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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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22 その者、留守につき――

 


 衛兵の巡回があるから当面は地下水路は使うなと言う忠告を受け、再び雨を受けながら表の道を進むレイラとヴィクトール。

 道行く人はごく僅かで、喧騒のない通りは普段の騒々しさからは想像できないほど静寂に包まれていた。


「……ねぇ、ヴィク。貴方、実は下手人の目星がついてるんじゃないの?」


 石畳の隙間に泥が詰まり、水捌けが悪くなったせいで滑り易くなった足元に気を使って歩いていたヴィクトールは勢い良く顔を上げる。

 その表情はまさかと言うわざとらしい表情だったが、ほんの僅かに見せた警戒の色をレイラは見逃さなかった。


「私はあの子が犯人か犯人に繋がってるんじゃないかと思ってるのよね」

「……あの子と言うと、現場に居た少年のことかネ? どうしてそう思ったのか聞いても?」

「根拠はないのだけど、あの子の爪が整い過ぎていたことかしら」

「爪、かネ?」


 そう言ってレイラは視線を路地の奥、屋根の影で雨の当たらない所でボロに包まる浮浪者に目を向けた。


「あの子は普段、第二市壁の外側の貧民街で溝さらいとかゴミ漁りをして糊口を凌いでいたそうよ。でもね、そう言う暮らしをしてる子達は爪を整えようなんて思えるほど余裕のある生活はしてないの」


 視線の先にいる浮浪者の爪は自身で噛んで短くしたのか、ギザギザとしたお世辞にも整えられているとは言えない状態であり、爪の中は真っ黒になるほど汚れが詰まっていた。


「それなのにあの子は服や髪の汚れは浮浪者としても可笑しくない汚れ方をしてたのに、爪は手入れしたみたいに綺麗に整えられているのは可笑しいと思わない?」


 それにと、レイラは少年が朝食の際にヴィクトールが吸血鬼狩りをしていたと言う話を聞いて妙に緊張していた事も告げる。

 レイラが一通り考察を述べれば、ヴィクトールは難しい顔をしていた。


「私も彼が怪しいと思っていたけど、そうか爪ネ。そこら辺はあまり見ていなかったヨ」


 ヴィクトールが疑い出したのはあの現場に辿り着いた時からだと言う。

 何故かとレイラが問えば、ヴィクトールは時系列がどうにも噛み合わないのだと言った。


「あの時、私が死体を調べたときにはまだ死体に魔力が残っていたんだよネ。普通は死んでから四半刻の半分ぐらい経たないと人の魔力が死体から抜けきる事は無いからネ、あの少年が何も見ていないのは道理が通らないんだヨ」


 昨夜の出来ごとを脳裏に浮かべ、レイラは悲鳴を聞きつけてから駆けつけるまでの時間を計算し、ヴィクトールがやって来るまでの時間がどれぐらい掛かっていたかを換算すると一〇分から十五分前後という結論に至った。

 ヴィクトールの言が正しければ、確かに犯行とほぼ同時に少年が悲鳴を上げたことになるだろう。

 それであれば少年が下手人の姿を目撃していないのは可笑しく、そもそもレイラが犯人であれば目撃者が悲鳴を上げる前に口封じをして少しでも発覚を遅らせようとするだろう。

 レイラが思考を巡らす横でヴィクトールは更に言葉を紡ぐ。


「それに外法はこの世界を歪に歪めるから、蛮族や魔獣以外は外法の気配に敏感なんだヨ。だけどあの少年はあの時、何も感じなかったと言った。だから最初は魔術か何かだと思ったけど、現場には微弱ながら外法の痕跡が在ったんだよネ。コレだと辻褄が合わない」


 何処か楽しげに手にする杖を振るいながら諳んじるヴィクトール。だが不意に足を止め、肩を竦める。


「ただ、私の推察にしろ君の観察力にしろ、どちらも状況証拠に過ぎないヨ。人を御白洲に突き出すにはちと弱いネ」

「そうね、だから今はそれでも問題ない人の所に向かっているのよ」

「問題ない人?」

「えぇ、着けば分かるわ」


 そう言ってヴィクトールを連れて歩くこと半刻。

 普段暮らしているバルセットの北側ではなく、南側にやってきたレイラとヴィクトールがある建物の前で足を止めた。


「陽光神の聖堂、ネ。確かにここなら御白洲に突き出さなくても問題ないネ」


 石造りの尖塔を持ち、幾ら注ぎ込んだのか神話の一幕を見事に描いたステンドグラスが来訪者を迎えるその聖堂は陽光神を祀る大聖堂。

 住宅街の中にひっそりと構える双月神の聖堂と違って荘厳さを誇るかのような佇まいは神格の違いか、それとも教義の違いか。

 いずれにしろここバルセットにおいて一二を争う規模の勢力であることに違いはなく、それに相応しい趣きである。


「しかし街中にあるにしては随分と立派な聖堂だネ。色んな街を見てきたけど、ここまで立派な聖堂は中々お目にかかれる物じゃないヨ」

「そうなの? まぁ、この聖堂は街として起こる頃にできたと言うし、この大陸で中心役の聖堂でもあるから大きくなったのでしょうね」


 アルブドル大陸以外の都市を知らないレイラは疑問に思っていなかったが、どうやら他都市でも眼前に聳える聖堂ほどの規模の物は少ないらしいと知ったレイラは感心したような声を漏らす。

