161話 Fate been×Fight clan(6)
エニグマが暴走状態に入ってからゲーム内で一時間以上が経過している。
だが依然として暴れ回っており、止まる様子はない。むしろ時間を追う毎に引き連れているニアが追いつかれそうになるほどである。
元より走るという行為に特化したプレイスタイルとステータス、スキル構成をしているニアであるが、全く疲れないというわけではない。それに対し、エニグマはニアと同じ距離を移動しているのに加え、ノーダメージで多くのクランを壊滅させてきているというのに疲れているようには見えない。
もちろん、エニグマがニアに追いつきそうになっているのはニアの疲れによるものではない。ニアはエニグマがクランと戦闘を行っている間に休憩を行っているし、軽度の疲労で速度を落とすことはない。
では何故追いつきそうになっているのか。どこか知らないクランの拠点で一方的な虐殺を行っているエニグマを眺めながら考えた時、すぐに仮説を立てることができた。
エニグマが自ら口にしなかった暴走状態の詳しい効果などを開戦前にクロスやブレイズから聞き、戦闘時間が継続しなかった場合に効果が解除されると知っていた。
戦闘時間が関わってくるスキルが存在する事、時間が経過することでエニグマが速くなっていることを踏まえると、戦闘が継続している時間によって強化を施すスキルが存在していても不思議ではない。
「そろそろ素の状態じゃ厳しい」
結論は出た。
ちょうど戦闘が終わった。クランコアが破壊され、守っていた人たちが居なくなったところだ。
ニアはアインベントリを開いて銃をすぐに仕舞えるようにセットしたら、拠点で立ち尽くしているエニグマの足元に照準を合わせて撃……とうとしたところでエニグマが動き出した。
慌ててスコープ越しにエニグマが帯びていた雷の痕跡を追うと、拠点の周辺に居たプレイヤーに攻撃していた。構えから見ると警戒はしていたようだが、エニグマの素早さと攻撃力には耐えられずすぐに壊滅したようだ。
今度こそ足元を狙い、撃つ。
銃声が鳴り響き、エニグマがこちらへ走り出してくる。
山の上だからといって、時間が稼げるかというとそうでも無い。ニアは急いで銃をインベントリに放り、エニグマに追いつかれないように走り出す。
「『疾風迅雷』」
先程出した結論を適用し、AGI強化のスキルを発動する。
『疾風迅雷』は自身のAGIを20%増加させるスキルだ。エニグマの『迸る激情』の「HPが1になり、MP、VIT、INT、MNDの数値をSTRに加算してからSTRとAGIを三倍に増加させる。効果は発動者が解除するまで永続する」という壊れた効果に比べると地味な上にこちらは継続が5分と制限時間付きだ。
それでも5分もあれば別クランの拠点に到達し、エニグマを擦り付けるには十分だ。
クールタイムは効果終了から3分だが、ニアはAGI強化スキルを複数所持している。クールタイム中に別のスキルを使用すればいい。
「……見つけた」
飛んでくるエニグマの攻撃を木や岩を使って避けつつ道に沿って走っていると、別のクランの拠点が視界に入ってきた。
後ろのエニグマを気に掛けながら拠点へ近付き、壁や天井を歩けるようになるアビリティの『クライム』を使用して城壁を駆け上がり、拠点内部を通過する。
「侵入者だ!」
警備していたプレイヤーがニアを発見し、仲間に知らせるために叫ぶ。奥を見るとぞろぞろと人が集まってきている。
だがニアは文字通りの侵入者であり、侵入以上のことはしない。破壊活動を行うのはエニグマだ。
ニアを追って拠点の城壁を登ったエニグマは、拠点内部に大量に居るプレイヤーを認識した。直後に左手に持ったチェーンソーが回転を始め、その音によってニアを警戒していたプレイヤーの全てが音の発生源であるエニグマを見る。
「じゃ、頑張って」
