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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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15 その行動、習慣につき――

 


 レイラは普段よりも暖かいベッドの中で意識が覚醒した。

 木戸の隙間からから差し込む光は薄く、雨樋を流れる微かな水の音が届く室内に小さな寝息が一つ。

 脚に当たる硬い感触に違和感を覚えたレイラが横を向けば、未だに寝息を立てるニナの寝顔が眼前にあった。

 穏やかな寝顔を晒すニナに手を伸ばし、首筋や額に手を当て、熱がないのを確かめたレイラが起き上がるとすぐ傍で衣擦れの音がした。


「ぅん……もう、起きるの?」

「私は、ね。でもまだ壱の鐘(六時)前だから、貴女はもう少し寝ていなさいな」

「ぅん……わかった……」


 声音に疲労の色を感じたレイラが優しい手付きで頭を撫でながら促せば、短い返事と共に再び寝息が聞こえ始める。

 まるで幼子のような寝顔を浮かべるニナの額に口付けを落としてからレイラは起き上がる。

 二人分の体温で温められた寝具から抜け出せば、ショーツ一枚しか纏っていないレイラの身体を朝方の寒さが包み込んだ。


「エッタに冬物を出してもらって正解だったわね」


 身震いするほど冷え込んだ一室に秋雨の到来を実感しつつ、昨夜脱ぎ散らかした二人分の夜着をまとめて藤籠に放り込む。

 予め用意させておいた服に袖を通し、物音を立てないように気を配りつつ部屋を出る。


 人が起きだすよりも早い時間なのもあってか静まり返った廊下に出たレイラは、昨夜までは空き部屋だった部屋を見る。

 そこでレイラは腕を前に突き出し、伸ばした指先から蜘蛛が糸を出すようにか細い魔力を紡いでいく。更に指から出した魔力を渦状の壁になるように操作し、人一人を包めるほど大きくした魔力一息で部屋へと魔力を打ち出した。

 紡がれた魔力は大気を揺らすことなく突き進み、壁をすり抜けて部屋の奥にある魔力に反応してその正確位置どころか、今どんな体勢を取っているのかもレイラへと伝えてきた。


 これがこの数年でレイラが日々改良して導き出した、最も正確にかつ相手に気付かれにくい魔力探知のやり方だった。

 咄嗟に使えるものではないが、時間を掛けられるならば精度の高いこの方法のお陰で部屋の中を覗き見ることなく、中にいる人物達がベッドに横たわっていると把握できた。


「一人は逃げてるかもと思ったのだけど……図太いのか、それとも私の予想が外れたのか。どっちかしらね?」


 部屋の中に揃っていれば良いとしたレイラは階下に降り、人気の無い厨房を通って中庭へと向かう。

 勝手口を開ければ吹き抜けとなった共用の中庭には未だ霧雨が降り注いでおり、空は分厚い雲に覆われたままだった。


「さて、今日はどうしようかしら……」


 今日の予定を組みながら軒下を伝って雨に当たらない隅へと移動し、レイラは置いてあった空樽に腰掛け目を瞑る。

 背筋を伸ばし、丹田で指を組んだレイラは意識を精神の内側の更に奥底へと沈めていく。


 雨音も、気温も、呼吸すら感じられないほど意識を自身の内側に沈めていく苦行に近い行為。

 夜闇よりものなお暗い深層へと至るそれは、開拓村時代から用事のない日以外は欠かさず行ってきた瞑想だった。


 手慣れた風に更に意識を沈めていくと本物の少女(レイラちゃん)を取り込んでからは月陰華に代わり、蛍のような明滅を繰り返す小さな光球が群がって作り上げた小川に辿りつく。

 レイラが小川の上流へ目を向けても、逆に流れた先の下流を見ても輝く小川に果てはなく、更には枝分かれするように様々な支流が作られ、もし俯瞰できたのならば蜘蛛の巣のように広がっている光景が見えることだろう。

 レイラはこの小川の正体を知らず、知る気もなかった。自分にとって有用かどうか、それだけ分かっていれば十分だった。

 ただ何処か懐かしく感じる光景を見ると、魂となって輪廻を漂っていた朧気な記憶が想起する。


 明確に思い出せない記憶を振り払い、ふわふわと揺蕩っていた身体の輪郭を改めて元の形に描き出したレイラはゆっくりと小川の側に降り立った。

 実際に地面に立った訳でもないのに地面の感触を感じる不思議な感覚を味わいつつ、しゃがみ込んだレイラは小川に手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間に逃げ出そうとする小川を掴み取った。そして生き物のように暴れる小川を握り締め、力任せに引き千切る。

 引き千切った拍子に小川の源流は一目散に逃げ出し、周囲一帯は再び深淵のような暗闇に包まれた。

 手に残った小川の残滓も端々から暗闇へと解けていき、手を開けば数個の光球が掌に入り込むだけで同じように散っていってしまう。


 完全な闇に包まれた周囲を見回したレイラは大きな溜め息を吐き出すと、沈めた意識を浮上させる。

 濁流のように押し寄せる五感に僅かに顔を顰め、組んでいた指を解いたレイラが視線を下げると魔力の漲る指先が映る。


「………」


 瞑想で魂の奥底から魔力を引き出し自在に操れる魔力の総量を増やした結果、有り余った魔力が溢れ出ているのだが、ここ一年ばかり瞑想をしても魔力の総量が増え難くなっていた。

