8 その者、天翼人につき――
天翼人
雌性体が優位であり、身目麗しく、二対四枚の白い翼を有し、天を自由に駆けることで知られ、知らぬ者がいないと言われるほど名の知られた人族。
翼を有した人族は数あれど、その殆どが鳥の形質を持つ中で唯一人の姿に翼を持つという特異な種でもある。
だが彼女たちが著名であるのにはそれ以外の訳があった。
『人族の麗しき戰鬼』
戦いを至上とし、技術を磨き上げ、死闘を自らの神へと捧ぐ供物としている戰鬼。
人を喰らい、人を殺し、人を蹂躙するのを至上の喜びとしている蛮族の中にありながら、戰鬼は純粋に戦いそのものに価値を見出すという異質な価値観を持っていることでも知られた存在だった。
そんな戰鬼に喩えられてしまうほど、天翼人は生まれ持っての戦闘種族なのだ。
戦場に現れれば劣勢の軍勢を一人で勝利へと導き、狩られた猛将の首は数知れず、巨悪を討つ英雄譚には必ずと言っていいほど彼女たちの姿がある武勇に優れた種族でもある。
ただ生まれついてからの戦闘種族故に生存率が低いのか、はたまた出生率が元から高くない種なのか、種全体の数は極少数であり、実際に彼女たちの姿を目にする機会は滅多にない。
それこそ天翼人の存在自体が空想の産物だと嘯く者も少なくないほどだ。
故に天翼人の武具を誂える機会に巡り合える鍛冶師は宝くじの一等当選者よりも少なく、更に戦う事に長じた彼女たちから依頼を持ち込まれるのはその御目に適う腕前を持つことを意味し、一種のステータスとなるのだ。
一生に一度あれば奇跡ともいわれる機会に恵まれながら、その奇跡を目前で取り上げられれば、どんな職人であろうと不機嫌になるというもの。
「その魔道具、貴方の作る武器よりも強力なものだったの?」
「……まぁ、な。詳細は言えねーが、ありゃ魔法文明時代最盛期か、下手すりゃ神代の逸品かもしれねー。悔しいが、俺がこの工房で作れたのは数回使っても壊れない程度の代物さ。それに例え鉱山都市の魔鉱炉があったとしても、アレに勝る武器を作れる自信はなかったよ」
続いて聞こえた大きな溜め息にレイラは同情するような苦笑いを浮かべざるを得なかった。
金属の扱いに長けた鉱鍛種であるゴンドルフですら勝てないと思わせる魔具となれば相当な逸品なのだろう。それこそ複製品などではなく、本当にごくごく稀にしか出土しない原物だ。
そのレベルの逸品となれば、二度の文明崩壊によって多くの技術が失伝している現在では例え鉱鍛種の総本山たる鉱山都市ゴルドールが粋を掛けて仕上げた武器でも足元に及ばないだろう。
間が悪かった、そうとしか言いようのないゴンドルフへかける言葉を探しているとゴンドルフ自ら切り替えるように頭を振った。
「まぁ、過ぎちまったことはしかたねー。それよりお前さんが来たってことは"例のモン"の準備は出来てるのか?」
「えぇ、もちろん」
落ち込んでいた表情を普段の職人としての面立ちに戻したゴンドルフに頷き、レイラは持ってきていた布袋から手斧を取り出した。
それは作られてから常にレイラの手に収まり、振るい続けられてきた一振り。
四年にも及ぶ使用期間を経ていながら大きな疵はなく、手入れを欠かさず、休みもなく使い続けられた柄は当初よりも深みのある朱殷となり、薄っすらと光沢すら出てきていた。
刃も研がれてやや薄くはなっているものの、その切れ味を示すような鋭さは失われておらず、今でも魔力を通せば薄っすらと青みがかったように輝くことだろう。
武器としては未だ問題なく使える手斧を矯めつ眇めつ調べたゴンドルフは手斧から柄頭と斧頭を手早く外し、それらを粗雑に避けたゴンドルフは今度は柄の様子を確かめ始める。
「ふむ、しっかり言い付けは守ってたみたいだな」
「当たり前でしょ。その為に大金払ってるんだから無駄にするわけないじゃない」
「そりゃそうだ。渡した薬液の残りはまだあるか?」
「ここに」
ゴンドルフに促されてレイラが取り出したのは拳大の硝子製の瓶。
中には薄く色づいた液が三分の一ほど残されており、底には崩れかけた結晶や原型を失くしつつある花弁のようなものが沈んでいた。
それはこの時の為にと半年も前にゴンドルフに渡された特殊な薬液だった。
山頂に初めて積もった雪の雪解け水。
燐光を放つ月陰花の雌しべと奇数位置の花弁。
採取してから月明りしか浴びていない水晶花の蜜。
そういった希少な素材から作られた特殊な薬液に三月もの間一秒たりとも――飽和寸前までレイラの魔力を封じた魔石を漬けて寝てる間も流れるようにして――絶えることなく魔力を流し続け、その後は一日に一度、月明りが差す夜空の元で薬液を柄に塗り込むことまた三ヶ月。
薬液を作り上げるのに三ヶ月、使用するのに三ヶ月の計半年もの時間の費やした果ての残り。
