202話 錬金魔術
「親権というやつをじゃな」
「別に僕とアリスさん元夫婦とかじゃなくないですか」
「我とリンの仲で!?」
「どういう事?」
ちょっと意味が分からない。
こんなIQが低い会話をしているのは僕のせいではない。アリスさんがリードを預からせて欲しいと言い出したからだ。
だから僕のせいではない。断じて違う。
「何が嫌なんじゃ!」
「元々拒否はしてないんですよ。アリスさんが変な事言ってるからそれについての疑問で話が拗れるだけで」
「ね~」
「僕よりアリスさんの方が戦闘しないからリードはアリスさんに預けておいた方が安全ですし」
僕はうさ丸以外の動物はそこまで頻繁に会いに行かないし、僕よりアリスさんと一緒に居た方が良いとは思っている。
その言葉を聞いたアリスさんは急に笑顔になった。
「はは、そうじゃよな! 勿論分かっておったぞ?」
どう考えても分かってなかったというのは言わないでおこう。これはアリスさんのためだ。
そんな感じでリードはアリスさんに預ける事になった。
ぐれーぷさんとアリスさんを呼んだのは名前の案を貰うためだったが、アリスさんはそれだけでなく服に関しての話もしようと考えていた。当然ながら僕ではなくリードの。
リードは体毛で覆われているとはいえ服を着ていないので、アリスさんならリード用の小さい服も作れるだろうと呼んだのだ。
お金は払うつもりだったが預からせてもらうお礼、という事で無料になった。本来、保育的なそれだったらお礼をするのは僕の方なのだが、アリスさんの目を見て話が通じ無さそうだったので大人しく提案を飲んだ。
その後は寸法の手伝いとかでぐれーぷさんと共にアリスさんの店まで一緒に行ってしばらくリードと触れ合ったが、服が完成してアリスさんが戻ってきたらその場で解散となった。
たまに様子見に来ると言っておいたし、変な事はしないでほしい。
そして錬金ラボまで戻ってきた。まだ試していない事がある。
新たに取得した三つのアビリティのうち、『等価交換』と『生命創造』を試すのが終わった。となれば、次は最後に残っている『錬金魔術』だ。
「錬金魔術ねぇ」
本で読んだ内容には『魔術』のできることを拡張するのと、等価交換で使えるとあった。
しかし実際に『等価交換』を試して分かったことがある。
本には『錬金魔術』自体の生産キットに関しては書かれていなかったが、「神秘の大釜で等価交換を行う」という文があったのを覚えている。
等価交換に使用した生産キットは理の天秤。それと偶然ではあるが、理の天秤を上位変換して入手した錬成盤という物がある。
どこにも神秘の大釜などという生産キットは無いのだ。生命創造に必要な魂魄抽出装置と構築キット拡張パックを錬金ラボで注文した時に確認したが、その二つ以外に新しい生産キットは増えてなかった。
「んー……」
アビリティを取得済みにも関わらず、錬金ラボでの生産キット購入リストに表示されない。
それはつまり……
「つまり……何……?」
考えられる可能性としてはそもそも『錬金魔術』というアビリティが複合型のような位置にある物だということだ。
一つは『魔術』の拡張として。
もう一つは『等価交換』の拡張として。
一個のアビリティで二つの機能を持っているが、その使い方は全く異なる物だ。ならばまとめて一つとして捉えるのは良くないのかもしれない。
だとすると等価交換で使えるようになるのはもっと先で、現状では魔術としてしか使えないアビリティなのだろう。
生産キットが無い以上そう考えるしかない。
「忘れそうだなー」
後回しにすると忘れやすい癖が働きそうだ。
だが保留する他にないので魔術としての使い道を試そう。
『錬金魔術』は錬金術記号を使用するアビリティだ。使い道は魔術でも等価交換でも共通している。
等価交換での使い方はまたやる時に再確認しよう。今は忘れていい。
魔術での使い方としては、以前僕が太陽の記号の描いて発動させた魔術と同じ使い方だ。ただアビリティを所持している事自体が適正となり、『錬金魔術』を未所持の状態と比べて消費MPが下がる効果がある。
他には今まで使ってきた絵も錬金術記号で代用すれば楽かつ消費MPが下がる。
一応、魔術として塩酸とかも生み出せるらしい。ただ魔術であるが故に効果時間が経過したら消えるので、生み出した塩酸を利用して何かを作るのは無理だ。せいぜい攻撃にしようするくらい。
それと、アビリティ未所持の時にはできなかった「昇華」「沈殿」「蒸留」「溶解」「浄水」「発酵」の錬金術記号が使用可能になるんだそうで。正直使えなかった事すら知らなかったのであまりピンと来ない。
できる事はそれくらいしか増えていない。二つの役割があるから一つだけではボリュームは少ないのかもしれない。あるいは等価交換の方がメインである可能性もある。
