242話 Demension:PHANTASISTA(2)
イベント専用マップ、再び。
今度は砂漠のオアシスからスタートだ。周囲を見渡せば限りなく広がる砂の大地。地平線が見える。
「暑い…」
僕もグレイシアみたいに冷気を纏えたらなー、なんて考えながら耐暑ポーションを飲む。まだ暑いが、多少マシにはなった。
「また飛んで移動しますか」
「ここ、一度来たことがあります…。えっと…確かあっちの方にちょっとしたダンジョンがあったと思います…」
「ガイドお願いします」
「あ、はい…」
ロープを持って飛び上がると、ミーティアさんが指していた方向に塔のような建造物があるのが確認できた。地上でも少し歩けば見えただろうが、空を飛べればすぐに視認して移動できる。高さは正義。
地上に目を向けると、時々大きいサソリや動くサボテンのモンストーがいる。さっきの山ではボス以外にモンスターを見かけなかったが、あれは木々が邪魔で見えなかっただけなのだろうか。
ロープを腕に巻き付け、目に付いたモンスターを移動速度が落ちない程度に倒していく。
「今のうちにアレの詳細を聞いても?」
「あっ、はい…。地上から各階層を通り屋上まで登っていってボス戦です…」
「……いきなりボス戦行けるのでは?」
「たぶん…」
屋上でボス戦が行われるのなら、飛んでいる僕らは中を通ることなく屋上に行ける。ボス戦だけやって次に行けるということだ。それが効率の良い方法なのかは分からないけども。
「ん、なんか飛んでますね。鳥でしょうか」
「お、襲われませんよね…?」
「あの塔の周囲を飛んでいるということから、塔の外壁を無理矢理登ろうとするプレイヤー対策かボス戦で乱入してくる手下的なモンスターだと思います。つまりまあ、多分敵対モンスターですね」
というかこのマップ、中立的だったり友好的なモンスターとかいるのだろうか。
「ま、気付かれる前に倒しておきましょう。敵対してなかったとしても誤差です」
「えぇ…」
目に見える範囲の鳥を撃ち落とす。これで安心。塔にも近付いてきたし、そろそろボス戦だ。
高度は十分。そこまで速く移動していないのでこのまま着地しても大丈夫かミーティアさんに尋ねると、どうにかするという返事を貰った。
先手を取るため、マガジンを交換して三発撃ち込めるようにしておこう。そう思ったのだが…
「あれ、魔力が回復してない…」
…ヤバいかも☆
普段、戦闘は数日に一回とかだから気にしていなかったが、マガジンってバリア装置に使ってるネオ魔石じゃなくて従来の魔石を使っているから回復が遅いんだった。というか20秒で約2万もの魔力を回復するネオ魔石、改めて考えるとおかしいな…?
急いで魔力が残っているマガジンを探す。着地まで時間がないのも焦りを加速させる。
「戦闘、開始します…」
「これも違う…あった!」
ミーティアさんは僕が止まる直前でロープから手を離し、剣を引き抜きながら着地した。それと同時に僕も着地し、マガジンを取り出してロープを仕舞う。
ようやく使えるマガジンを見つけたが、これには一発分の魔力しか残っていない。ここのボスが山で倒したヤギの第一形態と同じくらいの強さで、第二形態がないことを祈るしかない。
僕らが塔の屋上へ着地して間もなく、太陽の光が遮られて大きな影ができる。上を見れば巨大な鷹が羽ばたいている。いつから居たんだろう。
「ミーティアさん、あれって第二形態あります?」
「い、いえ…たぶん、あの山羊はクエスト用のモンスターだから特殊だっただけだと思います…」
HPバーが表示されると同時に、鷹はこちらへ向かってかなりの速度で飛来してきた。あの図体で突っ込んでくるのか…。
ミーティアさんは範囲外に出て避け、僕はバリアの耐久テストになるかな~と棒立ちのまま攻撃を喰らってみる。僕自身は衝撃で屋上から弾き出されたたが、バリア自体は壊れる気配すらない。
「お任せください…!」
鷹が僕に気を取られている隙に、ミーティアさんが鷹に飛び乗って片翼を切り落とした。鷹がのたうち回っている間にもう片方の翼も切り落とし、更に両足を切る。動けなくなったところで止めに頭部と胴体を切り離した。
鮮やかな手際だ。20秒も経ってないんじゃないか。
「なんだかんだ言っといてミーティアさんも強いですよね」
「そ、そうでしょうか…。にへへ…」
ミーティアさんの頭部にある猫耳が横へ倒れた。猫についてあまり知らないので、それが何を意味しているのかは分からない。
それにしても、僕を規格外だなんだと言っていたが、ミーティアさんも同類なのではないだろうか。仮にもボスであろうあの鷹をこんなにもスムーズに倒しておいて、平均的なプレイヤーとは言い難いだろう。
というか、今の戦闘でもスキルを使ってる素振りはなかったし…この人、プレイヤースキルだけで戦ってるのか?
