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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
96/221

39 その女、襲撃につき――

 

 〝雷火の猛牛〟が活動の拠点としている〝黒鯉の水面酒房〟は貧民区に居を構えていながら異質なものだった。

 周囲の建物は増築に増築を重ね、構造物同士が触れ合うほど密集しているにも関わらず、まるで店を作るためだけに空間を切り取ったかのように周囲から僅かに離されていた。

 しかも真新しい店自体が大きく、貧民区の建物なら五軒は優に入る規模となれば、どうやってそれだけの土地を確保したのか問いたくなるものだった。


 そんな〝黒鯉の水面酒房〟の扉の前に立ったレイラは深呼吸と共に魔力感知で店の中に多くの人間が屯しているのを確かめる。

 もう前世であれば針が頂点を過ぎているにも関わらず、大勢の人間がいるのを感じ取ったレイラは魔法薬の副作用である頭痛を感じ始めながら勢いよく扉を蹴破った。


「誰だ、喧しく騒ぐ馬鹿はっ!」


 こんな時間になっても並べられたテーブルで酒を飲み明かしていた男達の一人が怒声と共に振り返るが、レイラの姿を視界に納めると怒り顔が小馬鹿にしたような下卑た物へと変わっていく。


「おい見ろよっ!! お優しい間抜け女がのこのこやって来たぞッ!!」

「くそッタレッ!! 俺ァみっともなくっ家に引き籠もってるって方に賭けてたんだぞッ!!」

「バァカ、お頭がそんな気弱な奴に目ぇ付けるかよッ!! 胴元ッ、賭け表持ってこい!!」


 レイラを見てゲラゲラと笑い声を上げている男達は似たような風貌の店主らしき男も含めてその数は一五。

 全員が身体の見える箇所に牛を模した共通の入れ墨をしており、全員が〝雷火の猛牛〟の構成員なのだと見て取れる。

 更に男達の髪は何処か湿気を含んでおり、まるでついさっきまで雨に打たれていたかのようだった。


「こんな夜中まで衛兵の尻拭いに駆り出されてツイてねぇと思ってたが、こんな上玉が来るってんならお釣りがくらぁ」


 どうやら〝雷火の猛牛〟も件の事件解決に駆り出されていたらしいと言う、どうでもいい情報をレイラが微動だにせず聞いてると、一際体格の良い人種の男がレイラの眼前に立つ。


「しっかし見れば見るほどマジで上玉じゃねーか。オメェ、一人でここに来た意味分かってんだろうなぁ?」

「こりゃお頭が最初に抱くのが勿体なく思えるぜ…」

「自殺してぇなら一人でやれよ。それに考えてもみろ、こんだけ顔が良いんだ、多少〝緩く〟なっても相当楽しめるさ」

「ちげーねー!!!」


 更にぞろぞろとレイラを取り囲むように男たちが立ち上がり、無遠慮な言葉と舐め付けるような視線がレイラの全身を撫で回す。

 そんな中にあっても、レイラはただ無言を貫き俯いたまま。


「さて、お前が来たら直ぐにお頭の前に連れてこいと言われちゃいるが、流石にどんな武器を隠し持ってるか分かんねー奴を頭の前に連れてく訳には行かねーよなぁ?」


 レイラにではなく、周りの男たちへ語りかけるように大柄の男が宣言するとフロアは歓声に湧いた。そして服の上から全身を撫でていた視線が胸と尻、局部へと集中する。

 それでも、レイラは俯いて一言も発さない。


「へへへ、俺達に目を付けられたのが運の尽きだったな。その(めん)に隠した(ツラ)、拝ませて貰うぜ」

「これで不細工だったら笑っちまうがなッ!!」

「そん時は第二市壁にある恩寵広場にでも磔にしてやろうぜッ!!!」

「き…な………るな」

「あ?なんか言ったか間抜け女?」


 勝手に盛り上がる周囲の声にレイラの声は紛れてしまう。

 唯一レイラの声に気付いたのは最も近くにいた大男だけだったが、全てを聞き取れずつい伸ばしていた手が止まってしまう。

 男の発言でレイラがここへ来て初めて喋ったと気付いた周囲も押し黙り、どんな言葉を吐くのかと粘ついた視線を向ける。


「その汚い手で触るなって言ったのよ」


 誰もが予想だにしなかった言葉がレイラの口から紡がれる。

 あまりの言葉に一瞬の間が空き、言葉の意味を理解した全員が大声で()()()()()()()()


