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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
87/221

30 その吸血鬼、変異につき――

 


 気付けばヴィクトールが殴り飛ばされていると言う事態を呑み込んだとき、既にウィリアムはレイラの視界にいなかった。


「ッ?!」


 背後に押し潰さんばかりの気配を感じて振り向けば、壁と見紛う巨大な拳が眼前にまで迫って来ていた。

 即座に〝疾風の首飾り〟へ魔力を流し、時間の引き伸ばされた世界で拳の辿る軌道を瞬時に見極めたレイラはすぐさま〝疾風の首飾り〟へ流していた魔力を止める。

 体感時間が元の速さへと戻っていく中、レイラは全魔力を巡らせて両の武器を軌道に差し込み、全身を使って自身に迫る拳の軌道を逸らす。


「重いわねッ!?」


 目にも止まらぬ速さとその巨体から分かっていた事ではあったが、想像以上の重さに思わず声が漏れ、拳を逸しただけでレイラの体勢は崩れてしまう。

 レイラがなんとか吹き飛ばされることなく踏ん張れたものの二の足を踏んでいると、反撃に移るよりも早くウィリアムの裏拳が迫って来ていた。

 それでもなんとか伏せてやり過ごし、上半身と比べて貧弱に見える脚を狙って戦斧を振るう。


「嘘でしょ……」


 体勢が悪かったとはいえ、身体賦活で強化された膂力でもって振るった刃が脚を切り落とすことはなかった。

 表面の肉を切り裂き、だが骨を断つに至らなかった戦斧は刃を食い込ませたまま修復された肉に包まれていく。

 更に柄を掴もうと動くウィリアムを見て即座に戦斧の刃を消し去り、肉に包まれつつあった戦斧を力任せに引き抜いた。


「吹き飛べ」


 柄を引き抜く事はできた。

 しかしその為に一挙動を要し、その為に次の行動が遅れてしまった。

 その僅かな遅れは迫ってきていた三撃目を躱す間をも奪い取り、レイラは防御以外の選択肢を奪われる。


「ッ?!」


 戦斧と〝斬り裂き丸〟を差し込み、魔力を巡らせてなお全身を抜けていく衝撃は凄まじく、踏ん張る力を遥かに超えたにレイラの痩躯は宙へと吹き飛ばされた。

 弾丸もかくやの速度で殴り飛ばされたレイラは家屋の屋根を突き破り、それによって速度は多少落ちたものの、レイラの身体は未だ宙にあった。

 放物線を描いて落下して行く中、態勢を立て直すことも出来ずに墜落する覚悟を決めるレイラだったが、予想と違ってふわりと受け止められた。


「レイラ、大丈夫ッ?!」

「……ニナ?」


 顔を上げればマリエッタに託した言伝で来ないようにと伝えていたニナがレイラを覗き込んでいた。

 衝撃でボヤケていた視界が明瞭になるにつれ、レイラの脳裏に疑問符が浮かぶ。


「……貴女、どうしてここに居るの?」

「どうしてって、流石にこんな騒ぎが起きてれば駆けつけるよ!! 皆もこっちに向かってきてるし……」

「エッタに頼んだ言伝は聞いてないの?」

「言伝……?」


 首を傾げるニナにもういいと言って抱き止めていてくれた腕から抜け出し、自分が突き抜けて壊した屋根の向こうを見る。

 影になってるため見通しは悪いが、結晶のような煌めきと戦闘音が聞こえることからヴィクトールが戦っているのだろう。

 訳がわからないと言わんばかりにしているニナに一瞥をくれ、レイラは大きな溜め息を吐き出した。


「……今、彼処で吸血鬼らしき蛮族が暴れてるの。だから無駄死にしたくなかったら直ぐにここから離れなさいな」

「でも、レイラは行くんでしょ?」

「私はヴィクトールがくれたコレがあるから平気なのよ」


 ヴィクトールが寄越した首飾りを示しながら、ウィリアムが吸血鬼であったことや吸血鬼が使うだろう外法や血統魔術について、更には普通の吸血鬼とは事情が違っている事などについて掻い摘んだ説明をするレイラ。

 そしてニナには対策のできていない者が不用意に近づかないようにして欲しいことと、衛兵を通してより上位の者――――領主や代官などに事態の深刻さを伝えて欲しいことも。


「分かった!!とにかく誰も近づかないようにすればいいんだね!!でもレイラも無理したら駄目だからねッ!!ヤバいと思ったら助けを呼ぶんだよ!!」

「……貴女、本当に理解してる?」


 レイラの言ったことを理解しているのか怪しいニナに心配になるが、すぐさま動き出そうとするニナの背を見てふと気になる事ができたレイラは呼び止める。


「……そう言えば、本当に貴女の所にエッタは行ってないの?」

「うん。今日一日私達のところに来た人は誰も居なかったよ」

「……そう。じゃあ、伝言のことは頼んだわよ」

「任せて!!」


 色々と気になる事はあるが、今は目の前の事柄に集中すべきだと判断したレイラは身体を伸ばし、腰元のポーチから二本の魔法薬ポーションを取り出した。

 手の中で揺れる毒々しい蒼と朱の魔法薬を見てレイラは渋面を作る。

 朱の魔法薬は鎮痛剤と自己修復力を高める物。

 もう片方の蒼の魔法薬は魔力を回復するだけでなく、増幅させ、全身に通る魔力の流れを活性化させる事でより強固で効率の良い身体賦活を可能とする物だった。


「……コレ、効果は良いのだけど薬効が抜けた時がキツいのよね。味も群を抜いて酷いし」


 今までレイラが口にしてきたどの魔法薬よりも高価であり、その分効果も非常に高い。

 ただし高い効力の分だけ後にやって来る副作用は酷く、かつて森に散らばって隠れていた二〇を超える遨鬼ゴブリンの群れを殲滅する際に服用していた。

 その時は薬効が抜けると全身を包む疲労感と虚脱感に苛まれ、筋肉痛のような痛みと頭が割れるような頭痛が二日と続き、さしものレイラとて極力飲まないようにしようと決意する程だった。

