171話 トランプ
スピカのキャラ付けというか少し会話させてどんな子なのかなーという回です
「パンドラの箱に入ったのはエニグマから誘われたからなんですか?」
「うん。エニグマくんが入らないかって誘ってくれたんだ」
「変なこと言われてないですか?」
「大丈夫だよ。エニグマくんは優しいから」
なら良いのだが。エニグマは基本的には優しいが、テンションがおかしくなったりするとちょっと怖くなるし、一部の人に対してはとても口が悪くなる。アズマと二人だと結構口が悪いように。
スピカにも十分口が悪くなる可能性があるので心配だ。
「ドクター、取り過ぎじゃない?」
「神経衰弱なのだから取り過ぎという考えは存在しない。覚えているカードを取っているだけだ」
僕とスピカにターンが回ってこない。この調子だとずっとドクターが取って終わりになるかもしれない。
「リンはエニグマくんと仲良いよね」
「……スピカと知り合ってからエニグマと会ってないですけど。どこかで一緒に居るの見かけました?」
「あのー……前回のイベントでね」
前回のイベントというとクラン対抗戦イベントだが、その時にはスピカは居なかった。しかもクラン対抗戦イベントでエニグマと一緒に行動していたのは開始前と開始後の少しの間くらいだ。別のクランに居たとか、不参加で観戦していたとしてもエニグマとの仲の良さを判断する材料としては少ないはずだ。
他に思い当たる節は表彰式のクラン紹介だが、僕は一言しか喋ってなかったからそこでも仲の良さは分からないだろう。
クラン対抗戦イベント、その中のどの部分でエニグマと仲が良いと判断したのか。
仮にスピカが言っていることが嘘であるなら、クラン対抗戦イベント以外の場所で見かけていることになる。街中なら結構あり得るが、だとすると尚更何故嘘を吐く必要があったのかが分からない。
「そ、それより! ドクターが全部取っちゃったから終わっちゃったね!」
「む。露骨に話題を逸らしたな」
「もう一回やります?」
「うーん、次はババ抜きとかどう?」
「良いだろう」
ドクターが自分の取ったペア、僕とスピカの手元にあったカードも全て回収して念入りにシャッフルする。
スピカに話題を逸らされたが、意図的に逸らしたのであれば聞かれたくないと考えていいだろう。
僕やエニグマの保身のためでもあるが、しばらく一緒に話してゲームをして遊んでいた印象としては悪い人間ではないと思う。むしろエニグマに比べると聖人である。
そのスピカが意図的に避けるほどの話題であるなら、スピカにも譲れない事情がある可能性が高い。
つまり、いつものことではあるが深く聞かないでおくべきだろう。
「結局どこ行くんだろ……」
僕も別の話題を出そうと頭の中から適当な話題を探し、ほぼ無意識に口に出していた。
クラン対抗戦イベントの5位記念にクランのみんなで何処かへ行くというのをエニグマから聞いていて、結局どこに行くんだろうと言ってしまった。
だがこの話題、この三人で出すのは間違いだった。ドクターは別のクランだし、スピカはイベントに参加していなかったから気まずくなる可能性がある。
「5位の記念の?」
「え? はい。エニグマから聞いてます?」
「うん。セーヴィルに温泉宿があるからそこに行くって言ってたよ」
「セーヴィルってどこ……」
「この大陸最北端に存在する街だ。ちなみにガラドという街から北、北北東、北北西というラインが繋がりひし形のような形で四つの街が存在している。ガラド北がセーヴィル、北北東がイーニー、北北西がグラートだ」
「へぇー……」
ガラドとやらも聞いたことがない……いや、アズマが鬼になったと聞いた場所がガラドとかそんな名前だったと記憶している。エニグマから聞いた話だったか。
そういえばワヌプとかそんな名前の街がラーディアの次にあるという話も聞いた。ガラドまでの間にもう一つくらい街があったような気がするが、どうにも思い出せない。
しかしエニグマには僕がラーディアまでしか行けないという事は伝えている筈だ。そこから先は前のようにニアさんに連れて行ってもらったり、馬車で移動する他ない。
「なるほどなー」
「クランチャットでいつ空いてるか聞いてたよ」
「え? ……ホントだ」
スピカの言う通り、クランチャットでエニグマがいつ行くかという質問をしていた。それぞれが答えているが、僕の分はエニグマが自分のと合わせて勝手に言っていた。平日は学校が終われば暇だし、土日は予定もないのでいつでもいいと言えばそうなのだが。
チャット画面をスクロールしていくと、全員の意見が出たようで金曜日の夜に行こうという話にまとまっている。土日はイベントがあるため避けたいとなったが、エニグマがなるべく早目にやりたいとの事で、週末で全員がログインできるという金曜日になった。
つまり明日だ。
「明日かぁ」
「楽しみだね!」
「ですねー」
チャットにはスピカやラピスラズリさんも返事していたし、現在のパンドラの箱全員で行くようだ。クラン対抗戦イベントに参加していたアクアさんがクランから脱退して、ログインもしていない状況なのが残念だ。
などと話しながらババ抜きをやっていたら、スピカが上がって僕とドクターだけになった。
ジョーカーを持っているのは僕で、今引いてペアが完成し、手持ちは残り二枚だ。次にドクターがジョーカーを引けばゲームは続行し、ジョーカーを引かずにドクターのペアが完成すれば僕の負けだ。
「でも温泉宿かー。下着は脱げない設定になってるらしいけど温泉入れるのかな」
「え、と。どうだろうね……?」
「リン。男子に振る話じゃないよ」
「あ、ごめんなさい」
つい気になってしまった。というか別に下着を脱げないのって女子である僕だけじゃなくて、男子であるスピカもそうなのでは?
と言っても少し考えればある程度予測できる。水着を着るとか、タオルを巻いておけばいいのだろう。
「おっと、残念」
ドクターが僕からカードを引いた。引かれたカードはジョーカーであり、ゲームはまだ続く。
「どちらがジョーカーかな?」
机の下でシャッフルした二枚を出し、ニヤリと笑って問いかけてくる。
ギザギザした歯を見ながら、前もエニグマとこんな事したなーと右のカードを取る。ハートのJ、ペアの完成だ。
「負けたか。運が良いな」
「50%ってそんなに運良いんですかね」
「50%のハズレを引く人間と50%の当たりを引く人間、運が良いのはどちらだと思う?」
「……当たりを引く方でしょう」
「理解してるじゃあないか。リン、君は今私より運が良かった。だから勝ったんだ」
捉え方によってはそう捉える事もできる。
「そういう訳だ。さて、次は何をする?」
「次は……ごめん、お母さんに呼ばれちゃった」
「そうか。家族は優先するべきだろう。なら続きはまた今度にしよう」
「うん、ごめんね。ドクター、リン、また遊ぼうね」
「はい。また」
手を振りながらログアウトし、消えて行くスピカを見送る。
完全に消えてからドクターの方を見ると、こちらを見ていたようで目が合った。
「どうする? リン。私は二人でやってもいいが」
「レベル上げに行きます」
「なら私も私のことをしよう。またね」
椅子から立ち上がり、去っていくドクターが残した綺麗にまとまったトランプを箱に入れてインベントリに放り込む。
明日は学校があるから遅くまではできないが、できるだけレベルを上げておこう。
次のイベントが土日で、前日である明日は旅行でレベル上げを行える時間があるか分からない。なら今日の内に上げておくべきだろう。どうせまたレベルは下がるし、ある程度戦えるというくらいまで上げれればそれでいい。




