表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
68/221

11 その夜、新たなる出会いにつき――

 

 多くの店が灯りを落とし、バルセットの街並みが寝静まったかのように人気が消えた頃。

 晴天であれば蒼と朱の双子月が中天に差し掛かっている深夜とも言える時間帯。

 夕暮れ時から空を覆った雨雲から降り続ける霧雨を切るように一つの人影が狭い路地を速足で抜けていく。


 顔が濡れるのを嫌ったのか、目深に被ったフードから白い吐息を吐き出す唇は瑞々しく、外套の合わせを握るために晒された指は頼りないほど細いけれど靱やかで、色鮮やかなスカートが分厚い外套の裾下ではためいている。

 更に外套の上から伺える体格を合わせれば、羽織っているのが人種の女なのだと誰でも判断できるだろう。


 夜遅くまで開かれている酒房の女給として働いていたのか、女の身で出歩くには些か以上に遅い時間帯の路地、陽のある頃とは打って変わって物音一つしない静寂に包まれていた。


 パシャリ。


 大通りから離れたせいで整備が行き届かず、割れた石畳の間にできた水溜りを踏み付けながら進む女の足取りに躊躇いは無い。

 しかし早足で進む女の後ろ姿は落ち着きが無く、忙しなく背後や差し掛かった曲がり角を如何うような素振りにはどこか怯えが見て取れた。

 何個目かの路地に差し掛かり、足を止めて用心深くその先を確認した女は安堵の息を吐き出した。

 その時だった――――




「こんばんは、お嬢さん。こんな夜分遅くに一人でいるとは関心しないネ」




 ――――背後から、やや訛りのある男の声がした。

 勢い良く振り返った視線の先には、誰も居なかったはずの道に男が立っていた。

 不用心に出歩く女を咎めるその口ぶりは扱く真っ当であり、纏う装束も珍しい物ではなく、杖を片手に立った姿は紳士然としていて普通であれば胸を撫でおろす場面であろう。




 その男が、空いた左手が担ぐようにして鈍色な棺を担いで居なければ。





 あらゆる疑問や不可思議さを置き去りにして、ただそれだけで尋常な存在だと一目で分かる。

 更に普通の光源とは違う、腰に下げられた小さなカンテラが灯す青白く暗い灯りが男の姿の異様さに拍車をかける。

 誰も居なかったはずの背後、不気味な出立ち、そして自身と男以外に人気のないという状況に女が思わず後退る。

 しかし男は無情にも胡散臭い笑みを浮かべながら女が後退した分だけ進み出た。


「ッ!?」

「おやおや、もうお別れとは寂しい事をする」


 咄嗟に身を翻して走りだそうとした女の眼前に行く手を阻む巨大な壁が地面より現れる。

 石畳を壊すことなく現れたそれは、僅かな光でも美しく煌めく水晶の壁。あるはずも無い物を容易く生み出したのは市井では滅多にお目にかかれ無い魔術の業。

 女は驚愕を余所に走り寄って拳を叩き付けるが、痛みをもたらす硬質な手応えは否応なしに現実であると告げていた。


「ハハハ、随分と白々しいネ。いい加減にその下手な演技を辞めたらどうかネ?」

「……どうして、そう思ったのかしら?」


 男の言葉に創り出された壁を叩いていた女の動きがピタリと止まる。


「なに、簡単な事だヨ。お嬢さんはただの町娘にしては身にまとう魔力が強すぎる。そして何より君が垂れ流してる陰気は人が放つには深過ぎる。ただ、それだけのことサ」

「……そう」


 今までの怯えた素振りが嘘のように感情の乗らない冷淡な声音と共に女が振り返り、懐に隠していた短剣を男に投げつける。

 怪訝な表情を浮かべた男は手にしていた短杖で難なく打ち払うが、ほんの僅かに視線を外した隙に女が脱ぎ、投げつけられた外套が男の視界を塞ぐように広がっていた。


「子供騙しだネ」


 男は鼻で笑うと同時に向けられた短杖の先端より、頭大の水晶の塊が創り出され即座に弾け飛ぶ。

 瞬きの間に穴だらけのボロ布へと変わる外套を見ることなく男が視線を上に向ければ、自身に迫る影が一つ。

 短杖を振るって仕込まれていた刃を表に出した男が振るえば、小さな火花が飛び散り微かな灯りが女の姿を顕にする。







 艷やかで長いブルネットの髪。

 紅を差さずとも鮮やかな潤んだ唇。

 血を思わせる琥珀のように透き通った瞳。






 小具足を除いた戦衣装を纏った上で、女給らしいスカートを穿いたレイラは男が仕込み杖を振り抜く勢いに合わせて飛び下がり、難なく着地しながら霧雨に濡れた唇を舐めあげる。


