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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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40 その牛躯人、頭目につき――

 

 人族の中でも優れた体躯を有する事で知られる牛躯人。

 その中にあっても頭一つ抜きん出た体躯を持つモラウ=バラは、その気性の粗さとは似ても似つかない長閑な片田舎の生まれだった。


 農家をしている牛躯人の夫婦の次男として産まれたモラウ=バラにとって、畑と保護林に囲まれた郷里は退屈の象徴だった。

 向上心のない村人、平穏を愛する家族、些細な変化も嫌う風潮が渦巻く郷里に見切りをつけたのは何時だったか。


 元傭兵を名乗って管を巻いていた人種の自警団長を拳で叩き潰しても退屈を紛らわすには程遠く、腫れ物扱いされていた事も手伝って同じような爪弾き者達を束ねて故郷を捨てて冒険者となったのも無理からぬ事だった。


 見慣れぬ景色。

 見知らぬ物品。

 自分より遥か高みにあるように見える先達の冒険者たち。

 最初は些細な物にも興奮し、目にする全ての物が輝いて見えた。


 だがその興奮も半年も経たずに色褪せた。

 自分よりも弱い冒険者たちが幅を効かせ、金しか誇る物のない貧弱な依頼主に顎で使われる生活は郷里のものと大差のないものだった。


 半ば腐りながらも捨てた故郷に戻るわけにも行かず、惰性で冒険者を続けているときだった。

 酔った足で立ち入った場所は、ガラの悪い冒険者崩れが縄張りとしていた酒場だった。

 当然、縄張りを犯す不埒者を見逃す連中ではなかったが、彼等は酔ったモラウ=バラよりも弱かった。瞬く間に下したモラウ=バラがその場を後にしようとしたとき、破れた男達が立ち上がる。


 まだやるのか。


 そう思って拳を握り締めていると、あろう事か下された男達はモラウ=バラの眼前で頭を垂れて言った。


 俺達の頭になってくれ、と。


 初めはくだらないと一蹴したが、しつこく付き纏われている内に頭と呼ばれることに慣れて気付けば自分を頭と呼ぶ者たちの数が倍にまで膨れ上がっていた。

 勝手に頭目に据えられていることに腹を立てなかったかと言えば嘘になるが、同時に心の何処かでは下の者たちに仰がれる事に優越感も覚えていた。


 そして季節が二度巡り、モラウ=バラを頂点に据えた〝雷火の猛牛〟が結成されてから三年目の夏には、〝雷火の猛牛〟は冒険者だけでなくスリをする小悪党や血の気の多い連中をも取り込み、貧民区の一画を牛耳る規模にまで成長を遂げていた。


 モラウ=バラは自分に媚び諂う配下を見て自覚した。

 暴力で他者を支配する悦楽と、それを心の底から愉しめる自分の性質を。

 更にモラウ=バラにはこの三年間で目覚めた趣味――――性癖と言い換えても良いだろう――――があった。



 それは実力があると思い上がった女冒険者の抵抗を捻じ伏せ、暴力でもって蹂躙するという悪辣極まるものだった。



 普通であればそんな暴挙は許されない。

 だがモラウ=バラは許された。



 配下が上納して得た富。

 数多の手勢がもたらす恐怖。

 なにより種族の強みを活かした圧倒的暴力がそれを可能としたのだ。


 悪徳と背徳の快楽を堪能する日々に浸り三年の月日が流れ、貧民区の一区画どころか南方方面を牛耳るのも夢物語だと言わせないほど〝雷火の猛牛〟が成長したある日の事だった。

 モラウ=バラの耳に一つの噂話が届いた。




 見目も羽振りも良く、そして若手の中でも活きの良い女冒険者がいると。





 最初はモラウ=バラの食指は動かなかった。


 その冒険者が人種の女だと知ったからだ。

 他の人族と比べて、人種は余りに脆すぎる。

 牛躯人が人種を抱くと、どんなに丁寧に扱っても違い過ぎる体格差から牛躯人は快楽の頂に登る前に人種は壊れてしまうのだ。

 牛躯人の中でもずば抜けて体格の良いモラウ=バラとなれば尚更だ。


 例え活きが良くとも達する前に壊れてしまうような玩具で遊ぶ趣味はなく、後々強請って金蔓にするか、配下に与えて頭目らしい度量を見せる道具として使えばいい程度の考えしかなかった。

 その女冒険者を、自身の目で直接見るまでは。



 モラウ=バラが件の女冒険者を目にしたのは偶然だった。

 頭目となって久方ぶりに冒険者としての働きをした――――冒険者と言う表向きの体面を保つ為にやる必要があった――――帰り道、依頼の為に出立するところだったのか、鎧櫃と背嚢を担いで歩く姿を目撃した。

