27 その力、外法につき――
※本文が一部コピペミスにより繰り返されていた部分を修正いたしました。
※〇〇氏族と表記されていた部分はレイレント氏族です。(2022.10.13)
周囲に溢れていた嗚咽や悲鳴が消え去り、静かに降り注ぐ雨音に支配される中でヴィクトールは大きな溜め息を吐き出した。
「〝夢幻の牢獄〟。人の意識を絶望する夢の中に捉えて魂を殺す外法……まったく随分と悪趣味な物を使うネ。しかし君の親は随分と古い吸血鬼みたいだネ。魔人の中でも幻魔種だけが使っていた物を使えるとは大したものだヨ。まぁ、まさか転びたての吸血鬼が魔人の外法まで扱えるとは、些か予想外だったけどネ」
レイラが稼いだ時間で逃げようとしてた者達だけでなく、掠り傷一つなかったレイラすら四肢を投げ出して倒れているのを見て肩を竦めるヴィクトール。
男はそんなヴィクトールの態度が気に入らなかったのか、僅かに険しい表情で睨めつけていた。
「そう言う貴様はどうして生きている?」
「君は馬鹿かネ?私は幾度も吸血鬼と対峙しているんだヨ。対策の一つや二つはしていても可笑しくはないだろう」
「その割にはこの女には何もしていなかったようだが?」
「だから君は馬鹿なのかネ?さっき予想外だと言ったばかりだろう。それとも君は大鶏よりも記憶力がないのかネ?」
ピキリと青筋が浮かぶ男を無視してヴィクトールは仕込み杖の鞘を外し、切っ先を男へ向ける。
この状況に至ってなおヴィクトールの声音に、その態度に、その表情に、全てにおいて余裕の滲む姿全てが男の癪に触る。
何故恐れない。
存在の階位が違う圧倒的強者を前にしているというのに。
何故恐怖しない。
殺すことの能わない死を克服した上位者を前にしていると言うのに。
男にとってヴィクトールが眼前に存在しているだけでなく苛立ちが募っていく。まるで自身の存在を否定しているような男が生きているのが許せなかった。
「その余裕、何時まで保っていられるかなッ!!!」
男は靄を地面に這わせ、一つの魔法陣を作り上げると即座に発動させる。
「ハハハッ!!!コレで周囲一帯は反転領域の中だ!!!貴様お得意の魔術は疎か、身体賦活頼りの人種では手も足もでま――――」
「何が、なんだって?」
勝ち誇る男の首元、そこに深々と仕込み杖の切っ先を突き刺したヴィクトールが尋ねれば男の表情が驚愕に染まる。
咄嗟に飛び退く男に合わせて踏み込み、ヴィクトールは銀の棺で殴り付ければ、まるで木の葉が舞うように男の身体が吹き飛んでいく。
「何故だッ?!反転領域の中では人族は魔力を操れなくなるはず!!なのに貴様の人並外れた膂力は一体なんだッ?!」
突っ込んだ家屋の瓦礫を吹き飛ばしながら姿を現した男の思考は混乱の真っ只中にあった。
魔法が不発に終わったのかと疑い即座に体内に流れる濃密な血液を瞳へと集中させ、自身の親とも呼ぶべき吸血鬼より受け継いだ魔眼を発動させる。
「何故だ、魔力は正しく封じれている。なのに貴様の膂力は一体何処から齎された力だ!!」
しかし魔力を可視化する魔眼がもたらした情報はヴィクトールの身体からは魔力が封じられていないという事実。
驚きのあまり動きの止まる男を見逃すはずもなく、ヴィクトールは開いた彼我の距離を一息で詰めると妖しげな輝きを放つ両眼を一閃する。
「あぁっぁぁああああ?!」
「素直に答えると思うのかネ?しかし、君は魔眼持ちか。不死性にかまけて大雑把な戦い方をする吸血鬼にしては珍しい能力だネ。君の親は古いだけじゃなくて随分と奇特なようだネ」
痛みにのたうち回り、しかし頭を叩き潰そうとする気配を感じ取った男は視界を奪われようと勘を頼りにヴィクトールから距離を取る。
「手慣れた吸血鬼なら自損など躊躇わずに反撃するのにまるで人のように傷を痛がるかと思えば、身体に馴染まないとろくに扱えない血に刻まれた知識から外法を平然と使ってみたり。君はどうにもちぐはぐ過ぎるネ……」
対策せねば意識を悪夢の檻に捉え死へと誘う魔術も効かず、人族が生まれた時より備える魔力を封じる結界を施しても人外の膂力を発揮するなど誰が想像できると言うのか。
修復された両の目で睨みつけ、血に刻まれた記憶を掘り起こし、吸血鬼として戦う術を探ろうとする男。
数多の断片が駆け巡る中、一つの記憶が脳裏を駆け抜けた。
「ハハハハハッ!!!なるほど。知っている、私は貴様の事を知ってるぞッ!!同族殺しのヴィクトール!!!!」
男が指差し、声高に叫ぶと初めてヴィクトールから表情が消えた。
