21 その文化、徒党につき――
徒党と言う文化は付き合いのある一党同士が集まり、仕事の融通や頭数が必要な依頼を共同で受け始めたのが始まりだという。
しかし人が集まればいずれ強い者が率いるようになり、強者はその力を振るう代わりに対価を求め、下に付いたものは強者の庇護を受けつつ集まった者たちで数を力として活動するようになる。
人という生物が社会を成すと必ず生まれる流れは異世界でも同じようで、このバルセットでもいくつかの徒党が存在していた。
大小新旧様々で、勿論徒党に入らない者もいるが徒党に入っていた方が利点は多い。
なにせ人が多ければ個々人に掛かる負担は分配され、場合によっては数の少ない魔法使いや斥候などを徒党内で融通しあって依頼に適した人員を確保できるからだ。
ただしそれは優良な徒党であればの話で、中には上前の殆どを持っていったり、悪辣な掟――加入に際してリンチや殺人を条件にするところもあるらしい――を課していたり、スリや盗人の元締め、違法薬物の売人を兼任している徒党もあるという。
そもそも何故そんな徒党ができたかと言えば、偏に街中で大きな顔をしたいというレイラには理解できない下らない理由が主なのだという。
ただ前世でもカラーギャングや暴走族に好き好んで入る人間が居たように、破落戸の延長線上に居るような冒険者の気性からそういったことを気にしても可笑しくはない。
ましてやかつての地球で言えば中世から近世の中間のようなこの時代では、命や金とほぼ同列とされるほど面子は大事なのだ。
例え尊き貴種とて面子がなければ路傍の石よりも価値はないとされ、悪党ならば骨の髄までしゃぶり尽くされる獲物と見なされるとなれば尚更だ。
それに質の悪い者達が徒党を組む理由には面子以外にもメリットがあった。
それは徒党が生まれた理由と同じく数の暴力である。
小悪党一人が悪事を働いても直ぐに衛兵に捕まり罰を受けるが、これが大きな集団となれば衛兵も軽々には手が出せなくなる。
賄賂や横流し、果てには恐喝などと言った手管を使えるようになり、また純粋に領主が彼等と事を構えるのを嫌うのだ。
徒党を取り締まる行為は領地経営者からすれば不良債権事業に等しく、手塩にかけて育てた人員を失う可能性と街の治安悪化を天秤に掛ければ、大抵の領主は多少であれば治安悪化に目を瞑る。
それどころか、下手に取り締まって抵抗されるよりも幾らかの上納金を納めさせたほうが得だと考えていても可笑しくはない。
また領主がそう考えてしまう程に人員の育成というのは金が掛かるのだが、ここアルブドル大陸に限って言えば小悪党の集まり等よりも危険な野盗団やら蛮族の相手をしなければならず、一々構っていられないと言う問題もあった。
その上、治安悪化と言っても大半が経済活動にあまり寄与できていない貧民街での出来事と言うのも一因だろう。
ボロゾフが告げた"雷火の猛牛"という徒党もそうした背景から見逃されている徒党の一つだった。
規模としては数ある徒党中でも中程度と規模と然程大きくはない。
が、牛躯人を頭目として仰ぎ、西区にある貧民街を縄張りとし、スリの元締めなどもしていて質の悪さで言えば一二を争う徒党だという。
「しかしなんで私なのかしら? しかも今さらになって……」
質の悪い徒党がある事も、そしてそれが見逃されている理由も知っていたが、そんな徒党がレイラに目を付けた理由が繋がらないでいた。
自分の欲を満たしつつ、報奨金と言う大金を手にするようになったのは昨日今日の話では無くもう二、三年も前からだ。
その上レイラは日々の生活は基本慎ましやかなもので、懐が豊かであるのを吹聴したこともないため知っている人間は多くないだろう。
せいぜいが高額な装備や家具を注文したゴンドルフか、報奨金の受け渡しをしている衛兵、エレナを含めた"羊の踊る丘亭"の従業員数名と言ったところか。
"夜鷹の爪"もその内だが、彼等からレイラのことが漏れるとは考え難い。
「さてな、連中の考えてることまでは分からんよ。それに"雷火の猛牛"がお前さんのことを着けてた連中とも限らんしな」
「それもそうね。一先ず私は事件の方に集中するから、調査の方は任せるわ」
「あいよ」
結論のでないことを考えても仕方ないと切り替えたレイラだったが、ボロゾフの瞳に小さな好奇心が灯った。
「ちなみにだが、もしお前さんの情報を跡をつけてた連中に売り付けたらお前さんはどうする?」
「別にどうにも。ただあまりオススメはしないわよ? 貴方が"売った"連中がどんな目に遭ったか体感したいって言うなら止めはしないけど」
