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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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32 その横槍、無謀につき――

 

 一斉に放たれた矢や魔法は一目散にウィリアムへ殺到し、雨が降る中でも燃え上がる。

 炎に包まれていながら見える黒い影が悶た様子はなく、ウィリアムにはダメージなど殆どないのだろう。


「まったく、余計なことを……」


 勢いよく炎が燃え上がるせいで近づけなくなったレイラは吐き捨てるように毒づいた。

 レイラが改めて射手へ目を向ければ、やってきた冒険者の一団の中に見覚えのある顔を見つけた。昨夜、殺された女冒険者の一党パーティとその彼等が所属していた徒党クランの連中なのだろう。


 仲間を殺された仇討ちか。

 はたまた面子を潰されたことへの仕返しか。


 どちらにしろ、レイラ達にしてみればありがた迷惑であることに代わりはなかった。


「はてさて、どう動くのかしらね?」


 ウィリアムがどう出てくるか伺っていると、炎の中の黒い影が揺らめいた。

 攻撃が効いていると歓声をあげる冒険者達が次の攻撃の準備に入っている傍ら、レイラとヴィクトールは揃って違うと確信していた。


「……不味いネ」

「何が、かしら?」

「もしかしたら、彼が血を飲もうとするかもしれないネ」

「彼が血を飲むと不味いの?」


 意味が分からないという顔をするレイラにヴィクトールは耳打ちする。


 吸血鬼にとって吸血と言う行為は食事以外にも意味があるのだと言う。


 吸血鬼は血を通して被捕食者の魂を喰らい、彼らの力と不死の源である魔力を増加させている。

 故に呑んできた血が多い古代から存在する吸血鬼は膨大な魔力と力を持っており、たった一人で災害のような被害を出せるのだ。


「一人二人なら大した事はないけど、彼ら全員が喰われると振り出しどころの騒ぎじゃないネ……」

「っチ、ホントに邪魔な連中ね」


 レイラが再び悪態を吐くと、燃え上がる黒い影が崩れ落ちる。

 レイラは即座に臨戦態勢を取るが、それよりも早く炎の中から何かが飛び出した。

 咄嗟にヴィクトールが作り上げた結晶の壁を容易く砕き、元の姿に戻っていたウィリアムによって冒険者の一団から鮮血が散る。


「邪魔ッ!!」


 突然のことに呆然としていた冒険者を蹴り飛ばし、ウィリアムの手刀から冒険者を逃したレイラは〝斬り裂き丸〟を振るい、男の生首から滴る血を飲もうとするウィリアムの腕を切り飛ばす。

 それでも未だに冒険者が身近にいるウィリアムは尻もちを突いている冒険者の首筋に食らいつき、食い千切られた傷口から溢れ出た鮮血は重力に逆らってウィリアムの口へと流れ込んでいく。

