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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
77/221

20 その者達、雷火の猛牛につき――

校正が、校正が間に合わない……!!

 


 地下水路に普段はいない衛兵の巡回をやり過ごしつつ。何故か肩を落としているヴィクトールを連れて地下水路を進んでいたレイラが足を止める。


「此処よ」


 そう言ってレイラが指し示した天井は一見なんの変哲もないように見えたが、壁の小さな取っ掛かりを頼りに登ったレイラが叩けば石造りにしては妙に軽い音が響く。

 二人が静かに待っていると、ろくな明かりもない地下水路に眩い光が差し込んだ。


「今日は道連れも居るとは珍しいな」

「ま、こっちにも色々あるのよ」


 垂らされた縄梯子を登ると、そこは商店を思わせるカウンターの設けられた一室だった。

 そして屈強な破落戸風の男達に引き上げて貰いながら、レイラは頬杖を付いた厳つい男へニッコリと笑みを浮かべる。


「久しぶりだな」

「えぇ、お久しぶりね。ボロゾフさん」


 レイラに遅れて引き上げられたヴィクトールの視界が開くように身を引いたレイラは双方を手で指し示す。


「ボロゾフさん、こっちが今バルセットで起きてる事件を解決するために一党を組んだヴィクトールよ。ヴィクトール、この人は斥候組合兼情報屋"夜鷹の爪"のボロゾフよ」

「お初にお目にかかる、木っ端の魔術師をしているヴィクトールだヨ」

「ボロゾフだ。アンタの噂は耳に入ってるよ」

「噂、かネ?」

「あぁ。棺みたいな妙なモンを担いだ胡散臭い奴が歩いてるってな。どうやら眉唾じゃなかったらしいな」


 顎で背負った棺を指されたヴィクトールは肩を竦め、特に興味がなかったのかボロゾフの視線は直ぐにレイラへと向けられる。


「で、ウチに来た要件はなんだ? 生憎だが今巷を騒がせてるクソ野郎の情報はねーぞ」

「あら残念。貴方達が犯人を見つけていれば事が早く済んだのに」

「ハッ。犯人が分かってりゃ誰かに教える前に手前で捕まえてるよ」


 普段から厳つい顔を更に顰め、いつもより荒れた声音にレイラは訝しむ。


「犯人に懸賞金が掛けられてるって話は聞いてないけれど、貴方達が犯人を捕まえてお金になるの?」

「衛兵連中のは、だろ?クソ野郎の首に金を掛けてるのは裏の連中だよ。なにせ、色んなところのモンが奴に殺られてるからな」

「もしかして、貴方のところも?」

「……あぁ、一人殺られてる。まったく、ろくに情報も残さねーで死ぬなんざ面汚しも良い所だぜ」


 口では部下を罵りながらも、怒りの矛先は下手人へ向いている事に感心しつつ、口には出さずにおくレイラ。

 しかし衛兵の話では犠牲者は一〇人前後と言う話だったが、表に出ていないだけで予想よりも犠牲者の数が多いのではないかという疑念が過る。

 それはヴィクトールも同じだったようで、レイラの横に並んでカウンター前に陣取った。


「犠牲者の出た位置と日にちを知りたいんだけど、詳しく教えてもらえないかネ」

「はっ、さっき嬢ちゃんの紹介聞いてなかったのか?金を出しな、そしたら出した分だけ教えてやるよ」

「では逆に聞くけど、知り得る全てと言ったら幾ら出せば良いのかネ?」


 ボロゾフはヴィクトールを下から上まで眺めた後、ちらりとレイラへ目をやってから指を三本立てて見せる。


銀貨三枚(三バーツ)だ」

「……銀貨三枚」


 元より路銀稼ぎで今回の事件に首を突っ込んだヴィクトールの懐事情は寂しいのか、自身の財布の中身に思いを巡らせていたヴィクトールの表情が情けなく歪む。

 仕方ない、そんな思いを乗せて溜め息を吐きながら財布の中から銀貨三枚取り出し、ヴィクトールに変わってボロゾフの目の前に置くレイラ。

 得意気な表情を浮かべるボロゾフだったが、彼が置かれた銀貨に手を伸ばす直前にレイラが銀貨に手を載せた。


「一体なんのつもりだ?」

「ねぇ、ボロゾフさん。貴方、下手人がどういった手合か知りたくない?」

「………」


 訝しげな表情ながらピクリと動くボロゾフの眉を見つけたレイラは笑みを浮かべる。


「さっきの話から貴方も下手人を探させてるのよね? でも大丈夫なのかしら、"夜鷹の爪"の構成員って基本斥候か元斥候だけど戦力として数えられる?」

「……ウチは何も情報や盗品のやり取りしてるだけじゃねー。戦える奴だって揃えてら」

「そう。なら心配ないわね」


 レイラはそれだけ言って手を退けるが、ボロゾフが銀貨に手を伸ばす様子は見られない。