ここ数年、レイラと"夜鷹の爪"との付き合いは変わり、盗品の売却ではなくレイラは"夜鷹の爪"から情報を買うようになっていた。
その情報とは主に街道で人を襲う野盗の居所であり、ラウル司祭の依頼を急遽受ける事にしたのも"夜鷹の爪"から野盗の情報を手に入れたからだった。
そして情報収集に長けた"夜鷹の爪"であれば、自分たちの売った相手がどんな末路を迎えたかも把握していることだろう。
でなければ、わざと彼等の商売敵の情報ばかり売るなんてマネはしない。
「おぉ、怖い怖い。これからも末永く付き合っていきたいもんだ」
「そうね。私もその考えには同意するわ」
お互い満面の笑みを向け合うが、心温まるどころか一気に冷え込んだと錯覚しそうなほど剣呑な空気が漂い始める。
そんな空気を察した訳でもないだろうが、今まで地図を睨みつけていたヴィクトールが顔を上げる。
「どう? 何か分かった?」
「ふむ、犠牲者の出た場所に儀式的な意味合いはなさそうだネ。次の現場を予測できるかと思ったんだけど、宛が外れてしまったヨ」
さも残念だと言わんばかりに肩を竦めるヴィクトールだったが、その表情は変わらず元々期待していなかったのだろうと見て取れる。
レイラに金銭に執着はないが、ヴィクトールが欲した情報の元手はレイラであり、当のヴィクトールは一銭たりとも出していない状況は頂けない。
せめて何かしらの得がなければ、レイラがヴィクトールに尽くす立場にあるのだと見られてしまいかねない。
相手がレイラと気心しれた仲であれば別だが、今レイラの眼前にいるのは金次第でどんな相手にも情報も売るボロゾフである。
比較的風聞について頓着しないレイラとあれど、最低限保たねばならない面子はあるのだから。
「他に分かったことはないの?」
「うーん、コレは私の想像だけど事件はあと数回で終わるんじゃないかナ?」
「その心は?」
「犠牲者の出る頻度と、その相手だヨ」
ヴィクトールはそう言いながら地図に書かれた印を指差した。
「最初の犠牲者から一月前の犠牲者は殆どが貧民街の者たちで、懐を探られたくない者達の縄張りで起きているネ。恐らくだけど、下手人は彼等が死体の隠蔽をすると読んでいたんじゃないかナ」
そしてヴィクトールはそれぞれの印を指で辿り、一ヶ月前に起きた事件の印に到達するとわざとらしく音を立てるように二度叩く。
「そしてココから下手人は方針を変え、事件発覚よりも目的の達成に切り替えた。多分この時期から裏の人間達も警戒して巡回やら夜間に出歩かないようにお触れが出たんじゃないのかネ? 警戒を促すのがここまで遅くなったのは、それぞれが面子を気にして出方を伺ったからと言う所かナ。違うかネ?」
「…………その通りだ」
犠牲者の情報しか出さず、他に聞くべきことはないかと聞いてくれば其処でも金を取るつもりであったのだろう。
その証拠にヴィクトールが勝ち誇ったようにボロゾフを見やれば、苦虫を噛み潰したような渋い表情で肯定の言葉が返される。
「得てしてこういった手合が発覚するような事をする時は大詰めの時だからネ。だからここ一ヶ月の事件は頻度が高くて目的の達成を優先しているんだろうネ」
「じゃああと何人か死ねば事件は治まるってのか?」
「まぁ、"この事件"はそれ以後起きないだろうネ。その代わり、もっと致命的な事態に発展してると思うけどネ」
「……ッチ、厄介なことになったもんだ」
悪態をつくボロゾフを横目にここでの用事も終わったとばかりに次に向かうべき場所を考えていたレイラだったが、不意に自分に向かってきた物を掴み取る。
拳を開けば、銀貨一枚と大銅貨が三枚が照明の灯りを鈍く反射していた。
「あら、別にお金を貰うために話したわけではないのだけれど……それに、こんなに貰って良かったの?」
「吐かせ。俺の前であからさまに話を促したやがった癖によ。それにテメェみたいな厄介な奴にコッチは借りなんざ作りたくねーんだよ」
忌々しげに吐き捨てるボロゾフに肩を竦めるレイラ。
実際、レイラは金を取る気などなかったのだ。
ヴィクトールの言葉を聞いたボロゾフがその情報を裏の人間たちに売り付け、彼等が警戒して行動に移してくれれば良いとは思っていた。
ただこの巧妙な下手人を捕まるまでは思っておらず、事件直後に騒動でも起きればその現場に駆けつけられる程度の期待度だった。
とはいえくれると言うのであれば断るつもりも無く、レイラは素直に硬貨を財布の中へとしまう。
「それじゃあ、調査の方はよろしくね」
これで要件は全て終わったとばかりにボロゾフに背を向けると、追い払うように手を振るボロゾフに見送られながら二人は"夜鷹の爪"を後にした。