 その瞬間、モラウ=バラの脊椎を甘く激しい刺激が走り抜けた。




 自信に満ちた立ち姿。

 垢の一つも浮かばない瑞々しい肌。

 なにより自分の進む道に障害などないと言わんばかりに前を見つめる赤みのある琥珀色の瞳。





 それら全てがモラウ=バラの琴線を刺激した。

 暴力でもってねじ伏せ、無理矢理組み敷いたらどんな表情をするのか。

 自信も自負も踏み砕き、這い蹲らせればどんな声で囀る(命乞いする)のか。


 想像しただけで夜も眠れないほどの興奮を覚えたのは未だ嘗てなかったことだった。だからモラウ=バラはすぐさま配下に命じて女のことを調べさせた。


 あれ程の女であれば情報は直ぐに集まると思っていたが、予想に反して集まった情報は頼りないものだった。


 中堅以上の冒険者が利用する〝羊の踊る丘亭〟で暮らしていること。

 雑用として貧民区の子供を一人雇っていること。

 報酬の多寡に関わらず、必要とあれば依頼を受ける慈悲深さを持っていること。

 一党や徒党に属さず基本一人で活動していること。

 そして〝レイラ・フォレット〟と言う名前しか分からなかった。


 なんとも情けない結果に激怒しかけたが、その原因を知って溜飲をなんとか下げる。

 バルセットで最も優れた情報屋である〝夜鷹の爪〟が依頼を拒否したというのだ。であれば配下が手に入れた情報の質にも納得がいき、それどころか少ないながらもしっかりと情報を手に入れたのだから褒めるべきですらあった。


 モラウ=バラはもっと配下を増やし、他の地区へと手を伸ばせるようになった暁には〝夜鷹の爪〟は真っ先に潰すと心に決めつつ、手に入った情報を元に女を誘い出す手立てを企てた。


 しかし残念なことに女は稼ぎ時とあって既にバルセットを離れていると知って計画は延期となった。


 そして数段劣る女達で憂さ晴らしをして待つこと数ヶ月、漸く念願のときが来た。


 連続殺人事件と言う邪魔が入ったものの、女の帰参を知るやいなや配下に女の雑用をしている蜘蛛人の子供を攫わせ、〝羊の踊る丘亭〟に脅迫文を送りつける手筈も整えた。


 ただし、モラウ=バラもそんな事で件の女が釣れるとは思っていなかった。高々貧民区の子供一人の為に危険を侵す馬鹿は居ないと分かっていたからだ。

 あくまでこの一件は女を手折る計画の前段に過ぎず、慈悲深いと噂される女の評判に傷を付け、そこに付け込んで冒険者としての面目を潰す。

 そしてモラウ=バラの前に立つほか選択肢がない状態まで追い込んでいくつもりだったのだ。


 そして今日も〝鼻薬〟を嗅がせている衛兵に事件解決の為にと泣き付かれて仕方なく斥候として使える手勢を送り出し、頭目のモラウ=バラは拠点に残って適当に引っ掛けた商売女を抱き潰した快楽の余韻と心地よい疲労がもたらす微睡みの中にいた。

 夢の中でも小生意気な女冒険者を無理矢理組み伏せる悦楽を味わっていると、騒々しい足音がモラウ=バラを意識を現実へと引き戻す。


「一体なんの騒ぎだ!!」


 扉を壊す勢いで入ってくる配下が口を開くよりも早く怒鳴り声を上げ、血相欠いた配下を竦み上がらせる。

 折角の一時を邪魔した配下に対してどうでもいい事だったらタダじゃおかないぞと、そう言わんばかりに睨み付けるモラウ=バラ。

 配下の男は恐怖に顔を強張らせるが、直ぐに意を決して口を開く。


「そ、それが、あの女がついさっき殴り込んで来やがったんです!!」

「あぁん?」


 〝あの女〟と言う呼称に疑問符が浮かびかけるが、この数ヶ月の間でそう呼ばれる人物は一人しかおらず、モラウ=バラの表情は直ぐに怒りから粘つく悪意に満ちた表情へと変わる。


