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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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25 その少年、不死につき――

 "斬り裂き丸"を構え直したレイラだったが、直ぐには動かず忌々しげな目を向けてくる少年を見る。

 その視線はしっかりとレイラへと向けられているが気がそぞろと言うべきか、意識は別の事へと向けられているのが見て取れた。


 一緒に行動していたヴィクトールを警戒しているのかとも考えたレイラだったが、それにしては少年の態度には何処か余裕が含まれていた。

 驚異的な再生能力から来るものなのだろうが、現状ではヴィクトールの存在以前にレイラ一人で始末できる実力差である。

 幾ら再生能力に長けていようと、人の姿のままでは首を刎ねてしまえば少年は息絶えるのだ。


 レイラが擬態を解かせようとしている事で殺されないと高を括っているのか、はたまたこの盤面を引っ繰り返す手立てがあるのか。

 謎の多過ぎる相手だけにどう出るべきかとレイラが思考を巡らせていると、少年は大胆にも身を翻して背を向けた。

 逃走の一手を取ったと判断して踏み出そうとした時、レイラの瞳は少年の向かう先に二つの人影があるのを捉えた。


「貴様ら、其処で何をしている!!」

「助けて!!この人が急に襲って来たんだ!!」


 路地の切れ目、大通りから覗くように現れたのは揃いの格好をした衛兵。

 雨に遮られて足音を聞き逃し、また家屋の中の人間にも反応してしまうため余計な反応を嫌って魔力感知をレイラはしていなかったのだが、それが裏目に出てしまった。


 自身の失敗を自覚し、現状を認識したレイラは思考を加速させていく。


 既に武器を手にしているレイラの姿と、明らかに襲われたような格好の少年を二人の衛兵は目視している。

 更に少年らしい声で助けを求められて衛兵の中では既にレイラは犯罪者と見なされていることだろう。

 それらを踏まえたレイラの脳裏には様々な選択肢が浮かび上がる。





 逃げるのは悪手。

 警笛を鳴らされ、程なくして周辺にいる冒険者や衛兵が集まり人知れず姿を隠すのは不可能だろう。

 また下手に逃げれば在らぬ罪を被せられ、挙げ句に目撃証言から身元を特定され、前科と汚名だけがレイラに残される可能性は大いにあった。






 では衛兵が動く前に少年の首を刎ねて始末を着けるか。

 事件は解決するだろうが、少年の罪を分かる形で立証せねば良くて犯罪奴隷、悪ければ絞首台がレイラを待っている。

 死に対する恐怖はないが、まだまだ至極の瞬間を味わい尽くせていないのに下らない終わり方をするなどレイラには耐えられそうになかった。





 では一旦少年への追求を諦め、投降するか。

 幸いな事に驚異的な再生能力のお陰で見た目こそボロボロだが少年の身体には傷はなく、衛兵に詰められた所で幾らでも弁は立つ。

 騒ぎを起こした罰として一日牢に入るか、幾ばくかの罰金を払うだけで済むだろう。事件は解決していないため他にも犠牲者は出るだろうが、それはレイラには関係のない話だ。



 他にも選択肢が浮かぶものの、投降する以上の良案は出てこない。

 それにと、まだ姿も見せないヴィクトールが何らかの行動にでる可能性もあるため、レイラが此処で無理をする必要性もないだろう。

 数秒の間に結論を導き出したレイラは"斬り裂き丸"を鞘へ戻そうとした。

 その時だった。




「――――ッ」





 ほんの一瞬、衛兵との距離を半分にまで詰めた少年がレイラへと向けた瞳。

 その双眸を彩る勝利を確信した自身に満ちたそれを見て、レイラの直感が特大の警鐘を打ち鳴らす。

 直感の赴くままに"斬り裂き丸"を握り締め、最大の賦活で脚力を引き上げたレイラは彼我の距離を瞬時に無くし、白刃を少年の項へと走らせる。


