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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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24 その少年、下手人につき――

 息を潜めるように木戸は固く閉ざされ、月明かりすら分厚い雲に遮られて灯り一つない路地は深い闇に包まれていた。


「みぃつけた」


 屋上を走るレイラはほとんど見通しの効かない路地の一つに、愚直に突き進む一つの小さな影を見つけ出した。

 即座に進路を修正し、小さな影の行く手を先回りするように路地へ飛び込みカンテラを掲げる。


「れ、レイラ、さん……」

「こんな時に一人で出歩くとは関心しないわね、殺人鬼だって疑われてしまうわよ。今みたいに、ね」

「あの、これは、その、今日も、仕事があって、それで…」

「そうなの? それはツイてなかったわね」


 面頬に隠れているが平素と変わらない穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ろうとするレイラに反し、少年は顔を強張らせながら後退る。

 その視線は目まぐるしく動き、激しい動揺を読み取ったレイラは改めて少年が下手人なのだと確信した。


「あら、一食一泊の恩のある相手に随分と酷い反応してくれるわね。私、傷付いちゃうわ……」

「い、いや、これは、違くて」

「それなら良いのだけど、一先ず明るい所についてきて貰っても良いかしら?」


 更に歩み寄ろうとするレイラに対し、更に忙しなく瞳を動かして未だに退路を探そうとしている少年。

 その最中、少年の視線がレイラから外れた瞬間を狙い、レイラは瞬時に"斬り裂き丸(ドゥインダー)"へ手を伸ばす。

 そして彼我の距離を一息で詰め、間合いに捉えた瞬間には"斬り裂き丸"を振り抜いていた。


「……ったく、子供相手に随分じゃねーの」


 戦いとは無縁の人間であれば回避不能なタイミング。首元を狙って煌めいた白刃にはレイラの"予想通り"肉を切り裂く感触が無かった。

 代わりに一拍の間を置いて離れた位置に少年が着地し、苛立たしげな視線がレイラへと向けられる。


「しっかし、まさかもう直ぐ終わるって時にバレるとはホントにツイてないぜ」


 姿形はそのままに、子供らしい高めの声から低く野太い男の声に変わっていく少年を視界に納めながら、レイラの思考は別のことへと向けられていた。



 どうやって少年の正体を暴くべきか、と。



 正直なところ既にレイラは何度もヴィクトールと話し合っていたものの、少年の姿をした者の正体を暴く具体的な方法は未だに見いだせていなかった。

 というのも人が魔術に依って化けているのであれば魔術によって暴くこともできるのだが、看破に必要になる魔術強度は対象の魔術よりも高くなるため街の警戒網が反応する可能性が高かった。

