144話 包括契約
行数短め
バジトラに存在している鉱山。以前来た時は人が全然居なかったが、今日は結構な人数が居るようである。
適当に近くに居た人に聞いてみると、商業系のクランの人で依頼によって来たとか。他の人に聞くと採取系のクランの人で契約内容を履行するために来たとか、何人かに聞いてみたが全員が自分のためではなく所属しているクランや他人からの依頼によって来ているようだ。
このタイミングでここまで依頼が被ることは珍しいだろうし、聞いた人が全員契約によって依頼主は明かせないと言っていたのも珍しい。ということは一つの組織か個人が多くのクランなどに依頼したと考えるべきだ。
何かあるのかなと思いつつもこれだけ人が居ても鉱山は広いし、最初の方に密集していても深く進めば人は少なくなるだろうと相変わらずすれ違う幽霊を見ながら進んでいく。
予想通り深く行くにつれて人も幽霊も見かけなくなり、人が居たから僕がやらなくても他の人が戦ってくれていた蟻も人が居ないから僕が戦うようになる。
これまで一度も遠距離攻撃をしてきたことが無い蟻はチェーンソーを使えば簡単に倒せる。それは最初の方に出てくる普通のアーマーアントもそうだし、アーマーアントの上位種であろうバトルアーマーアントも同じだ。チェーンソーの攻撃判定が連続多段ヒットであるため、遠くから攻撃してこない単純な敵とは相性がいい。
鉱物を採る時は付けている金具にチェーンソーを引っかけて背負い、採取していない時はピッケルをしまってチェーンソーを構えながら進む。暗視のポーションを飲んでいるため明かりは必要ない。
しばらく戦闘と採取を繰り返し思ったが、やはりこの鉱山、かなり広い。バトルアーマーアントが出てきてからかなりの距離を進んだつもりではあるけど、道は終わるどころかむしろ広がっていて、終わる気配はない。
「よし、良い感じ」
採取も順調であり、戦闘も油断しなければ負けることはない。
そうして見つけた採取ポイントで鉱物を回収し、適当なところで武器をインベントリに放り込み、短剣を取り出して自殺してクランハウスまで戻ってくる。
「……なんか、ゲーム内で死ぬ事に対して沸く感情が薄くなってきた気がする」
まあ、それはいいか。
死んで戻るならリスポーン地点をクランハウスじゃなくてバジトラの中のどこかにしておけば良かったと思いながら、鉄火さんのクランへ向かうためにもう一度バジトラへファストトラベルで移動する。
採れた岩から魔石なりクリスタルなりを抽出する作業は鉄火さんのところで委託しているため、バジトラの鉱山に行ったら帰りに寄って岩を渡せばいい……はずなのだが、僕は帰り方が自殺によるリスポーンという特殊な方法なのでそうもいかないようだ。
クラン「鉄火団」のクランハウスにある工房を通り抜け、最奥にある鉄火さんの作業スペースまでやってきた。
そこには鉄火さんとブレイズさんが居て、こちらに気付いたブレイズさんは壁に寄り掛かった状態から動かずに微笑みながら小さく手を振ってくる。
「やっほーリンちゃん。どうしたの、こんなところに来て」
「こんなところってお前な……」
「依頼に来ました」
「こんなところに?」
「おい」
鉄火さんとブレイズさんは仲が良いようだ。まあ同じ目的を持ったチーム内で仲が悪かったら嫌だけども。
「……確かリン嬢には言ってなかったな、今までの依頼はエニグマん所との包括契約に含まれる」
「「包括契約?」」
「エニグマが持ってくる鉱物の抽出を行う契約だが、クランメンバー全員に同じ内容を適用してくれと言われてる。つまり、エニグマと同じパンドラの箱に所属するリン嬢が持ってきたのもエニグマが報酬を払うからリン嬢は気にしなくても良いって話だ。ついでにブレイズも」
