23 その陰、策動につき――
更新、一時止まってしまい申し訳ありません(´・ω・`)
校正を頑張っていたんですが、少し更新ペースに間に合わなそうなので一旦更新してから追々修正していくことにしました(´・ω・`)
日が沈み、バルセットの街並みが静寂と夜闇に包まれた中でレイラとヴィクトールは屋根の上に居た。
周囲へ目を向ければ、至るところに松明の灯りと思しき頼りない灯りが止まることなく動き続けていた。
「今日も犠牲者は出るかしら?」
「さてネ。でも一度始めた儀式は達成されるまで止まらないものだからネ。多分出るんじゃないかナ?」
平素と違って剣呑な雰囲気が漂う夜半にレイラが問えば、返ってくるのはなんとも曖昧な答え。
昨夜、冒険者に犠牲者が出てしまったために市井では既にこの事件のことが広まっていた。
普段なら夜遅くまで開いている酒房も今日ばかりは日が沈む前に店を閉め、家の扉は固く閉ざされて市井の者は家の中に閉じこもっている。
今も松明片手に出歩いているのは昨夜犠牲となった女冒険者の属する徒党の者か、捕縛に駆り出された冒険者、衛兵、そして下手人を捕まえて名を上げたいと野心を燃やす者など荒事に慣れた者たちばかりだ。
どんな儀式を目論んでいるのかは未だ判然としないが、この状況で人知れず犯行に及ぶのは難しいだろう。
「しかし、それが君の完全装備なんだネ。昨日の君は本気じゃなかったと言う訳だ」
「あら、割と本気で貴方を殺そうか悩んではいたわよ?」
今のレイラは外套を羽織ってはいるものの、口元を隠す面頬と防具一式を着込んでいた。
更に各種魔道具は当然のこと、太ももには幾本もの投げナイフが差されたベルトが巻かれ、腰には"斬り裂き丸"、背には戦斧の魔具が背負われている。
最早一般人とは程遠い格好であり、囮役としては不適過ぎるものであったが、眼下に広がる景色を見れば囮役が真っ当にできない状況であるのは明らか。
その上、昨夜と違って下手人が屍術師か人に扮した蛮族と分かったため、変装ではなく完全武装をする事にしたのだ。
「疑っていたわけではないけど、顔が効くというのは本当だったんだネ」
「これぐらいの"我が儘"なら通せる程度だけどね。ま、それも今回限りでしょうけれど」
当初、割り振られた場所に行くと指示役の衛兵はレイラの姿に難色を示したが、レイラはコネをチラつかせて衛兵を黙らせた。
更にレイラは囮役を放棄し、即座に動ける屋根の上に陣取っている。
勝手極まる行動であり、あまり褒められた行為でないのはレイラも承知の上だが、今日中に事件を解決する気でいるレイラは戦闘が確実に発生すると判断しての事だった。
「そう言えば、今日はニナ君の姿が見えないネ」
「ニナはお仲間と一緒に東区の方で動くそうよ」
「うーむ、彼女が居れば例え遠くで私の魔術が反応しても先駆けて現場に行って貰えるんだけどネ」
「それは言っても仕方ないでしょう。流石に人員の配置場所まで嘴を挟めないわ」
今は居ない人物に思いを馳せるヴィクトールに呆れた溜め息をこぼすレイラ。
レイラとしてもニナが居ないのは口惜しくあったが、既に相当の無理を通しているためこれ以上の"我が儘"は言えなかった。
ただ仮に"我が儘"が通ったとしても、レイラがニナに協力を頼んだかというと微妙な所であった。
ニナにしろ、ウォルトにしろ新進気鋭で名を上げ始めた若手ではあるが、最低でも魔術の心得のある相手と刃を交えるには些か実力が足りない。
せいぜいが肉盾として使うぐらいだが、そんな事に人脈を浪費するなら初めから居ない方がマシだろう。
そう判断したからこそ、レイラはわざわざマリエッタを通して騒ぎが起きても近付かないように警告を出したのだから。
「一先ず、ことが起こるまでは手持ち無沙汰になるわね」
「そうだネ。しかし雨の中で待つというのは老骨には辛いものだヨ」
一時間か、二時間か。
幾ばくか雨に打たれながら静かに待ち続ける二人。
