201話 名前は大事だけどセンスが必要
机の上に敷かれたタオルの上に寝転がっている僕が創り出した生命体を見つめてしばらく経過すると、魂が肉体に馴染んだようで、ぱちりと目を覚ました。
かなり小さい名も無き生命体は周りを見回してから少しよろけながらも立ち上がり、僕に向かって手を広げながらてちてちと歩いてくる。
「鳥かな」
小鳥は生まれて最初に見た相手を親だと認識する、みたいな。
手を近付けてみると指を触ってきたり、掌に乗ろうとしてくる。
触れ合いながらじっくりと観察してみると、色々な情報提供を取得できる。
まず知性や知能といった部分に関してだが、ある程度の知性は有しているようだ。言語は覚えていないようだが、話しかけると似た発音を繰り返してくる。
段々たどたどしく単語を発するようになっていっているので、ちゃんと教えれば言語は習得できるかもしれない。
身体的な特徴に関しては肉体の作製が終わった時点で感じた事とそう変わりない。
人の肌は見えず、体表は毛に覆われている。頭部には垂れているウサギ耳があり、度々何かに反応する時にピンと立てている。
足はウサギの足と同じ形をしていて、手は人間とそう変わらないように見える。指は足が四本、手が五本。
仮にも人型で作ったからか、歯も人間と変わらない。いや、少し鋭めかも。目の色は僕と同じ赤。体毛は基本白で、頭部付近は銀色が混じっている。
関節なども見た感じは人間と同じ。
「ごちゃ混ぜだなぁ」
「ご、ちゃ」
声はあまり似てないかもしれない。でも可愛らしい声なのは間違いない。
完成した肉体には気になる点が色々ある。
最も顕著なのが、ウサギの特徴を受け継いだ肉体になっていることだ。
理由は十中八九これだろうなと予想できてはいる。どうせ素材にウサギの肉と、ウサギの肉から変換した皮などを使ったからだろう。
人型で作っても、使う素材によっては僕のキツネ耳やこの子のウサギ耳のような物が生える。
ここまでは良いとしよう。理解も許容もできる。しかし問題はこの先だ。
ウサギの肉を使って完成した肉体がウサギの特徴を受け継ぐ物であるならば、完全な人間を創るには人間の素材を使わなければならない。
「人間の素材って何だ……?」
「にん、げん。そざい」
モンスターとして存在している動物と違って、人間はモンスターとして存在している訳では無い。
もちろん人型のモンスターはいるが、それらはゾンビや骨のような死体ばかりで、正常で生きている人間とは違う。
なら人間の素材は一体何処で手に入れるのか。NPCやプレイヤーを殺害して解体でもしろと言うのだろうか。
自分の体を使えば或いは、とも思ったが、ポーションで身体の欠損が修復されない限りはその後の生産行為に支障をきたすので却下だ。
……。
まあ素材の入手先はいつかまた考えるとして。
それよりも、もっと早くやらなければならない大切な事を思い出した。
この子の名前どうしよう。
いつまでも「僕が創り出した生命」とか「名も無き生命体」と呼ぶ訳にはいかない。僕にも凛という名前があるように、この子にも名前が必要だ。
何よりも僕が困る。毎回毎回生命体とか言ってると面倒だ。
「どんな名前が良いかな」
「なまえ」
僕がベースのウサギ人間みたいな感じだからウサリンみたいな。……無いな。
ウサギのリンからウサギリン、ちょっと削ったりしてキリン。いや、これもダメだ。
そもそもネーミングセンスがない僕が名付けても良い物なのだろうか。と、エニグマにフレンドメッセージを送って何かいい案がないか聞いてみる。
数分は待つかもと思ったがすぐに返信が来た。
【エニグマ:実験体1】
エニグマは当てにしない方が良さそうだ。
ネーミングセンスは僕よりはあると思うのだが、エニグマは完成品にしかちゃんとした名前を付けないのを忘れていた。というか僕が余計な事を言わずに最低限の経緯といい名前の案がないかという質問だけすれば良かった。
エニグマを頼れないので自分で考えるかエニグマ以外の人に聞いてみるかだ。
この子が目覚めるのがもう少し早ければ錬金ラボにドクターが居たので、ドクターに聞けたかもしれない。しかしドクターはさっき呼ばれたとかで出て行ってしまった。
なのでフレンド欄から暇そうな人を探す。
いつの間にかこのフレンド欄もアップデートされていたようで、【ダンジョン内】とか【戦闘中】という表示がある。ログイン中かつこの表示が何もない人が暇という事だが、その条件に合う人はアリスさんとぐれーぷさんの二人だけだ。
