からないが、明らかに無理しているのは分かる。
人間の精神は脆く、許容出来ないストレスを一気に受けると壊れたり、おかしくなってしまうとエニグマから聞いたことがある。その通りにならなければ良いのだけど。
『あと8回、最悪9回か』
階段が終わり、22階層へと到着する。変わらず密林の中を走っていると、21階層でエニグマが倒していた蜘蛛に加え、蜘蛛と同じくらい大きな蜂が飛んでくるようになった。
走っていると稀に大きいカブトムシが大木に張り付いているが、攻撃してくる事はない。ノンアクティブなのかも。
数も増え、単体ではなく集団で来るようになってきた。エニグマも流石に複数体相手では立ち止まって対処しなければならない。
後方から援護しているが、相変わらず僕の攻撃力が低いのに対して前衛組の火力が高く、すぐに戦闘が終わってまた走り出す。
時々エニグマかアズマが蜂に刺されて毒状態になっていて、解毒する術がないのかアクアさんの回復を受けたら毒を無視して走っている。時間と共にアクアさんのMPも、エニグマ達のHPも減っている。ジリ貧というやつだ。
「ポーション要る?」
『使えん』
あ、はい。
アズマのように兜を付けていて飲めないという訳では無いので、『狂化』とやらの効果だろうか。代償が大きいアビリティかスキルなのかな。
だがそんな状態で戦闘を続けると当然消耗するわけで、回復魔法も追いつかずエニグマのHPがかなり少なくなってしまう。
『無理に決まってんだろうが…』
来た虫達を全て倒した頃、エニグマを包んでいた赤黒いオーラが消え、声にかかっていたエコーもなくなった。
「すまん、もう無理だ」
「大丈夫です。帰りますか?」
「あぁ」
「お疲れ様」
ここから戻るのかと思ったら、アクアさんが「エニグマくんが厳しそうだから今日は引き上げるっぽいね」と説明してくれた。その直後、エニグマが魔法陣の描かれた紙を取り出して起動すると視界が白くなり、サスティクにあるクランハウスまで戻ってきた。
これが高価で売られてるという帰還用のアイテムか。魔法陣なら僕でも作れなくはなさそう…かも。
「大丈夫?」
血の気が引いたような、青白くなっているエニグマに声をかけてみる。
「正直、辛いな…。休んでくる」
そう言ってクランハウスの中に入っていった。
苦手な虫と戦いながら走り続けて、よく1階層も進めたものだ。
今後のダンジョン攻略でエニグマの虫嫌いは問題点になるだろうけど、あの様子じゃ攻略を中断するという選択は取らなそうだ。どうにか出来ればいいけど…。




