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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
67/221

10 その刃、新たな得物につき――

 

「まったく、なにを二人でコソコソくっちゃべってんだよ」

「大したことじゃないわ。あの子に暇潰しに付き合ってもらってたのよ、だからあんまり怒らないであげて」

「そんなことで怒るかよ」


 どうだか、その言葉を飲み込むだけの感性ぐらいはレイラも持ち合わせていた。答えを言う代わりに肩を竦めるだけで鍛冶炉の前に腰かけるゴンドルフの傍らに立つ。

 そんなレイラを横目に見るだけで何を言うでもなく、轟々と燃える炭の中に火箸を突き込むゴンドルフ。そして慎重に、ゆっくりとゴンドルフが火箸を鍛冶炉から引き抜けば、その先端には変形させた柄と似た形状の金属板がついていた。


「うっし、いけそうだな」


 赤々と熱せられた金属板が箸先にしっかりとついているのを確認して独り言をこぼすと、火箸とは反対の手に握っていた柄を金床に置き、一息で柄を金属板で挟み込む。

 ジュゥゥと音を立て、一気に工房内が木の燃える焦げ臭い臭いで満たされる。

 予め水を含ませていたのか、柄が燃え上がることは無さそうだったがそれも時間の問題だろう。レイラがそう思ったのも束の間、ゴンドルフは金属板を柄ごと水瓶の中へと漬け込んだ。


「ほれ、今度の調子はどうだ?」

「あら、これは……」


 未だ湯気を上げる水瓶から柄を引き抜き、水気の拭われた柄を握ったレイラは驚きに声を漏らす。

 朱殷檀を挟む金属板は目釘などないにも関わらずしっかりとくっついているのもそうであるが、なにより先程までは振るうのに頼りなく感じた細さが解消され、レイラの手の大きさに適したものになっていたのだ。

 型を取ったわけでも、細かく測定したわけでもないのに、手に吸い付くような最適な太さになった柄を見てレイラは思う。

 鉱鍛種は鍛冶に優れた種であるが、その真価は見ただけで適した形を見抜く目にあるのではないか、と。


「握りの調子は良いみてーだな」

「えぇ、これなら十全に扱えそうよ」

「そりゃよかった。んじゃ、とっとと仕上げちまうか」


 レイラが益体もないことを考えながら再びゴンドルフへ柄を返却すると、仕上がった柄へ斧頭と柄頭が取り付けられる。

 そして嵌め込まれたそれらに目釘が通され、完成した手斧――――否、手斧と呼ぶには最早大きく、戦斧と呼ぶに相応しいものへと変わった逸品を受け取るレイラ。

 以前よりも遥かに重くなった戦斧を軽々と持ち上げ、照明の魔導機の灯りにかざして目を細める。

 新たに新調した斧頭と柄頭は使い勝手が大きく変わらないようにと、以前の形を踏襲しているため基本の形は変わらない。


 だが刃は緩やかな波を描きながらも長くなり、斧頭、柄に嵌め込まれた金属板、柄頭の全てにおいて黒い草紋の装飾が施されている。ただし、ただの装飾と侮るなかれ。






 紋章付与。





 鉱鍛族に伝わる特殊な魔術の一種であり、紋様にはそれぞれに対応した効果が刻まれた物に効果を付与し、また大気に漂うという微量な魔素を取り込んで常に効果を発揮するという代物だ。

 そして精銀鉱に次いで魔力効率が高く、また希少金属でもある暗銀鋼によって刻まれた紋章の効果は形状固定と魔力の指向性誘導。


 元来、最上の魔力効率を誇るも強度に劣る精銀鉱。

 それ故に多種の金属を混合して合金とするため、どうしても本来の魔力効率を発揮するのは難しい。

 だが形状固定の紋章付与を刻んだことで常に形を維持しようという働きから強度が増し、レイラが魔力を流さなくとも一般的な武器に用いられる鋼と同程度の強度を実現したのだ。


 ただやはりと言うべきか、紋章付与の効果があろうと精銀鉱だけの武器は強度の関係で無理だったが、合金として使った他金属は全て魔力効率が高く、使っている量も微量だ。

 そして形状固定と同時に刻まれた魔力の指向性誘導は、合金としたせいで落ちた魔力効率を補うために刻まれたもの。

 この付与は魔力効率自体を上げるものではないが、魔力の流れに意図した方向性を与えることで武器強化に必要な魔力量を減らすことができるのだ。


 ちなみに余談ではあるが、硬質化ではなく形状固定の紋章付与をした理由をレイラが聞けば、金属類に硬質化を施すと固くはなるものの、硝子のように割れたり欠けやすくなるという答えが返ってきた。

 有用そうな紋章付与も、万能ではないという事を知ったレイラだった。


「サイズ感も、握りも問題なし。流石はバルゼット随一の鍛冶師さま、良い腕ね」

「ハッ! おべっか使っても何も出やしねーぞ」


 明確に数値化出来るものではないが実際にレイラが魔力を戦斧へと流し、その末端まで魔力が行き渡った際に要した魔力は手斧の時と比べて七割から八割減と言ったところか。

 天井へかざした状態から鋭角に振り下ろしても身体が泳ぐことも、手から抜け落ちるような不安感もなく、振り下ろす際の勢いもしっかりと刃に集まっているのが手へと伝わってくる。