 とは言え、今のウィリアムを相手に出し惜しみしている余裕もなく、飲まないという選択肢はなかった。


「まぁ、いいわ。お代は彼が見せてくれる"彩"で帳消しにしてあげるとしましょうか……」


 二瓶まとめて胃に流し込み、渋面を作りながら瓶を投げ捨てたレイラは身体を伸ばし、手にしていた戦斧を背に回す。

 ウィリアムの長くなった腕を相手にするのならば、その懐に潜り込んだ方が安全であり、であるならば取り回しの良い〝斬り裂き丸〟の方が都合が良かった。


「さて、散々人を吹き飛ばしてくれた御礼もしないとね……」


 魔法薬の効能が出始めたのを感じ取ったレイラは足回りに魔力を集中させ、〝斬り裂き丸〟を担ぐように構えて時を待つ。

 一秒、二秒と時間が過ぎていき、一〇を数えた頃に周囲の屋根を越えるほどの一際巨大な水晶の柱が轟音を伴って現れ、それを合図にレイラは飛び出した。


 足場にしていた屋根を崩す勢いで飛び出し、自身が突き抜けた事で崩れた家屋を抜け、二人が戦う通りに出たレイラの視界に映ったのは氷漬けのように結晶に包まれたウィリアムだった。


「ガァァアアアアアアア!!!!」


 ただし、レイラが地面に着地した瞬間には咆哮をあげるウィリアムによって結晶は粉々に砕かれた。

 ウィリアムの意識が自分から外れていると察したレイラは着地とほぼ同時に駆け出した。

 獣もかくやの低姿勢で懐に潜り込み、レイラは雪辱を果たすと言わんばかりに下半身へ向けて〝斬り裂き丸〟を振るう。


「流石は鉱鍛種謹製ね。ゴンドルフもいい仕事をしてくれたわ」


 すれ違うように走り抜けたレイラが振り向けば、戦斧で斬り落とせなかった片脚を両断されたウィリアムが崩れ落ちる所であった。

 更に地面に着く両腕を縫い付けるように結晶の槍が突き刺さり、苦悶の咆哮が上がる。

 チラりと背後に目をやれば、いつの間にか額から血を流しているヴィクトールが立っていた。


「少し調べたい事があるんだけど、時間を稼げるかネ?」

「いいけれど、具体的にはどれぐらい稼げばいいの?」

「一分やそこら稼いでくれれば十分だヨ」

「……そう。仕方ないわね」


 怪訝そうな視線をウィリアムへ向けるヴィクトールの表情を見たレイラが頷けば、ヴィクトールは距離を取るように下がっていく。

 ヴィクトールを見送り、正面に向き直ると両腕を拘束する槍を砕いて立ち上がるウィリアム。


「アレで大人しく死んでいればいいものを……」

「ハッ。そんな図体しておいて人種の私を仕留めきれない自分の非力さを私に当たらないでもらえるかしら? 正直に言って見苦しいわよ」


 忌々しげにしているウィリアムへ態とらしく鼻を鳴らせば、レイラはぶちりと何かが切れる音を聞いた気がした。

 怒りに染まる真紅の瞳が掻き消え、目にも留まらぬ早さで接近され振り下ろされる拳に合わせてレイラは〝斬り裂き丸〟の刃を添える。

 無理に受け流すようなことはせず、添えた刃と体捌きで拳の軌道を逸したレイラは間髪入れない二撃目も同じように躱す。


「ッ?!」


 そして三度目の拳を前にウィリアムの速度に慣れたレイラは最小限の動きで逸らし、懐へ潜り込んで頭上にある脇の下を狙って〝斬り裂き丸〟を振り降ろす。

 降り注ぐ鮮血を無視し、ウィリアムの脇に抜けたレイラは振り向くと同時に〝斬り裂き丸〟を振り上げる。

 再生する間も与えず太すぎるあまりに両断には至らなかった切り口へ再度白刃を走らせ、巨大な腕を斬り落とす。


「まったく、腕を一本斬り落とすのも一苦労ね。これじゃあ殺しきるまでどれだけ時間が掛かることやら」


 暴れるように残った腕を振るおうとするウィリアムの背を蹴り、距離を空けたレイラは吐き捨た。

 振り返るウィリアムは斬り落とした肩口からは肉泡が破裂と生成が繰り返し、既に巨腕を形成しつつある。


「さて、ヴィクの調べ物が功を奏すと良いのだけど……」


 刃に付いた血糊を振り落としつつ、自分に向けられた怒りを主とした複雑な"彩"に身を震わせ、レイラは〝斬り裂き丸〟をしっかりと握り締めながら面頬の奥で唇を舐めあげる。


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