「昇華とか沈殿か」
新しく使えるようになったという謎の魔術。記号は本に記載されてあったし、前にエニグマから貰ったメモに描かれていたのと同じ物だった。
しかし何とも効果が予想しにくい。
昇華や蒸留、浄水は理科の実験とかで聞いたことがある。
溶解は普段から使わなくもないし、発酵は納豆の話で聞いた覚えがある。詳しくは知らないけど。
沈殿は知らない。でもどうせ沈むんだろう。名前からして。
「昇華は確か固体から気体……気体から固体だっけ」
まあどっちでもいいか。
本とメモを見ながらそれぞれの錬金術記号を模写し、魔法陣を作る。こういうのは大体考えるよりも試してみた方が早いだろう。
という訳で訓練所まで来た。ここならアイテムの消費が無いので、改善できるなら描き足せる。
いざ実験、と思っていたのだが、訓練所が酷い有様で放置されているので先に片付けをする必要がありそうだ。
訓練所はあちこちに穴が開いている。地面にも壁にも。壁は向こう側が見える穴が開いており、その奥には草原が広がっている。
「誰かが壊したのかな」
抉れたような凹凸や穴だけでなく、足が地面に埋まるほどの力で踏んだのか深い足跡もある。
直す前に少し気になって壁にある穴を通って外に出てみる。
何かある事に期待していたが、壁の外は特に何もないだだっ広い草原が延々と続いているだけだ。草原であるという点に関しては「Project Comet」のクランハウスにある訓練所と似ている。
「こんな広いのになんで壁があるんだろう」
てっきり壁の外には何も無くて、バリアみたいな物で行けなくなっていると思っていた。
「でも壁は意図的に壊されてそうだな」
わざわざ壁の穴を放置しておくなら壁の外へのアクセスを楽にしたいという考えがあるのかもしれない。そう思い、壁の穴は直さないでおく。
地面と藁人形だけ修復し、先程描いた魔法陣を取り出して準備完了。
まずは「昇華」の魔法陣をいつも使うみたいな感じで前に向けて使用する。
飛んで行った魔法は藁人形を消し飛ばした、みたいなことはなく、そもそも発動すらしない。不発かともう一度使ってみても発動はせず、魔法陣に変化はない。
「なんでぇ……?」
別の魔法陣を使ってみても同じだ。使おうとしても発動しない。
試しに攻撃用に作ってあった火の球の魔法陣を使うと正常に発動し、藁人形を燃やした。
どうやら不具合ではないらしい。魔法陣として成立していて魔力も込めたので、これまでとは違うルールが存在するのかもしれない。
ふむ、と思考を巡らせてみる。まず基礎から思い出してみよう。
基本的に、魔法陣には要素と属性という二種類の絵が必要になる。球体の絵と火の絵が描かれた魔法陣は火の球の魔法を放てるように。
例外として、要素や属性には合成が存在する。球体の絵と火の絵を別々に描くのではなく、火の球として描いても別々に描いた時と同じ魔法が放たれる。
では基礎的な部分を今回の例に当て嵌めて考えてみる。
「昇華とか沈殿って要素? それとも属性なのかな……?」
当て嵌めるのすら難しい。
シャベルで穴を掘るような絵も土属性が混ざっているが一応要素として成立しているし、昇華が要素だとしても変ではない。属性でもおかしくなさそうだが。
しかし溶解は火属性のイメージが……。
「分からなあぁーいなっ」
深呼吸。落ち着こう。
昇華、沈殿、蒸留、溶解、浄水、発酵。
これらが発動しない理由は何だ、と原点まで戻ってみる。
「発酵、溶解……溶ける……?」
溶解の魔法陣に描かれているのは溶解という現象だけだ。火によって溶けるという原因と結果ではない。それは昇華や沈殿、蒸留、発酵なども同じように現象、操作、過程を指す。
浄水はただの水だから知らないけど。
これらが共通した特徴なのかもしれない。
「……いや、だから何……?」
共通性を見出してもそれが答えにはならないらしい。
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「師匠、この錬金魔術について教えて欲しいんですけど」
「書いてなかったかな。……書いてなかったか」
書いてたら聞いてこないよね、と呟きながら僕が差し出した錬金魔術研究書を受け取ってくれる。
「あー、これは教えられないと難しいか」
師匠が開いていたページに何か書き込んでいる。横から覗き込んでみると「魔法陣で物質を包んで使用する」とあった。
「研究書だから不完全な点が多いんだ。ただめんど……時間が無くて指南書も作れてなくてね。でも使い方はこれで良いだろう。また分からない事があったら補足しよう」
「ありがとうございます」
結構考えて疲れたのが何だったのか分からなくなるくらいあっさり解決できた。
かなしいね。
多分自力だと辿り着くのは難しい。片っ端から試すタイプの人なら行ける。