全員の視線から外れたニアは、独り言を零してから静かに拠点を出て、近くの高い場所へ移動する。
≪『ブレイズ』からフレンドメッセージが届いています≫
【ブレイズ:テキトーにどっか潰す。一応伝えておく】
先程別れてパンドラの箱の拠点へ帰らせたブレイズからだ。
【ニア:パンドラの箱から南の方なら多分こっちとは会わない】
【ブレイズ:だよな、了解。健闘を祈る】
【ニア:そっちも】
エニグマが危険だから逃げきれないブレイズは帰したが、そもそも出会わないのであれば拠点に留まってもらう必要はない。元から防衛戦力に含まれていないブレイズなら、最初にエニグマが想定していた戦力不足にはならないだろう。
それに、おそらくリンとクロスはエニグマが暴走してから拠点に戻り、防衛に参加しているはずだ。当初より戦力は増えている。
ブレイズとフレンドメッセージでやり取りをしている間にも擦り付けたクランのコアは破壊されたようだ。この一帯のクランにしては人数が少なく拠点も小さかったし、すぐに押し切られてしまったようだ。
休憩できる時間はそう多くもない。
「『電光石火』」
エニグマのヘイトを買い、また移動を開始する。山の上に大木があったためフレンドメッセージの返信を待っている間に登って周りを確認していたら、近くにかなり小さめの拠点があった。
今までのクランの拠点同士の距離よりも短かったから効果時間もクールタイムも短い『電光石火』を使用した。効果はAGIを50%アップ、30秒で効果終了、クールタイムは1分30秒だ。
近いのもあり、AGIが1.5倍になれば30秒でも十分到着できる。
「おい敵だ! ラピスぅー!」
「うるさい……こっちも忙しいの」
拠点があるということしか見ていなかったが、襲撃されている途中のようだ。
ならちょうどいい、戦うのはエニグマだから心配はあまりないが、この方が労力は少ない。
「『スラッシュエクスプロージョン』!」
ごちゃごちゃしている拠点の上空から、エニグマがスキルを発動しながら落ちてきた。
時々スキルを使っている辺り、完全に意識がないわけではなさそうだ。それは敵をただ倒すのではなく、コアを破壊する方が早く処理できると理解して行動している様子からも伺える。
今発動していたスキルも、固まっていたプレイヤーを一掃してコアまでの道を作った。
「まずいまずい!! ラピスぅー!! ヘルプー!!!」
「『ディストラクション』」
エニグマから少し離れたところで戦っていた少女がハンマーを片手にスキルを発動させ、かなりの速さでエニグマに突っ込んでいく。
だがそれは悪手だ。彼女の普段の戦闘がどのようなものかは知らないが、少なくともAGIが極端に高まったエニグマにとっては突っ込んでくる敵など容易に避けられるし、避けた上で一撃を見舞うの事も可能だ。ニアからしてもかなりの速度が出ていたように見えたが、それでも、だ。
案の定エニグマには通用せず、少女は避けられて空中でがら空きになった背中を切られ、消えて行った。
「そろそろ次の準備をしておかないと……」
もう長くは持たないだろう。追いつかれかけているニアにとって、次の移動目標が定まらないまま移動を開始するのはまずい。早急に次の目標を見つけておき、移動をスムーズにするべきだ。
「アイツを止めろ! ポイントを取られるぞ!」
幸い、別クランの敵がエニグマの足止めをしてくれている。どのみち一撃で死ぬので数秒しか持たないのだが。
「……ロケーション完了、小さいけど」
木の上から辺りを見ると、他にも小さなクランがある。ここまで殲滅されていないのにはそれだけの理由があるが、そろそろエニグマも手が付けられなくなってきている。むしろエニグマを倒してくれないかという期待もある。