 とはいえ、悠々と観光しに来たのではない二人は聖堂を観察するでもなくさっさと門戸を潜り、大聖堂にやってきた目的の人物であるバルディーク司祭への面談を願い出た。

 蛮族を目の敵にしている陽光神の司祭――特に音頭を取るのが過激派のバルディーク司祭だ――が事態を知れば、政を無視して動き出すという目論見があった。

 しかし、その数分後には二人の姿は聖堂の外にあった。

 より正確に記すならば二人"しか"居なかった。それもやや難しい表情をした二人が。


「まさかバルディーク司祭と主だった武僧が留守にしてるとは思わなかったわ」


 レイラの言の通り、目的であり顔見知りのバルディーク司祭が大聖堂にいなかったのだ。

 なんでも開拓村を丸々一つ飲み込むほどの悪霊が発生がしたという急報がやってきたらしく、事態解決のためバルディーク司祭は有力な武僧を連れて出立したというのだ。


「それも今回の事件が表沙汰になる数日前と言うのは、偶然にしては出来過ぎだネ」

「留守を知って表沙汰にしたのか、それとも留守にさせるために事を起こしたのかは分からないけれど、狙って起こしたのは間違いないでしょうね」


 聖堂を訪れたレイラの応対をした副司祭から詳細を聞き出すと、バルディーク司祭等がバルセットを離れたのは丁度表の人間が犠牲者となった日の二日前だった。

 まるで狙い澄ましたかのようなタイミングに作為的な物を感じざるを得ず、二人はなんとも言えない表情をしていた。


「しかし随分と塩っ辛い対応だったネ」

「仕方ないわよ。私が懇意にしてるバルディーク司祭は過激派で、副司祭は穏健派。二人はお世辞にも仲がいいとは言えない関係だもの」


 一応副司祭に事情を話し、協力を願ったもののすげなく断られてしまっていた。代わりにレイラはバルディーク司祭への急ぎの言伝を頼んでおいた。

 しかし副司祭の反応はあまり芳しくなく、直ぐに届けて貰えるかどうかは不透明だった。


 ただ副司祭の対応が曖昧な物だったのは派閥の違うバルディーク司祭と懇意なだけではなかったのを、レイラはなんとなく察していた。

 と言うのもヴィクトールが背負う暗銀の棺を見て、副司祭は僅かに胡散臭気な表情を一瞬だけ表に出したのを見逃さなかったのだ。

 亡者や死者を連想させる棺を模した物に陽光神を祀る教徒が忌避感を抱くのは無理からぬ話であり、魔術師であるヴィクトールがいれば話の信用度も増すと判断したのだが、今回に限れば悪手だったと言わざる得ないだろう。


「神殿の力を借りられないとなると、やっぱり事件前後であの少年を捕らえるしかないネ」

「そうね。もしあの子が下手人か関係者だとすれば店で大人しく待ってるなんてことはしないでしょうし、探す起点がある分だけマシと思えば十分でしょう」

「もし彼が店に居ればどうするのかネ?」

「十中八九いないでしょうけど、もし居るようなその時に考えるわ」

「行き当たりばったりだネ」

「高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していると言って欲しいわね」

「それを行き当たりばったりと言うのだと思うがネ……」


 当面の方針を決めながら夜までする事がなくなった二人は"羊の踊る丘亭"に舞い戻る。

 出迎えにきたマリエッタに少年の所在を聞けば、案の定レイラ達が外出した後に"羊の踊る丘亭"を辞したという言葉が帰ってきた。

 仕方ないと切り替えたレイラは濡れて重くなった外套をマリエッタに預け、指定席で頼んだ黒茶が淹れられるのを待ちながら一服吹かしていると、先に二階に上がっていったヴィクトールが何故かレイラの前に腰掛けた。


「さっき部屋に戻って少年の痕跡がないかと調べて見たんだけど、部屋の隅に隠すようにコレが置かれてたヨ」


 そう言いながらヴィクトールが指で弾いてレイラに渡したのは黒くくすんだ小銅貨が一枚。

 幾人もの人の手を渡って擦り切れ、刻まれていただろう肖像も見る影もなくなったそれはウェルセント四世記念銅貨。

 あまりにも不純物が多く、価値に差が出にくい銅貨にあって最も価値がないとされ、釣り銭や子供の駄賃として市井では広く扱われていて大して珍しくもない代物。


「これがどうかしたの?」

「………」


 裏に表にと硬貨を何度もひっくり返して観察しても何らおかしな点のない硬貨を掲げながらヴィクトールに聞くが、胡散臭い笑みを浮かべるだけで答えは返ってこない。

 ただ含むものがあるように見える視線にレイラは試しにとばかりに硬貨へと魔力を流す。

 すると銅貨の両面に何処か見覚えのある、しかし記憶のものとは違った細かい幾何学的な紋様が浮かび上がった。


「コレは?」

「念の為にあの少年が持っていた硬貨の一つに追跡の魔術を刻んでおいたんだけどネ、見事にその硬貨だけ置いて行かれてしまったヨ」

「なんだかんだ言いつつ結構疑ってたのね、貴方。でもそれがここにあったら意味がないんじゃないの?」

「実はもう一つ彼には術式を付与しておいたんだヨ。その硬貨よりも気付き難い代わりに正確に居所を掴める訳じゃないし、彼が外法を使わないと分からないけどネ」

「抜け目ないわね……」


 次善の策まで用意していたヴィクトールに感心しつつ、あの少年がヴィクトールの魔術に気付ける能力――――魔力を通さねばレイラは気付けなかった――――がある事も分かった。

 幸いにして日が沈むまで時間に余裕はあり、仮眠を取るまでレイラとヴィクトールは今後の対処について話し合い続けた。


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