170話 脱退と加入
ドクターが言っていたここに居座る、という言葉。その場の勢いや考えなしに発言していたわけではなかったようだ。
パンドラの箱のクランマスターであるエニグマ、レジェンズのクランマスターのシノノメという人、それぞれと話を付け、クラン同士の同盟に変更を加えたらしい。段階が上がり、統合直前のような状態になっている。
要はパンドラの箱のクランハウスからレジェンズのクランハウスまでの転移が可能になったのだ。その逆も然り。
この機能により、ドクターが錬金ラボに入り浸るようになった。施設が充実しているのならわざわざ同じ物を買うためにお金を掛けるよりも借りた方がいい、という考えで、家賃として追加のオーブも貰った。
僕としては文句はない。
「リン。それは?」
「魔導水です」
シリンジカタパルトの弾用の血液ポーションを作っている途中、ドクターが素材に使う魔導水に疑問を持ったみたいなので説明する。
魔導水の説明なんて一回もしたことなかったから案外難しい。
「毒性を消す? だが毒ポーションと合成したら毒は残るのだろう? それは何故?」
「何故……何でなんですかね」
言われてみればそうだ。魔導水は本来摂取できない液体を摂取できるようにする、といった認識だったが、毒ポーションや麻痺ポーションと合成しても毒や麻痺の効果は残る。
今度師匠に聞いてみよう。
と、メモしていると何かのメッセージが届く。
《『エニグマ』からクランメッセージが届いています》
【エニグマ:アクアが家庭の事情でゲームをやめる運びになったらしい。脱退処分にしておいてほしいと連絡があった】
【エニグマ:アクアと同じくらいのプレイヤーをスカウトしてきたから代用はできる。ラピスラズリに続いての加入だ、仲良くしろよ】
メッセージの送り主はエニグマ。いつもと違うのはフレンドメッセージではなく、クランメッセージだという事だ。
「えっ」
メッセージの中身を読むと、かなり衝撃的な内容だった。
要約すると、アクアさんがクランを脱退して、エニグマが代わりの人をスカウトしてきた。代用とか代わりとか言うと、アクアさんにも新しく入った人にも失礼なんじゃないだろうか。
クラン対抗戦イベントが終わった辺りからアクアさんとは会わなかったし、フレンド欄を見た時にずっとオフラインだったから予兆みたいなのはあったといえばあったんだろう。
かと言ってそれを予測できたとしても、僕がアクアさんの家庭の事情に首を突っ込むことはできない。倫理的にも物理的にも。アクアさんと連絡できるのゲーム内だけだし。
こればっかりは残念だけど仕方ないとしか言えない。
しかしここ最近、大きな出来事が多い。
ラピスラズリさんがパンドラの箱に加入して、ドクターがパンドラの箱とレジェンズの同盟を変更して、アクアさんが脱退してまた新しい人が入ってきた。
うん、改めて考えると色々あるな最近。
「む。リン、新たなアビリティが増えた。『星占い』?」
「必要は生産キットは占星盤ですね。注文しますか」
「お願いしよう」
****
「えっと、初めまして。新しく加入したスピカ、です」
「初めまして、リンです」
「私はドクター。パンドラの箱じゃなくてレジェンズというクランに所属しているが、訳あってここに居る」
「よろしくお願いします。……なんて呼べばいいかな」
「リンで良いです」
「ドクターと呼んでくれて構わない。私もスピカと呼ぼう」
「分かった、リン……も呼び捨てで呼んで欲しい」
という感じで、新たにパンドラの箱へ入ったスピカとの挨拶がたった今終わった。
スピカはアクアさんと同じ青い髪色をしている男性だ。もう慣れたことではあるが、僕より背が高いので話す時は必然と見上げる形になる。背の大きさはエニグマやアズマよりも小さいくらいだが、クロスくんよりは大きいと思う。真ん中くらいかな。
ちなみにドクターも一緒に挨拶したが、僕が誘った訳ではない。勝手に着いてきただけだ。
「何か話しておきたい事とかあります?」
スピカとは今が初対面だから当然ながら話題がない。いや、興味はあるから質問するという手はあるけど根本的に会話が下手だから尋問みたいになりそうで、初対面からいきなりそれはちょっと気が引けるというか。
だからスピカから話題があるならそれに応じようとしたのだが、会話の下手さが既に出てしまっている。
「仲良くなりたい」
「親睦を深めるのには時間が必要だ。仲良くなりたいのなら同じ時間を共に過ごすのが効果的、と意見しよう」
スピカの言葉に、ドクターが度々出てくる朗読のような口調で意見を話した。
「じゃあ何かして遊びます? トランプならありますよ」
エニグマから貰ったトランプが。
「私は何でも。スピカは? トランプでもそれ以外でも、要望があるなら言ってくれ」
「うーん……ブラックジャック?」
「ブラックジャックか。ローカルルールの整理と……リンが分かってなさそうだ。ルール説明もしよう」
僕がブラックジャックとやらのルールを知らないのを察して、ドクターがルールを説明してくれる。
ブラックジャックあまり難しい遊びではなく、ルールとしては簡単な部類入るんだとか。
Aが11、J、Q、Kの三枚は10、数字のカードはその数字で、合計が21を超えると負けになり、ディーラーよりも数字が大きければ勝ちというルールだ。
本来はチップを賭けたりもするが、今回は賭けはなしの簡易的なルールでやる。
「ディーラーは私がやる。人数が少ないのはまあどうしよもない」
とりあえずやろう、と渡したトランプから二枚配られる。裏向きで配られた二枚を手に取って見ると、7と4。合計で11だ。21には遠い。
「ここからは希望するなら更に配れる。ベットの概念がないから何度でも可能だ」
「じゃあ一枚ください」
「私も一枚」
男性なのに一人称が「私」なのは珍しい。黒軒さんのような大人が使うならともかく、スピカのような同年代かそれよりも小さい感じの子が使うのは。人を見た目で判断するのはあまり良くないし、それぞれの事情があるから何とも言えないのは確かではあるけども。
スピカを横目で見た後にまた配られたカードを確認する。6だ。合計で17。微妙な数字になってしまった。
「さあ、私も引こう。おっと、20。運が良いな。リン、スピカ。君たちが勝つには21でないといけない。20も引き分けにはなるが」
暗にこのままでは負けが確定してるぞ、と言いたいのだろう。どうせ負けがほぼ確定しているならもう一枚引いてみるのもいいだろう。
「もう一枚」
「いいね」
対面のドクターから僕の前まで滑ってきたカードを裏返して、数字を見る。
7だ。合計で24。
分かってはいたが、21になるような幸運はない。
「20。引き分けで」
スピカも更に一枚貰っていた。それで合計が20になり、引き分けでこのゲームが終了となった。
これで1ゲームだ。何セットか繰り返して賭けるチップが最も多い人が勝利となるが、今回は賭けがないため勝利という概念が存在せず、ただの暇潰しみたいになっている。
「さて、ルールは理解できたかな」
「できました」
「君らが望むなら賭けありやってもいいが」
「賭ける物がないです」
「錬金術の情報でもいいのだよ? 私のレベルに合わせた話ではなく君のレベルの話を、ね」
「嫌です」
それはここで賭けるにはもったいない。ドクターが対価として支払うアイテムを貰う方が堅実的である。
「おお、利己的になったな。その調子だ。君は些か献身的過ぎる。もっと利己的になりたまえ。例えるならエニグマのように」
心を見透かされているような気分だ。いや、考えがバレているのだから見透かされているのは間違いないのか。
というか保護者かよ。
僕が何も考えずに新キャラばっかり出してると思いますか?
その通りです