暇なら良いだろうと二人にメッセージを送って時間があるか確認すると、ぐれーぷさんは超暇、アリスさんは少し後なら行ける、と返事が来た。
「これは?」
「うさまる!」
「僕は?」
「りん!」
ゲーム的な補正があるのか言語の習得が早い。
段々とちゃんと話せるようになって、僕やうさ丸まで理解できるようになっていくことに感動のような感情を覚えている。だがそれと同時に未だに名前を付けれていない罪悪感が……。
「おはよ~」
近くにある物の名前を覚えさせてみようという試みをしている途中でぐれーぷさんがやってきた。
「こんにちは」
「最近会ってないから忘れられてないか心配だったよ~」
「忘れてないですよ」
ぐれーぷさんが言った通り会う機会がなかっただけだ。
挨拶も程々に、本題の名前についてを相談する。
「この子の名前についてなんですけど……」
「うんうん、ちっちゃくて可愛いねぇ~」
「かわいい!」
「喋るんだねぇ~。兎って言ってなかった~?」
「ウサギですよ」
説明が大変そうだったから少し短縮して伝えただけだ。省略した部分は文面よりも口頭の方が説明が楽なので、錬金術のアビリティに『生命創造』があるという所から説明する。
「へぇ~。生き物を創れるんだ~」
「まあ素材とか僕の理解度とかにもよりますけど」
「ペットとかで売れるんじゃない~?」
「それはちょっと……」
自分が創り出した生命が他人のペットになるのはあまりいい気分ではない。人によっては気にしないのかもしれないが、少なくとも僕は嫌だ。
だから売ることはないと思う。
……いや、カニみたいな奴だったら売るな。人に近い形の生物だと倫理観が働くのかもしれない。
「それで~、この子の名前だよね~?」
「はい。ネーミングセンス無いので思いつかなくて」
「じゃあ~、非常食とかはどう~?」
「僕より酷いですね、ネーミングセンス」
「ひじょうしょく!」
「あと変な言葉覚えちゃうのでやめてください」
教育に悪いとは正にこの事である。目の前で本人の名前をどうするか話し合っているこっちが悪いと言えばそうなのだが。
「なまえ!」
なんか催促来た。
「もうちょっと待ってね」
「まつ!」
本当に言語の習得が早い。待ってねって言ったのにオウム返しじゃなくて応用し始めた。
「う~ん……」
「待たせたのー!」
ぐれーぷさんが考え込んでいるうちにアリスさんが来た。ぐれーぷさんに送った内容と同じ文を入力するのが面倒だったのでアリスさんには一切の説明をしていないため、一から説明する。
「了解じゃ!」
いつにも増して元気な返事だ。しばらくアリスさんと僕の手の陰に隠れてアリスさんを警戒しているウサギが見つめ合う時間が続き、それが終わったと思ったらアリスさんが変な事を言ってくる。
「この子くれんか?」
「名前は?」
「いやそれも考えたんじゃがな? 白うさぎだから『不思議の国のアリス』の内容に合っとるなと思って」
自分の名前のモチーフ元と共通する要素があったのは分かった。不思議の国のアリスの内容はそこまで知らないが、ウサギが居るという話をいつかどこかで聞いた気がしなくもない。
「それより名前は?」
「あ、うん。リードっていうのはどうじゃ?」
「リード?」
「うむ。『不思議の国のアリス』がモチーフとなった創作物で白うさぎが原作通りの働きをする作品はそう多くないが、大抵の作品はアリスを不思議の国へ導く役割を持っておる。だからリードじゃ」
読書の英単語じゃなくて導くの英単語か。er付けたらリーダーになるやつ。
「りーど!」
「まあ非常食とか実験体1よりかはマシですね」
他人に頼っといて文句を言うのはどうかと思うが、二人とも本当に酷いのだから仕方ない。まともな生物に付ける名前じゃないし。
本人も気に入ったのかアリスさんが提案した名前をずっと繰り返しているので、もうこれで良いだろう。
「じゃあリードで」
「む~。もう少しで思いつきそうだったのに~」
「お主、非常食か実験体って提案したのか……? 流石にヤバいじゃろ」
「冗談だったんだよ~!」
それは良かった。アリスさんが言及しなかったら、ぐれーぷさんのネーミングセンスがエニグマが試作品とかに適当に付ける名前と同レベルというイメージが固まるところだった。だとしてもぐれーぷさんの本当のネーミングセンスはまだ分からないが。