 更に最初に首を引き千切られた者や、手刀で心臓を穿かれた者、靄から作り出された剣や槍に串刺しにされた者の身体から出た血液がウィリアムへと向かっていく。


「往生際の悪いッ!!」


 流れ出た血の半分ほどを飲み込んだウィリアムの口を蹴り上げて塞ぎ、行き場を失った血液が創り上げる球体も切って捨てる。

 形を保てず破裂した球体は大量の血液を地面へとぶち撒ける傍ら、憎悪に染まるウィリアムの瞳がレイラを捉え、残された腕がレイラ目掛けて手刀を繰り出してくる。

 鋭く刃のように伸びた爪をレイラは弾くが、既に修復された腕の手刀への対処は間に合いそうになかった。


「私のことを忘れて貰っては困るネ」


 レイラの顔面へと深々と突き刺さる直前、ウィリアムの腹部を穿く巨大な水晶の槍が現れ、ウィリアムを上下に引き裂きながら吹き飛ばす。


「無事かネ?」

「えぇ、問題ないわ。それより―――」


 言葉を切ったレイラは足元で腰を抜かし、座り込んでいる冒険者に冷めた目を向ける。


「ついて来れないなら、さっさと仲間を連れて失せなさいな」

「お、俺は、アイツの仇を――――」


 昨夜、死んだ女冒険者を抱いて慟哭を上げていた男が何やら言い募ろうとするのも構わず、レイラは〝斬り裂き丸〟を振るう。

 男にはレイラが自分を殺そうとした風に見えたが、〝斬り裂き丸〟は男へ到達する寸前で火花を散らし、突如現れた真紅の剣が地面を穿つ。

 更に飛び込んでくるウィリアムの顔面に鉄靴に覆われた爪先をめり込ませ、崩れた家屋の奥へと蹴り飛ばしたレイラは凍えるほど冷たい視線で男を見下ろす。


「貴方やお仲間の意思なんて聞いてないの。アイツを殺すのに邪魔だからさっさと失せろって言ってるのよ。その足りない頭を使って理解しなさいな」


 噛みちぎらんばかりに下唇を噛み締め俯く男に目もくれず、ウィリアムの突っ込んだ家屋に身体を向けるレイラ。

 そんなレイラの傍らに立ったヴィクトールは苦笑いを浮かべていた。


「手厳しいネ」

「事実なんだから仕方ないでしょ。そんなことより――――」


 見向きもしない背後で足音が遠退いて行くのを聞きつつ、レイラが厳しい視線を向ける崩れた家屋が弾け飛ぶ。

 パラパラと残骸が降り注ぐ中からウィリアムが現れるが、未だに窶れてはいるもののその顔色が良くなっているようにも見えた。


「――――どれぐらい回復されたかしら?」

「二、三人分じゃあ、せいぜいあの巨体になる前の消費分ぐらいじゃないかナ」

「そう。それで、結構使ってると思うけど貴方の魔力に余裕はある?」

「まだまだ平気だヨ。そんなことより一つだけ問題があるんだよネ」

「問題?」


 飛び出してくるウィリアムの行く先に立ち塞がり、手刀を手首ごと切り落とし、背後から振り下ろされる真紅の槍を躱す。

 詰め寄ろうとするウィリアムから跳び退きながら戦斧を袈裟懸けに振り上げ、大きく切り裂かれたウィリアムへ回し蹴りを叩き込むレイラ。

 更に地面を転がるウィリアムを狙って魔槍が地面より現れる。


「あの魔槍、威力は確かなんだけど細かい調整が効かなくてネ。巨体だから当たっていたけど、あの形態の彼には当てられないと思うんだよネ。そして彼もその事に気付いてるヨ」

「それは、面倒ね……」


 しかし魔槍の刃がウィリアムを捉えることはなかった。即座に立ち上がり、穂先が現出するよりも早く飛び退いていたのだ。


「長閑には殺さん、我に歯向かったことを後悔しながら死んでいけ」

「同じことを二度も言うほど語彙がないなら黙ってなさい。それにそう言うのは優勢になってから言いなさいな」

「ハッ、威勢は良いが既に貴様らのタネは割れた。魔槍に当たらねば矮小な貴様らでは我を殺し切れまい。さすれば歩があるのはこの我よ」


 意味もないだろうに創られた魔槍をへし折るウィリアムを見ながら、レイラは面頬に隠された口元をへの字に曲げる。

 レイラにはまだ見せていない隠しダネがあるにはあるが、劇的に攻撃力が増すような代物ではない。

 ヴィクトールも何かあるようだが、かなり距離が空いているとはいえ遠巻きに様子を見ている者がいる状態で奥の手を使うとはレイラには思えなかった。


「足止めできるかネ?」

「できなくはないでしょうけど、正直厳しいわね。あの形態は諸々の能力は低いけど回復速度は速いし、あの靄みたいなのも使えるみたいだから、それで回避されたら元の子もないわ」

「……うーむ、辛いところだネェ」


 何処へなりとも逃げればいいのに、未だに遠巻きに様子を見ている冒険者たちへ贈るべき一ダース程の罵詈雑言を飲み込むレイラ。

 そしてかなりの長期戦を覚悟しなければならないだろう。

 そんな風にレイラが覚悟を決めた時だった――――









「ならばその足止め役、私が請け負いましょう」










 ――――陽光もかくやと言わんばかりに眩く、質量すら感じるほどに荘厳な光がバルステットの一角に降り注いだ。



 昼間と見紛うほどに周囲を照らし出し、存在しないはずの質量を感じるような荘厳ながら静謐さを孕む強烈な光。

 スポットライトなど比較にならない程の光源が突如頭上に現れたにも関わらず、それを見上げたレイラの瞳は一切の痛みを覚えることはなかった。


 対して勝利を確信していたウィリアムは全身を焼かれながら再生すると言う工程を繰り返し、魔槍に貫かれた時と同じように―――否、それよりも悲痛な叫びを上げて悶え苦しんでいる。


