29 その男、半端者につき――
"斬り裂き丸"を突き付けながら問うたレイラだったが、ヴィクトールがウィリアムと敵対関係にあるのは重々承知している。
その上で問いただしたのは一時的にでも背を預けられる相手なのか、それとも三竦みの関係に持ち込むべきなのか見極める為である。
別にヴィクトールが嘘を吐こうが構わない。それならそれで連携や戦い方と言うものがあるだから。それすら分からず蛮族の中でも最上位に位置する吸血鬼を相手にするのは骨が折れるのだ。
しかしレイラの思惑に反し、ヴィクトールの第一声は予想とは違うものだった。
「答える前に一つ約束してほしい事があるんだけど、私の正体を誰にも明かさないってネ。君がその約束をするなら、私も正直に答えるヨ」
今までの胡散臭い笑みを消し、ヴィクトールは真剣な眼差しを向けてくる。
ちらりと頭部を失ったウィリアムの胴体が縫い留められた状態から抜け出そうとする姿を見下ろしながらレイラは考える。
どんな約束も必ず守ると決めている以上、下手な事は口にできない。足元のウィリアムの元へ赤い靄と共に魔力が集まっていくのを感じたレイラは決断した。
「……いいでしょう。貴方が私と敵対しない限り、私は誰にも貴方の正体を明かすことはないでしょう」
「なら、私の答えは一つだヨ――――」
ニヤリと悪どい笑みを浮かべるヴィクトール。
そして柩を掲げてみせる。
「――――蛮族なんぞクソ喰らえ。妻と娘の命に誓って、連中の側につく事なんて一生ないネ」
レイラの足元で魔力が爆発するのとほぼ同時、レイラが跳び退けばヴィクトールが作り出した結晶の棘がウィリアムを引き裂いた。
「それで、どうやればアイツを殺せるの?」
衝き上げるようにそり立つ結晶の根元に赤い靄が集まれば、瞬く間に切り刻まれる。
そして霧雨に混じる結晶の粒子の中から五体満足のウィリアムが現れる。
「朝も言ったけど、吸血鬼を殺す方法は二つだヨ。聖別された逸品を心臓に打ち込んだり奇跡を誓願して不死性を殺してから首を刎ねるか、再生に使う魔力が尽きるまで殺し続けるしかないヨ。ただ陽光結晶のあるこの街で問題なく動けているから、手持ちの道具で不死性を奪うのは難しいだろうネ……」
「となると?」
「死ぬまで殺し続けるしかないだろうネ」
ヴィクトールが肩を竦めたその瞬間、ウィリアムが腕を振り上げる。
咄嗟に二人が跳び退けば間を抜けるように赤の霞が走り、後を追うように空間が斬り裂かれる。地面に敷かれた石畳すら綺麗に両断する様にレイラは顔を顰めた。
「ずっと気になってたのだけど、あの赤い靄は一体なんなの?」
「あれは血に紡がれた能力だネ。吸血鬼は一般的な魔力の使い方ができない代わりに、ああいった特殊な能力や血統魔術と呼ばれる特殊な魔術、外法を使うんだヨ」
「そう。なら――――」
「俺を、無視してんじゃ、ねぇぇぇええよッ!!!!」
確認を取ろうとするレイラの言葉を遮るようにウィリアムの魔力が膨れ上がり、靄を剣へと変えてヴィクトールの眼前まで一息で迫る。
振り下ろされる剣をヴィクトールは棺でいなすが、態勢を崩され返す刀の防御は間に合いそうになかった。
レイラは切り上げようとする腕へ戦斧を振り下ろし、片腕が宙を舞う中で更に踏み込み首筋を狙う。しかし片腕を斬り飛ばされた時点で飛び退いていたウィリアムは残った手を掲げていた。
「伏せ給えッ!!」
頭上に広がる薄い魔力の気配を感じつつ、咄嗟に伏したレイラを覆うように結晶が現れ、降り注いだ真紅の槍を防ぎ切る。
砕け散った結晶の周りには弾かれた槍が石畳に突き刺さっており、靄となって男の元へと戻っていく所であった。
「魔力の流れが読み辛いなんて面倒ね……」
「なに、あれでもまだ分かりやすい方だヨ。あとコレをあげるから肌身離さず持っておき給え」
距離を取って様子を見ているウィリアムから視線は外さず、ヴィクトールが投げ寄越してくる物を掴み取るレイラ。
掌には黄玉のような石が嵌め込まれただけの簡素なペンダント。
「コレは?」
「あの男が使った"夢幻の牢獄"や"反転領域"みたいな外法の影響を受けないようにする魔具だヨ」
「……そう。なら有り難く貰っておくわ」
レイラが態とらしく視線を切ってペンダントを首に通そうとすると、狙い澄ましたように赤い靄がレイラ目掛けて放たれる。
しかしヴィクトールが創り上げた幾本もの結晶の柱に遮られ、形作られる前に霧散した。更にレイラは柱によって生まれた死角を縫うように進み、ウィリアムが反応するよりも早くその首を刎ね飛ばす。
