32話 魔法陣の改良(1)
結果は上々。6つの内の4つは十二分に使える事が判った。
ファイアランスとアイスニードルは火力として使えるし、落とし穴と水蛇は拘束技として使える。
電撃は魔法陣が悪いんだと思う。恐らく要素を指から槍とかに変えれば使えるようになる。風のドームはどうだろうか、自分から毒煙を離すように風を発生させられれば使えるけど…改良は後回しで。
試した結果から考えると、落とし穴と毒煙玉の合わせ技が凶悪だ。モンスター用どころか、対人戦でも使えるだろう。
「ただいま、うさ丸」
僕を見てすぐに頭に飛び乗ってくるうさ丸を撫でる。
モリ森で行った魔術の試験運用、その中で更に試したい事も増えた。
落とし穴の魔法陣は土属性にシャベルだったけど、火属性や水属性にシャベルの魔法陣は何が発動するのか、そもそも魔法陣として成立するのか。
雷属性では麻痺が発生しなかった。クマの耐性が強い、またはこちらの麻痺が弱い可能性もあるけど、見た感じでは攻撃であって状態異常付与には見えなかったこと。麻痺や睡眠の魔法なんかはありがちだと思うが、何か使うための条件があるのか、存在すらしないのか。
風のドームは僕が思っていたのとは違う結果になった。それを改良するために何をすればいいのか。魔法陣の改良の仕方を知らないということ。
「できる事とやりたい事の比率おかしくない……?」
やりたい事に対してできる事が少なすぎないかな。ガスマスク然り、毒耐性ポーション然り。魔法陣の改良も、状態異常付与も。
もうちょっとサクサク進められても良いのではないだろうか。それとも錬金術は大器晩成型なのかな。
まあそれはそれとして。
やりたい事と言えば、毒煙玉を作った時に錬金術のレベルが上がり、新しいアビリティを取得していた筈だ。
メニューを開いてスキルのアビリティ一覧から確認すると、『星占い』というアビリティが増えている。
──
『星占い』
錬金術アイテム『占星盤』を用いて素材を入手できる。
──
……。
やはり簡潔というか、欠落しているというか。チュートリアルがないこのゲームにおいて情報が少ないのは致命的な気がする。特に現実を参考にできない錬金術では。
「…これも詳細とか」
ブランに教えてもらった、スキルのアビリティ一覧でもう一度スキル名をタップすると詳細が出る、というもの。もしかしたらアビリティにも適用されているのではないか、と淡い期待を込めて『星占い』をタップしてみる。
…しかし何も起きない。
「ないんだ…」
追加の情報は期待できそうにない。
幸い、ルークスの薬屋さんから錬金釜を買った時に一緒に買った、『占星盤』というアイテムは持っている。生産キットから探すとかにはならなそうだ。それに、使い方が分からなくても師匠に聞けば教えてくれるだろう。
占星盤をアイテム欄から取り出してみる。
直径10cmほどの星が輝く夜空が描かれた丸い板。時計のような針が2本あり、針の先端には太陽と月が付いている。ローマ数字で時間を表していたり、歯車が付いている。
「どう使うんだろう…」
星占いと言うからには、星が関係しているだろう。つまりゲーム内で夜に使うアイテムなのかもしれない。
ただ、使える時間帯が分かったとしても肝心の使い方が分からなければ意味がない。日時計のように影を使う…のは無さそうだ。
星占いの説明には「素材を入手できる」と書かれていた。合成や調薬のような、素材に手を加えて何かを作るのではなく、素材の入手。それも恐らく星に関するアイテムが手に入るはず。
そこから考えられる事は……
「掲げる、とか?」
確証はないし、確かめる術もない。
現在時刻は16時17分。ゲーム内はまだ昼で、あと1時間とちょっとくらいで日が沈むだろう。星占いをするにしても、夜になるまでの時間を何で潰そうか。
やりたい事は幾つかあるけど、師匠に星占いについて教わりに行こう。魔法陣の改良とか、毎回描くのが面倒だからどうにかできないかとか、そういうのは後回し…師匠に聞けたら聞いてみよう。
黄昏の首飾りを使って逢魔の空間へ行き、師匠の家の庭でうさ丸を自由にさせてから家に入る。
「師匠ー」
「む? また来たのか助手。今日で2回目だね」
僕は魔術を習得したという報告に来たのを合わせて今日で3回目だけど、毒煙玉を作るのにかなりの時間使っていたので、毒耐性ポーションについて聞きに行ったのはゲーム内では魔術の報告に行った日の次の日だ。
要は「現実時間で換算する僕にとっては会うのは3回目だけどゲーム内では日を跨いでるから師匠にとっては今この日は2回目」だ。
「星占いってどう使うんですか?」
「ふむ…星占い、というのは占星盤を使うとされるアレか?」
「それです」
「…どうだろうね。過去の文献では星を掴むといった記録があったが、私は使い方を知らないんだ」
その文献とやらは師匠が生まれるよりも前に書かれてた物で、師匠が生きてきた中でも使い方を知っている人とは会わなかったらしい。
「分かりました」