 数値化できるものでもなくレイラの体感でしかないが、開拓村時代と比べて増加量は四分の一以下にまで落ち込んでいる。

 微々たる量とはいえ増加しているため今まで変わらず続けてきたが、何かを変える必要があるかもしれない。

 そう思考を締めたレイラは振り返る。


「おや、邪魔をしてしまったかネ?」

「いえ、今さっき終わったところだから気にしないで。それで、私になにか用かしら?」

「いや、奇妙に増減する魔力の気配を感じたから様子を見に来ただけだヨ」


 そう言ったヴィクトールはラフな格好であったが、変わらず棺のような暗銀鉱の箱を背負い、黒檀の仕込み杖を手にしていた。

 ヴィクトールは何を言うでもなくレイラの隣に立つと、観察するような煩い視線を投げつけて来る。


「そう言えば昨日聞きそびれていたのだけど、いくつか質問しても良いかしら?」

「構わんとも。私に答えられる事なら何でも聞き給え。その代わり、私もいくつか聞きたいことがあるから、それに答えてくれると嬉しいネ」


 鬱陶しくはあるが、"羊の踊る丘亭"の給仕として働いてる時にも酔客たちに似た視線を向けられ慣れているレイラは、ヴィクトールの視線を無視してどんよりと空を覆う雲を見上げる。

 そして丁度いいかと、昨日先送りにした疑問を聞くことにした。


「そう、じゃあ最初の質問。なんでこの街に来たばかりの貴方が彼処に居て、しかも連続殺人の下手人を探していたのかしら?」

「あぁ、それネ。なに、それほど難しいことじゃないヨ。この街に来て、最初に立ち寄った酒場で家族を殺されたから敵討ちをして欲しいと依頼されたんだヨ。報酬も良かったし、路銀稼ぎに丁度良いと受けたんだけど、まさか犠牲者が他にも居るなんて知らなかったヨ」

「なるほど、そういう事ね」


 要は依頼の二重依頼ダブルブッキングのようなことが起きたのだ。

 冒険者稼業では間々あることだ。

 冒険者が依頼を受ける場所や方法は区々(まちまち)で、当然依頼をする側もそれに合わせてそれぞれの場所に依頼を持っていく必要がある。

 ただ、その際どうしてもすぐに依頼を受けて欲しいがため、複数の場所に依頼を出す者が時折いるのだ。

 そしてそれぞれ違う場所で、違う冒険者同士が同じ依頼を受けたせいで報酬や成果物の奪い合いが起きることがあった。


 今回の一件は依頼主が違うものの、標的が同じなため似たような物だろう。

 衛兵達が箝口令を敷き、事件解決に全力で取り組んでいるとは言っても遅々として成果が出ない事に遺族の一人が先走った結果、昨夜のような事が起きたのだった。


「それじゃあ次の質問。貴方、私を見て陰気がどうのと言っていたけれど、どうして分かったのかしら?今まで初見の人にそんな事を言われたこと無いのだけれど」

「それについて答えても良いけど、その前にどうしてそんなに陰気を纏っているのか、心当りがあれば答えてもらえるかネ?」

「そうね。アレは七年も前のことなのだけど――――」


 レイラは躊躇いなく過去を語る。

 "平民殺し"という風土病を罹ったこと。

 六日目の朝を迎えられないとされる中、死の淵たる最期の夜に病を克服したこと。

 以来精霊魔法が使えず、各地を廻る宣教師に陰気を纏っているためだと言われたこと。そして実際に魔法を使い、見事に失敗してみせる。

 その様子を矯めつ眇めつ観察するヴィクトール。


「ご満足頂けた?」

「死にかけたから陰気が漂うと言うのは聞いたこと無いけど、確かに嘘では無さそうだネ」

「それじゃあ応えを聞いても?」

「もちろん。ただ口で説明するより、直接見た方が早いだろうネ」


 ヴィクトールは言うや否や、担いでいた箱をレイラに見える様に置いた。

 明るい場所に置かれて初めて気付いたが、その箱は棺と言うには厚みが少なく、精々が百科事典を二冊重ねた程度しかないため棺と思うものはいないだろう。

 また箱の正面には向き合いお互いの手を握り合う少女達と、その二人を抱きしめる女性をモチーフにしたと思しき精密なレリーフが刻まれていた。

 またレリーフ以外にも美しい紋様が――しかしよく見れば何処かの言語と思しき文字であるのが分かる――所狭しと描かれている。

 その出来栄えは芸術に疎いレイラでも唸らざるを得ない逸品なのだが、箱を見つめているだけで薄っすらとした忌避感を掻き立てられる。

 その忌避感が思考ではなく本能に由来したものであると自己診断を下したレイラは気付く。


 その箱自体が、美麗な装飾以上の存在感を放っているのだ。

 それこそ大した厚みもないのに本物の棺であると錯覚してしまうような存在感が。


 ヴィクトールの皺の刻まれた指が箱に触れる直前、僅かに箱の前面が動き出す。

 そしてカタッ、と軽薄な音と共に蓋が僅かに開き――――






































 ――――なにも起きなかった。

 いくら待てども何も変化が見られず、レイラは眉を寄せる。


「何かの大道芸のつも――ッ?!」


 思わせぶりなヴィクトールに文句の一つでも言うべきかと箱から視線を外した瞬間、昏く塗りつぶされ黒い影のような"なにか"が視界を覆い尽くすように立っていた。


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