流石に身体が冷えつつある中、ただ待つのも辛くなってきた頃合いにヴィクトールが反応した。
「ッ!! 来たネ。ここから北西方向で追跡魔術が発動したヨ」
煙石を燻らせながら寛いでいたヴィクトールは煙管を懐に仕舞い、同じように待機していたレイラも紫煙を一息で吐き出して走り出す。
「北西方向……第二市壁内?それとも第三市壁の方かしら?」
「ちょっと、待ちたまえ…………これ、は、第二市壁の内側、だネ!!ただ、ちと遠いネ」
「まぁ、第三市壁の方じゃなかっただけヨシとしましょう。それより貴方、もう少し速く走れないの?」
「私はッ、君のように、器用ではないん――ッあ゛?!」
ヴィクトールに合わせて走る速度を緩めているものの、走るにつれ少しづつ距離が開いていく様にレイラが溜め息を吐く。
そして反論しようとして意識が足元から逸れたせいか、建付けが悪かったのか、屋根瓦の一部が外れてヴィクトールの態勢が大きく崩れる。
咄嗟にレイラが手を伸ばして引き留めたことで無様に屋根から転がり落ちずに済んだが、レイラ一人で走るよりもかなり遅い進みであった。
とは言え入り組んだバルセットの道に沿って走るよりも速いのだが、レイラとしてはもどかしさを覚えざるを得なかった。
「むぅ、気付かれてしまったネ。追跡魔術を消されてしまったヨ」
ヴィクトールが示した場所まで漸く半分を過ぎた頃 、眉間にしわを寄せるヴィクトールを振り返ったレイラは前を見据える。
直線距離で考えればそれほど距離はなく、レイラ一人なら逃げ果される前に追いつけるだろうが、ヴィクトールに合わせていては見失いかねない。
置いていくか、レイラがそう判断して振り返るのと同じくして足元から視線を上げたヴィクトールと目があった。
「仕方ない、私を置いて先に行ってくれ給え」
「いいの?」
「私としては良くないけど、逃げられるよりはマシだヨ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
言うが早いか、レイラは反応がどの方角に移動したのか聞き取ると即座に両の脚に魔力を集め瓦が割れるのも気にせず加速する。
二歩三歩と踏み出す度に速度は増していき、足場のなくなる大通りすら飛び越えたレイラはものの数秒で最初に反応のあった場所に辿り着く。
レイラがカンテラを灯しながら路地を覗きこめば、五人分と思しきバラバラに解体された死体が散らばり、中央には不自然なほど綺麗な姿をした女冒険者が転がったままピクリとも動かずにいた。
「今回は随分と強引に事を進めたみたいね……」
死体から視線を切り、件の少年は何処へ向かって逃げたのかと考えながら周囲へと目を向ける。
大通りを主体にしてバルセット各所に灯された灯り、そしてニナと同じように屋根上でも問題のなく動ける者たちの姿がチラホラ見える。
しかし周囲でなにか騒ぎが起きた様子はなく、足下以外で凶行が行われた様子もない。
「はてさて、あの子は何処に行ったのかしら?」
一度足を止めたレイラは夜の帳の降りたバルセットの街並みを見回した。
見える範囲の灯り、そして屋上に限定して魔力探知で人の位置を掴んだレイラは少年が取りうる逃走経路を脳内に描くと即座に走り出した。
屋上に逃走している人の姿はないため、律儀に路地を進んでいるのだろう。
更に日が沈み、危険な殺人鬼が徘徊していると話題になっている状況で年若い少年が一人で出歩いていれば、容疑者として疑われずとも何かしら足止めを食らう。
ヴィクトールの追跡魔術を察知して消し去った以上、レイラ達の追跡振り切ろうと考えれば少しでも人目のつかないルートを選ぶたろう。
であれば逃走経路は片手で数えられる程しかない。
その上でヴィクトールが追跡魔術を消された際に伝えてきた移動の方角を加味すれば、逃走経路はほぼ一つに絞り込めた。
あとは自身の予測が正しいことを願いながら走り続けることしばし、路地をひた走る小さな影をレイラは見つけ出した。