「あ、そうそう。僕、弾切れであんま戦えなくなりました。援護はしますが、どうしてもミーティアさんがメインになると思います」
「わ、わかりました…。頑張ります…!」
「それじゃ移動しますか。どの方角に行きます?」
「たしかあっちに…あ、ありました…。あそこに遺跡があります…」
****
「あそこの街は廃墟らしいです。そこを徘徊するモンスターを駆除してほしいんだとか」
「一体撃破につき報酬増加…この形式だと、他の場所でも同じクエストが発生していてもおかしくないと思います…」
「手柄の取り合いですか。PvPも起きそうですね」
「はい…」
遺跡を転々としながら砂漠を抜け、樹海をスルーした先にあった長閑な平原。適当に目に付いた村でクエストを受注した。
村へ降り立つ前に視界の奥の方に街があったのは見えていたが、まさか廃墟だとは…と遺憾に思ったが、よく考えればそう不思議でもない。期間限定のイベントにわざわざ街という大規模なデータを用意するのも手間が大きいからだ。
もしかしたらこのマップに1個や2個くらいは正常に機能している街があるのかもしれない。あるいは、永続イベントとして登場した時には手を加えられて街があるかも。
「まあどうでもいいけど」
「な、何がですか…?」
「通常マップみたいな街がこのマップにあるかどうかです。気にしなくて大丈夫ですよ」
「…たぶん、無いと思います。わたしが今まで見た街も、全部廃墟でしたし…」
「ってことは街はPvP用のフィールドかもしれませんね。奇襲を得意とするプレイヤー向けでしょうか」
「な、なるほど…」
僕の当てずっぽうに近い推測にミーティアさんが感心したような声を出す。いい加減な予測だから期待されるとちょっと困る。
しかし、仮に僕の予想が正しかった場合、クエストだけでなくPvPも警戒しなければならない。こちらも相手も目的はポイントなのだし、目に見える実力差がなければ戦闘は避けられないだろう。
少なくとも、このイベントでのPvPにおいてはエニグマのような破壊力ではなく、アズマのような絶対的な生存能力を持つ者が有利だ。なんせ敵を倒すことよりも死なないことの方が大事なのだから。
そういった点でいえば、今まで一度も破壊されたことのないバリアを持つ僕はそれなりに生存能力が高い。
なのでどちらかというと問題はミーティアさんである。彼女はこれまでの全ての戦闘において、攻撃を避ける、あるいは弾いたり逸らすといった行動を取っている。街中という奇襲が成立しやすい場所ではそれができない可能性が高い。
「ミーティアさん、PvPでは僕を囮に使ってください」
「それは…わ、わかりました。お気を付けて…」
「隠密系のスキルはありますか?」
「あ、はい…」
「では非戦闘時は常に発動しておいてください。クールタイム中はなるべく隠れながら行動しましょう」
「何だかかっこいいです……かわいいのに…」
何故か褒められた。うむ。悪い気はしない。
それはさておき、直に廃墟の街付近へ到着する。
僕とミーティアさんの予想は共に当たっていたようで、街から少し離れた所の空から鳥瞰しているとモンスターを追いかけて別プレイヤーと遭遇し、そのまま戦闘になるという場面があちこちで起きている。更にその戦闘に勝利したプレイヤーを奇襲するプレイヤーの姿も確認できる。
「よし、総取り」
杖を使い、プレイヤーを倒したプレイヤーを倒したプレイヤーを倒す。たったこれだけで三人が持っていたポイントが僕に入るはずだ。
「ボス倒したりするよりこっちの方が効率良くないですか?」
プレイヤーを倒せるだけの火力や技術があるのなら、わざわざ苦労してアイテムを採取したりモンスターを倒さなくても、PvPで簡単にポイントを集めることができる。
今の僕にその火力が技術があるかと問われると微妙だが。
「た、弾切れさえなければ…」
