118話 コミュニケーションエラー
少し休憩して、HPと精神を回復させた。
ポーションを飲めばHPをすぐに回復させる事はできるが、精神的な疲労とアドレナリンによる高揚感はポーションでは治らない。
鎧が守っていた扉の先に何があるか分からない以上、できる限り万全の状態で行くべきだ。扉の先がボス戦である可能性だって0ではない。
「さーて、何が出るかなっと」
重量のある扉を踏ん張りながら押し続けると、ゆっくりと少しずつ開いていく。
全部開ける必要はないし、ここまで重いと開けるのも面倒だ。自分が通れるスペースが確保できるくらい開いたら、扉の間をすり抜けて中に入る。
相変わらず暗く、こちらはランタンなども一切ないので暗視のポーションを飲んで視界を確保し、部屋を眺める。
先程まで居た、ただ広いだけの空間とは違う。
削ったとかではなく、しっかり整えられた壁に、空間を支える柱。カーペットも敷かれており、扉とは反対の方に階段が数段、その上に王座がある。つまり謁見室みたいな場所だ。
装飾も凝られていて、カーペットや垂れ幕なども見た目だけでかなり高そうという印象を受ける。埃なども一切なく、手入れされているのか、埃が発生しない設定なのか…。
そんな部屋の中で1番気になる物と言うと…
「…あれ、か」
王座の上で足を組んで座っている骨。その頭の上には王冠が乗せられ、動物の毛皮が使われてそうな素材の赤い服を着ている。
足音が吸収され、フサフサと柔らかそうな音が聞こえるカーペットの上を歩き、王座に近づいてみる。
目の前まで来ても、動く気配はない。この骨がモンスターなのか、それとも本物の骨なのか、はたまた装飾の1部なのかは分からない。
だが、戦闘に入った途端動き出すようでは面倒だ。戦闘に入ろうが初手から行動不能になるように破壊しておこう。僕だって学習するのだ。
王冠はなんか勿体ないので回収してから、金属バットを思い切り振りかぶって王座ごとぶっ飛ばす。骨は頭や腕がバラバラに地面に落ち、その音が部屋に響く。
「──物音がすると思えば、生者がここに来るとは珍しい。警備がいたはずなんだがな」
男性の低い声。反射的に声が聞こえた方から離れるように飛び退きつつ、声の主を確認する。
ちょうど今粉砕した、王座に座っていた骨とは明らかに違う、金色の骸骨。黒いローブを身にまとっており、手が見えているが、その手は人間の物と──血色は悪いが──同じ、肉が付いたものだ。
それはつまり、骸骨が仮面などの作り物、あるいは体の1部が骨になっているということだ。
「あなたは…?」
バットを構えながら問う。
骸骨が作り物なのかは分からないが、それは別にどうでもいい。この男が人間であろうとモンスターであろうと、喋れるだけの体の構造と知性を有しているのであれば、これまで戦ったアンデッドモンスターとは違う存在と捉えていいだろう。
対話が可能なのであれば、敵対しているとしても言いくるめる事は僕ができるかは別として、不可能ではないだろう。ついでにこのマップについての情報を知っているのであれば引き出せるかも、という目論見もほんの少しはある。
「俺か、俺はネクロだ。忘れたのか? それとも確認か?
それで、前に来た奴らとは違って襲って来ないんだな。警戒しているのか、自分の力を理解しているのか。敵対するつもりはない…ってのはないだろうな、じゃなけりゃここに来る理由がない」
敵対心がない事を伝えるために頷こうとしたが、言い出した本人によってすぐに否定されてしまった。まるで戦うことを前提にしているような話し方だ。戦闘は避けられないのだろうか。
下ろしかけたバットを再び構え、話の続きを聞く。
「こっちとしては自己防衛以外はやるつもりはないが、俺にはやることが残ってる。ここでやられるつもりはないんだ、容赦はしない。死にたくないなら逃げるんだな」
「僕も戦いたくはないんですけどね」
「そうせざるを得ない理由があるって事か。なら仕方ない、死んでもらうしかないな」
なんでそうなるんだ。
自己防衛以外したくないというのは同じだから、そちらが攻撃してこなければ僕も戦うつもりはないと伝えたかったのだが、言い方が悪かったらしい。最悪な方向で認識されてしまった。
話し終えると同時に、男の顔面にある金色の骸骨、その目の部分に赤い光が灯る。2点の赤い光がこちらを見据えた後に、手を突き出して魔法を放ってくる。
大きく横へ回避し、階段を下りて柱の1本の影に身を隠す。
「スケルトンキングが先手で倒されたのは予想外だが、お前程度なら必要ないだろう」
舐められたものだ、と言いたいところではあるが…実際、僕のレベルやステータスは低い。ここに到達しただけでもかなり苦労したが、ここまでのどのモンスターよりも強いであろう相手を1人で倒さなければならないとなると、こちらの勝率はかなり低い。