 これほどの逸品、素晴らしい出来栄えの戦斧ならば、より効率的に、より多くの最期の"彩"を見ることが出来るだろう。

 まるで長年使い続けた愛用品のように手に馴染む戦斧を再度掲げて眺めていると、レイラの口元には自然と笑みが浮かぶ。


「さて武器は出来上がったが、最後の仕上げとして(めい)を決めようじゃねーか」

「これの名前?」

「応とも。これぐれーの物が無銘じゃ恰好がつかねーからな。普通は打った奴が付けるもんだが、これはお前さんの注文で作った奴だからお前さんが付けな」

「武器の名前ねぇ……」


 無意味な夢想から現実へと戻されたレイラは戦斧を見下ろし頭を捻り、大分に朧気となっている前世の記憶を掘り返す。

 思い出すのはかつて生きていた日本に伝わる武具たち。

 武器の名は形状か模様から名付けられるか、あるいはその武具に纏わる逸話や願掛けとして付けられるものが多かったと記憶している。




「じゃあ、これの名前は"斬り裂き丸(ドゥインダー)"で決まりね」




 とは言え武器の銘など何だっていいか、と欲望以外に興味関心の薄いレイラは脳裏に浮かんだ言葉を口にした。

 対するゴンドルフの反応は呆れを通り越して落胆に近く、力が抜けた風に盛大に肩を落としていた。


「おま、"斬り裂き丸"って、んな安直な……」

「別に名前が何だろうと質が落ちる訳でもなし、何だっていいでしょ。それに分かりやすい方が楽だしね」

「それでもお前、いや、だけど……はぁ、もう何だっていいか」


 大きな、それも一目で呆れの感情が多分に含まれているのが分かる特大の溜め息を吐き出し、ゴンドルフは力なくレイラの手から"斬り裂き丸"を抜き取った。

 そして柄に焼き付けられた金属板に描かれた草紋の中で不自然に空白となっていた部分に指を這わせると、指先に小さな魔法陣が浮かび上がり、"斬り裂き丸"の文字が刻み込まれる。

 刻んだ文字に誤りがないのを確認したゴンドルフは斧頭に専用の鞘を取り付け、更に外していたベルトへの固定用の魔具も取り付けてからレイラに差し出してくるのだった。

 レイラは"斬り裂き丸"を受け取り、代わりに手持ちの麻袋の中から取り出しておいた布袋をゴンドルフへと手渡した。


「しっかし、あのチンチクりんだった子供が、今じゃこんな大金を稼ぐようになるたーな。世の中、分からんもんだぜ」


 レイラがベルトに"斬り裂き丸"を取り付けている間、布袋の中身を改めていたゴンドルフの言葉に視線をやれば、これ見よがしに弄ばれていた金貨が太くタコにまみれた指で弾かれる。

 硬質な音を立てながら宙で回転し、照明の灯りを煌びやかに反射する金貨は"斬り裂き丸"の代金――――前金を抜いて金貨九枚(九ラマート)銀貨七枚(七バーツ)


 一般的な家庭の年収の約一〇倍に相当し、通常の武具ならせいぜい三、四バーツで買えることを考えれば非常識な金額だろう。しかし鍛冶に優れた鉱鍛種が手がけ、希少金属を潤沢に使い、鉱鍛種秘伝の紋章付与まで使われた戦斧と考えれば妥当とも言える。

 非常識か妥当かは人によって判断の分かれるところであろうが、総じて言えることは市井の民でこれほどの逸品を買うことができる者は少ないということだ。

 実際、レイラも冒険者稼業だけの稼ぎで"斬り裂き丸"を作ることは出来なかっただろう。


 レイラが"斬り裂き丸"を作れたのは、ひとえに盗賊や蛮族の命を刈り取って受け取った報奨金のお陰だ。

 ここ数年でレイラが討伐してきたのは野盗団が三つ、蛮族の群れが二つ、隊商の護衛中に襲ってきた連中を撃退したのが四度、下手な変装をしていた指名手配犯を捕まえたのが一回、そして女と見て絡んできた悪漢を返り討ちにすること十回以上。


 野盗や蛮族は当然ながら、後の二つもどれもが札付きの者達だったお陰で小遣い程度ではあれ財布を重くするのに貢献してくれた。

 そして先日も巨人種の血が流れているらしい男が頭目と仰ぐ野盗団を叩き潰したばかりだ。

 未だ詮議の途中のため報奨金は手元に来ていないが、引き渡した時は頭目を含めて何人か生きていたため、たとえ余罪が見つからなくてもそこそこの金額にはなるだろう。


「でもアレだな、これだけ稼いでるんだから二つ名やら噂話が一つぐらい聞こえてきても良いはずなんだが、お前さんのはあんまし聞かねーよな」

「そうなの?私、あんまり自分の噂話とか気にしたことがなかったからまったく知らないのだけど……」

「いや、そうなのって言うか、普通は名前を売るってんで誰かに自慢したり、あとは一緒にいた誰かが触れ回ったりして噂話が広がるもんなんだが。もしかしてお前さん、そう言うことあんまねーのか?」


