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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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28 その景色、絶望につき――

夢幻(ugil)牢獄(krimp)



 蛮族の言葉らしき物を聞き取った瞬間、霧雨の降り頻る大通りとは掛け離れた空間の中にレイラはいた。

 不揃いな石畳だった足元は古ぼけたタイル張りの床に代わり、直ぐ側には使い古された椅子や机が並び、数メートル先には教卓と黒板が鎮座していた。

 レイラが振り返れば横並びにされた三〇近いロッカーとコルクボードが据え付けられた壁があり、掃除道具と日本語で書かれた札の付いた縦長なロッカーなども置かれている。


「きっと最後に呟いてた言葉が、この幻術を作り出したトリガーだったのね……」


 触れれば懐かしさすら覚える机の感触や開け放たれた窓から入り込む風の臭いは現実そのもの。しかしレイラが即座に幻術だと断じたのは、目に見える物の全てが色を喪っていたからだ。

 白と黒の濃淡しかない空間はレイラの前世――――柏木 誠が学生だった頃に通っていた教室だった。


「まったく、こんな物を見せて一体なんのつもりなのかしら……」


 試しにと自身がかつて座っていた椅子を掴み、黒板へと投げつければ椅子は豪快な音を立てて砕け散る。そして同時に景色も作り変えられていく。


「お次は私が暮らしてた部屋、ね。この魔術は記憶を媒介にでもしてるのかしらね?」


 体面を整えるために選んだ部屋に、最低限の家財が置かれたそこは、かつての誠が社会人として暮らしていた一室だった。

 都心からはやや離れているものの、同年代の者達に比べれば広く綺麗なマンションの一室は生活感が皆無であった。

 物が無いわけではなく、埃一つないほど掃除が行き届き、視覚効果も考慮して配置された家具がモデルハウスを連想させるのだ。


「そう言えば、前世の私はかなり几帳面だったのよね。今みたいにズボラになったのは本物の私(レイラちゃん)の影響なのかしら?」


 益体もないことを呟きつつ、レイラは家具の中で唯一のアンティーク品であるキャビネットに歩み寄る。

 引き戸を開け、中に入っていたブランデーの瓶を取り出して一緒に入っていたグラスへと注ぐ。


「この身体なら愉しめると思ったのだけど、やっぱり駄目ね。結局は私の記憶なのだから当然と言えば当然なんだけど。しかしよくもまぁ、こんな身体で前世の私は生きていけたわね……」