 ボロゾフは憮然とした表情のままだが、その瞳に葛藤を見て取ったレイラは更に笑みを深めてボロゾフの答えを待ち続けた。

 やがて結論が出たのか、ボロゾフは大きな溜め息を吐いて腰掛けていた椅子の背もたれに身を預けた。


「……銀貨二枚、場合によっちゃあ一枚まで負けてやる。ただし!! 下らねぇ情報だったらただじゃおかねーぞ」

「あら怖い、ならご期待に添える情報を出さないとね」


 レイラはそう言い残し、ヴィクトールに流し目を送る。

 しっかりと意を汲み取ったヴィクトール代わるように先に知った下手人の情報を語り始める。そしてヴィクトールの話しを聞くうちにボロゾフの表情は難し物に変わっていった。


「チッ、人族の魔術師ならともかく人に化けた蛮族が潜り込んでる可能性もあるだと? 冗談も休み休み言えってんだ」

「コレが冗談なら私も嬉しかったのだけどね」

「……一先ずコレだけ受け取っておく。おい、誰か地図持って来いッ!! それとクソ野郎を探しに行かせた連中を全員連れ戻してこいッ、その後の行動は幹部会の指示があるまで待機だッ!!!」


 銀貨一枚だけ受け取ったボロゾフの指示で隣室が俄に騒がしくなる。

 そしてやや経ってから隠し扉を通って一人の男が入ってくると、カウンターに地図を広げて去っていった。


「まず最初の死人はココ、南区にある貧民区で四ヶ月も前だ。相手はモグリの娼婦で首を切り裂かれて死んでるのを乞食の餓鬼が見つけてる」

「首を切られて、かネ? 首筋に穴を開けられてでななく?」

「あぁ。だが、現場を見たやつ曰く首を切られて死んでるにしちゃ流れ出た血が少なすぎたってんで不思議がってたんだよ。それにそこの元締めもどんなに詰めても娼婦殺しはしてないの一点張りでな、裏の連中は全員首を傾げたもんさ」


 裏社会の人間はあくまで表の世界の影に潜み、表に出てこないからこそ見逃されている。

 故に裏社会の人間は何をするでも表に出ないように動いているし、仮に出たとしても噂が広まらないように金を握らせて黙らせている。

 そしてそれは芋づる式に取り締まりの対象にされぬように横の繋がりでもって徹底されているのだが、今回は疑われた人間が関与を頑なに否定しているとなれば、裏の人間としては首を傾げざるを得ないだろう。


「んで、次の死体が出たのは最初の死体が挙がった一月後、北東の貧民区で物乞いの女が心臓を一突きされて転がってるのをスリの男が見つけてる。死体の服に血糊はついてたが、死体近辺に血溜まりはなかったそうだ」


 そして一件一件、今日に至るまでに出た死体の発見場所を地図に書き足し、更に日付と発見時の様子を語っていくボロゾフ。

 全て書き他された頃には地図に書き込まれた丸の数は三〇を超え、衛兵が立てた予測の三倍にまで至っていた。


「随分と多いわね……」

「まぁ、大半がどこかしらシマにいる奴等だから内々で処理しちまってんだよ」

「あらそう。それでヴィク、これで何か分かることはあるかしら?」

「……」


 じっと黙したまま地図を覗き込んでいるヴィクトールだったが、書き込まれた印を結ぶかのように忙しなく瞳が動いていた。

 声を掛けても反応がないほど集中しているヴィクトールを横目にしつつ、カウンターに身を乗り出したレイラは受け取られなかった銀貨を再びボロゾフの前に置いた。


「少し調べて欲しいのだけど、どうも私の事を嗅ぎまわってる連中が居るみたいなの。今日もここに来る途中、跡をつけられてたし」

「まさかここまで引っ張って来てねーだろうな?」

「冗談は止して、私もそこまで馬鹿じゃないわよ。で、なるべく早めに結果を教えて欲しいの。お店に迷惑を掛けるのは本意じゃないから」

「……分かった。早ければ明日、遅くとも三日後までには調べておこう」


 そう言って銀貨を受け取るボロゾフを見て要件は終わったとばかりに身を引くレイラだったが、直ぐにボロゾフが指で耳を寄せるよう示してくる。

 なんだろうかと怪訝にしながらレイラが再び顔を寄せると、ボロゾフはチラりと地図を見つめるヴィクトールを見てからレイラの耳元に口を寄せた。


「一ヶ月ぐらい前か、羽振りの良い女冒険者を知らないかってウチに来た奴がいる」

「それで教えたの?」

「まさか。銀貨も出せない奴に言うことは無いってんで追い返した。実際、お前さんの事かは分からんが、ちょいとばかし厄介な連中だったぜ」


 そう言ったボロゾフが告げたのはとある徒党クランの名前だった。


 "雷火の猛牛(トル・フォルミオ)"


 聞き覚えのない名前にレイラは首を傾げるのだった。


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