 ゴンドルフに言われたレイラは肩を竦めるしかなかった。

 一般的に冒険者は自身にまつわる噂話や二つ名が広がるのを望む傾向にある。

 元々冒険者になろうとするのが過度な期待や希望を追いかけて平穏を投げ打った夢追い人(バカ共)であるというのもあったが、どんな形であれ名前が広がれば自分を指名した依頼が舞い込みやすくなると言う現実的な理由もあるからだ。

 とはいえ冒険者になった時点で既に幅広い人脈を形成していたレイラに関係はない。

 また名声に関してもあるのに越したことはないが注目を集めるほどになってしまうと返って身動きが取りにくくなると判断しており、自ら積極的に広める気は微塵もなかった。


「ないわね。元より名声とか興味もないし、有名になったせいで変なのに絡まれるのも面倒だもの。それに基本一人で気ままにやってるから、言いふらすような人もいないしね」

「……お前さん、本気で冒険者やる気あるのか?」

「そう言われても、それで何とかなってるし良いと思うのだけど」


 自分が一般的な冒険者と呼ばれる者たちとはズレている自覚はあるレイラだが、だからと言って不利益が出ていないのならば無理に矯正する必要はないとも割り切っていた。

 自身も他人からすれば要らぬと思われる拘りを持っているからか、レイラの態度から改める気がないのを察したゴンドルフは溜め息を吐き出すのだった。


「まったく、お前さんと話してると冒険者のあり方が分からなくなってくるぜ」

「あら、新しい知見を得られて良かったじゃない」

「今のは嫌味だってんだよ!! ったく、用が終わったのならとっとと帰れ。こっちは今の時期お前さんの他にも仕事がたんまりあるんだからよ!!」

「つれないわね。まぁいいわ、なにかあったらまた来るから宜しくね」


 本当に忙しいのか、手振りで出ていくように促してくるゴンドルフの視線は既に鍛冶炉へと向けられていた。

 特に居座る理由もないレイラが工房から出る頃には背後から金属を叩く甲高い音が響き始め、店番をしていた小間使いの少年にひと声かけてから外に出たレイラは空を見上げる。

 午前中は麗らかな日差しと共に晴れ渡っていた空は分厚い雲に覆われ、まだ日が出ている時間帯だというのに既に周囲は薄暗くなっていた。


「そう言えば、もう秋雨の時期なのね」


 アルブドル大陸の秋雨はひと時も途切れることなく一週間以上降り続け、長いときは二週間も晴れ間を見る事すらできない。

 しかしその雨も上がれば、誰もが待ちに待った収穫の秋。

 各地では収穫祭が行われ、それに合わせて各村々では人品の流通が盛んになっていく。そして流通の要所であるバルセットは一年で最も活気に溢れた時期になるのだ。


「今年はあまり長引かなければ良いのだけれど……」


 とは言えこれから始まるだろう秋の長雨が陰鬱なことに変わりはない。

 愚図つき始めそうな空に呟き、レイラは雨が降り始めない内に帰るべく早足で"羊の踊る丘亭"に向かって歩き出す。しかし歩き出して直ぐにレイラを呼び止める声がした。


「あ、レイラさん!! 実はお伝えしようと思って忘れてたことがありまして……」

「何かしら?」

「何ヶ月か前にレイラって言う女冒険者のことを知らないか、って訪ねてきた人がいたんですよ」

「私のことを?」

「はい。ただ、こう言うと変かもですけど、まともな人たちじゃ無さそうだったので知らないって言っておきました。それ以来ウチには来てないですけど、一応念のため」

「……そう、分かったわ。ありがとうね」


 レイラはそう言ってわざわざ出てきてくれた下働きの少年に別れを告げ、再び歩き出した。

 やや不穏な物を感じつつも、レイラは直接の害がないのならば今すぐに対処するべき事でもないと割り切った。

 空の様子に気付いた人々が急ぎ足で往来していくのを横目に、"羊の踊る丘亭"の近くにまで辿り着いたレイラは不意に足を止めた。


「あの襷の色は中央区の衛兵だったはず。それがどうしてウチの店の前にいるのかしら……」


 足を止めたレイラの視線の先、"羊の踊る丘亭"の入り口に陣取るようにして衛兵が立っている。

 しかし入り口に立っている衛兵は"羊の踊る丘亭"の近くでは滅多に見掛けることのない、黒い襷を肩に掛けた中央区――辺境伯配下の貴種や文官、豪商の邸宅が並ぶ区画だ――を担当している衛兵たちだった。

 余程の事がなければ自身たちの担当する区域以外に姿を見せない衛兵がいること自体が異常事態とも言え、更に彼らは遠目から見ても殺気立っていた。


「……ふぅむ、これはまた厄介ごとかしら?面倒なことになったわね」


 吐き出した言葉とは裏腹に、愉快そうに口角を釣り上げたレイラは唇をちろりと舐めあげた。

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