「道理で私の魔法が効かないわけだ。アレらは全て人族にしか効かないんだからなぁ!!!そうだろ!!薄汚れた半端者!!!!」
「………まさか私のことも知っているとはネ。つくづく予想外な事が続く一日だヨ」
ヴィクトールの反応から男は確信を得た。であるならばと男はほくそ笑む。
「クククッ、人の世に紛れ込んでいるとは薄汚い半端者らしいな」
「……」
「しかし分からんな、半端者とは言え蛮族の血が流れる貴様が何故今も人族の側についている?この大陸にはレイレント氏族の手も及んでいない。わざわざ脆弱な人族に肩入れする意味も無いだろうに」
「……確かに人の世に居続ける意味はないネ」
ぐらつく態度を見せるヴィクトールに男は笑みを強くした。
業腹であるが、ヴィクトールはかつて属していた吸血鬼を何人も討ち倒し、放たれた追っ手から逃げ遂せるだけの実力者であるのは血に刻まれた記憶から分かっていた。
そして男の目的であるバルセット陥落を前に、大きな障害となり得るヴィクトールを自陣営に引き込めるのであればそれに越したことはなかった。
「どうだ、貴様もあの御方の元に着かないか?今、私に手を貸すのならば取りなしてやっても良いぞ?」
「……一度敵対した相手の手をとるのかネ?」
「あの御方は有能であれば受け容れる度量のある御方だ、一度牙を向けた程度の事を気にするほど器の小さな御方ではない。そしてあの御方が許されるならば私も構わない。それにここバルセットを落とした功績があれば帳消しにしても良いし、なんならレイレント氏族との因縁をどうにかして頂けるように願い出てやってもいい」
「……なるほどネ」
ポリポリと頭を掻き、額についた濡れ髪を撫でつけたヴィクトールが肩を竦める。
更に担いでいた棺を下ろすのを見て男が歩み寄ろうとしたとき、二つの小さな玉が二人の間を転がっていた。
男は咄嗟に飛び退き、近場に転がっていた冒険者を引き寄せると同時に眩い光が周囲を包み込む。
冒険者を掴んでいた靄どころ反転領域を形成していた魔法陣が光と共に消し飛び、隙間から射し込んだ光によって男の顔が僅かに焼ける。
「コレは一体どういう事だ?」
光に焼かれた痛みよりも、ただの傷と比べて遅い修復速度にも目もくれず、青筋を浮かべた男はヴィクトールを射殺さんばかりに睨みつける。
しかし憎悪を向けられたヴィクトールは平素通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。
「どうもこうも、コレが私の選択というだけだヨ。もう一度吸血鬼なんぞの下に付く?冗談は休み休み言い給えヨ。そもそも私は吸血鬼と言う奴が死ぬほど嫌いでネ、自分にも半分とは言えその血が流れてると思うだけで反吐が出る思いだヨ」
「……そうか。ならば、その選択を後悔しながら無様に骸を晒すがいい!!!」
宣言と共に男の全身から赤い靄が吹き出し、石畳を捲り上げる勢いで渦を巻き、消え去る頃には中心にいた男は黒色の全身甲冑につつまれていた。
瘴気に似た淀んだ気配すら纏う姿にさしものヴィクトールも表情を引き締め、無言のうちに仕込み杖と棺を構えて臨戦態勢を整える。
一度始まれば決着が付くまでは止まることはなく、小さなミスが敗北へと繋がると分かっているからか、互いに意識を集中させどんな些細な行動も見逃すまいと注視しする二人。
静かな雨音だけがする時間が過ぎていく。
そして崩れかけの家屋が音を立てた瞬間、合図とばかりに二人は動き出す。
「あっ」
しかし二人が踏み出すよりも早く男の背後に影が立つ。
そして間髪入れずに走った銀線は躊躇う事なく男の首を通り抜け、目まぐるしく回転する男の瞳が影の正体を映し出す。
濡れて艷やかさの増したブルネットの髪。
血のような赤みをはらんだ琥珀色の瞳。
口元を覆う狼を模した朱殷檀の面頬。
膝裏を撫で斬りにされて崩れ落ちる胴体の背後には、『夢幻の牢獄』に囚われていたはずのレイラが立っていた。
「無粋な真似をする愚か―――」
更にレイラは傍に転がっている冒険者から剣を抜き取ると再生しようとしていた男の頭を踏み砕き、手にした剣を心臓を貫くように突き立てて地面に縫い付ける。
「まさか自力で目を覚ますなんて思いもしなかったヨ」
〝夢幻の牢獄〟を自力で破ったレイラに驚きつつも歩み寄ろうとしたヴィクトールの足が止まる。
感情の乗らない無機質な瞳、そして左手に持ち変えられた"斬り裂き丸"を向けられて。
「ねぇ、ヴィクトール。貴方は一体、どちら側なのかしら?」
何処までも淡々と、降り注ぐ雨よりも冷たい声が木霊した。