「クククッ、どうやら思っていた以上に思い上がった馬鹿な女だったらしいな。それで、あの女は今どうしてるんだ?ちゃんと丁重に持て成してるんだろうな?」

「それが…もう表の店で呑んでた奴ら大半がやられてまして……」

「……はぁ?」


 期待に胸をふくらませるモラウ=バラだったが、配下の言葉に顔から表情が抜け落ちる。

 そして遅れて湧き出る怒りに任せて人種の柔らかい頭を鷲掴む。


「じゃあなにか?テメェは女一人に良いようにやられた雑魚どもの尻拭いを俺にさせようってのか?」

「も、もちろんっ、そんなつもりじゃ!!でも今頃出迎えた連中もやられてるだろうし、俺達だけじゃどうにも……ぐああぁぁぁああ!!!」


 頭蓋が軋む感触など気に求めず、モラウ=バラは少しづつ頭を握る手に力を込めていく。

 そして痛みに悶え、涙すら浮かぶ配下の目を覗き込む。


「どうもこうもネェーんだよっ!!役立たず共がっ!!今、屋敷に居る奴ら全員を叩き起こして囲め馬鹿がッ」

「わ、分かり、ました………」


 返事と聞いてから壁に叩きつければ、配下の男は命令を遂行しようとフラフラとした足取りで開け放たれたままの扉へと向かう。

 その情けない後ろ姿に更なる苛立ちが募り、思わず舌を鳴らすモラウ=バラだったが、横になっていた寝所に戻ろうとして動きを止める。


「おい、待て」


 振り返ればビクリと身体を震わせる配下が居たが、もうモラウ=バラにはどうでも良かった。


「気が変わった。今回は俺が直接女を躾けてやるよ。お前は他の連中を起こしたら攫った餓鬼を女の前まで連れてこい」

「へ、へい!!それで餓鬼を人質に取るんで?」

「一々口を挟むんじゃねーよ!馬鹿がッ!! それになにも、言うことを聞かせるだけが人質の使い方じゃねーんだよ」


 悪辣な笑みを浮かべるモラウ=バラを直視し、身を震わせた配下はその場から逃げるように動き出す。

 そして再び静けさを取り戻した部屋でモラウ=バラが最初に手に取ったのは、精銀鉱と粗金鉱をふんだんに使った重厚な造りの籠手ナックルガードだった。


「予想よりもやるようだが、それでこそ手折がいがあるってもんだな。それに舐めた真似したツケが高く付く事を思い知らせてやるよ……」


 幾度もの抗争で身に付け、その全てで勝利を掴んできた相棒を嵌めたモラウ=バラは部屋を後にする。

 元々立っていた薄汚い家屋をまとめて取り壊し、石造りの屋敷を建てさせたかいがあってか、廊下を歩いていても女が暴れているという気配はしない。


 しかし表の〝黒鯉の水面亭〟に繋がる中庭と屋敷を隔てる扉の前には二人の配下が倒れており、物々しい音と僅かな血の臭いが漂ってくる。


「ぐべぇ……」


 ニヤリと口角を上げながらモラウ=バラが扉を押し開ければ、一人の女が最後の一人と思しき配下の狼人を蹴り抜いて気絶させる所であった。

 その姿を見て、燻り続けた欲望の渦に薪が放り込まれたようにモラウ=バラの全身を熱くする。


 凛とした立ち姿。

 雨に濡れた髪を貼り付けれる若々しい顔立ち。

 そして曇りのない真っ直ぐな澄んだ瞳。

 どれもあの日見た女の姿のままだった。


「おいおい、随分と部下たちと遊んでくれたみたいじゃないか。コレは頭目として御礼をしなくちゃならねーなぁ」

「………」


 敢えて直ぐに主菜メインへ飛びつくようなことはしない。

 折角極上の獲物を味わうなら、全てを味わい尽くさねば勿体無い。そう思ったモラウ=バラは余裕を見せ付けるように、ゆったりとした足取りで中庭に躍り出る。


「敢えて俺達みてーな善良な冒険者を襲った理由は聞かねー。だが人様に喧嘩を売ったからには、相応の誠意ってもんを見せてもらおうじゃないか」

「………」


 態とらしく煽りの言葉を口にしても、興味もなさそうに見つめ返してくる女の瞳にモラウ=バラは唆られた。

 下手に反論などせず、ただ自身に向けられる小生意気な視線が堪らなかった。

 さて、次はどんな風に煽ってやろうかと舌舐めずりをする。


「黙ってないで、なんか言ったらどうだ?それとも俺を見てビビっちま――――「喧しいヤツね」――――あ゛ぁ゛」


 自分の言葉を遮られ、モラウ=バラは青筋を浮かべる。


 狭量だと言うなかれ。


 モラウ=バラにとって配下を持つようになってから一度として言葉を遮られた事などなかった。

 そんな男からしてみれば、言葉を遮ると言うのは自分という存在を下に見られたに等しい行為なのだから

 だが、すぐにそういう女だからこそ蹂躙する瞬間が堪らないのだと言い聞かせ、モラウ=バラは沸点を越えようとする怒りを抑え込もうとした。


 レイラが紡ぐ、次の言葉を聞くまでは。











「さっきからモーモー、モーモー煩いのよ。いい加減人語で話してくれないかしら?……あぁ、そうね。人の姿を真似てはいても家畜は家畜、家畜に人語を話せだなんて土台無理な話だったわね。ごめんなさい、家畜のことなんて慮った事がないから気が回らなかったわ」













 モラウ=バラはこの日、自分の血管が切れる音を初めて聞いた。

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