それと、先程から僕の実力を分かったような物言いだ。レベルなりステータスなりを看破する術を持っているのだろうか。
空間を支えている重要な要素なのか、柱に隠れていると魔法を撃ってこない。回り込んで攻撃してくるので、柱を挟んで対角線上に立つようにしていれば攻撃は当たらない。
グルグルと柱を回り、頃合いを見て爆弾を地面に落としておく。そこからもう半周し、柱から全力で距離を取って起爆。
轟音と共に閃光が発生し、柱を抉りとった。
爆発が治まった場所には上下に分かれた柱と、健在のネクロという男。ローブが破れ、さっきよりも肌が露出したが、やはり血色はかなり悪い。
腕の1部が無くなっているが、骨、肉、皮という順で再生し、元に戻ってしまった。
「中々やるな、それが警備を倒した方法か。ここに来るにしては弱いと思ったが、納得したよ」
こいつも再生するタイプか、全くもって面倒だ。
何よりも、ネクロを倒すために何をすればいいのかが分からない。今の爆発で一度体を消し飛ばせていたとしても、爆発によって発生した煙が晴れる頃にはほとんどの再生が終わっている。
鎧のように体の1部を回収する事もできないので、鎧とは違う倒し方があるんだろう。
しかし鎧と違って遠距離攻撃をしてくるから、ゆっくり考えていられる時間はない。
部位を消し飛ばす爆破がダメなら、HPだけを削る毒煙玉はどうだ、と猛毒煙玉を投げつけてみる。モクモクと吹き出てくる紫色の煙にネクロが包まれ、姿が見えなくなった直後、バタンという音が聞こえる。
倒れたのだろう、魔法を撃ってくる予兆も、煙の中から出てくる様子もない。立て続けに咳き込む声が聞こえ、しめしめと次の猛毒煙玉の準備をする。
煙が消える前に次の猛毒煙玉を投入する。これを繰り返すと、ネクロの咳き込む声がしばらく続き、途中で止んだと思ったらまた咳き込み始める。息を止めているのか分からないが、それにしてもしぶとい。
…いや、もしかして死んで復活してを繰り返してる?
猛毒煙玉を数十個消費し、残りのストックが少なくなってきた。
「全然倒せないな…」
次第に在庫がなくなり、最後に爆弾で吹き飛ばす。
毒煙玉の紫色の煙が消え、代わりに爆発による煙がネクロがいた場所で発生する。その煙が消えた頃に、ネクロはさっきと同じように体を再生しながら立ち上がった。
「ごほっ、あぁ、悪いな。そう易々とは死ねないんだ」
また腕をこちらへ突き出す予備動作を行ってきたので、魔法が飛んでくると身構える。だがネクロが発動した魔法は直接的に攻撃してくる物ではなかった。
ネクロが魔法を使うと、ネクロの周辺に赤黒い魔法陣が現れ、そこから複数の骨が這い出てくる。
「お前は危険だ、早目に片付けさせてもらおう」
危険なのはどっちだよと言いかけたが、口に出すよりも早く骨が襲いかかってきた。攻撃を避け、爆弾とバットを使って数体を倒すが、骨を処理するのに意識を取られてネクロの放つ魔法を回避するのがギリギリになってしまう。
被弾してしまった場合にどれだけダメージを受けるのか、そもそも耐えられるのかは分からない。だが何があるか分からない以上、攻撃には当たるべきではない。
骨をさっさと倒してネクロをどうにか倒すしかない…が、骨も今まで戦ってきた骨とは違い、HPが高く動きも素早い上に数も多く、中々数を減らせない。
「『バインドチェーン』」
今度は魔法陣が僕の足元に現れる。攻撃してきた骨の腕を引っ張って身代わりにしようする。なんとか骨を巻き込む事はできたが、僕も右足を魔法陣から離すことができなかった。
魔法陣を踏んでいる右足に固く重い鎖が巻き付き、引っ張られるような感覚に陥り足が動かせなくなってしまった。
「ちっ…!」
動かせなくなった右足以外を使ってしゃがんだりバットを振り回して耐えようにも、やはり片足が動かせずにその場から動けないというのは辛いとかそういうレベルではない。八割方戦闘不能と同義で、動けない所を攻撃されてHPが減っていく。
骨に背後から殴られ、片足で踏ん張ることができずに倒れたところで、ネクロが歩いて近付いてくる。
「残念だったな。お前は自身の能力に反して素晴らしい戦闘能力を持っていたが、相性が悪かったようだ」
そう言った後に背中に強い衝撃を受け、HPが0になると同時に視界が真っ暗になる。
ギルドハウスの前でリスポーンし、右足が動く事を確認する。
「はぁ、またかぁ…」
サスティクの特殊マップに行ったのは2回目だが、2回とも死んで戻ってきた。とはいえ、前回のに比べると今回はかなり進歩しただろう。ボスっぽいのにも会えたし。
とりあえず、最初の目的だった冒険者ギルドへ行こう。ネクロをどう倒すかは後から考えよう。