タイミングよくエニグマもコアを破壊し、残っていた別クランの敵を倒したエニグマが今度はニアに向かって跳躍する。今までよりも近い場所に居たから、銃を撃たずともニアの存在に気付き戦闘を継続しようとしているようだ。
「『アクセル・ワン』」
ここで永続バフを使用する。そろそろ使っておいてもいいだろう。次の段階を開放するまでのクールタイムもあるため、少し早めに使っておく方がいい。
「『エレキインパクト』」
「――つっ! 『紫電一閃』」
想定よりも近付かれてしまい、攻撃を受けてしまった。AGI極振りで物理防御力も魔法防御力もないニアにとってはかなりの痛手であり、HPが半分ほど無くなってしまった。
ただ、攻撃の種別が魔法攻撃なのか、一撃で死ぬようなことはなかった。INTが0なら魔法攻撃力は極端に少ないため、耐えられたのだと思われる。
しかし想定よりもエニグマの速度の上がり方が凄まじい。AGI強化のバフスキルを発動したが、『アクセル』の次の段階を解放を早くしないとすぐに追いつかれて殺されそうだ。
「時間経過じゃなくて殺した人間の数が関係してる……?」
「『スラッシュウェーブ』」
「あぶな」
エニグマの速さについて推測している場合ではなかった。
しばらく逃げ回りながら、次の目標へ辿り着いた。これまで見たどの拠点よりも小さい。
侵入してみると、中に居たのは四人だけだ。
ただ、全員がすぐにニアに攻撃してきた。当然ニアなら避けられるが、かなりの速さのニアに瞬時に攻撃を飛ばしてくるほどだ、エニグマにも対応できるだろう。少人数のクランとはいえ、その実力は折り紙つきのようだ。ここまで生き残っているだけある。
「やっと来たか! 暇だったぞ!」
「喋ってていいのか? めっちゃ速いぞあいつ」
「ニアじゃん、やっほー」
四人のうち三人は知らないが、一人は知り合いだ。レジェンズのドクター、あのレジェンズの、だ。
「やっほー」
挨拶してきたドクターに手を振り返し、じりじりと詰め寄ってきている他の敵を警戒しながらエニグマの到着を待つ。
数秒もしない内に、ニアが通ってきた方角の門が破壊されて飛んできた。文字通り。
「っぶね!」
飛んできた門はニアを囲んでいた内の一人が弾き返し、少し軌道がズレて城壁に突き刺さった。
三人の内の一人もニアと同じように回避したが、視線は変わらずニアに向いている。飛んできた門の原因は考えていないらしい。
「おい! なんで門が飛んで……って、エニグマじゃねぇか! なんだあの雷! かっけぇ!!」
「うるさいぞ核酸」
「『日を喰らう滅びの雷公』」
「相変わらず初耳のスキルばっか使うなぁエニグマ!」
「だからうるせぇって」
エニグマがまた何かのスキルを発動し、纏う雷が更に強くなる。これまではただのエフェクトだったのだが、雷が地面や金属製の物に当たると、その当たった場所が焦げている。攻撃力を持った自動攻撃スキルとかだろうか。
「余所見してて、いいのか」
「戦うつもりはない」
「それが、許されるとでも?」
ニアと一定距離を保って出方を見ているプレイヤー、ニアと戦う気満々だ。ニアとしてはエニグマに任せて巻き込まれない場所に行きたいと考えているが、そうもいかないらしい。
「『アクセル・ツー』」
「逃がさない。『ゴーストドライブ』」
ニアと向き合っている、ローブを着ている小さめのプレイヤーの姿が薄くなる。周りの景色に溶け込むように、消えて行く。
「『疾風迅雷』『電光石火』『獅子奮迅』」
余裕を持って幾つかのバフスキルを発動する。これらは一時的なバフだが、三つだけでも130%上昇する。通常状態の2.3倍だ。そこに更に『アクセル』の二段階目、40%上昇するので、合計で2.7倍になる。
「ニア、逃がすと思うかい?」
「ドクター……エニグマの相手をしてくれないかな」
「2:1の状況が二つ作れているんだ、これでいいだろう。核酸と透けさんも彼と戦うには十分だ」
エニグマチートで草