 今世のレイラは戦いの経験を経て知っていた。

 時に直感は思考が拾い上げられなかった小さな小さな異常を見つけ出し、論理的な過程を飛ばして解を導き出すことを。


「ぎゃぁああああああっ?!」


 しかし咄嗟に差し込まれた少年の腕に阻まれ、"斬り裂き丸"は少年の細首ではなく左腕を切り飛ばす。

 路地に子供らしい悲痛な叫びが木霊するのも無視して、レイラは即座に空いた左手を担いでいた戦斧の魔具へと伸ばす。

 腕を失って態勢の崩れた少年には最早防ぐ術は無く、今度こそ首を刎ねるためにレイラは戦斧を振り下ろした。

 しかし、またしても光り輝く刃が少年の首を捉えることはなかった。


「貴様ッ!!これは一体なんのつもりだ!!!」


 眼前には怒りに染まった瞳を向ける男の顔。

 投げつけられた言葉と同じものを吐き出すことなく飲み込み、レイラが僅かに視線を逸せば衛兵の掲げた剣によって戦斧は受け止められていた。


「まったく、余計なことを……」


 邪魔された苛立ちを込めて目の前の衛兵に蹴りを入れるが、レイラの動きに反応して見せた衛兵は難なく防ぎ、それどころか蹴られた反動をも利用して淀みなくレイラとの間合いを取ってみせた。

 研鑽なくばできない挙動は称賛すべきものであり、普段であれば流石は蛮族蔓延るアルブドル大陸で衛兵を務めているだけはあると関心していたことだろう。

 だが、この時ばかりは目障りなことこの上なかった。


「もう大丈夫だ、安全な所に連れて行ってやるからなっ!!」


 正眼に剣を構える衛兵の陰に隠され、姿が見えなくなった少年ともう一人の衛兵にレイラは人知れず舌を鳴らす。




 ――――ピィイイイイイイイイイ!!!




 路地に響き渡る甲高い音を聞きながらレイラは両の手にある武器を握り締める。

 目の前には少年を狙っていたとはいえレイラに反応して見せた技量を持つ衛兵の守りを掻い潜り、もう一人の衛兵に保護された少年を仕留めるのは難しい。

 警笛を吹かれてしまった以上、時間もない。

 はてさてどうしたものかとレイラが考えていると、後ろの衛兵に動きがあった。


「おい!! どうし―――」


 レイラの正面に居た衛兵が異変を感じ取り、振り返ると出掛けた言葉が詰まる。そして振り返ったお陰で視線が通ったレイラの目にも異様な光景が入ってきた。


 倒れ伏す衛兵を足蹴に立つ少年の頭上。

 そこには衛兵の首から糸を引くように赤赤とした血の球体が作り上げられており、それを少年が一口で丸呑みにする所であった。


「……お前、何を――――」


 呆然とする衛兵の襟首を掴み、後ろに投げ飛ばすのとほぼ同じくしてレイラの全身を不可視の衝撃が襲う。


「アハハハハハハハ!!!最後は男の不味い血だったが、それ以上に最ッッ高の気分だ!!!!!!」


 巻き上げられた泥や砂利、衝撃で崩れ落ちた家屋の瓦礫を弾き飛ばし、視界の開けたレイラの目の前には焦点の合わない様子で歓喜の哄笑を上げる少年が一人。

 狂ったように嗤い続け、無防備に見える少年を見たレイラの行動は早かった。


「ッ!!」


 レイラは躊躇わずに距離を詰め、戦斧を脳天に向かって振り落とすが、少年へ届く直前で真紅の靄のような何かに受け止められる。

 ギリギリと音を立てるが幾ら力を込めても刃が進む事はなく、赤い靄が柄に絡みついてからは戦斧を引き抜く事もできなくなった。


「そう言えば、散々俺を虚仮にしてくれた奴がいたなぁ?」


 ギョロりと目玉を廻し、焦点の合わない瞳がレイラを捉える。

 そして再びの悪寒。

 咄嗟に全身へ魔力を巡らし、レイラは最大限の身体賦活を施した。













「は?」













 次の瞬間。

 気が付けばレイラは路地を抜けた先、遠く離れた家屋の中で大の字で転がっていた。


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