 そして街中での魔術の使用は許可がなくば誰であろうと重罪となるため、ヴィクトールも安易に使用できないのだ。

 ただし、魔術であれば擬態の根幹である術式の破壊や術者を昏倒させれば解くことができるため、さして難しい話でもなかった。


 面倒な事になるのは術式に頼らない蛮族が人に擬態していた場合だ。

 蛮族が人の姿を取ったのであればその擬態を暴けるのは神の齎した奇跡だけであり、幾ら強度の高い魔術を使用しようと無意味に終ってしまう。


「擬態を解かせるのが最善なのだけど、下手に殺す訳にもいかないのが面倒なところね……」


 誰にも聞こえないほど小さな溜め息を零したレイラは"斬り裂き丸"を構える。


 蛮族が擬態していた場合、厄介なのが魔術と違い擬態した状態で死ぬと擬態は解けることなく人の姿のまま死体として残る点だった。

 腑分けをすれば体内に魔石を見つけられるが、ここバルセットでは遺体に対しての検死は余程のことが無ければ行われていない。

 況してや蛮族が入り込まないように陽光結晶があるのだから、レイラがいくら訴えた所で意味をなさない。

 故にレイラがどれ程この事件の下手人だと主張して死体を衛兵に突き出したとて、見た目だけは純朴そうな貧民の少年を殺した辻斬りとして裁かれる公算の方が高い。

 幸いというべきか、人に擬態した蛮族は幾ばくか能力が封じられ、更に人と同じように死ぬと言う欠点がある。


 そのため、擬態を解いた真の姿であれば勝てるかもしれない。

 そんな風に少年に思わせなければならないと言う、面倒極まる作業をしなければならないレイラは溜め息を吐く。


 面倒な事をしたところで欲求を満たす事ができないと考えたレイラが辟易していると少年が僅かに身動いだ。

 次の瞬間にはレイラの眼前に立ち、心臓目掛けた手刀が繰り出されようとしていた。


「ホント、面倒ね……」


 繰り出される手刀を難なく受け流し、レイラはがら空きになった額に"斬り裂き丸"の石突を叩き付けたい衝動を堪えて腹に膝蹴りを叩き込む。

 吹き飛ばされ、子供らしい声で噎せかえりながらのたうち回る少年を眺めるレイラは眉をひそめた。

 視線を手刀を受け流した左の手甲に落とせば、装甲部分には浅いながらも真新しい斬り傷ができていたのだ。


 魔力の通された精銀鉱や粗金鉱ほどの強度はないが、装甲に使われている緋色鉱はそれなりの硬度を有した金属で生半可な事では傷はつかない。

 また盾の役割も兼ねて作られた装甲部分は簡単に傷が付くような軟な作りではなく、今まで幾度と人が振るった剣を受け流してきたが、力の乗らない刀剣や弓では傷が付いたことなどなかったのだ。

 にも関わらず、手甲には一目で分かる傷がついている。たかだか手刀を受け流した程度で。

 到底生身の人間にできる所業ではなく、魔術や魔法の気配も無かったことを加味すれば少年は十中八九蛮族なのだろう。





 しかし疑問もある。

 蛮族であるのなら――――それも人に擬態できるほど上位の蛮族にしては弱すぎる(・・・・)のだ。





 身体能力は随分と優れているようだったが、下級に分類されるレイラの故郷を滅ぼした遊鬼(ゴブリン)、その中でもレイラが背負う戦斧の魔具の持ち主は今の少年よりは強いだろう。

 なぜ事件の主犯であることが露見した今になっても少年が実力を隠しているのかまではレイラには分からない。

 陽光結晶の影響を受けない細工の影響で本気を出せないという可能性も考えられたが、実力も実情も判然としない相手に油断するほど愚かなつもりはレイラにはなかった。


 とはいえ擬態を解かせるまでは必要ないと判断して"斬り裂き丸"を仕舞い、代わりに指を鳴らして挙手の構えを取るレイラ。


「で、いつまで痛がってる振りをしてるのかしら?正直に言って不愉快だし、さっさと正体晒してくれると助かるのだけど」

「……ったく、普通は子供が痛がってたら油断するんじゃねーのかよ。それに評判と随分と違うじゃねーか、何が心根の優しい娘だよ。ふざけやがっ――――」


 声を掛ければ少年は悪態を吐きながら立ち上がり、痛痒などないと言わんばかりに平然とレイラに対峙する。

 かなりイイ所に入った筈なんだがと思いながらレイラは少年が喋っているのも構わず距離を詰め、少年目掛けて蹴りを放つ。

 全体重と加速度、更に鉄靴と言う凶器が合わさった蹴りは確実に少年を捉え、小さな体は勢い良く壁に叩きつけられた。


「人がまだ喋ってんじゃ――――グハッ?!」


 これまた平然と怒声を挙げる少年を壁に縫い付けるように膝蹴りを叩き込み、血を吐き出しくの字に曲がって下がった顎を掌底で無理矢理に持ち上げ、丁度いい位置にある側頭部に回し蹴りを放つ。

 "斬り裂き丸"を仕舞う必要があったのかと疑いたくなる確殺の連撃を繰り出し、ボロ人形のように転がっていく少年を見るレイラの瞳には感情は乗っていなかった。


「……やっぱり可笑しいわね。普通なら死んでいても可笑しくないし、仮に死ななくても直ぐには動けないと思うのだけど」


 初撃の蹴りで少年の片腕、そして肋骨をへし折った感触はあった。常人であれば痛みで蹲り、避けるどころか動くのも苦痛となる傷だ。





 しかし少年は何事も無かったかのように声を挙げ、連撃を防ごうと両手を動かす素振りすら見せた。





 その後に続く連撃にしろ膝蹴りで内蔵は潰れ、下顎は砕け、頭蓋を粉砕する手応えがあった。

 どれ一つとっても致命傷に成りかねない一撃であり、仮に命に届かなくとも身動ぎする事すら叶わない重症のはず。



 だが少年はレイラの目の前で立ち上がる。

 吐き出した血の跡は雨に流され、砕けて外れた顎は正しく填められ、陥没していたなどとは思えないほど痕跡のない顔をレイラに向けて。


 コレは長丁場になりそうだ。

 少年が根を上げて擬態を解くか、足の遅いヴィクトールが来るのが先か。


 一度仕舞った"斬り裂き丸"に手を伸ばしながら、レイラは面頬に隠された唇を引き結ぶ。


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