それを確かめたゴンドルフはニヤリと笑う。
「これだけありゃ十分だな。んじゃ、ちゃっちゃとコイツを新調しようじゃねーか」
レイラが今日、ゴンドルフの元を訪れたのは長年使ってきた手斧を新調するためだった。
この四年でレイラは大きく成長した。それ自体は喜ばしいことなのだが、未成熟だったころの身長に合わせて作った手斧では今のレイラが扱うにはやや小さく、品質も今のレイラには物足りないものになっていた。
故に体の成長も止まり、より上質な物へと変えられるだけの貯金も出来たため、こうしてレイラは自身に最適なものへ新調するためにやって来たのだった。
ただし新調と言っても全てを新しく作るのではなく、新たに作るのは柄頭と斧頭だけで、柄は使い回されることになっていた。
というのも生体由来の素材は使えば使うほど使用者の魔力が馴染んでいくため、新たに柄を作りなおすよりも使い回した方が良いものになるのだとゴンドルフは以前の説明の際に言った。
そしてレイラは武器強化に長けており、そんなレイラが四年も使い続けた影響で柄は生半可な精銀鉱製のものより魔力の通りが良くなっていたのだ。
とは言え事前に新しい斧頭などの形を相談していたレイラからすると、今のままでは柄が使えまわせるとは思えず、どうするのかをゴンドルフに聞いてもはぐらかされたレイラはこの後のことを何一つ知らなかった。
「よし、こっちの準備は出来たぜ。嬢ちゃんの方はどうだ?」
「いつでも」
レイラが内心で首を傾げている中、粛々と作業を進めていたゴンドルフは渡された薬液を別の薬液で満たされた壺の中へと混ぜ込み、中身を確認して満足げに頷くと一本の火造り箸を差し出してきた。
「いいか、コイツで柄をこの壺に漬けたら俺が止めろって言うまで絶対に魔力を流し続けろ。絶対に魔力を止めるなよ!絶対だぞ!!」
「そんなに念押ししなくても分かったわよ。それともそれは途中で止めろって言う前振りなの?」
「んな訳あるか!! 馬鹿なこと言ってないでさっさと始めるぞ」
お道化るレイラに怒鳴り声を上げたゴンドルフから銀色の火造り箸を受け取り、何度か開閉させてから試しにと魔力を流してみたレイラは思わず目を見開いた。
渡された火作り箸は装飾のない無骨な作りであったが、持ち手からビスに至る全てが高純度の精銀鉱で作られていたからだ。
通常、精銀鉱は魔力を流さなければ柔らかすぎるため他の金属と混ぜ合わせて合金にしてから使われる。その分魔力の流れが悪くなるのだが、強度面を考慮すれば致し方ないとされていた。
そんな中、レイラの手にある火造り箸はほぼ精銀鉱だけで作られたと言われても可笑しくないほど魔力の流れに抵抗がなかった。
強度はほとんどなく工具としての価値は皆無だろうが、希少金属である精銀鉱だけで作られているというだけで一体どれ程の値が付くのか想像もつかない。
「どうした? さっさと漬けろ」
「いえ。始める前に確認なのだけど、私は柄を漬けたら魔力を流し続けるだけでいいのよね?他に何かしなきゃいけないことはないの?」
「あぁ、オメェさんは魔力を流し続けてるだけでいい。細かいことはその都度説明すっから」
「分かったわ」
精銀鉱の火造り箸で柄を掴んだレイラはゴンドルフに促されるまま薬液へと漬けこみ、魔力を流し込む。
火造り箸、柄を通して薬液を流し込むことしばし。
最初こそ変化の見られなかった薬液だが、五分ほど魔力を流し続けると少しずつ光を放ち始める。
そして一〇分立つ頃には顔を顰めたくなるような輝きを放つようになり、ほぼ時を同じくして魔力を流している感覚にも変化が起きた。
今まで薬液へ流れ出るような感覚だったものが、薬液に満ちた一部の魔力が膨れ上がり、逆流するように柄へ戻るような感覚になったのだ。
光のせいで見にくいが、よくよく見れば壺の中の薬液が柄を中心にして流れ込むような渦を作っていた。
「ようし、んじゃ柄を壺から出しな。ただし魔力は流したままでな」
ゴンドルフも薬液の変化に気付いており、出された指示に従ってレイラは薬液の中から柄を取り出した。
すると薬液と同じく、ただの木製の筈の柄すらも光り輝いていた。
何の変哲もないはずの朱殷檀の柄が光り輝くという状況に首を傾げつつ魔力を流し続けるレイラ。そんなレイラを横目にゴンドルフはくすんだ金の火造り箸を両手に持って側面に回り込んでくる。
「これからちょいとばかし弄るが、落とさないようにしっかり持っとけよ」
「弄る?」
意味の分からないことを言われ、怪訝な顔をするレイラを無視して火造り箸で柄を掴み上げるゴンドルフ。
そしてゴンドルフが火造り箸を操れば、硬質なはずの朱殷檀の柄がぐにゃりと形を変えた。