「そうなんですよねぇ」
「で、でも、この様子だとモンスターとの戦闘も難しそうです…」
「他の場所でプレイヤーと遭遇しなかったのはこういう街に集まってたからなんでしょうね」
マガジンの魔力も多少は回復しているが、それでも撃てて3発程度。結局、戦闘はミーティアさんが頼りになってしまう。
「PvEをやりながらPvPかと思いましたが、PvPメインになりそうですね。さっき言った通り、僕を囮にして敵を倒してください。行けますか?」
「行きましょう…。わたしが、なんとかします…!」
「はーい」
高度を下げながら街に空から侵入し、プレイヤー同士が戦っているところに向かう。
ミーティアさんが砂漠の塔の時と同じように空中でロープを離した。ただし、今回は着地で勢いを殺さず、慣性のままに突貫して剣と鞘でプレイヤーを攻撃している。
剣の方は頭部を的確に狙って突き刺し、鞘の方は力いっぱい殴ることで体勢を崩す。そして反撃できないところを切り裂き、一旦戦闘終了。
もちろんこれで終わりではない。この街は一度戦闘が始まると、その音に釣られてプレイヤーが寄ってくる。途中で参戦すれば、死亡する、どうにかして逃げ切る、向かってくる者を全て倒すのどれかを選択することを強要される。蟲毒みたいなものだ。
次のプレイヤーに備え、ミーティアさんが隠密系のスキルを発動して姿を消した。対して、僕の役割は通路の真ん中でメニューを弄るフリをするだけだ。
僕の姿はドラゴン要素が特異とはいえ、小さめの外見も相まって“ちょっと変な初心者”に見えなくもない。それを狙ってきたプレイヤーをミーティアさんが倒す。
「警戒心とか無いのかなぁ…」
プレイヤーが斬られる音と悲鳴を聞きながら独り言ちる。
戦闘音を聞きつけてやって来たとはいえ、何の警戒もせず突っ立ってるだけのプレイヤーを怪しいとは思わないのだろうか。…思わないから倒されているんだろうな。
無思慮に突っ込んでくるプレイヤーとは別に、気配と音からして数人…10人に満たない程度の人数はちゃんと警戒して物陰から様子を伺ってきている。彼らの行動は注視しないと見えない僕のバリアに気付けるか、あるいはミーティアさんを対処できるどうかで変わるだろう。
あ、目が合った。一応小さく手を振っておこう。
「どっか行っちゃった…勿体ないことしちゃったかも」
「リンちゃんさん、プレイヤーが少なくなってきました。一度倒したプレイヤーがリベンジに来ると大変なので、一度離脱しませんか…?」
「分かりました。少し我慢してくださいね」
ロープを使うとミーティアさんが狙われてしまう。離脱までの時間を短縮し、ミーティアさんをバリアの範囲内に入れるため、彼女を抱きかかえて空へ舞う。
「ポイントもかなり集まったでしょうし、帰還しますか」
「そ、そうしましょう…」
クエストを受注した村に戻り、転送装置を使って冒険者ギルドへ無事に帰還する。
今回の5万近く。一度目の7倍近く手に入った。
「全部交換しても足りますかね」
「はい…」
受付で報酬を片っ端から交換していく。武器・装備品、素材、お金やスキルポイントなど、内容を詳しく確認せずに交換しているので何がどんなものなのかは把握できていない。
しばらく交換を続けていると、一番下にあった1ポイントを20ソルに交換できる項目以外なくなった。残りのポイントは全部これにつぎ込んでおこう。
よし。『Demension:PHANTASISTA』、完。
「イベントはこんなもんですかね。いやー、運が良かったですね」
本当に運が良かった。このイベントにはブランとグレイシアも参加しているだろうし、下手したら上位勢の人たちもいたかもしれない。その人たちと遭遇せずにポイントを集めることができて良かった。
「今日はありがとうございました…」
「また遊びましょうね」
「はい…!」