「ちょこまかと鬱陶しいッ!!」
首が飛んだのも束の間、即座に頭部を再生させたウィリアムの視線が脚を狙っていたレイラの姿を捉えていた。咄嗟に両足を斬り落とすが、体勢が崩れる前に再生させたウィリアムは着地と同時に右手を振るおうとした。
「そうはさせないヨ」
だが、間に割り込んできたヴィクトールに柩で殴り飛ばされ石畳を転がっていく。
更に畳み掛けるようにヴィクトールは柩を持つ反対の掌に結晶の球体を創り上げ、息を吹きかけると何百もの針のような結晶がウィリアムに向けて飛んでいく。
「猪口才なッ!!」
飛来する結晶の針はウィリアムが踏み込むと同時に勢い良く巻き上がる赤い靄に弾かれ、大半は結晶の粒子へ変えられたが数本だけが靄の渦を抜けていた。
そして鎧の隙間へと突き刺さっていた針は花開くように大きな結晶へと変わり、ウィリアムの動きを封じ込める。
「鬱陶しいッ!!」
渦を成す靄を更に激しく回転させて即座に身体を覆う結晶を吹き飛ばすウィリアムだったが、渦を強引に突き抜けてきたレイラへの反応が遅れてしまう。
跳び退こうとするより早く戦斧を短く持ち替えていたレイラが両手に持つ刃を同時に振り下ろし、ウィリアムの両腕を肩口から切り落とす。
「ガァアアアアアアアアアアッ!!」
悲鳴のような絶叫を上げるウィリアムだったが、腕を治すでもなく代わりに膨大な魔力が体内に集中していく。
レイラは脳内に鳴り響く警鐘に従って追撃に移ろうとしていた態勢から強引に跳び退くと、レイラの視界を塞ぐように分厚い結晶の壁が創り上げられる。
直後、たたらを踏むほどの爆風が吹き荒れた。
「まったく、随分と派手にやってくれたわね……」
風が治まるのに合わせてヴィクトールが結晶の壁を消し去れば、レイラの眼前にはウィリアムを中心に竜巻でも起きたかのような惨状が広がっていた。
石畳は全て捲り上げられ、周囲の建物は軒並み崩れ落ち、転がっていた人々はレイラ達の影になっていた者たち以外は細切れとなって辺り一面を真っ赤に染め上げている。
そして爆心地のように抉り取られた地面の中央には、憎悪と怒りに彩られた瞳を輝かせるウィリアムが立っていた。
「下等種がッ!!」
レイラが激しい感情の“彩”に一人ゾクゾクとした快感を味わっていると、ウィリアムが小刻みに震えだす。
最初は怒りに震えているのかとも思ったが、どうにも様子が違って見える。
身に纏っていた鎧が軋むような音を立て、弾け飛ぶと同時にウィリアムの身体が膨れ上がる。
更に膨れ上がる肉に耐え切れずに皮膚が裂ければ内から水疱のような肉の塊が吹き出し、吹き出た肉泡が再び割れて中から新たな肉泡が生まれていく。
その異常な現象が瞬く間に繰り返していく内にウィリアムの全身を肉泡が覆い尽くし、人に倍する巨体へと変えてしまう。
しかもただ大きくなったわけではなく、腕一本だけでも人一人入っているのかと思うほど太く、見上げる高さに位置する肩から伸びる腕は拳が地面に着くほどに長い。
レイラとヴィクトールが手出しする前に姿を変えたウィリアムを見上げながら、レイラが呆れたような溜め息を吐く。
「ねぇ、ヴィク。あれも吸血鬼の能力の一つなの?」
「……いや、吸血鬼にあんな変化の能力はないはずなんだけどネ。もしかしたら陽光結晶が効かない仕掛けになにか関係があるのかもしれないネ」
そんな会話をしている間も変化し続けていたウィリアムだったが、間もなく変化が終わるのか肉泡の破裂は収まっていた。
代わりに生々しい肉色だった表面は瘡蓋のような茶褐色へと変化し、弾け飛んだ鎧は赤い靄となってウィリアムを覆うと巨体に相応しい鎧へと変わる。
手振りで下がっているようにと指示されたレイラは距離を取り、柩を握り直したヴィクトールが前へ出る。
「随分と不格好な姿になったものだネ。吸血鬼として恥ずかしくないのかネ?」
「黙れッ!!半端者が吸血鬼を語るなッ!!」
随分と野太くなった怒声が響き、巨大な拳を振り上げるウィリアム。
小馬鹿にするように鼻を鳴らしたヴィクトールが柩を構えるが、ウィリアムが拳を振り下ろす直前にその巨体が一瞬だけ霞む。
「死ね」
次の瞬間には、ウィリアムはヴィクトールの背後に立っていた。
そして目にも止まらぬ速さで拳が振り抜かれ、ヴィクトールは木の葉が舞うように吹き飛ばされて建物の中へと姿を消した。