 そう。

 男達は笑おうとして、それが許されなかった。


 大男が伸ばし掛けていた手の親指を除いた四指が宙を舞ったのと、男達がレイラの言葉を認識したのはほぼ同時だったのだ。

 ぽとりと軽妙な音を立てて転がる指を眺めても、それが誰の指で、誰のせいで転がっているのかも男達には理解できなかった。


「ぎゃぁぁぁぁああああああ?!」

「五月蠅いわね、頭に響くじゃない」


 一番早く自分の指が切り落とされたのだと認識した大男が絶叫しながら蹲るのを冷めた目で見下ろし、レイラは顎を蹴り上げることで頭に響く悲鳴を強制的に黙らせる。

 激しい物音を立て、指を失くした手から血を滴らせながら気絶する大男を見て漸く事態を認識した男達は一斉に得物へ手を掛ける。

 だがそれは、あまりに遅きに逸した判断だった。




 短剣へ手を伸ばした矮人は右目から左頬へ抜けるように顔面を切り裂かれ、武器を手にするどころではなかった。


 片手剣を鞘から引き抜こうとした狼人は鉄靴に覆われたつま先でその長い口吻(マズル)を蹴り砕かれ、激痛に蹲るしかなかった。


 メイスをベルトから外した猪体人は〝斬り裂き丸〟の突起を膝へと突き立てられ、立つことも間々ならなくなった。


 殴りかかった蜥蜴系有鱗人は逆に拳を絡め取られ、関節技で関節どころか筋まで捩じ切れて苦痛に喘ぐしかなくなった。




 瞬く間に五人の仲間が使い物にならなくなり、男達はレイラが指示に従う為に来たのではないと漸く理解した。

 レイラを取り囲んでいた男達は五人の犠牲で得た僅かな時間の間に距離を開け、次々と身に付けていた武器を構えて行く。

 そんな男達を見ることなく、レイラは足元にある自分の影に視線を落とす。


「テメェ……あのガキがどうなってもいいのかっ?!」

「クズの手本みたいな発言ありがとう」


 変わらずあり続ける影に溜め息を吐き出し、〝斬り裂き丸〟を肩に担いだレイラは興味のわかない男たちを見回した。


「で、結局どうするの?今からマリエッタを返してくれるなら貴方達ぐらいなら見逃してあげなくもないわよ?」

「吐かせクソアマッ!!テメェ、生きて帰れると思うなよっ!!」

「あら、それは怖いわね」


 怖いなどと微塵も思っていない声音で肩を竦めたレイラは、背後から斬りかかる男の刃を難なく躱してお返しとばかりに石突きを叩き込む。

 それを合図に一斉に男たちがレイラへと襲い掛かる。

 だが、レイラの顕になっている瞳に焦りが浮かぶことはない。


 振り下ろされる斧を躱して膝を蹴り砕き、突きこまれる剣先を往なして柄を握る指だけを切り落とし、背後から羽交い締めしようとする両の腕からすり抜けて足の甲を半分ほどの長さに詰めてやる。


 応急処置さえすれば死にはしない程度の深傷を負わせ、レイラは痛みに蹲る男たちを無視して次々と標的を変えていく。


 創作物(小説や漫画)なら完全に無力化せずに居ると後々致命的な結果を産む展開へと繋がるのだが、あくまでそれは創作物の中での話。

 現実と言うのは得てして劇的ヒロイックな事からは程遠い。

 人間というのは基本的に体が動かなくなるような怪我――――況してや体の一部を失っても戦い続けられる物ではないのだから。


 それでも戦いに身を投じれるとしたら相応の覚悟と理由があるか、あるいは慣れてしまうほど数多く激痛を経験してきてきたか、はたまたレイラのように痛みを意図的に意識から切り離す事ができる者だけだ。


 レイラと同じ特殊極まる技能を持っていれば集団の中にあって埋もれたままでいるのは難しく、そもそも甘い蜜を求めて力ある頭目の下につくような輩に決死の覚悟と理由があるわけも無い。

 ただの破落戸が身体を失うに均しい痛みを伴う死闘に身を置き続けることも無いだろう。

 となれば痛みに蹲る男たちを無視したところで何ら問題はなかった。


 それに快楽殺人者――――本人は末期の〝彩〟が見たいだけで別に殺しが好きな訳ではないと平然と宣うだろうが―――――のレイラが彼等の命を刈り取らないのにも理由があった。


 ここ、バルセットを治める辺境伯領における領法にあっても殺人は重罪。


 相手が野盗などでない限り罪に問われれば多くが極刑、良くて身分剥奪による犯罪奴隷堕ちだ。

 だが死者を出さなかった場合は相手に与えた傷の軽重問わず私闘として扱われ、銀貨一枚(一バーツ)の罰金と数日間の投獄ないし数ヶ月間の奉仕労働で許されるのだ。


 それでも決して安い代償とは言えないが、殺人の罪に問われるよりは遥かにマシだ。

 故にレイラは不本意ながら男たちを殺すと言う選択肢は選べない。


 ついつい急所を狙いそうになるのを堪えながら縦横に〝斬り裂き丸〟を振るい、男たちを再起不能へと追いやっていく。

 そして一二人目となる男の腕の筋をレイラが切り裂いたとき、足元にある影が僅かにざわついたのに気付いて動きを止める。


「くそったれ!!何なんだよあの女!!!」


 レイラが急に動きを止めたのを好機と見て男達は店の奥へと逃げていく。

 その背を見送ったレイラが再び視線を自分の影へと落とせば、女性らしい靭やかな輪郭を描く手の影絵が親指を立てていた。

 更に手がレイラの影の中に引っ込むと、代わるように文字が浮かび上がる。






 〝みつけた〟







 愛嬌を感じる丸みのある文字を見たレイラは口角を上げ、俄に騒がしくなる店の奥へと歩き出した。

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