銃開発にもゼリオンクリスタルを使うっぽいし、そのためなのかな。だとすると鉱山に居たプレイヤーがエニグマの依頼によって来ていたという可能性があるかもしれない。
何にせよエニグマが代わりに払ってくれるというならエニグマに任せておこう。なんかお金持ちだし、文句を言われたら改善すればいい。というかエニグマがそういう契約にしてるんだから文句言われても僕は悪くないだろう。
「じゃあお願いします」
「はいよ。終わったらそっちのクランハウスに届けに行かせるのでいいか?」
「はい」
鉱山で採取した鉱物類を鉄火さんに預け、一先ず優先してやることは終わったのでまたうさ丸と僕のレベル上げをしようとサスティクの北方面にあるマグまで来た。ブレイズさん同伴で。
僕が呼んだのではないけど、どうせ一人だと迷いそうだしカバーを頼めるからちょうどいいと言えばそう。
「その兎戦えるんだ」
「戦えるようにする途中です」
「あ、今は戦えないのね」
マグの周辺に出現するモンスターは鳥類が多いため、対空能力が高いかカウンターが得意でないと戦いにくいそうだ。
しかし僕には閃光玉があるため、これを空中で起爆させれば落ちてくる。落ち方は墜落だったり見えないながらも羽ばたいて地面までゆっくり下りてくるだったりと個性があるが、どちらにせよ地面まで下りてくるので攻撃するチャンスが生まれる。
「兎のレベル上げだよね? ってことは行動不能にして殴らせた方が経験値は多く入るから……っと」
ブレイズさんは道端に落ちている石を拾い上げ、空を飛んでいた鳥に向かって投げつけた。
勢いよく飛んで行った石は吸い込まれるように鳥に直撃し、墜落してくる。空中を動き回る鳥に対して一発で直撃させるとは、とてつもない空間把握能力だ。スキルの影響も受けているのかも。
落ちて行った鳥の位置に向かうと、死体のように動かない。モンスターは死亡したらすぐに消えるのでまだ生きているのだろう。それでいて動かないとなると、気絶していると考えるべきか。
「やっちゃえ」
ブレイズさんのサムズアップによるゴーサインも出たので、うさ丸に指示して気絶して動かない鳥を攻撃させる。しばらくぴょこぴょこ動くうさ丸をブレイズさんと並んで眺め、倒しきるまで待つ。
「よしよし、偉いね」
うさ丸のレベルとここ一帯の敵の強さとの差が大きい上に、うさ丸のレベルアップに必要な経験値がプレイヤーと違って少ないから一気に何個かレベルが上がった。
眺めている途中でレベル差がありすぎると攻撃が通らないかもと心配になったけど、とりあえずステータスポイントをSTRに振り込んでおいて良かった。当面はうさ丸だけで戦わせるつもりはないので、ステータスのバランスを取るのはまだ先になりそうだ。
「どんどん行こうか」
そう言って次々と石を投げ、ぽろぽろと鳥が落ちてくる。うさ丸に一羽を攻撃させている間に僕も他の落ちている鳥を倒していく。うさ丸だけでは流石に追いつかない。
「当たるねぇ~!」
ブレイズさんも楽しそうだ。
石がなくなったのか、鳥が居なくなったのか。そのどちらか、あるいは両方まで流れ作業のように鳥を倒し続けた。
おかげでうさ丸もある程度まで戦えるくらいのレベルになったし、僕もチェーンソーを強化できるまで経験値が貯まった。
「命中率凄かったですね」
「85%くらいかな、ちょっと外してたし」
「気になったんですけど、何で石を当てたら気絶するんですか?」
「石の攻撃属性が打撃なのと、鳥の打撃属性に弱いのかな。俺も一撃で気絶するとは思わなかったけど。あと頭に当たったからってのもあるかも」
打撃属性といえば僕も金属バットを買っていた。クランハウスの保管庫に置いてきているけど。
……でも僕が打撃を頭部に当てて気絶させられるビジョンが浮かばないから持ち出さなくていいや。