エニグマが何か知ってるかもしれないし、後で聞いてみよう。何でもかんでも聞きすぎな気がするけど、それに少なからず答えてくるのもどうなんだろう。
「悪いね」
「大丈夫です。あと魔法陣の改良ってどうやるんですか?」
「改良? 何をしたいかによるね」
モリ森で試した風のドームについて、現状と目指すべき完成形を話す。
「寄せ付けないように、か」
曰く、魔法陣というのはある種の言語のようなものらしい。
属性や要素は動詞にもなるし、名詞や形容詞にもなる。1つの要素の役割が1つだけではないというのが難しいところだろうか。
例えば水の蛇。「蛇」というのは生物を表す名詞だ。1つの要素が表すものが1つだけであるならば、要素の最も判別しやすい特徴である形だけが具現化しただろう。だが僕が使った水の蛇は自ら動き、クマの足に絡みつき動きを阻害した。
生きているなら自律して動くというのは当然である。つまり、「蛇」という要素は形だけでなく動きや攻撃性までも同時に表す。
僕が求める自分から毒煙を離す風、これは1つで表すのか難しい。そこで出てくるのが「要素の追加」。
ドームという要素は形状を示す。更に「自分を中心に外側へ風を送る」要素を追加で描けばいい。
もちろん描いて終わりというわけではなく、代償というのはある。魔力、つまりMPの消費が激しくなるし、要素2つが上手く噛み合わないと望んだ結果にはなり得ない。
ただ、主観的に見れば絵を「追加」したが、結果的に見ればそうでないパターンも存在する。今回教えてもらったのは従来の風のドームに風を送り出す要素を加えるが、ファイアランスを描いた時に槍の切っ先や柄までも炎のように表現したように、1つの絵になる場合もある。
まあだからなんだという話ではある。結果的に望んだ通りに発動すれば、そこまで気にする必要もない。
教えてもらって描くのは人から左右に矢印が伸びている絵。これで「自分から左右に送る」という要素を表す。そしてドームの絵で囲い、ドームの中に居るような絵に変化すると、「ドームの形状に自分から送る」になる。
完成した魔法陣は風属性であるので「ドームのように全方位へ自分から風を吹かせる」となる。これは文法はあまり知らないが単語の知識がある人の英語翻訳みたいなものなので、ある程度勝手に補完されているが、実際このような状態になっているはずだ。
この「要素の追加」というのを別の物で試すとしたら、すぐに思いつくのは落とし穴だろうか。
落とし穴は土属性と、「穴を掘る」という要素のシャベル。これをよりダメージを与えられる即席トラップへと変化させるとしたら。
シャベルとは別の所に「鋭角」を描けばいいだろう。上手く噛み合えば、「地面に穴を掘り、底に針を作る」になる…かもしれない。
いやー…強くない?
「ありがとうございます」
「ふむ、自分の知識を大っぴらに語るというのは楽しいものだな。それが助手の為になるというのも無駄がなくて良い」
師匠、そのうちエニグマみたいに聞いてもないのに語りだすようになりそう。
「魔法陣って固定できないんですか? 毎回描くの面倒なんですけど」
「ふむ、助手が使っているのは紙にインクだったかな。媒体が弱すぎるね。魔導水を使って作ったインクなんかだと何回か使っても魔法陣は消えないね。紙が弱いとそっちが耐えられなくなるが」
魔法陣は、成立していて形があるなら発動する。
僕がやっているように紙に羽根ペンで描いたとしても、成立しているなら順当に発動してくれる。木を削って魔法陣を描いてもだ。
そうなると回数を保つためにはどうすれば良いか。簡単な話、媒体をより良くすればいい。金属板を削っても良いし、強いモンスターの血を媒体にするのも良い。そう師匠は教えてくれた。
問題があるとすれば木や金属の加工技術を持ってない事だろうか。
「また来ます」
「もうこんな時間か。帰りは気を付けなさい」
子供扱いされてるような、師匠なら元の姿でも言ってきそうな…。
家を出て、師匠のペット…使い魔? のリコと遊んでいるうさ丸を呼び戻し、ネックレスを使って逢魔の空間から出る。
足元に魔法陣が浮かんで雑貨屋ぐれ〜ぷの店主さんの部屋に戻ってきた。
…足元に魔法陣?
師匠は何かを削ったり、描いたりして魔法陣を作ると言っていた。逢魔の空間への行き来を魔術で行っているとしたら、その時に出てくる魔法陣も再現可能かもしれない。だが、文字通り足元に浮かび上がってくる原理が分からない。少なくともネックレスが原因だというのは分かるが、そうだとしても何故魔法陣が浮かび上がってくるのか。
師匠がこのことを話さなかったのは教える気がないのか、聞かれてないから言わなかっただけなのか…。教える気がないならそれ以上は聞かないし、聞かれなかったから言わなかったなら聞くべきだ。どちらにしても聞いておいて損はない。暇な時に聞いてみよう。
頂いたタイトル案も魅力的なんだけど自分の中ではテーマは錬金術であって等価交換ではないのが悩みどころ