 本来であれば美しい琥珀色をしているだろう酒を転がしてから口に含むが、ほとんど味のしない液体に顔を顰めるレイラ。

 興味の薄れたグラスをキャビネットの上に置けば、再び景色が変化する。


「……なるほど。この見せられてる幻の意図が掴めなかったのだけど、ようやく分かったわ」


 次に現れた景色は先程の部屋よりも更に殺風景な部屋だった。

 様々な機器が並び、小さな収納棚とテレビ、そして並べられたベッドの上には点滴を繋がられた一人の男が横たわっていた。

 その男は人好きのする整った柔和な顔立ちをしており、頬がやや痩けているものの笑みを浮かべれば誰もを魅了するだろう。

 しかし横たわる男の表情に感情はなく、無機質な瞳は天井を見つめて動かない。

 前世の自分、しかも今際に近い誠の姿を見たレイラから表情が完全に抜け落ちる。







 ――――コトッ







 何を思っているのか、ただただ横たわる男を見下ろしていたレイラの耳に小さな物音が届く。

 レイラが顔を上げると棚の上には綺麗な梱包がなされた見舞いの品が置かれており、男の脇には霞がかった人影のような物が立っていた。


 しかし横たわる男は変わらない。


 コマ送りのように病室から影が出ていくと、代わるように別の人影が現れ、見舞いの品を置いて男の傍に立つ。

 そんな事が延々と続いていき、棚の上に置かれた品も入れ代わり立ち代わり変化していくが、横たわる男は変わらない。





 無表情なまま天井を見上げ、空虚な瞳がただ一点を見つめ続けている。次第に髪が抜け落ち、目に見えて痩せ細っていっても男は微動だにしない。




 そして顔色から生気が消え去り、死人と変わらない見た目になると男を取り囲むように人影が並び立つ。

 最期の時だというのに微動だにしない男を見ていたレイラは大きな溜め息を吐き出した。


「まったく、折角自分を殺すなんて言うまたとない機会なのに、私って思っていた以上に殺しがいのない相手だったのね……」


 ベッドを除いた全てが黒く暗い闇に包まれていく中、レイラは"斬り裂き丸"を引き抜き振り上げる。


「こういう時、小説かなんかだと大抵が自分の姿をしたものが幻術の核だったりするのよね。まぁ、駄目なら駄目で今度は自刃でもしてみようかしら?」


 かつてとは言え自分自身だと言うのに、まるで薪割りのような気軽さで誠の首へ"斬り裂き丸"を振り下ろすレイラ。

 バツんと音を立てて頚椎すら断ち切り、宙へと舞っていく誠の瞳と目があった。


「あら、私もそんな瞳ができたのね……」


 自身に降りかかる不運への憎悪、夢を叶えられなかった後悔、行動を起こさなかった自身への怒りに染まった瞳。

 今世となって幾つも見てきた者達と同じような鮮烈な"彩"を見せる瞳を見送り、暗い虚無に包まれたレイラが瞼を閉じれば意識が急速に遠退いていく。

 そして次に瞼を開けたとき、真っ先に視界に映ったのは雨に濡れた石畳だった。




「"夢幻の牢獄"。人の意識を絶望する夢の中に捉えて魂を殺す外法……まったく随分と悪趣味な物を使うネ。しかし君の親は随分と古い吸血鬼みたいだネ。魔人の中でも幻魔種だけが使っていた物を使えるとは大したものだヨ。まぁ、まさか転びたての吸血鬼が魔人の外法まで扱えるとは、些か予想外だったけどネ」




 自分の状態を理解し、即座に起き上がろうとしたレイラの耳にヴィクトールの声が届く。

 ヴィクトールの声、そして応える男の声で互いの位置を確認してそれほど時間が経っていないと判断しつつ動きを止めるレイラ。

 地面に伏した状態で瞳だけを動かし、周囲を見渡せば自分と同じように倒れている者達がいるのが見て取れる。



「そう言う貴様はどうして生きている?」

「君は馬鹿かネ?私は幾度も吸血鬼と対峙しているんだヨ。対策の一つや二つはしていても可笑しくはないだろう」

「その割にはこの女には何もしていなかったようだが?」

「だから君は馬鹿なのかネ?さっき予想外だと言ったばかりだろう。それとも君は大鶏よりも記憶力がないのかネ?」



 会話の内容から男の意識が欠片も自分に向いていないと分かったレイラは自身の魔力を可能な限り抑え込み、意識を取り戻したと悟られないように偽装する。

 そして二人が争い始めたのを見計らい、死角となる位置へと滑り込む。


「さて、身体賦活も出来なくなってるからヴィクがあの術をどうにかしてくれると助かるのだけど……」


 男の発動した魔術によって魔力が微塵も練れなくなった手に視線を落としつつ、じっと息を潜めて横槍を入れる絶好の機会を待ち続けた。

 その最中、男の口から予想だにしない事実が明かされる。



「道理で私の魔術が効かないわけだ。アレらは全て人族にしか効かないんだからなぁ!!!そうだろ!!レイレント氏族の裏切り者!! 薄汚れた半端者(ダンピール)!!!!」



 半端者(ダンピール)

 今生において往々にして聞いたことのない言葉だったが、前世の創作物では度々登場してきた言葉でもあった。

 だがこの世界と前世では吸血鬼と言う存在そのものの概念は大きく異なり、そもそも混血が存在できるのか甚だ疑問ではある。

 しかし睨み合う二人の様子は真剣そのものであり、それらが事実であると物語っていた。


半端者ダンピール、ねぇ……」


 正直な所、レイラにとってヴィクトールに人の血が流れていようが、半分吸血鬼の血が流れていようがどうでも良かった。

 邪魔にならないなら放っておけばよく、陽光神殿関係者に知られヴィクトールが追い回される事になった所でレイラの知ったことではないのだから。


 ただ一つ、興味がある事を挙げるとするならば――――




「あぁ、でも半端者ダンピールなんて珍しい生き物が魅せる"(いろ)"はどんな感じなのかしら……」





 ――――ヴィクトールが最期に見せる瞳の輝きぐらいのものだ。


 とは言え、今すぐに敵対する気はなかった。

 吸血鬼と言う脅威がある中、戦闘に長けたヴィクトールまで敵に回すほどレイラは状況が見れない訳ではない。

 その上、レイラを縛る(少女の思考)も判断が付いていないようで、ヴィクトールに刃を振るえる気がしないのだ。


「あとはヴィクトール次第ね……」


 物陰から勧誘を受けているヴィクトールの姿を覗き見ていると、置いた柩の影で何かを地面に転がしているのに気付く。

 一拍の間を起き、眩い閃光と共に封じられていた魔力が開放されたのだと感じ取れる。


「……そうか。ならば、その選択を後悔しながら無様に骸を晒すがいい!!!」


 叫びと共に姿を変えるウィリアムを見ながら抑え込んでいた魔力を練り上げ、いつでも飛び出せるように全身へと行き渡らせる。

 そしてヴィクトールへ意識を集中させたその瞬間、ウィリアムの背後から左に持つ"斬り裂き丸"で首を叩き落とし、次いで右の戦斧で脚を切り落とし、残った胴を地面へと叩きつける。


「無粋な事をする愚か―――」


 レイラは即座に再生され始めた頭部が何か言っているのを無視して踏み砕くと、時間稼ぎの為に落ちていた剣でウィリアムを地面に縫い付ける。

 そして近寄ろうとするヴィクトールに"斬り裂き丸"を突き付けた。


「ヴィクトール、貴方は一体どちら側なのかしら?」


 蛮族か、或いは人族か。

 どちらの陣営につく気なのか、明確にさせるために。


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