「急いで帰ってきたかいがありました」


 突然の事態に混乱するレイラとヴィクトールだったが、この状況を作り出した張本人だろう声の主へ振り返る。

 そこには泥に汚れ、草臥れた法衣を纏うバルディーク司祭と二人の武僧が立っていた。

 思わぬ人物の登場にレイラは珍しく目を見開いた。


「バルディーク司祭?! バルセットを離れていた筈じゃ……」

「えぇ。確かに死霊騒ぎが起きて此処を離れてはいましたが、副司祭から貴女の伝言が届きましてね。胸騒ぎを覚えましたので、取り急ぎ動ける者を連れて帰ってきました」


 司祭曰く、今日の昼を過ぎた頃に帰路の途中で副司祭からレイラの伝言が書かれた書を携えた使い魔がやってきたのだという。

 予感とも言うべきものを感じた司祭は体力が残っている者を選び、騎獣に回復の祈祷や魔法薬を与え、騎獣を乗り換えながら二日は掛かっただろう道程を半日で走破してきた。

 そして騒ぎの中心へとやってきて相対するレイラ達を見付け、高位の蛮族ベイベロン不死者イモータルには猛毒となる奇跡〝陽光再臨〟を誓願したのだ。


 レイラ達のことを訝しんでいた副司祭がきちんと伝言を届けた――それも超特急で――ことにも驚いたが、明確な証拠がないというのに無茶をするバルディーク司祭の行動力にもレイラは驚いていた。


「途中で潰れてしまった何頭かの騎獣には悪いことをしましたが、お陰でなんとか間に合いましたね。それで、アレが貴女が言伝ことづてた蛮族ですか……」

「えぇ。既にかなりの犠牲を出してしまいました……」


 心にも思っていないことをぬけぬけと、と言わんばかりに見下ろしてくるヴィクトールの足を誰にも見られないように踏みつけながら俯くレイラ。

 そんなレイラを見て、バルディークは鋭い視線を降り注ぐ光に焼かれて白煙を上げながら悶え苦しんでいるウィリアムへと向けた。


「しかし吸血鬼……とは少し違うようですが、陽光結晶の中で蛮族ですか。幸い奇跡であれば相手の力を削れるようですが、正直なところ無茶な道程で消耗している我々では彼と正面切って戦うには心許ないですね……」

「なら、後はお任せを。司祭様は奇跡を維持することだけに集中して頂ければ、それだけで私達は助かりますので」


 役に立てない事を詫びるバルディークの頭をレイラは上げさせる。

 普段から清貧さと清潔さを保ち、街中にあってもある種目立つ品位と余裕を纏うバルディーク司祭や武僧達。それが泥などに汚れ、窶れた様子の三人を見ればどれ程の無茶をしたかなど想像に難くない。


 レイラとヴィクトールだけでは相当な手間を要したであろうウィリアムとの闘いに、奇跡という助太刀が入っただけでも十分だった。


 その上、三人の武力を強請るのは贅沢と言うものだろう。


 何よりバルディーク司祭や武装達が肩を並べて戦われては、レイラは純粋にウィリアムが見せるだろう今際の際の〝彩〟を愉しめない。

 距離をおいて様子を見ていると言うバルディーク司祭達を背に、レイラは側に立つヴィクトールを連れて〝斬り裂き丸〟を構えた。


「しかしバルディーク司祭と言ったかネ? 話には聞いていたけど、彼は相当高位の人物だネ。これほどの規模の陽光再臨なんて見たこと無いヨ」

「武僧としても高位らしいわよ。たしかそっちは権中僧正だったかしら?」

「権中僧正?!世界で一〇〇人と居ない御偉いさんじゃないのかネ!?………その上過激派筆頭の高位司祭とか、絶対に私の素性を知られたくない人物だからネ?ホントに頼むヨ?」

「そこまで念押ししなくても言いやしないわよ」


 気の抜けた会話をする二人だが、実際二人は多少の警戒を残しつつも気を抜いていた。

 ウィリアムの厄介だった点はその不死性と回復速度であり、既に奇跡によってその二つを支えている魔力が消費させられ続けているのだ。

 であればウィリアムは最早まな板の上の鯉に同じ、手早く捌き続けて殺せばいいのだ。

 仮にウィリアムにまだ奥の手があったとして、これまでレイラ達を仕留めきれずにいた中で出してこない物など高が知れている。

 つまり、レイラたちとウィリアムの立場は不可逆的に逆転したのだ。


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バルディーク司祭、凄い役職の人なんだな。とは思ってたけど、此処までとは…
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