 長旅を終えたばかりのレイラが今、この場に居る理由はこの時より遡ること数時間。


「今、巷で起きている殺人犯の捕縛に協力して欲しい」


 わざわざレイラの帰りを待っていた衛兵長の様子にただならぬ物を察したレイラが"羊の踊る丘亭"の二階に設けられた一室――冒険者が内密に依頼の相談をされた時のために用意している客室だ――に通すなり、衛兵長は深々と頭を下げて告げたのだ。

 事情を聞くために続きをレイラが促すと、中央区の衛兵たちを取りまとめる衛兵長は重々しく口を開いた。


「事件が発覚したのは、第三区の娼婦が死体で見つかってからだ」


 その語り口から始まった説明はゴンドルフの店で聞き出した連続殺人の話と概ね合致していた。

 違いがあるとすれば事件の始まりがレイラが依頼のためにバルセットを離れた三ヶ月も前からであり、既に分かっているだけで被害者数は二桁に登っていること。

 またその全てが日が暮れた後、人気のない場所で、人種の女性を狙った犯行であること。


「五人目の被害者が出た時点で領主様の指示のもと箝口令が敷かれ、我々も全力で捜査をして巡回も強化していた。だが被害は減らず、逆に被害者が出る間隔は短くなっていった。そして昨夜、とうとう第一区画でも被害者が出てしまった」


 領主一族を含め、配下の貴種や大店の人間が居を構える中心部であるだけにより一層の警戒が成されていたにも関わらず被害者が出てしまった。

 幸いというべきか、今回の被害者はとある商会主の屋敷で働く平民出身の侍女だったため、ギリギリのところで政治的問題には発展しなかった。

 だが全力で事に当たっていても防げなかった事実は変わらず、衛兵たちの面目は潰れ、領主は顔に泥を塗る形となった。



 故にアルムグラード辺境伯は決断した。

 被害が広がり、第一区内にも及んだことで最早隠蔽することも叶わないのならば体面を気に掛ける必要もなく、あらゆる手を使って下手人を捕縛せよ、と。

 命が下された衛兵たちは講じる手段の一つとして、囮を使って下手人を呼び寄せる策を思いついた。

 だが衛兵の中で腕の立つ人種の女性衛士――凶悪犯を相手に単身で身を守れ、仲間が駆けつける時間を稼げる程度の腕前だ――は少なく、またそれ程の実力がある者はこの時期は巡察吏としての任でバルセットに居なかった。


 そこで冒険者や傭兵の中から囮役を募っており、かつて地下水路事件解決に貢献したレイラの名前が対策を練っていた衛兵の中から挙がったという。

 しかし募っているという体ではあるが、この話を直接持ってこられた時点でレイラに断ると言う選択肢は存在しない。

 領主の名において下命されたとあれば無位無冠の人間にとっては正に命令に等しく、断ろうものならバルセットで生活していくのが厳しくなるだろう。


 幸いなことに衛兵長はその事情も加味したのか報酬は破格なもので、日当は凡そ銀貨四枚(4バーツ)

 期限は下手人が捕まるまで、その間に他の依頼は受けられないが報酬としては十二分だ。また仮に下手人が出没せず、あるいは囮役のレイラが狙われなくとも報酬は支払われるという。


 一方的に受けさせることができる立場にありながら下手に出られてしまってはレイラと言えど否とも言えず、依頼を受ける代わりに依頼を受けるだけで下手人を捕縛できなくとも咎められないのならばと条件を付けてレイラは了承の返事をした。

 捕縛が依頼の主であることから興味を惹かれないものの、例年であれば秋雨の時期は依頼も受けないため、暇つぶしには丁度いいかと判断してレイラはこうしてこの場にいたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